日本のアポロ計画──ダイヤモンド半導体という挑戦

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Written by James Riney
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アポロ計画の本質は、月に行くことではありませんでした。月を目指す過程で生まれた材料科学、コンピューティング、通信、製造技術における画期的な進歩が、最後の宇宙飛行士が帰還した後も数十年にわたって社会と暮らしを一変させました。ミッションこそが、これらの革命的技術を生み出す触媒でした。

いま日本で、これとよく似たことが起きています。きっかけは、この国が経験した未曾有の原発事故でした。

メルトダウンした炉内で失われた「目」

2011年3月11日、マグニチュード9.0の地震と津波が、福島第一原子力発電所で3基の炉心溶融(メルトダウン)を引き起こしました。チェルノブイリ以来最悪の原子力事故です。

しかし、あまり注目されなかった「第二の危機」がありました。原子炉内部のセンサー、監視回路、あらゆる電子機器が壊滅したのです。地震や津波によってではなく、その後に発生した熱と放射線によって。

現代の電子機器のほぼすべてを支えるシリコンは、そうした条件下では機能しません。作業員たちは、救おうとしている原子炉の内部で何が起きているのか、ほとんどデータを得られないまま、最も危険な局面に立ち向かわざるを得ませんでした。

その電子機器の「失明」状態は、今日に至るまで続いています。進展はあったものの、このような過酷な環境での計測は依然として大きな制約を受けています。損傷した原子炉の内部には、880トン以上の燃料デブリ(溶融した核燃料や炉内構造物が冷えて固まった塊)が残ったままです。この残骸を安全に取り出すという史上最も技術的に困難な廃炉作業は、過酷な炉内環境でも機能する計器を開発し、取り出しに必要なデータを収集できるようになるまで前進できません。

これは従来の電子機器では、今もなおできないことです。こうした状況が、一つの問いを生み出しました。

この環境に耐えられる素材は、存在するのか──。

誰も実用化できなかった究極の半導体素材

その答えがダイヤモンドであることは、研究者たちの間では数十年前から知られていました。宝石としてではなく、半導体材料としてのダイヤモンドです。ダイヤモンドは、これまで知られているあらゆる材料の中で最高クラスの熱伝導率を持ちます。極めて高い電圧を最小限の電力損失で処理でき、シリコンの限界をはるかに超える温度でも動作します。従来の電子機器を数秒で破壊する放射線も、ダイヤモンドへの影響ははるかに小さいのです。

ダイヤモンドは、究極の半導体です。スマートフォンに入っている情報処理用の半導体ではなく、電力を変換し、増幅し、制御するパワー・アナログ半導体の究極形です。こうしたパワー・アナログ半導体は、電気自動車からレーダーシステム、通信インフラに至るまで、あらゆるものに組み込まれています。

しかし、「ダイヤモンドが機能するはず」と知ることと、実際にダイヤモンド半導体デバイスを作ることの間には、巨大なギャップがあります。30年以上にわたり、世界中の研究室が理想的な条件下で目覚ましい成果を出してきました。関係者の間で「チャンピオンデータ」と呼ばれる、最高条件での実験値です。しかし、実用規模で安定的に製造できる技術は生まれませんでした。

科学的には証明されていたのに、工学が追いついていなかったのです。

福島の事故が、このギャップを埋める契機となりました。一つの制約条件が課されたことで、分野全体の進路そのものが変わったのです。

すべてを変えた制約条件

福島の事故後、日本政府は一つの明確な目的を掲げた国家研究プロジェクトを立ち上げました。損傷した原子炉の内部でも動作する半導体デバイスを開発することです。具体的には、ロボットアームの先端に取り付けられるほど小型の中性子検出器を開発し、原子炉容器の狭い貫通孔を通して炉内に挿入し、燃料デブリ付近の中性子量を測定する。その目的は、核分裂の連鎖反応が制御不能になる「再臨界」のリスクがあるかどうかを判定することでした。

このプロジェクトには、日本を代表する研究機関が結集しました。産業技術総合研究所(AIST)、日本原子力研究開発機構(JAEA)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、物質・材料研究機構(NIMS)、北海道大学。その中心にいたのが、キャリアをダイヤモンド研究に捧げてきた2人の研究者です。北海道大学の金子純一氏(JAEAの廃炉センターの客員研究員も兼務)。そして産総研の梅沢仁氏は、ダイヤモンド半導体に関する唯一の教科書とも言える著作があり、この分野で世界的に最も引用されている研究者の一人です。

北海道大学の金子純一氏(出典:Hama Tech Channel

しかし、このプロジェクトの方向性を決定づけたのは、チームの実力だけではありません。彼らに課されたミッションの本質が、すべてを変えました。

学術研究では、理想条件下で最高の結果を出し、論文を発表し、次へ進むことが求められます。廃炉プロジェクトで求められたのは、まったく逆のことでした。これらのデバイスは、地球上で最も過酷な環境で、安定して、繰り返し動作しなければなりません。問いは「理論上、何を達成できるか」ではなく、「失敗が核の連鎖反応を意味しかねない状況で、信頼に足るほど安定的に製造できるか」でした。

ピーク性能の追求から歩留まり(製造の安定性・成功率)の最適化。この転換が、決定的な洞察となりました。素材が「機能する」ことの証明と、それを「安定的に生産できる」ことの証明は、まったく別の話です。この転換が、世界中のダイヤモンド半導体研究に対して、日本チームに本質的な優位性をもたらしました。他のほぼすべてのプロジェクトは、製造の現実ではなく、実験室でのベンチマークに向けられたままだったからです。

6年間、起業を待った理由

2016年、星川尚久という若い連続起業家が、北海道大学の金子研究室を訪れました。

星川氏はすでに一つの会社を立ち上げ、経営した経験がありました。規制変更が生み出した市場機会を捉えたビジネスで、うまくいっていました。しかし、彼はその会社を離れます。一時的な市場の隙間を突くのではなく、業界全体を変えるスケールの技術を生み出したかったのです。

北海道大学で星川氏が見つけたのは、10年以上にわたって静かに進んできた研究の蓄積でした。世界トップレベルの研究者たち。政府が支援する明確な初期用途。そして、研究者たち自身もまだ見通せていなかった市場への扉を開く素材特性。本格的なサイエンスと、事業としての可能性と、国家的優先課題が一つに収斂する、このような機会は、めったに存在しません。

多くの起業家なら、すぐに会社を設立したでしょう。星川氏はそうしませんでした。6年間かけて物理学を学びました。ビジネスパーソンを信頼する理由など本来持ち合わせていない研究者たちと、一から信頼関係を築き上げました。応用先の市場を丁寧に調べ上げました。

そして技術が時期尚早ではなく、誠実に事業化できる段階に達するまで待ちました。

2022年3月、星川氏は金子氏・梅沢氏を共同創業者に迎え、大熊ダイヤモンドデバイス(ODD)を設立します。ついに、その時が来たのです。

社名が、その志を物語っています。大熊は、福島第一原発がある福島県の町であると同時に今、世界初のダイヤモンド半導体工場を建設している場所です

廃炉から防衛へと広がる技術の用途

廃炉というミッションによって、大熊ダイヤモンドデバイスには応用重視のエンジニアリング上の規律と、社会的使命感が根付きました。とはいえ、そこから生まれた技術が見据えているのは、原子炉の廃炉処理をはるかに超える世界です。

ダイヤモンド半導体は、防衛産業が今まさに緊急に必要としている能力として高周波信号を高出力かつはるかに優れた放熱性能で増幅することに、飛び抜けた適性を持つことが判明しました。

これが防衛レーダーシステム(戦闘機など)にとって何を意味するか、考えてみてください。現在、レーダーモジュールには窒化ガリウム(GaN)半導体が使われていますが、非常に大きな熱を発生するため、機体内に液冷システムが必要です。この冷却システムはSWaP(Size, Weight, and Power:サイズ・重量・消費電力)を悪化させ、レーダー性能の制約となります。

窒化ガリウムをダイヤモンドに置き換えれば、冷却システムを最小限にできます。レーダーの探知距離は劇的に伸び、SWaPを抑えつつ、より高性能で柔軟なレーダーシステムが可能になり、ドローンなど新たな脅威の早期探知を支えます。

レーダーモジュールは定期メンテナンスサイクルで交換され、標準化された形状・寸法の規格で製造されています。同じ寸法で設計されたダイヤモンドベースのモジュールは、交換部品としてそのまま入れ替えることが可能です。プラットフォームの再設計は必要ありません。

これが今重要なのは、世界が変わったからです。世界の防衛費は冷戦以来の水準に達しています。日本の防衛予算も、わずか3年でほぼ倍増しました。21世紀の宇宙開発競争が始まろうとしています。

日米同盟は安全保障上の関係から産業上の関係へと進化しつつあり、日本発の企業が米国の防衛プログラムのプライムコントラクター(主契約者)を務め始めています。同盟国による共同生産のインフラは、今まさにこの瞬間も構築されつつあります。

ダイヤモンド半導体技術は、時代の要請に驚くほどうまくはまっています。原料はメタンガスのみで、レアアースや地政学的な対立国が管理するサプライチェーンへの依存がありません。米国の条約同盟国における完全な国内生産が可能です。

25年間にわたる日本の研究者たちの積み重ねによって開発され、想像しうる最も過酷な実環境の工学的課題で鍛え上げられた技術です。大熊ダイヤモンドデバイスは、すでに防衛省の複数年にわたる委託研究に選定されています。海外の防衛関連投資家も注目しています。

なぜこれは日本からしか生まれなかったのか

私たちは「Japan Advantage」、つまり特定の企業や技術が日本からしか生まれ得ない構造的理由について多くの時間を費やして考えています。大熊ダイヤモンドデバイスは、これまで出会った中で最も明確な事例の一つです。

まず、ダイヤモンド半導体を実際に製造するために何が必要かを考えてみましょう。多くの人が気づいていませんが、これは職人的なプロセスです。製造の技を体系化することは、日本では革新ではなく伝統です。ここに日本の「ものづくり」の真価が発揮されます。87番目の工程の品質が最初の工程と同じくらい重要だと信じる人材が必要です。そうした人材がいる国は日本であり、他にはほぼ存在しません。

さらに、中国を除くと、世界で活動するダイヤモンド半導体の研究者は100人強にすぎません。大熊ダイヤモンドデバイスはそのうち、およそ4分の1を擁しており、その中にはこの分野で世界的に最も引用されている科学者2名が含まれています。

この集積は、25年にわたる政府の継続的な材料科学への投資によって築かれたものです。たとえ豊富な資金を持つ競合企業であっても、これは短期間で再現できるものではありません。知見の深さや専門性の高さは、札幌やつくばの特定の研究室にしか存在しない実地経験に支えられているからです。

日本はまた、ダイヤモンドが最大の優位性を発揮するカテゴリーであるパワー・アナログ半導体において世界有数のプレイヤーでもあります。三菱電機、富士電機、東芝、ロームはいずれもグローバルトップ10に入っています。この技術を受け入れる産業エコシステムがすでに存在しているのです。

「復興」の本当の意味

日本語に「復興」(ふっこう)という言葉があります。英語では通常「reconstruction」や「recovery」と訳されますが、この訳は重要なニュアンスを見落としています。復興は、以前の状態に戻すことではありません。失ったものの先に、新しい価値を築くことです。

大熊町は2011年に避難指示が出されました。長年にわたり、原発事故が奪ったものの象徴でした。

そして今、この町に初めての新たな産業施設が誕生しようとしています。世界初のダイヤモンド半導体工場です。人類が40年間実用化に挑んでは果たせなかった素材を製造する、世界のどこにもない工場。2025年3月27日、大熊町で70名以上の関係者が起工式に集まりました。町長、経済産業省の副大臣、東京電力や東北電力の代表者たち。施設は2026年度内に稼働を開始する予定で、ようやく息を吹き返し始めた町に、初めての新たな産業雇用を生み出します。

あの原子炉内部の危機から生まれた技術が、世界が今まさに必要としているものと一致していました。より長距離のレーダー、より高速な通信ネットワーク、より高性能な衛星。いずれもダイヤモンド半導体が最も力を発揮する領域です。

これこそが、歴史を変える技術に共通するパターンです。 何かの既存市場のニーズに合わせて作られたのではなく、必要に迫られて鍛えられた技術が、開発者の想像を超えた市場を生み出す。アポロ計画が集積回路を生んだのは、NASAがコンピュータを作ろうとしたからではなく、月着陸船の誘導システムにそれが必要だったからです。福島の廃炉が生んだダイヤモンド半導体も同じです。誰かがより優れたレーダーを作ろうとしたのではなく、溶融した原子炉が、他の何物にも提供できない電子機器を必要としたからです。

大熊町に建設中の工場は、危機対応から産業創出への転換が進行中であることを目に見えるかたちで示す存在です。日本最悪の災害が、次なる偉大な技術輸出の起源となるかもしれません。

それが「復興」の姿です。


Coral Capitalは大熊ダイヤモンドデバイスへの投資家です。当初の投資テーマはこちらをご覧ください。

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