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NPSが75ポイントも上昇、カケハシが実践する「顧客1on1型」のオンボーディングとは?

SaaS企業に欠かせないカスタマーサクセスですが、まだ日本では歴史が新しいことから、さまざまな模索が続いています。調剤薬局向けSaaSを提供するカケハシはエンドユーザーとなる薬剤師に12回に及ぶ1on1を実施する「オンボーディング」を導入。これがNPSを75ポイントも向上させる成功した施策となりました。Coral Capital投資先コミュニティーが集まる勉強会で共有された知見のエッセンスを記事でお伝えします。

ーーオンボーディングの話の前に、まずカケハシについて教えてください。

カケハシは調剤薬局向けのSaaSサービスを提供している会社です。調剤薬局の役に立つだけでなく、その先にいる患者さんに対しても価値貢献をしていくことをミッションとし、薬剤師と患者さんの両輪を見ながら事業を進めています。

現在3つのサービスを提供しています。創業時から取り組んでいる主軸サービスがMusubiです。Musubiでは、処方にあわせた薬剤情報、患者さんの健康状態や生活習慣にあわせた指導内容・アドバイスを自動で提示する仕組みを提供しています。薬剤師には、「服薬指導を行う」、「薬歴を記入する」という業務がありますが、主にその部分を担うサービスです。

加えて、薬歴の当日記載完了率など薬剤師の業務状況を表すデータから、売上をはじめとする店舗経営データ、処方箋数や再来率・新患率など患者さんとの関係性を表すデータなどを分析し、薬局業務を可視化するMusubi Insightというサービスや、患者さん向けのおくすり連絡帳Pocket Musubiも提供しています。

Musubiのオンボーディング事例をもとに話していきます。

渡部 桂太(わたなべ・けいた)。株式会社カケハシ ユーザーサクセスチーム/ディレクター。岐阜県出身。幼少の経験から医療に対し貢献すべく、大学ではパーキンソン病患者の行動を支援する移動型手すりの開発、大学院では社会保障費の配分と介護/医療施設の存続に関するモデルの研究を行う。2014年東京工業大学大学院修士課程修了。野村総合研究所で社会保障領域でコンサルティング、システム開発、プロジェクトマネジメントに従事。より地域医療に貢献していきたいと考え、2019年5月カケハシに参画。

オンボーディングは12回にも及ぶ導入側顧客との1on1

ーー導入顧客側で実際にシステムを日々利用することになる薬剤師一人ひとりに対して12回に及ぶ1on1を「オンボーディング」とされています。とても珍しいと思うのですが、具体的にどんな内容で進めているのですか。

導入が決定してから毎週薬剤師一人ひとりに20分〜30分程度、1on1を行っています。1薬局あたり、平均3〜4名ほど受講されていますね。この12回のオンボーディングを「Manabi(マナビ)」と呼んでいます。

セールスチームから引き継がれたのち、ユーザーサクセスの私たちが薬局経営者さんとManabiキックオフに入ります。こちらは12回の1on1の前に行うものです。キックオフでは導入目的をすり合わせ、その内容を、薬剤師さんとの1回目と2回目の1on1で共有していきます。

成約からおおよそ2週間後にMusubiのセットアップが行われた端末を導入しますが、Manabiは、Musubi端末の導入前から開始します。端末が届いてから話すと、ついつい端末を触りたくなりますよね。端末が届く前にMusubiを導入する意味や、導入後に目指すことなどをじっくりと話して、Musubiを導入する目的を深く理解してもらいます。また、この段階でMusubiの概要や理想的な操作方法をお伝えし、薬剤師さんとゴールのイメージを共有します。

Musubiが届いたら、第3回のオンボーディングに入ります。3回目から8回目までの1on1を仕様理解期間と定義し、この期間の中で、Musubiを使えるようしっかりとレクチャーしていきます。この段階から、「レクチャーによるインプット」「ロールプレイングによるアウトプット」「宿題における振り返り」という3つのコンテンツで1on1を構成しています。

1on1イメージ図(画面共有しながらZoomで1on1を行います)

仕様理解期間においては、薬剤師さんの業務の流れに合わせて最もシンプルな機能からスタートし、できたという体験を各回で積み重ねていただきつつ、後半で比較的複雑な機能のレクチャーを行うという構成にしています。まとめてレクチャーを受けても消化不良になってしまい、中々モチベーションも維持できなくなってしまう。それを避けるため、一気に教えてしまうのではなく、機能ごとに回を分けてオンボーディングを進めています。機能の使い方をインプットし、ロールプレイングでアウトプットして、それらを復習できる宿題を出す。この流れを繰り返しながら、オンボーディングを重ね、回を進めていくごとに業務フローに応じた機能群の使い方を徐々に身につけていただきます。

この工程を経たら、実際に業務の中で使い始めます。この段階に突入するのはMusubi端末が届いてから約1か月後ですね。業務で使い出す直前に、薬局に応じた運用フローを固めていきます。この運用フローもかなり重要です。

Musubiの運用開始後、9回から12回の1on1の中で、実際の業務内で発生する質問を薬剤師さんから受けたり、Musubi Insightを活用することで業務状況を示す数値がどのような変遷を辿っているかを薬剤師さんと一緒に確認していきます。この期間に達する頃には、一定の運用フローを覚えているので、より効率的に操作するためのショートカットなど効率化するTipsを共有したりもします。

12回のオンボーディングの終了をもって「卒業」とし、次の担当に紹介します。卒業時にカケハシのLINE公式アカウントとつながっていただき、困ったときに相談できる体制を整えます。

全ての1on1が終了したら、簡単なアンケートに回答してもらい、NPS(ネットプロモータスコア)の計測などを行います。自社の計測ではありますが、NPSは旧体制から新体制に変わったことで75ポイント上昇しました。

オンボーディング改革の裏側

ーー75ポイント!旧体制から新体制に変わる際にはどのようなことをしたのですか。

ユーザージャーニーを徹底的に書き出すところからはじめました。ひとりも漏れなく、本質的にサクセスさせるために、どの程度の期間をかけてタッチポイントをどの程度の回数に持っていく必要があるのか?と問いかけ続けた結果、「12回」が最適解だと導き出されました。

2019年の秋頃から3か月ほどで企画およびManabiに必要なコンテンツ制作を行い、そこからさらに3か月で社内体制の変更と計半年程度をかけて、新体制に変えていきました。

ただ、この体制を敷くことができた大前提として2点共有しておきたいことがあります。1点目は経営陣のカスタマーサクセスに対する深い理解があり、新体制に向けたアドバイスや投資を十分に受けられたことです。2点目は旧体制においても、オンボーディングを担当していたカケハシ社員全員が薬剤師さんへ真摯に寄り添い、知見が社内に蓄積できていたことです。今振り返ってみると、これらの要素は欠けてはならないものでした。

ーー12回もの1on1を薬剤師さんにお願いするのも、結構ハードルが高そうですよね。

日々多忙な薬剤師さんですから「忙しくて、受講できません」というお声ももちろんあります。ただ、この入り口だけは絶対に受けてもらえるよう、カケハシのマーケティング、営業など成約前の段階から強く促しています。一度受講を開始してしまえば笑いあり、涙あり(笑)のManabiとなっているため、受講にネガティブであった薬剤師さんも、ほとんどの方が途中で離脱することなく卒業されています。受講後、皆さまにはたくさんの嬉しいお声をいただくとともに、Musubiを他の薬剤師さんにご紹介いただくなど非常に満足してもらえているという状況です。

けれども、12回も1on1に時間をかけねばならないというのは、薬剤師さんも薬局経営者さんも不安ですよね。そのため、オンボーディングをお願いする際には必ず、すでにMusubiをご利用いただいている薬剤師さんのコメントやお声をまとめたムービーも抜粋して見せ、薬剤師さんがオンボーディングを経た先を想像しやすいよう、ご紹介しています。

カケハシの「サクセス定義」

ーーカケハシが掲げる、カスタマーサクセスにおける「サクセス」の定義について教えてください。

サクセスの定義は2段階あります。

1段階目は、各項目の一定の数値を達成していることです。Musubiをよく利用していただいている方の平均値を目標値として設定し、9回目から11回目の1on1で各項目で数値を達成できているか確認します。具体的な項目の例としては、当日の薬歴記入の達成率や、Musubiが提案する指導文の利用率などですね。薬剤師さん側(薬局)で達成したい数値などが具体的にある場合は、そちらを優先することもあります。

しかし、最初に設定した数値に届かない薬剤師さんもいます。その場合に適用するのが2段階目の定義です。カケハシでは、3ステージの運用パターンを定義しています。その上位2ステージに該当するのであれば、「今後、時間経過とともに業務効率化が実行・実感できる」状態であると言えるので、問題ない(サクセスしている状態)と判断しています。

上位2ステージに該当していなければ、達成できていない状態です。そうなった場合は、個別にどのように進めていくかをご相談のうえ、追加の支援を行います。

細分化された組織体制

ーーカケハシのCS組織はどのように構成されているのですか。

ユーザーサクセスチーム、カスタマーエンゲージメントチーム、アカウントサクセスチームの大きく3領域で構成されています。

ここまでお話していた12回のオンボーディングを担当するのがユーザーサクセスチームです。ユーザーサクセスチーム内にはユーザーサクセストレーナー(USTr)、ユーザーサクセスマネジャー(USM)の2つのロールを配置し、12回のオンボーディングの実行を担うのがUSTr、薬局全体のサクセスにコミットするのがUSMという役割分担としています。USTrの多くは営業経験など高いスキルセットがあるが、フルタイムでの稼働が難しいパパママも多いです。

そして、オンボーディングを卒業した後に引き継ぐのが、カスタマーエンゲージメントチームです。オンボーディング卒業時、薬剤師さんにLINEの友だち登録をしていただき定期的なタッチポイントを取っています。大きく分けた3チームのうち、このチームでユーザーセミナーの企画や運営なども行っています。

最後に、アカウントサクセスチームの役割としては、顧客の事業成果にコミットし、高い満足度を感じてもらうことです。主にアップセルやクロスセルをミッションとしています。

そのほか、サポートデスクやテクニカルサポートがCSチームに近い領域として設置されています。

ーー機能要望などもたくさん寄せられると思います。稼働時間の限られているメンバーに担当してもらう中で、そうした要望をプロダクトに取り込むために、どのような体制を敷いているのでしょうか。

USTrとUSMの二層に分けているポイントになります。USTrは薬剤師さんのリアルなお声を吸い上げ、蓄積する。これに対し、USMは蓄積された要望の背景にあるポイントを少し俯瞰し、プロダクトをどう実装すれば最適な形で反映できるのか考え、プロダクトへのフィードバックを行います。小さなプロダクトオーナー的な役割もUSMの仕事のひとつです。

※カケハシではカスタマーサクセス領域をはじめとして、一緒に働く仲間を募集しています。興味のある方は、ぜひ採用ページを覗いて見てください。

(構成:馬本寛子)

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