本ブログはニューヨークのベンチャーキャピタルUnion Square Venturesでパートナーを務める、Fred Wilson(フレッド・ウィルソン)氏のブログ「AVC」のMBA Mondaysというシリーズの投稿を翻訳したものです。第一回と前回の「統合後の事業計画」に続き、今回は第三回としてスタートアップのM&Aを取り巻く、主要な問題の一つ「ステイ・パッケージ」についてご紹介しています。また、記事公開にあたり、プルータス・マネジメントアドバイザリーに日本での実務の観点からコメントいただいています。
ある企業が事業を買収するとき彼らが買うのは何よりも社員たちです。今までの経験から、買収を大きく成功させるには ー少なくともしばらくの間はー社員たちが買収された企業にとどまることが必要であると考えられます。しかし買収初日に皆が売却対価の支払いを受け取るなら、そこにとどまるインセンティブはほとんどありません。だから、社員たちをとどめておくのに必要な一連の施策「ステイ・パッケージ」が必要なのです。
ステイ・パッケージには様々なシナリオに対応する様々なバリエーションがあります。このブログの目的に沿ってここではそれらを3つの大きなカテゴリーに分類しますが、これらカテゴリー周辺にはたくさんのバリエーションが存在します。一つ一つの買収案件は全て異なるものであり、M&Aにはスタンダードと呼べるものは存在しません。
1) 社員と創業者の株式に相当する金額が大きいが、まだそのほとんどがベスティングされていない場合(訳注:ベスティングは一定の時期の経過に応じて権利を確定させる契約条件であり、USでは4年間かけて徐々に株式やストックオプションの権利を確定するのが一般的です。このシナリオではその権利確定がまだあまり進んでいないタイミングが想定されています)。このシナリオでは一般的に、買収側はベスティングされていない買収対象企業の株式またはストックオプションの価値を推定し、それを買収側企業のベスティングされていない株式またはストックオプションに転換することで、ステイ・パッケージの大部分として利用します。さらに、買収側は会社にとどまるインセンティブとして、買収対象企業の社員の一部メンバーに追加で株式またはストックオプションを発行したり現金ボーナスを支払ったりします。
2) 重要社員たちが相当大きな価値の株を所有していて、そのほとんどあるいは全ての権利がベスティングされている場合。この場合、買収側は当該重要社員たちにかなり大きな価値のストックオプションや現金ボーナスを用意する必要があるでしょう。これらはしばしば購入対価から捻出されます。ある企業が3億ドルで購入され、買収側が重要社員たちに残ってもらうインセンティブとして3000万ドル相当のストックオプションあるいはキャッシュが必要だと判断したとしましょう。この場合、購入額のうち2億7000万ドルは買収対象企業、3000万ドルは重要社員たちへのステイ・パッケージのために使われたと見ることができます。このシナリオでは重要社員以外の社員はベスティングされていない株式またはストックオプションを保有しており、彼らの扱いはシナリオ1) と同様のものになります。スタンダードなものとは言えませんがこのシナリオのような状況において、社員や投資家の持ち株が分割され、異なる扱いを受けることもよくあります。私はかつて創業者が40%、投資家が60%を所有する会社が1億ドルで買収されたケースに関わりましたが、そのケースでは投資家にはキャッシュで6000万ドルが支払われ、創業者は2年間のステイ・パッケージとして4000万ドルプラスいくばくかの買収側企業の株式またはストックオプションを受け取りました。
3) 重要社員の株式にあまり価値がない場合。企業が累計投資金額以下の価格で売却される場合がこれにあたります。たいていの場合、投資家は、創業者と社員への支払いよりも先に投資した金額を取り戻します。投資が上手くいかなかった時には創業者や社員が売却時に保有している株式は無価値である、ということです。買収側はこれを知っていますが、売却対価の全額が買収側にとっては重要でない投資家に行き、一方で買収側にとって重要な社員たちには全く行かないといった事態は避けようとします。このような場合、一般的に買収側は、(投資家の持つ株式と)創業者および社員の株式に支払われる対価を切り分けます。こうした切り分け分は売却対価全体の25% に達することもあります。私の関わったあるケースでは買収側が50%以上の切り分けを提案しましたが、このような案件は成立に至りません。なぜなら通常は投資家がEXITをコントロールし、公平な扱いを受けることを望むからです。一般的にこうして切り分けられた創業者および重要社員への対価は2~3年かけてキャッシュで支払われます。
典型的なステイ・パッケージ期間は2年から3年です。売却対価はこの期間中一定の比率に応じて支払われますが、社員を引き留めるインセンティブがより大きくなるよう、期間終了時の支払い比率を大きくすることも行われます。
場合によっては、業績によって追加的な売却対価が支払われるという「アーンアウト」の手法が使用されることもあります。アーンアウトは全株主を対象に行われる場合もありますし、重要社員のみを対象として行われる場合もあります。売却によって事業内容に変更が加えられることがなく、評価基準が作成しやすく、社員たちが大組織の制約の中でもこの基準に到達する自信がある場合、アーンアウトは上手く機能します。ただし、多くの理由により私はアーンアウトはステイ・パッケージとは別物であるとみなしています。しかしこれが重要社員たちを引き留めておくのに非常に効果的な手法になりうるとは言えるでしょう。
最後に言っておきますが、私の思いつく限りでは、当社ポートフォリオにある企業において、3年以上買収側企業にとどまった創業者や重要な初期の社員はいません。殆どが2年後には退社していますし、もっと早い時期に辞めてしまう者もいます。その理由は多々ありますが、起業家精神が理由であることが殆どです。従って創業者や重要な初期の社員が長期にわたり売却された会社にとどまってくれるというのは楽観的観測ではありますが、せめて2~3年ならとどまってもらうことは可能ですしまたそのように図るべきです。だから企業買収にあたっては必ずよく練られたステイ・パッケージを用意するようにしましょう。それが皆にとっての利益になるのです。
原文記事: M&A Issues: The Stay Package
Editorial Team / 編集部