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米国MBAは起業に役に立つのか?

本記事はTemma Abe氏による寄稿です。Abe氏は東京大学経済学部を卒業後に新卒で三菱商事に入社。2016年からのアクセンチュア勤務を経て、2019年からは米国西海岸に在住し、UC BerkeleyのMBAプログラムを経て、シリコンバレーで勤務しています。現地テック業界で流行のニュースレターやポッドキャストを数多く購読しており、そこから得られる情報やインサイトを日本語で発信する活動をされています。


学校別ユニコーン輩出ランキング

少し前に、スタンフォード大学のビジネススクール教授が出した以下のグラフが米国MBA界隈では話題になっていました。各学校のMBA卒業生1,000人に対して、何人がユニコーン創業者となったかを示しているグラフです。作成者のバイアスはあるかもしれませんが、スタンフォード、ハーバード、UCバークレーが上位に来ているのはサプライズは少ないかな、という肌感覚です。

なお、1年あたりの学生数を勘案すると、スタンフォードとハーバードは毎年1社以上のユニコーン企業の創業者を輩出していることになります。

  • スタンフォード(年間約400人):3 / 1000 * 400 = 1.2 / year
  • ハーバード (年間約900人):1.6/1000*900 = 1.4 / year
  • UCバークレー (年間約300人):1.4/1000*300 = 0.4 / year

この計算では、毎年の受け入れキャパシティが多い学校の方が有利になります。少し話はそれますが、ビジネススクールの経営という目線で考えると、ハーバードのように大量の学生を採用して将来のビリオネア卒業生の人数を増やす方法は合理的です。授業料収入の積み上げよりも、突出して成功した卒業生からの寄付収入の方が大きくなる可能性があるからです。ただし、当然ながら、大量採用とはいえ、学生の質を維持しつつという前提なので、ハーバードのようなトップスクールにしかできないやり方かもしれませんが。

世の中のユニコーン創出確率よりも数万倍高い?

さて、多くの皆さんは米国ビジネススクールの序列なんて興味ないと思いますので、視点を変えて分析して行きたいと思います。米国著名VCの1つであるFirst Round Capitalの有名なブログの中に、以下のタイトルの記事がありました。

“There’s a .00006% Chance of Building a Billion Dollar Company”

ユニコーン企業を築く確率は0.0006%(=6/100,000)しかないとのことです。この元ネタがどこから来ているのかは探せなかったのですが、First Round Capitalが引用していますし、他の多くのメディアでも使われているのを確認したので、ここでは信頼できるデータだと仮定します。

これを、前出のビジネススクールのデータと比較してみます。

  • 上位3校の1,000人当たり1.4〜3人という数値は、0.14〜0.3% にあたります。
  • これは0.0006%の2,300〜5,000倍にあたります。
  • さらに、私のUCバークレーでの経験に基づく感覚値では、起業する学生は全体の1割(10%)もいないはずです。
  • なので、ランダムに1,000人からピックアップするのではなく、実際に起業する学生だけを選別すると、確率は1.4%〜3%となり、0.0006%の23,000〜50,000倍にあたります。

まとめると、「実際に起業しているMBA」に絞って投資をすることは、全ての起業家にランダムに投資する場合よりも、2万〜5万倍高い確率でユニコーンに化ける可能性があることになります(注:ただし、0.00006%の算出に使われる分母に、全てのスモールビジネスが含まれている可能性があるので、apple to appleの比較になっているかは断定出来ません。一方で、ビジネススクールの起業家にも、個人ビジネスや社会起業に近いケースも含まれています)。

Y Combinator出身者よりも成功確率が高い?

上記の数値を前面に出すのは、ビジネススクールによるプロモーションとしてはとても有効です。しかし、たとえ上記の前提や計算が全て正しかったとしても、それだけではMBAが起業家にとって望ましいという結論には至りません。

まずは、他の集団と比較する必要があります。ビジネススクールよりも成功する起業家を輩出している確率が高い集団はありそうです。例えば、少なくとも以下はリサーチの価値があります。

  • トップティアのコンピューターサイエンスの学部・大学院
  • 起業家が集まる集団として最も有名とも言える、Y Combinator

15社のユニコーン企業を調査したというこちらの記事では、創業者の学歴は「学部出身」が圧倒的に多かったとのことです。以下のグラフを見て頂くと分かる通り、MBAは2番目の多さでした。残念ながら学部別のデータはなく、母集団の大きさも分からないので、ユニコーン輩出「率」の計算は難しそうです。

次に、Y Combinatorの実績について調べたところ、以下のデータがありました。

つまり、ユニコーン輩出率は0.78%(=25/3,234)と計算できます。上記で見た通り、実際に起業するMBAがユニコーンの創業者になる確率は1.4%〜3%でしたので、なんと、世界で最も有名な起業家養成組織ともいえるY Combinator出身者よりもオッズが数倍高いということになります。

注:ビジネススクールの定員数は総じて長い間変わっていないのに対して、YCは近年参加企業数を大幅に増やしていることが、確率を押し下げている可能性があります。数年経てばYCからのユニコーンのさらなる積み上げが見れるかもしれません。また、2005年〜2009年の145社で見てみると、Airbnb、Dropbox、Stripe、Twitch、MachineZoneの5社がユニコーンなので、5/145=3.45%でした。

だから起業で成功したければMBA、という話にはならない

さて、上記は驚くべき結果でしたが、それでもまだMBAに行くと起業成功確率が高まるという結論にはなりません。「MBAが起業に有効である」という因果関係ではなく、「トップビジネススクールには、起業に成功する人が多い」という相関関係である可能性もあります。

つまり、ビジネススクールでの経験が起業に活きたのか、もともと素質のある人(起業に成功する可能性の高い人)がビジネススクールに集まってきているのかは分からない、ということです。

これは、ビジネススクールと入学の難易度が同程度の他の学部における起業のデータと比較すれば、証明できるかもしれません(前述のスタンフォード大学の教授も、次のリサーチとしてこの比較データを集計中であると言っていました)。

なお、LinkedIn創業者でGreylock Partnersでパートナーをしている米国スタートアップ界の重鎮リード・ホフマン(Reid Hoffman)は、MBAに対して明確に懐疑的な発言をしています。

「スタンフォード、MIT、ジョージア工科大学、カーネギーメロンのコンピュータサイエンス学科の卒業生全員と、ハーバード、スタンフォード、ウォートン、ケロッグのMBA卒業生全員のどちらに投資するかと聞かれたら、私はコンピュータサイエンス学科の卒業生を選びます。実際、MBAを取得することは、起業家精神にとって不利なシグナルであると私は考えています」

因果関係があるとすれば、コミュニティがもたらす価値

さて、ここからは定性的かつ伝聞や私の肌感覚に基づく考察ですが、MBAが起業に役立つとすれば、どんな要因がありうるかを考えたいと思います。

1. 良質なコミュニティに所属することの価値

  • アメリカ人の多くの人は愛校心が強く、就職活動・キャリア形成において、学歴ネットワークが日本以上に重要な社会である。
  • 特にVCにはビジネススクール出身者が多いので、有名校出身であることは資金調達時のネットワーキングにおいて役に立ちそう。
  • それぞれの大学関係者に特化したアクセラレーターコンペティションVCなどのエコシステムも充実してきている(それぞれのリンクは私が知っているUCバークレーの事例です)。
  • 共同創業者や初期メンバーを見つけやすい。トップ校はビジネススクールに限らず、総合的に強い大学ばかりなので、学内においてテクニカルな人材へのアクセスもしやすい。

2. ビジネススクールにおける時間的余裕*

  • GPAが就職活動で極めて重要になる学部生や、他の大学院生と比べて、ビジネススクールでは成績は重要ではない。
  • 学生間の競争が熾烈ではないので、卒業するために必要な成績を取ることは難しくない。
  • 多くのビジネススクールでは就職活動時にGPAを開示しないというルールがある。
  • 修士論文の作成も一般的には必須ではない。
  • そもそも起業する学生でなくとも、学業(academic)・就職活動(recruiting)・課外活動(extracurricular)・交流(social)のなかで、学業が占める割合はそれほど高くない。もちろん勉強に力を入れたい人のためのリソースも大量に存在しますが)

*ハーバードは成績下位者の数%は退学になる、という話を聞くので、私が経験した世界とはまた違う環境なのかもしれません。そうした環境下で起業して成功する人は、それこそ元々スーパーな人だから成功したんだろうな、と思います。

3. 成功ストーリーがもたらす自己実現的予言

  • 今回出てきたような「MBAは起業に成功する確率が高い」というような話が出ると、実際に起業を見据えてビジネススクールにやってくる人材が増える可能性がある。
  • コミュニティ内で起業志望の学生がお互いに刺激し合う環境が出来て、チャレンジする人が増えることで、起業の成功事例が増える。
  • また、VCなどの投資家も有望なスタートアップを探しにキャンパスにやってくるようになる。
  • これにより、さらなる好循環が生まれる。

米国起業を目指す日本人にとってMBAは有力な選択肢の1つ

加えて、日本人がアメリカで起業する最初のステップとしてビジネススクールに行くのは、有力な手段の1つになると思います。

ビザという大きな問題をある程度解決することができる

  • ビジネススクールに留学すれば、最低3年間(学生生活2年間+OPT1年間)はアメリカに滞在することができ、起業にトライすることができる。
  • 観光ビザで短期移住して起業するケースと比べると、時間的・心理的な余裕が生まれる。
  • その間に投資家を見つけて、E-2ビザを取るのが最も一般的な道。

アメリカ人にとって分かりやすい学歴・経歴は役に立つ

  • 日本の有名大学はアメリカではブランドにはならない。分かりやすいアメリカでの学歴があることは、資金調達や採用において役に立つ。
  • (一方で、アメリカの大学を経ずとも、日本からシリコンバレーのアクセラレーターに合格して、そこから信頼と実績を積み上げて起業されるケースもあるようです)

アメリカ人の共同創業者を学内で見つけやすい

学生ビザの状態では自由にビジネス活動をすることが出来ないので、アメリカ人の共同創業者がいることが望ましい。

ビジネススクールは日本人にとって合格しやすくなっているのでチャンスかもしれない

世界全体での志望者数は増えている一方で、日本人志望者の数は明確に減少している

  • 多くの会社が社費制度を廃止・縮小
  • 高騰する学費や機会費用を含めた2,000〜3,000万円の投資という金銭的な問題

コンピューターサイエンスの大学院などと比べれば、おそらく受かりやすい。

  • ビジネススクールの採用プロセスにおいては国籍などの多様性も考慮されるので、日本人の枠は一定存在する

米国で起業した日本人MBAリスト

ただし、私が調べた限りですと、これまで日本人MBAでアメリカで起業された方は、10名もいらっしゃらないようでした。なので、日本人がアメリカで起業する上でMBAがどれだけ有効であるかを定量的に示すことは現時点では難しそうです。

名前 会社名 学校 創業年 資金調達額 備考
Ken Miura 氏 DouZen UCLA Anderson 2011年 $3M
森田 博和 氏 Origami Chicago Booth 2013年 不明 Origamiは撤退し、日本で別の会社を創業
古賀 洋吉 氏 Drivemode Harvard Business School 2014年 $12M 2019年にHondaに売却
塩出 晴海 氏 Nature Remo Harvard Business School 2014年 $6M 2019年に拠点を日本に移し事業継続中
冨田 龍起 氏 Orbweb UC Berkeley Haas 2014年 不明 Vivaldi Technologies(ノルウェー)も創業
古賀 大貴 氏 Oishii UC Berkeley Haas 2016年 $50M
真田 諒 氏 WeAdmit Michigan Ross 2017年 $0.4M
阿部川 明優氏 Genial AI CMU Tepper 2017年 不明
朝谷 実生 氏 Curina Columbia Business School 2019年 $1M

*資金調達額はPitchbook・Crunchbase上の情報

補足

  • この記事を作成するにあたって、私自身が起業を経験しているわけではないので、定量的なデータの議論を中心にしております。
  • 記事後半に記載した定性的な議論については、私が在籍したUCバークレー Haasで伝聞・間接的に経験したことを基に書いております。他のビジネススクールにおいては環境が異なる可能性もありますし、個別ケース毎で当てはまらない項目がある可能性もあります。
  • 最後に記載したリストは、個別企業を紹介する目的ではないので、起業家の皆さんにコンタクト等はしておらず、インターネット上で集めた情報を基に作成しております。
  • この記事はアメリカにおける起業に着目したものなので、米国MBA取得後に、日本で起業されているMBAの方は数多くいらっしゃいますが、リストには含めておりません。
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Contributing Writer @ Coral Capital

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Temma Abe

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