先日のWeWorkのIPO申請をめぐって、否定的な報道の嵐が巻き起こりました。世界屈指のユニコーン企業がはらむ多くの危険信号が明るみに出たからです。多くの利益相反に関する報道の中でも、特筆すべき事実のひとつは、創業者兼CEOであるアダム・ニューマン氏が、自身の保有する7億ドル分の株をすでに売却していたということです。創業者がIPO直前に1,000億円近くの自社株を売り払うというのは、はた目にも芳しくはありません。会社のトップが、周囲に自社株を買うよう勧めながら、一方では自らの保有分を売り払っている。誰が見ても、好ましい事態だとは思わないでしょう。
では創業者は、いつであれば持ち株を売却してもよいのでしょうか。これは様々な観点から考えなければならないデリケートな問題ですが、私は次のように考えています。創業者は、
- 自らの家計を立て直す必要があり、
- 会社が一定の規模まで拡大している
という条件のもとであれば、保有分の1〜5%を現金化してもよい、と。
スタートアップがまだ駆け出しの頃は、創業者は多大なリスクを負っているものです。安定した仕事を辞めたかもしれないし、カードローンで借金をしたかもしれない。個人資産を売却したり、友人や家族から資金を借りたりすることもあるでしょう。自らの名誉を懸け、幾多の反対と孤独を乗り越えてきたのです。起業家精神といえば聞こえはいいですが、起業がどれほど厳しいものだったかを、私はよく覚えています。うまく行ってるときは本当に最高の気分ですが、だめなときは耐え難いほど気持ちが沈みます。毎日がまるでジェットコースターのような日々でした。
それゆえに、「一旦ビジネスが軌道にのれば、家計の苦しさをいくらか和らげたい」という気持ちも分かります。持ち株を少々売却し、負債の返済や家計のやりくりにあてるというのは、おかしいことではありません。おそらく、あなたに投資した人たちも、ぜひそうしてほしいと考えているでしょう。もし創業者が「なんとか日々食いつないでいる」と感じているのであれば、ホームランを打つ賭けに出るべき局面であっても、「会社を早く売却しよう」という思いに駆られてしまうかもしれません。
とはいえ、やはりタイミングもまた重要です。スタートアップは必ずしも黒字である必要はありません。しかし、「この会社はしばらく潰れないだろう」とほとんどの人が考えるような状況に到達する必要はあります。すなわち、会社を一定の規模まで拡大する必要があるのです。この「一定の規模」を、大半のSaaS分野の投資家は「ARR (年間経常収益)10億円以上」と定義しています。他の分野での明確な基準を示すのは困難ですが、シリーズC以降の段階が目安となるでしょう。
しかし、持ち株の売却は苦しい家計を立て直すための手段のひとつにすぎません。家計を助けるためのより穏便で容易なやり方として、自身の給与を上げるという方法があります。会社が一定の規模まで拡大したら、経営陣に相場に見合った給与を払うことに対して、投資家たちの抵抗はないでしょう。いかなる状況であれ、インサイダーが自社株を売るという事態は、これから投資をしようとする者にとっては危険信号に他なりません。さらに、今いる従業員や、これから入社してくれるかもしれない人々が、「会社のトップが、自社の未来を信じていないのではないか」と疑問を抱いてしまいます。持ち株を売却することの目的は、創業者の肩の荷をいくらかおろし、ホームランを打つのに集中できるようにすることです。そして、もしも売却の道を選んだなら、「創業者自らが会社を信用していないのではないか」などと周囲に思わせないことが大切です。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital