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COVID-19で期待される、世界のデジタルヘルスの取り組み ⑶オンライン診療スタートアップ

これまでに2回に渡って、新型コロナウイルス感染(以下COVID-19)拡大に伴い期待されているデジタルヘルスサービスの活用状況についてご紹介してきました。今回は医師による患者の診療行為を遠隔で支援する、世界のオンライン診療の現状についてご紹介します。

これまでの記事はこちらから
予防と早期発見を支援するスタートアップ
研究開発を加速するスタートアップ

4月にご紹介した「コロナ感染拡大で急速に進む、米国のオンライン診療体制とその背景」でもご紹介しましたが、COVID-19感染拡大に伴い、世界各地でオンライン診療の活用が急激に進んでいます。限られた医療資源を効率的に活用し、医療従事者の安全を確保することが期待されています。

各国政府はオンライン診療を含む遠隔医療の導入を促し、また公的な健康保険も保険償還を拡大しています。これにより、これまで既存医療機関におけるオンライン診療対応が進んでいなかった地域においても、患者の受診控えによる患者数減少などの影響を受けて、オンライン診療の導入が進んでいます。

オンライン診療サービスの分類

各国のオンライン診療の導入状況をご紹介する前に、改めて今出てきているオンライン診療サービスについて整理したいと思います。

日本では2018年に厚生労働省が「オンライン診療の適切な実施に関する指針」を発表し、それまで定義が曖昧であった遠隔医療や遠隔診療などの言葉を新たにオンライン診療という言葉で定義し、次のように分類を行いました。医師による情報通信技術を用いた遠隔地における患者に対して行われる医療行為のうち、実際に診断や処方といった医療行為をオンライン診療とし、診断や処方を伴わない診療行為をオンライン受診 推奨、患者や消費者に向けた医師以外による情報提供は遠隔健康医療相談と定義されるようになりました。

英語圏であれば、TelehealthやTelemedicineといった単語が日本のオンライン診療を示す言葉です。この2つの言葉はしばしば混同されがちですが、Telehealthはヘルスケアシステムを改善するための幅広いテクノロジーとサービスを示し、医療従事者の遠隔トレーニングなども含むより臨床のものを示しています。一方、Telemedicineはその中でも医師による患者の診療行為、遠隔での診断や処方、経過のモニタリングといったより臨床のものを示しています。日本で新たに定義されたオンライン診療そのものを示すのは、Telehealthの中でもTelemedicineの部分だと言えるでしょう。

情報通信技術を活用し、医師が離れた地域にいる患者の診断や処方、治療を行うオンライン診療サービスの中でもどういったものがあるのか、分類して整理してみましょう。

①ビジネスモデルによる分類

オンライン診療サービスは、既存医療機関のオンライン対応を支援するSaaS企業やベンダーのモデルと、自社で医療従事者を採用し患者に提供する「バーチャル医療機関」アプローチに分類できます。当然ツールとして提供する前者のアプローチよりも、後者のプロバイダーとしてのアプローチのほうが市場規模が大きいと考えられますが、このモデルの違いは地域による規制が大きく影響しています。

ヨーロッパや日本においては実際の施設を持たないオンラインのみのオンライン診療サービスは展開できないため、医療機関向けツールとしてのアプローチが主体です。一方でアメリカや中国ではオンラインプロバイダーのアプローチが成長しています。今回の感染拡大で、中国においても実店舗を持たないオンラインプロバイダーが提供するオンライン診療も保険償還されることになったため、急速に成長しています。

②専門領域による分類

バーチャル医療機関のアプローチでオンライン診療を提供する主要サービスの多くは、様々な診療科の専門医が参加しており、総合的なプラットフォームとして展開しています。その一方で、特定の診療科や疾患に焦点を当て、医師によるオンライン診療だけでなく、疾患に応じた様々なモニタリングツールやオンラインでの治療プログラムなどを提供する「特化型のオンライン診療サービス」も感染拡大下で期待が高まっています。メンタルヘルスや生活習慣病、その他の慢性疾患の患者や出産を控えた妊婦に安全に医療を提供できるからです。領域特化のオンライン診療サービスの需要も増大しています。

今回のパンデミック以前より、特化型のサービスにおいては、患者数が多く社会的問題にもなっている生活習慣病のためのサービスが早くから立ち上がっています。アメリカにおいては特に糖尿病のオンライン治療プログラムは2008年ごろに立ち上がり、非常に多くのスタートアップがこの領域に取り組んでいます。その中でも2019年7月に上場したLivongo Healthは、スマートデバイスによるリアルタイムなデータ連携と、医師や専門家とのオンラインのコミュニケーションを提供し、2型糖尿病患者や高血圧患者が自らの生活習慣を改善し、疾患のコントロールができるよう支援しています。そしてこのパンデミック以降「在宅での療養支援」として支持され、2020年第1四半期で380組織の新規顧客を獲得し、合計顧客数は1,252組織に達しています。これらの顧客は、雇用主や労働組合、政府機関などが含まれています。しかしすべての生活習慣病オンラインサービスが追い風で成長している訳ではなく、競合のVirta Healthは2020年1月に9,300万ドルを調達していますが、COVID-19の経済停滞の影響で4月に複数従業員の解雇を行なっています。Vitraは、オンラインケアチームの中に管理栄養士や看護師だけでなく処方を行う医師が含まれ、「生活習慣病のオンラインクリニック」として機能しています。Virtaに特徴的なのは、炭水化物を減らす食事制限を支援するプログラムです。短期的には血糖値の改善が期待できることが実証されていますが、2年以上継続できることについては実証されておらず、持続可能性が低い可能性が指摘されています。

他の疾患と比べ罹患が若年層で急増するメンタルヘルスの領域においては、デジタルソリューションに慣れ親しんだ世代と患者の世代が近いことからもオンライン診療、特に2008年以降のモバイルヘルスの活用が期待されています。アメリカではよりライトなマインドルフルネスのCalmやHeadSpaceから、依存症治療のCarrotやQuit Genius、睡眠障害治療のPearなど数多くのスタートアップがでてきています。その中での今回の感染拡大を受け、特殊状況下でのメンタルヘルスの問題は世界各地で懸念され、需要が拡大しています。外出規制が長引く地域においては、自治体がメンタルヘルスのオンライン診療サービスを導入し、住民に無料で提供する事例もでています。イギリスのNHSは、国民にマインドフルネスアプリのHeadSpaceを無料で提供しています。また、オンラインの認知行動療法プログラムを提供するOmada Healthは従業員向けのオンラインプログラムを、半年間無料で提供することを明らかにしています。Omada Healthと同様に雇用主向けに従業員のメンタルヘルスプログラムを提供するLyraもパンデミックの影響で成長しています。同社は現在AmgenやeBayなどの大企業を含む法人に提供しており、3月にはシリーズCで7,500万ドルを調達しました。前述したLivongo Healthの創業者でCTOを務めていたAdnan Asar氏は、この5月に遠隔で、医療用医薬品の依存症予防と治療を行うソリューションで起業したことを明らかにしました。

COVID-19自体の治療、呼吸器疾患や感染症治療の領域おいてもオンライン診療の活用が進んでいます。軽症患者や回復し退院した患者向けに、在宅療養を支援するオンライン診療サービスやデバイスの新規参入も出てきています。呼吸センサーでストレスや睡眠をトラッキングするコンシューマデバイスのSpireHealthは、医療機関向けに展開する慢性呼吸器疾患患者のリモートモニタリングでメディケア や民間保険で保険償還されるようになりました。現在はCOVID-19患者のリモートモニタリングツールとして医療機関と提携し研究を開始しています。

世界各地のオンライン診療受け入れ態勢の変化

オンライン診療、遠隔医療のはじまりをたどると、1950年代後半の電話やラジオの時代まで遡ります。1960年代にNASAが宇宙飛行士の健康管理のために、衛星通信を介して地上の病院とのやりとり行うなど、初期は主に公的機関が実験的に軍事や宇宙開発目的での試みが中心でした。その中で1990年代にインターネットが医療機関や一般家庭にも普及することで、動画でのやりとりやX線やCT画像や心電図のような医用画像のやりとりが可能になり、診療行為を遠隔で行う試みが世界各地で行われるようになります。

遠隔で限られた医療を提供するという便利な側面が期待される一方で、セキュリティやプライバシーの問題や、医療の質の評価という課題があるほか、公共性が高いという特性から規制も大きく影響しています。1999年にオンライン診療に関する最初の世界的な法的枠組みとして、世界医師会(World Medical Association:WMA)が「遠隔医療の実践における説明責任、責任、倫理ガイドラインに関する声明」が採択され、遠隔で患者をモニタリングしたり、診療を行う上での医療倫理やプライバシーの管理、情報セキュリティを維持する方法について世界的に提案されました。しかしその後の発展、導入に関しては各国ごとの規制により大きく異なってきます。

今回のパンデミックの発生で、世界保健機関(WHO)は、世界で感染が拡大した3月半ばに医療機関における個人用保護具の不足に対して遠隔医療技術(Telemedicine)を活用することを促しています。各国の政府も、それまでの規制を緩和し、保険償還を拡大することで消費者の利用と医療現場の対応を促します。アメリカにおけるオンライン診療に関しては、前回の投稿でご紹介しましたが改めて、アメリカとそれ以外の地域についてもこの変化についてご紹介します。

①中国

COVID-19発生以前より、中国においては医師不足(人口1万人あたりの医師の数が17.8人、オーストラリアは35.8人、日本は24.1人)や広大な国土により都市部と農村部での医療の格差が問題になっており、これに対してオンライン診療の活用が期待されていました。

中国においては医療保険によるオンライン診療の保険償還が適応される以前よりテックジャイアントなど既存企業がバーチャルプロバイダーとしてオンライン診療サービスに参入しており、すでに1,000以上のオンライン診療関連の企業があると言われています。COVID-19感染拡大以前の2019年の調査でもオンライン診療の利用率が24%とアメリカにおける利用率8%を多く上回っていました。2014年に保険会社の子会社として創業したPing An Good Doctorは、医療の総合プラットフォームとしてオンライン診療だけでなく医薬品ECや処方薬のデリバリーや健康情報メディアを展開しており、2019年9月時点で登録ユーザー数は3億人を超えています。

2018年にオンライン診療についての規制が設けられ、2019年夏に公的医療保険制度が保険適用とすることを決定していました。順次保険償還の対応を進めていく段階で、今回のパンデミックが発生したため、急速に整備が進むことになります。2019年末の時点で、医療保障局は公的医療保険におけるオンライン診療の保険償還の対応を急ぐ要請を行っています。

2020年1月には、パンデミックの発生地域である武漢市の衛生健康委員会が、オンライン診療企業に協力要請し、Ping An Good Doctorと共同で、行政のオンライン無料相談窓口を開設しました。また、国の衛生健康委員会は2月に、インターネットによるオンライン診療を推奨し規範化しました。2月末には上海市と武漢市が、実店舗の医療施設を持たないオンライン診療業者についても、一部は医療保険の適用を認める政策改定を発表しました。中国の規制緩和において特徴的なのは、医療機関によるオンライン診療対応だけでなく、実際の医療機関を持たない民間テック企業によるオンライン診療プロバイダーも保険償還の対象になったことです。

この規制緩和により、それまで全額自己負担だったPing An Good Doctorをはじめとする民間企業のオンライン診療サービスも保険償還の対象となり、アクセスが増大します。

また、ニーズの増大と競争の激化を受けて、JDHealthやAliHealth、Ping An Good Doctorらは完全無料での提供も行うなどキャンペーンを拡大しています。

  • JDHealth:パンデミック以前は1日あたり平均1万件のオンライン診療の利用があったが、感染拡大以降は1日あたり平均15万件まで利用が拡大した。
  • AliHealth:5日間で10万人にサービス提供
  • Ping An Good Doctor:1月22日から2月6日までの1日の平均新規登録ユーザー数は、10倍に成長し、訪問数は11億1,000万に達しています。2018年まではPin An Good Doctorのユーザーの97%がPin An Insurenceの顧客からの流入でしたが、今回のパンデミックでそれ以外のユーザーの流入が増えたことが考えられます。同社のオンライン診療サービスの特徴は一貫したUI/UXで、オンラインでの診療から処方薬の送付、オフラインでの診察が必要な場合には最適な医療機関を検索し予約するまでを提供しています。

中国におけるオンライン診療ビジネスで特徴的な点は、他の多くの国と異なり、スタートアップによるものよりも大手IT企業による提供が中心であることです。テック系大企業がこぞって参入し、オンライン診療だけでなく医療情報メディアや医薬品EC、医療機関検索と予約サービスといった幅広いサービスを展開しているからこそ、パンデミック以前から、諸外国と比較しオンライン診療利用率が高くなっているのではないでしょうか。いきなり受診行動をオフラインからオンラインに変えようとしても、医療従事者だけでなく患者サイドにも抵抗が生じます。そういったなかでオンラインとオフラインをつなぐアプローチで展開していたり、既存医療機関を補完するアプローチとして深夜や早朝オンライン診療対応などでサービスをPin An Good Doctor等の事例は日本でも参考になるでしょう。

とはいえ、大企業だけでなくこの領域でユニコーン企業となったスタートアップも複数存在しています。当初医療相談サービスや医療メディアなどの医療関連サービスを展開し、その後オンライン診療の解禁とともにオンライン診療サービスの展開も開始した企業として、2011年創業のChunyu Yisheng(春雨医生)や2010年創業のWeDoctor(微医生、Guahao.comからテンセントに買収されたのちにWeDoctorに変更)、2006年のHaodf.com(好大夫)がユニコーン企業となっています。

またこれまで、一部の先進的な病院だけで進んでいたオンライン診療の整備でしたが、全国的に医療機関が対応を行なっています。中国では以前より診察や診断などの医療サービスをオンラインで提供できる設備を備えた病院をインターネット病院と呼び、2019年5月までに158のインターネット病院が設置され、19の省が遠隔医療プラットフォームを構築していました。今回のパンデミックで、200の公立病院がオンラインで無料の診察や相談を受け付ける設備を設置したとのことです。

これらの動きにより、中国のリサーチ会社Equal Oceanは、当初2020年の中国のオンライン医療市場は23億ドルと推定していましたが、COVID-19感染拡大によって290億ドル近くになると予想しています。

また、政府はプライマリケアにおける診療をオンライン化するだけでなく、AI画像診断によるCOVID-19診断の活用も医師に対して推奨しています。これにより、中国においては肺の放射線画像からCOVID-19を診断する画像診断の研究が進んでいます。

②アメリカ

自由主義的な社会保障により、国民の医療保険未加入率が高いことが問題になっているアメリカにおいては、COVID-19以前より諸外国と比べてもヘルスケアITやオンライン診療への対応は迅速に行われています。グローバルにWorld Medical Associationが「遠隔医療の実践における説明責任、責任、倫理ガイドラインに関する声明」を出す3年前の1996年に医療情報の電子化を推進するHIPAA(Health Insurance Portability
and Accountability Act、医療保険の携行と責任に関する法律)が、制定され、医療業界におけるIT活用の地盤が整理されました。2002年には米国で最初となるオンライン診療プラットフォームのTeladocが創業しました。

実際に多くの民間企業が参入し始め、スタートアップへの投資が加速するのは2000年代後半です。2008年の金融危機を受けて制定された、2009年の景気刺激策としてのARRA経済再生法の取り組みの中でも、医療ITの活用を促す法整備と投資が行われました。この中には医療情報の経済的な活用を促すHITECH(Health Information Technology for Economic and Clinical Health、経済的および臨床的健全性のための健康情報技術に関する法律)が制定されました。これにより、EHRや臨床の判断支援、日本のオンライン診療にあたるテレヘルスやリモートモニタリングの領域の導入が強化されます。公的保険であるメディケアとメディケイドを筆頭に、民間の医療保険企業にも、医療機関にかかれない消費者に対して、迅速で安価に提供できるオンライン診療が普及します。中国同様に店舗を持たないオンラインサービス提供者が、医者を採用しオンライン診療を提供するモデルが中心となり、医療保険各社がこれらのサービスの保険償還を拡大しています。

COVID-19発生後、アメリカにおいては、感染者が増加しはじめた3月上旬以降に政府の対応が進みます。オンライン診療を政府が推奨するだけでなく、①地理的制約の解除や、②プライバシーとセキュリティ要件の緩和したことが、特に既存医療機関におけるオンライン診療開始を促しました。また公的医療保険と民間医療保険により、オンライン診療の保険償還の拡大と、自己負担の免除をしたことが、オンライン診療の利用を促しました。

これらの推進策により、COVID-19前と比較し、消費者によるオンライン診療の利用と医療機関のオンライン診療対応が急速に進みます。パンデミック以前は消費者のオンライン診療普及率は8%でしたが、2020年3月の調査で、10人に1人以上の割合で、すでにCOVID-19関連で何らかのオンライン診療サービスを利用した人がいるという調査結果がでています。また医療機関における導入も顕著に増えています。2019年4月時点では、クリニックにおけるオンライン診療の導入率は23%で 、実際にオンライン診療を提供したことがある医師は22%でしたが、発生以降は米国の病院の約76%が、オンライン診療を行なっています。

また医療保険は店舗を持たないオンラインプロバイダーの各社のオンライン診療の保険償還を拡大し、利用回数も急速に伸びています。

③イギリス

原則無料で、国営の医療サービス(NHS)が利用できるイギリスにおいては、医療費が国家予算を圧迫しており、医療費抑制のための取り組みが早期から始まっていました。そのためCOVID-19発生以前より、NHSの医療機関はオンライン診療を導入するよう求められていました。諸外国と比較すると、NHSの臨床委託グループのうち6割が遠隔医療対応をするなど、パンデミック以前よりNHSは遠隔診療体制を構築していたと言えます。一方で実際の消費者の需要が増大し、臨床現場でも実施回数が大幅に増えたのはパンデミック以降であることがわかっています。

イギリス国内でも徐々にCOVID-19感染が拡大しはじめた3月上旬に、NHSはかかりつけ医(GP、General Practitioner、家庭医)による診療をビデオに切り替えるよう求め、PushDoctor、Babylonといったデジタルヘルスの民間企業に、オンライン診療導入拡大の支援要請も併せて行いました。また、医療機関に対しMicrosoft Teamsを無料提供し、これを使った患者のオンライン診療を行うよう推奨しています。NHSが国民に提供しているアプリ上では、慢性疾患の患者向けに処方箋のオンライン更新サービスを提供しており、感染拡大以降、この処方箋更新利用が加速しています。2020年3月時点で、前月比でアプリの新規登録者数は111%成長、処方箋更新サービスの利用回数は97%増加しています。

パンデミックにより、NHSの医療機関向けに、オンライン診療導入支援を行うスタートアップも著しく成長しています。2016年に創業し、これまでにAtomicoらから総額910万ポンド調達しているAccuRxは、NHSのかかりつけ医向けにSMSによるコミュニケーションツールを提供しています。イギリスのかかりつけ医の約2割ほどにSMS機能を提供し、主に次回予約などのリマインドなどに使われています。今回の感染拡大を受けてビデオ通話によるオンライン診療の機能も提供を開始し、このツールを介して4月中旬までに合計40万件を超えるオンライン診療が行われ、1日あたり平均3万5回の診療が行われています。2013年創業のPushDoctorは、NHSのかかりつけ医向けにビデオ通話によるオンライン診療対応や処方薬デリバリーを導入するソリューションを提供しています。同社はイギリス国内において感染が拡大した3月に、利用が70%増加したことを明らかにしています。

オンライン診療の手前で、トリアージを行うためのオンライン健康相談サービスを2,800以上のNHSのGPに提供するeConsult Healthは、感染拡大以降、NHSの公式アプリに実装された他、イギリス国防省は18万3,500人の軍関係者向けのオンライン健康相談ソリューションとしてeConsult Healthを導入しています。同様にNHSのGPによる対面診療の前のオンライン健康相談をテキストメッセージベースで70万件以上提供するスタートアップDoclyもあります。同社はスウェーデンでオンライン診療サービスとクリニック店舗を提供し、2013年の創業以来50万人の患者を診療する医療プロバイダーのスタートアップMin Doktorのスピンアウト企業です。

米国においてパンデミック期間中のHIPAA罰則の解除がありましたが、イギリスはGDPRに準拠することは引き続き求めています。

④フランス

現在のところ、EUには遠隔医療に関する統一された法的枠組みはなく、国ごとに規制があります。フランスにおいては、パンデミック以前の2018年9月よりフランスの大規模なペイヤーである全国疾病保険金庫(CNAM:フランス国民の8割以上が対象となる一般制度の保険を運用する組織)と5つの労働組合は、眼科や婦人科を除いた診療科において初診は対面診療が必須で、過去1年間に対面診療を受けた患者においてはオンライン診療を保険償還するようになりました。2019年1年間で6万回の遠隔医療相談が実施されていますが、これはフランス国内で行われた診療全体の0.1%にすぎないとされています。

COVID-19発生以前より展開しているサービスとしては、フランス発のオンライン診療スタートアップとして2014年に創業したMédavizや、2016年に創業したWelliumなどがあります。また、診療所検索と予約サービスを展開しているスタートアップDoctolibが2018年に、オンライン診療の予約と実施のプラットフォームへの参入を発表しています。国内のスタートアップだけでなく、スウェーデン発のスタートアップKRYも2018年にフランスのオンライン診療市場に参入し、LIVIというサービス名で既存医療機関向けにオンライン診療サービスの提供を開始しています。KRYは創業地であるスウェーデンでは、バーチャルプロバイダーとして展開していますが、フランスやドイツ、イギリスにおいては規制の影響でクリニック等の既存医療機関向けのソリューションとしてオンライン診療の導入を支援しています。

フランスにおいてもCOVID-19感染拡大を受けてオンライン診療の保険償還が拡大し、利用が拡大しています。2020年4月6日から12日の1週間で行われたCOVID-19関連の遠隔医療相談の数は100万件行われ、全体の28%が遠隔で行われたことになります。Doctolibは、ビデオによる遠隔医療相談の件数が40%増加したことを報告しており、3月5日にはビデオによるオンライン診療サービスを無料で既存診療所向けに提供を発表し、ユーザーはサービス上からオフラインの診療予約とオンラインの診療予約の両方を利用できるようになりました。またMedavizの新規利用医者数は週150%成長で増加しています。

収束後の浸透については、Doctolibが行った調査によると、患者の80%と一般開業医の74%が、ロックダウン後も遠隔診察を継続したいと答えていことがわかっています。

⑤ドイツ

ドイツは2018年までオンライン診療を許可していませんでしたが、2019年11月にデジタルケア法案が可決され、国民の9割が加入する法定保険はオンライン診療の保険償還が可能になりました。併せて医師は連邦医薬品医療機器研究所(BfArM)が認めたデジタル治療アプリを処方できるようになった他、研究機関が匿名化された患者の保険請求データを許可なく利用できるようになり、また、積極的な電子カルテや処方箋の電子化を促しています。オンライン診療だけでなく広くデジタル技術を医療において積極的に活用する流れが加速していくタイミングでした。

2020年3月以降ドイツ国内でもCOVID-19が拡大し、他の多くの国同様に健康保険各社がオンライン診療の償還拡大しています。これを受けて、医療の電子化の流れは一層加速しています。COVID-19発生以前、医療機関あたりの1日のオンライン診療時間は合計30分でしたが、現在は100分程度にまで成長しています。

また先に紹介したフランスやイギリスでオンライン診療サービスを提供するKRYもドイツ国内でサービス展開しており、ビデオによるオンライン診療のサービス利用量は200%成長しているとのことです。ドイツ発のスタートアップとしては2015年に創業し900万ユーロを調達するTeleclinicも週50%成長を遂げています。

医師によるオンライン診療だけでなく、理学療法士によるリハビリなど他の医療従事者によるオンラインでのケア提供も加速しています。ドイツ国内で理学療法センターを35拠点運営するNOVOTERGUM社が、2015年に設立したオンラインリハビリソリューションの子会社Arzt AGは、理学療法士などの他の医療専門家に同社のビデオ診療ソリューションを無料提供することを明らかにしました。

⑥東南アジア

中国のPing An Good Doctorはサービス提供を国外にも拡大しています。2019年にシンガポールのライドシェアサービスGrabと合弁会社GrabHealthを設立し、インドネシアでオンライン診療サービスを提供しています。3月末にはインドネシア政府と提携し、COVID-19のオンラインスクリーニングを発表しています。約1万4000もの島々から形成されており、国民の約3割がいずれの健康保険にも加入できていないインドネシアにおいて、GrabHealthを始めとするAlodokterやHalodocといったオンライン診療サービスのスタートアップの活用が期待されており、インドネシア保険相テラワン・アグス・プトラント氏は「自宅療養する患者にとって、スタートアップのオンラインソリューションで専門家とコミュニケーションが取れる意義は大きい」と述べています

今回のCOVID-19感染拡大を受けての東南アジアで顕著な動きとして、世界的保険会社とオンライン診療サービスの提携が加速しています。シンガポールのスタートアップでタイやマレーシアでもサービスを提供するDoctor Anywhereが、大手保険会社のAIGやCigna Globalと提携し加入者向けに、オンライン上でCOVID-19に関して無料で相談サービスを提供しています。東南アジアにおける世界的保険会社によるオンライン診療との提携はAIGやCignaにとどまらず、AXAも強化しています。AXAはインドネシアでHalodocと、フィリピンでMyPocketDoctorと、中国でTencent Trusted Doctorsと提携し、同社の顧客企業の従業員向けに遠隔相談を提供しています。

収束後のオンライン診療

ここまでは現在までに起きていることをご紹介しましたが、最後にCOVID-19収束後を踏まえた長期的展望についてもご紹介します。

パンデミックへの対応のために急速にオンライン診療をはじめとするデジタルヘルスの活用を進めた結果、収束後は再度整備が行われるでしょう。COVID-19収束後に残された課題としては、プライバシーとセキュリティの整備と、オンライン診療の医療の質の評価とコントロール、電子カルテ連携などの既存の医療機関のITインフラの見直しが求められます。HIPAAやHITECHのような詳細なガイドがない日本においてはその整備がされることで、オンライン診療以外にも、医療機関のDXがすすむ可能性が期待できます。

COVID-19感染拡大により、患者と医療機関、医療従事者の診療行動は大きく変化しました。収束後に一時的な規制緩和の再調整・振り戻しがあっても、長期的に世界中で活用は進むと考えられます。医療のオンライン化に伴い、3つのことが予想されます。

1つ目は、バーチャルプロバイダーが可能な国を中心に、医師などの医療従事者の獲得競争が激しくなることが考えられます。実際すでに、アメリカや中国ではオンラインプロバイダーが医師の獲得を強化しています。中国においてオンラインプロバイダーがそれぞれ1000名近くの医師を雇用できている背景には、中国の医師の低賃金や過重労働があったと言われています。そのため、現役医師や、退職後の経験豊富な医師が、自宅から効率よく稼げるオンライン診療でバイトをするようになったと言えます。

2つ目は、医療のクロスボーダー化です。COVID-19で、国境や州を超えたオンライン診療サービスの利用が増加しました。ロンドン在住の中国人がWeDoctorを利用した事例や、Baidu Health上では中国国内だけではなく国外からのアクセスがあったことが明らかになっています。また24時間対応や、KRYのように複数言語対応のプラットフォームもでてきています。これらが、国境をこえた医療の提供を加速する可能性があります。

3つ目は、 診療支援をおこなうAIの実働が加速することです。医師獲得競争が激化している中で、アメリカや中国のバーチャルプロバイダーは、医師1人当たりの効率をあげるために、AIの活用をすでに行なっています。Ping An Good Doctorは医師による診療効率をあげるため、問診プロセスの対応やダブルチェックを行うAIを導入していることを明らかにしており、4月の時点で、累積6億7,000万件の診察データで継続的にトレーニングしていることと、3,000以上の疾患に対応していることを明らかにしました。

個人的な考えを最後に一言だけ記載させていただくと、この特殊状況下で進んだ医療業界におけるDXが、不可逆的であってほしいと強く願っています。そしてそれを可能にするのは、実際に医療領域でデジタルソリューションを展開するスタートアップだと思っています。

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Senior Associate @ Coral Capital

Miyako Yoshizawa

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