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メンバーが増えると出力が落ちる「リンゲルマン効果」と対策としてのDRI

スマホを10年以上お使いの方であれば、アップルがiPhone搭載の地図アプリをグーグル製のものから、自社製へ切り替えたときの大混乱を覚えているかもしれません。2012年のことです。

ナビゲーションを使えば確実に迷子になると言われ、日本でも青梅線に「パチンコガンダム駅」という謎の新駅が表示されたり、羽田空港内に大王製紙が存在する、尖閣諸島が2つある、東京都公文書館が海の中にといったように、地図には謎情報だらけ。アップル史上でも珍しい大失態となりました。Siriの精度が悪くても誰も文句を言いませんが、利用頻度が高く、データの信頼性が重要な地図というアプリではそうは行きませんでした。

テック系ビジネスに関心があるCoral Insightsの読者であれば、むしろ担当者の心労を想像して胃が痛くなる人もいるかもしれません。実際、アップルは公式には因果関係を認めていませんが、このとき地図アプリ担当だったRichard Williamson氏は、その後すぐに解雇となっているほか、iOSのシニアバイスプレジデントだったScott Forestall氏が辞任に追い込まれています

責任は誰にあるのか? 誰が最終意思決定者か?

前代未聞の失態ということで、これが日本企業であれば問題の大きさに応じて、そこそこ高い役職の誰かが辞任することもあるかもしれません。日本の場合、「名誉ある事実上の死罪申し渡し」だったとも言われる切腹から連なる文化として、世間に対する組織の責任の取り方は「分かりやすい首切り」をすることです。形は辞任ですが、事実上の解任。ただし、本当に死罪を申し付けられる人物に責任があるかは、あまり関係がありません。もともと日本の組織では責任の所在はあいまいだからです。

一方、アップルではスティーブ・ジョブズの時代から「DRI」(Directly Responsible Individual)という責任の所在の明確化を行なってきたことで知られています。直訳すると「直接責任を負う個人」です。DRIはアップルの社内用語が外部でも広まったものと言われています。アップルの地図アプリの混乱で解雇されたのは、まさにDRIだったのではないかと思います。

DRIを運用する組織では、プロジェクトの大小を問わず、それぞれ特定個人が責任者にアサインされ、プロジェクトの推進や必要なリソースの確保といったことに責任を持ちます。そのように担当を明確にしないと、いわゆる「ボールが落ちた状態」になることがあるからです。担当者がいくらたくさんいても、誰もが最終的な責任者ではないと考えていれば、物事の進捗は止まりがちになります。中途半端な状態を成果として出すことにストップをかける人もいません。品のない言葉ですが、DRIは日本語だと「ケツを持つ」と言い換えられるかもしれません。ただ漠然とした「トップが責任を持つ」という話とは違い、粒度を細かくしてタスクやイニシアティブについて責任者を明確にする、というのがポイントだと思います。

物事が進捗しないとき、単にタスクやプロジェクトに対して人数が増えるだけで解決しないのは、100年近く前に農学者のリンゲルマンが実験によって発見し、「リンゲルマン効果」という呼び方で知られている現象からも分かります。あるタスクに対して担当者数が増えると、数字に全く比例せずにパフォーマンスが落ちていく、という現象です。例えば多人数で綱引きをすると、2人の場合には1人あたり93%、3人だと1人あたり85%しか力が出ないことが分かっています。これが8人チーム対抗で綱引きをやると、なんと1人あたりの出力は49%まで落ちたというのです。手を抜こうとしているのではなく、無意識に少しずつ手を抜くという現象が起こるのです。これは文書の校正などでも同じで、3人がチェックすると分かっていると1人目は「後からまだ2人が見るから」と考えますし、3人目は「すでに2人が見たから」と考えがちです。例えば「人間による防護の多重化の有効性」(田中健次・島倉大輔、2003年)という論文でも、医療現場での事故防止で複数の人間が同じ防護をする場合、その多重化は2層までが効果的で3層以上にすると逆効果でミスの発生率が上がるとしています。1人がチェックするより、3人のほうが抜け漏れが起こるというのです。

一般論として責任の所在を明確にするのは良いことではないでしょうか。小さなタスクであってもDRIを明確にする、というのはタスクの量に対してメンバー数が足りない状態が続くスタートアップでも有効だと思います。

役割別に関与を明確にアサインする「RACI」

DRIの発展型として、RACI(レイシー)というフレームワークも良く使われます。私は大組織の中の6人のチーム(+社内の他部署関係者)で使ったことがありますが、膨大なタスクと錯綜する役割がクリアに可視化できる便利なものだなと感じていました。

RACIは、Responsible(実行責任者)、Accountable(説明責任者)、Consulted(協議先)、Informed(報告先)の頭文字をとった略語ですが、それぞれのプロジェクトやイニシアティブに対して4つの役割別に人をアサインするやり方です。実行責任を負う人は1人ですが、それに加えて説明責任を負う承認者、専門家として協議するものの実行自体や成果の責任を負わない人、進捗報告を受ける人といった4種の役割をアサインします。必ず全部埋める必要はありません。

グループタスク管理ツールのBacklogを提供するヌーラボのブログでは、実際にRACIを使って人事労務関連業務を整理してみた感想を「実行責任、説明責任という2つの責任者が明確になって、考えやすい」「関係者が共通言語で話せるので、認識のぶれが少ない」となどと書かれています。アサインしているのは役割を担う部署・チームのようで個人ではありませんが、実際に整理したホワイトボードの以下の写真が参考になります。

Source:「RACIとは?RACIチャートで管理部門の業務責任を可視化した話」(ヌーラボ)

組織が小さいときには誰が何をやるかは自明だったりしますが、少し大きくなってきたり、プロジェクトや業務の種類が増えてくると、案外はっきりしない状態というのが残りがち。組織図的に明確に分けたくないとか、分けようがないとき、それでも業務の責任範囲や担当が錯綜しているという状態のスタートアップではRACIは取り入れて試してみる価値があるかもしれません。

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Partner @ Coral Capital

Ken Nishimura

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