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なぜSlackはTeamsに抜き去られたのか

昨年7月に発表されたMicrosoft Teamsの1,300万DAUという数字にテック業界は一瞬騒然となりました。破竹の勢いで成長していたSaaSユニコーンで大型IPO銘柄のSlackを、ほとんど瞬時に抜き去ったからです。

コロナ禍はTeams、Slackの双方に追い風となりましたが、特にTeamsは3月初旬に1週間で40%増の4,400万DAUとなり、その後の4月末の時点では、さらに70%増となる7,500万DAUとなるなど、凄まじい伸びとなっています。Slackは最近はDAUを明かしていませんが、最後の公式の数字は2019年10月で、そのとき1,200万DAUだったことを発表しています。Slackの発表文にあるように、サービスの普及や利用は単純なDAUだけで計測できるものではなく、接続可能なサービスの数やエンゲージ時間なども考慮に入れるべきでしょう。しかし、DAUは極めて重要な指標です。

2013年ローンチのSlackは、ほかのSaaSスタートアップと比較しても圧倒的なスピードで立ち上がりました。例えばBessemer Venture Partnersの2019年のクラウドレポートで比較されているSaaS企業を見てみると、SlackがいかにSaaSスタートアップの中でも群を抜いてユーザー数や売上規模を増やしたかが良く分かります。

MicrosoftがTeamsを発表したのは、2016年11月のことでした。つまり強烈な成功を収めつつあったSlackを、ローンチからわずか3年ほどでTeamsは背後から抜き去ったのでした。伝統的にMicrosoftは何か急に立ち上がる市場があると見ると、少し遅れてから参入し、だいたいバージョンが3回ほど上がった頃に既存有力プロダクトを打ちのめすというのが過去30年の勝ちパターンでした。OSやオフィス、ブラウザが、そうでした。音楽プレイヤーやスマホではAppleやGoogleに大敗しましたが、今回のSlack追随は、そんなMicrosoftの昔ながらのDNAを思わせるものがありました。

なぜ、これほどTeamsには勢いがあるのでしょうか? そこには2020年にSaaSの未来を考える上で重要な論点を含んでいるように思います。

Teamsの普及が速い3つの理由

本来、Slackのようなチャットツールはネットワーク外部性が働く典型的なサービスです。利用者が増えると、それによって利用価値が上がる好循環が働きます。特に異なる組織をつなぐ「共有チャンネル」が出てからは、その傾向が強まっています。Coral Capitalでも投資先企業との連絡のために共有チャンネルを使っていますが、異なる2社でも両方がすでにSlackを使っていれば、いつものアカウントのまま非常に簡単にチャンネルを開けて便利です。

一方のTeamsの普及が速い理由は、3つほど考えられそうです。

1つは、すでにMicrosoft 365(旧Office 365)を導入している組織であれば、そのままTeamsを追加費用なしに利用できること(有料版もあります)。

2つ目の理由として、カレンダーやビデオ会議、オフィス文書編集、クラウドストレージとスムーズに連携して動くこと。

3つ目の理由は、Microsoftが元々エンタープライズ領域で強力な営業部隊とインセンティブプログラムの元に動いている外部販売パートナー企業のエコシステムがあったことです。顧客企業に導入支援をするパートナー企業は、サブスクリプション料金の一部を受け取ることができる上に、統合された環境で動くツール群は運用維持やサポートの手間が少ないというメリットがあるので、ますます統合ツールの導入支援をしたくなるはずです。2020年第3四半期にMicrosoft 365の有料法人アカウント数は2億5,800万ユーザーにものぼりました

Slackだけではありませんが、ネット上のツールやソフトウェアの世界では長らく「ベスト・オブ・ブリード」という言葉がありました。特定企業の製品で統一するのではなく、それぞれのジャンルでベストなものを組み合わせて使うという意味です。選択肢が豊富にあり、各ジャンルで競争が起こっている中からベストのものを選択できるというのはユーザーにとって大きなメリットになります。チャット、ToDo、CRM、メール、ビデオ会議、採用候補管理ツールなど、全て別企業のプロダクトを利用するような状態です。現在のSaaSは多分にそういう世界になっています。異なるSaaSをつなぐサービスとしてZappierやParagon、国内でもAnyflowといったスタートアップが成長しています。また、異なるSaaSを多数使うことからアカウントやライセンス、支出の可視化と管理をするビジネス・スペンド・マネジメント(BSM)のSaaS対応が進み、CoupaやZylo、国内ならLeanerといったスタートアップも出てきています。

Slackの良さは、他のネット上のサービスや、自作ボットと簡単に連携できるところにあります。ちょっとした設定やコーディングさえすれば、業務フローを実現したり、簡易な勤怠管理をSlack上に実現することすらできます。エンジニア用語でいえば、Slackはネットにおける「標準出力」の座を取ったのだと思います。非エンジニアであれば、あの黒い文字だらけの画面を思い出して頂ければと思います。エンジニアが見つめている黒い画面には、さまざまなアプリから流れ込むログ情報が表示されていることがあります。1箇所で全部が見れるのは便利なのです。Slackは、さまざまな情報が自動で流れてくる画面として、また簡単なリアクションや議論までそこでできる場としての便利さがあります。先日紹介した社内IT部門向けの自動応答AIチャットボットのスタートアップ「Moveworks」などがその典型です。Slackのボットの多くは簡単な選択肢や入力ウィンドウを提示するなどUIも備えています。かつてSlackがチャットではなく「ビジネスOS」だという言い方をしていたのも、この辺りのエコシステムを指してのことでした。

Teamsが出てくるまで、Slackは他アプリのつなぎ込みによってエコシステムができ、強力なモート(moat:英語で「堀」の意味。城を攻撃から守る堀のイメージから参入障壁のこと)を築いているように考えられていました。例えば、以下のブログ記事はSlackのモート、ネットワーク外部性と、その強さについて考察しています。

1つ目の記事は2015年、下の2つは2019年(IPO直後)のSlackの有望さや驚異的な成長スピードを伝えています。ただ、実際にはSlackのモートはMicrosoftという強敵の前には頑健とまで言えなかったのかもしれません。

これはどんな産業でも繰り返し起こることですが、複数の小さなサービスをまとめる「バンドリング」と、何かのサービスから別サービスを切り出す「アンバンドリング」は振り子のように行ったり来たりするものです。その2つの局面でいえば、ネットの生産性ツールはバンドリングが有利になってきている、ということが言えるのではないでしょうか。過去10年ほど、ToDoやカレンダー、チャットといった領域では単体のアプリやSaaSが登場しましたが、より大きなところに買収されるということが次々に起こりました。組織内チャットのYammerやカレンダーアプリのSunrise、タスク管理のWunderlistなどです。最初から大手によるM&Aを狙ったスタートアップも少なくありませんでした。

Teamsは買収で集めたツール群ではありませんが、チャットはSlackに似ていますし、Plannerは5年遅れで出てきた簡易版Trelloといった印象です。個別ツールの成功を見て、それらの良いところをシンプルにして1つのパッケージで提供したバンドリングだったから、Teamsは一気に普及したのではないか、というのが私の意見です。One Driveや既存のファイル型のオフィス文書もうまく統合されていますし、Teamsでは構造化メモツールとしてWikiまで使えたりします。

Teamsのような統合の効果は絶大です。その優位性が大きすぎることもあり、7月23日にSlackがMicrosoftを欧州委員会に独禁法違反で提訴するという事態にまで発展しています。

別々に立ち上がったり買収してきたGmailやGoogle Docsが、2016年になってG Suiteのブランド名の元に統一されたり、中国のモバイルの世界でスーパーアプリ化が起こっているのもバンドリングの流れの中にあります。2020年7月16日にはGoogleがGmailを中心としたG Suiteの再編をしたことが話題になっています。Teamsの破竹の勢いと、これまでのGoogle HangoutやMeetといったコミュニケーションツールの劣勢を考えると、きわめて妥当な動きだと言えるでしょう。

一方で、2020年のネット上でも個別に単機能を切り出して提供したほうがビジネス的合理性のあるアンバンドリングが進む領域もあります。例えば金融における決済機能としてPayPalやStripe、ビジネスアプリにおける動画・音声通信のTwilioやAgora.ioなどがあります。先日上場した上海発のAgora.aiは動画・音声のライブ配信ができるAPIとSDKを企業や開発者向けに提供しています。今後、ゲームやコミュニケーション系のアプリだけでなく、ビジネス系のコラボツールでも、画面上に重なる形で互いに顔が見えたり声が聞こえるようになるとしたら、そのときの通信部分を各サービスが実装するのはナンセンスでしょう。

Slackは、SaaSスタートアップの輝かしい成功事例として大いに参考になることがあると同時に、バンドリング・アンバンドリングという振り子の中でスタートアップが大手や統合型SaaSと戦っていくときのケース・スタディとして、とても興味深いものではないかと思います。

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Partner @ Coral Capital

Ken Nishimura

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