日本の出生率の話はもうやめよう

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Written by James Riney
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この30年近く、欧米の一部の論者やメディア言説において、日本はしばしば「反面教師」として扱われてきました。停滞と衰退を語る際の象徴的な存在として、日本が引き合いに出されてきたのです。巨額の債務、終わらないデフレ、そして何より、出生数が大きく落ち込んだ国。「限界集落」や「大人用おむつの売上がベビー用を上回った」といった刺激的な見出しが繰り返される中で、日本はやがて緩やかで静かな衰退へ向かう──そんな物語が、長らく語られてきました。

しかしこの物語は、単に一面的というだけではありません。21世紀という時代そのものを読み違えています。この議論が前提にしているのは、人口規模こそが成長の原動力だと考える、20世紀型の経済モデルです。そこでは、自動化やAI、そして寿命そのものを延ばす技術がもたらす地殻変動が、ほとんど考慮されていません。

日本は衰退に向かっているのではなく、変化の最中にあるのです。欧米諸国が文化的な分断に揺れ、大規模移民がもたらす社会的摩擦に直面する中、東京は世界でもいち早く、人口増加に依存しない高度技術社会への移行を静かに進めています。

合計特殊出生率(TFR)への過度な注目は、かえって本質を見えにくくしています。問題の本質は、日本の出生率が1.2であることそのものではありません。周辺国が急激な人口減少に直面する中で、日本社会はすでに安定局面に入り、時間をかけて適応してきたという事実です。

また、論点は若手労働者が減っていることではありません。ロボティクスの普及と、引退を選ばない活力のある高齢者の存在によって、「労働者」の定義そのものが変わりつつあるのです。

私たちは「日本化(Japanification)」という言葉で低成長・高齢化・停滞を一括りにする見方を、一度疑ってみる必要があります。比較人口動態、健康寿命(HALE)、労働力の実態、そしてディープテックを軸にした産業政策。これらを総合的に見れば、日本は過去の遺物ではなく、先進国が向かう未来にとって、十分に現実的な設計図であることが見えてきます。

東アジアの中で、最も持ちこたえている国

欧米の日本観がいかに偏っているかは、その「近隣地域」を見れば明らかです。語られてきた物語では、日本だけが人口崩壊の例外のように描かれてきました。しかし、データが示す現実は逆です。日本はむしろ、厳しい状況にある東アジアの中で、最も堅実な立ち位置を確保しています。日本が人口動態の安定に向けたソフトランディングを実現してきた一方で、東アジアの周辺国は、前例のないスピードで人口減少に直面しています。

人口学における一つの基準値が、いわゆる人口置換水準である2.1です。日本はこの水準を数十年にわたって下回り、現在はおよそ1.2前後で推移しています。確かに低い数字です。しかし、東アジアの工業化という文脈で見れば、この水準は驚くほど粘り強いとも言えます。

韓国では2023年の出生率が約0.7まで落ち込みました。これは単なる減少ではなく、社会システムの持続可能性に関わる深刻な水準です。今いる100人に対して、孫の世代では12人しかいなくなることを意味します。つまり、一世代で人口が半減する可能性を示唆する深刻な数字です。台湾や香港もそれぞれ0.87、0.8と、同じ軌道をたどっています。

中国も例外ではありません。長らく「日本の轍は踏まない」と考えられてきましたが、実際には同様の課題に直面しています。公式統計では1.0とされていますが、実際の数字はそれより低い可能性が高い。中国は、豊かになる前に老いる形で人口の壁にぶつかっています。1人当たりGDPは日本の数分の一にとどまっています。

日本の出生率1.2は、主要な東アジア経済圏の中では最も高い水準です。しかも日本は1990年代という早い段階で人口転換期に入り、20年以上の時間をかけて適応を進めてきました。韓国や中国で見られる急激な低下と比べると、日本は早くから課題に向き合い、影響を相当程度抑えてきたと言えるでしょう。

ヨーロッパに目を向けると、日本への批判はさらに奇妙に映ります。イタリア(1.2)やスペイン(1.1)の出生率は、日本と同等か、それ以下です。それでも「イタリア化」や「スペイン化」という言葉が使われることはほとんどありません。

高齢化に関する報道において、日本は他の国々と比較した実態を考えると、不当に多くの注目を集めているように思えます。はっきりさせておきたいのは、出生率の低下は世界共通の現象であり、日本だけの問題ではないということです。「従属人口比率」や「逆ピラミッド構造」を理由に挙げる人もいますが、それだけでは全体像は見えてきません。

健康寿命(HALE)が示すもう一つの現実

「従属人口比率」という経済指標は、あまりに粗い道具です。人口を「労働者(15〜64歳)」と「被扶養者(65歳以上)」に二分し、65歳の誕生日を迎えた瞬間に、生産者から社会の負担へと転じるという、実態に即さない前提に立っているからです。肥満や生活習慣病が深刻な米国では、これはある程度当てはまるかもしれません。しかし日本では、この前提は現実とかけ離れています。

日本は単に寿命を延ばしたのではありません。「活力」を延ばしてきました。日本経済を理解するには、健康調整余命(Health-Adjusted Life Expectancy:HALE)を見る必要があります。これは、重大な疾病や機能障害に妨げられることなく、完全に健康な状態で生きられる年数を示す指標です。

日本は世界で最も高いHALEを誇ります。WHOの統計によれば、日本人の健康寿命は約73.4歳で、世界最高水準にあります。これは単なる平均寿命ではありません。活動的で機能する人生の期間です。

米国のHALEは約64年にとどまっています。ここには約10年の「活力ギャップ」があります。75歳の日本人が、65歳の米国人と同等の身体的・認知的機能を持つことは、決して珍しくありません。「75歳は、新しい65歳」なのです。

しかも日本は、米国の医療支出額のほんの一部で、これらの優れた成果を実現しています。米国の医療制度はGDPの約18%を消費しているにもかかわらず、その成果はOECD諸国の中でも下位に位置します。肥満や薬物依存の蔓延、暴力といった社会問題が、米国全体の平均値を押し下げています。一方、日本の医療制度は、食生活と年1回の健診を重視する文化に支えられた予防医療に重点を置いています。日本は単に高齢化しているのではありません。「上手に」高齢化しているのです。

シルバー労働階級のパラドックス

もし人口動態が運命であるなら、日本の労働力は人口と歩調を合わせて縮小しているはずです。しかしデータは、正反対のことを示しています。2024年、日本の就業者数は6,780万人と過去最高を記録しました。人口が減る国で、なぜ労働力が増えるのか。答えはシンプルです。高齢者が働き続けているからです。

日本は、引退後は余暇を楽しむものだ、という欧米型の理想を退け、生涯にわたる活動というモデルを選びました。男性の労働参加率は7割を超え、G7で最も高い水準です。65歳以上の就業率は25%を超え、米国(約18%)や英国(約11%)を大きく上回っています。

もちろん、年金だけでは生活が厳しいという経済的な事情も無視できません。しかし、それだけでは説明しきれない側面もあります。日本では、働くことが社会とのつながりや自己の尊厳を保つ手段として、文化的に根づいている面があります。フランスで年金支給開始年齢の引き上げに猛烈な抗議が起きる一方で、日本では70代まで働くことを選ぶ人も少なくありません。

高齢者に続き、日本はもう一つの巨大な未活用資源である「女性」の力も引き出しました。2024年、女性の労働力率は約54%と過去最高水準を記録。「ウーマノミクス」政策は雇用を阻んでいた多くの壁を打ち破り、人口減少のトレンドに歯止めをかける力を生み出しています。

ロボット、新たな労働力、そして人間拡張

ここまで述べてきたことは、いわば基本的な防御線にすぎません。本当の投資機会は、標準的な経済モデルでは見落とされている領域にあります。それは、ハードウェア(ロボットや製造技術)とソフトウェア(AIやデータ)が融合する領域です。

従来の分析は、経済成長が人口規模と強く結びついていると仮定してきました。しかし、ソフトウェアとロボティクスの両面で進むAI革命、そして日本が文化的にもそれを自然に受け入れる準備ができているという事実を考慮していません。また、日本が短期的な人口補填策に頼るのではなく、社会的結束や一体性を重視しながら、慎重に移民政策を進めてきた点も見落とされています。

そして決定的なのが、次のフロンティアです。人間の身体や能力を拡張する技術の本格的な産業化。これは単なる医療の進歩ではありません。バイオニクス、サイバネティクス、工業規模の幹細胞生産といった、人間拡張における革命的なイノベーションの話です。欧米が進歩の倫理をめぐって議論している間に、日本はiPS細胞研究や再生医療、介護・産業用ロボットといった分野で着実に実績を積み重ねています。

日本は衰退の一途をたどっているわけではありません。むしろ、新しい社会モデルへの移行期にあると捉えるべきではないでしょうか。

この移行の仕組みと投資機会については、今後も掘り下げていく予定です。次の変化をいち早く捉えたい方は、ぜひ私のメルマガを購読してください

出典(References)

  1. https://www.mhlw.go.jp/english/database/db-hh/1-2.html
  2. https://data.worldbank.org/indicator/SP.DYN.TFRT.IN?locations=CN
  3. https://www.ceicdata.com/en/taiwan/social-demography-non-oecd-member-annual/total-fertility-rate-children-per-woman
  4. https://data.worldbank.org/indicator/SP.DYN.TFRT.IN?locations=HK
  5. https://data.worldbank.org/indicator/SP.DYN.TFRT.IN?locations=KR
  6. https://data.worldbank.org/indicator/SP.DYN.TFRT.IN?locations=IT
  7. https://data.worldbank.org/indicator/SP.DYN.TFRT.IN?locations=ES
  8. https://data.worldbank.org/indicator/SP.DYN.LE00.IN?locations=JP-US
  9. https://data.who.int/countries/840
  10. https://data.who.int/countries/392
  11. https://data.worldbank.org/indicator/SP.DYN.LE00.IN?locations=JP-US
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