日本のスタートアップマーケットに関してしばしば聞かれる質問のひとつに、「日本で人材を採用するのは大変なのか？」というものがあります。こう聞いてくるのはだいたい、さまざまな情報源から何となく情報を聞きかじっている外国の人々です。もしかしたら、「エンジニアが見つからない」とこぼすファウンダーと話をしたのかもしれません。または、「採用したい人材が、周囲から『スタートアップに入ってキャリアのリスクを取るのはやめたほうがいい』と反対されたんだ」と嘆くファウンダーと話をしたのかもしれません。いずれにしろ、そういう話を聞けば「日本で人材を採用するのは困難だ」という結論にたどり着くでしょう。
私は「日本で人材を採用するのは大変なのか？」と聞かれたら、いつも次のような答えを伝えるようにしています。「どのマーケットでも、採用面の困難さには誰もが不満を言うものですよ。地域ごとのマーケットの特色によって、ぶちあたる困難の種類が異なるだけなのです」。
たとえばシリコンバレーでも採用は困難ですが、その理由は日本とは異なります。シリコンバレーには優秀な人材がたくさんいるということは、疑いようのない事実です。そして人材を見つけるのもとても簡単です。LinkedInに行き、特定の企業をクリックし、そこの従業員全員のリストを眺めるだけでいいのです。一方で、困難な問題のひとつは、人件費が桁外れに高いということです。Google、Facebook、資金豊富なスタートアップといった企業が人件費をつり上げているからです。エンジニアであれば、経験やスキルによっては年収がゆうに数千万円から数億円になるでしょう。さらに、離職率も日本と比べると高いです。誰がどこで働いているかを簡単に知ることができるので、めぼしい人に連絡をとり、より新しく、エキサイティングな仕事をオファーすることもたやすいのです。シリコンバレーの企業にいるスター社員は、いつもあちこちから一方的に仕事をオファーされていると言ってもいいでしょう。そして時には、オファーに応じることもあります。こういった構造により、離職率が高くなるだけでなく、人材獲得競争が過熱することで、人件費の高騰にさらなる拍車がかかっているのです。従業員にとっては素晴らしいことかもしれませんが、雇用主にとっては悪夢のような環境でもあります。
一方、日本における採用には、また別の難しさがあります。日本にも優秀な人材はたくさんいるのですが、見つけるのが難しいのです。日本人はLinkedIn、またはそれに類似したサービスをあまり使わない傾向にあるので、採用すべき人材を数クリックで見つけることはできません。日本における採用で主に困難なのは、そもそもどこで人材を探せばいいのか見当がつかないということです。そのような不透明性を利用して利益をあげているリクルーターや人材紹介企業にとっては都合がよいでしょうが、雇用主や従業員にとっては望ましいことではありません。一方、人材マーケットの透明性が低いので、従業員が新しい仕事を一方的にオファーされることもそう多くはありません。だから日本ではシリコンバレーに比べて離職率は低く、賃金上昇につながる人材獲得競争も少ないのです。
また、その地に特有の文化も採用に影響を与えます。これはメリットにもデメリットにもなり得ることです。日本人は概してリスクを嫌う傾向にあり、安定した大企業を辞めてスタートアップにジョインするのはとても大それた、恐ろしいことだと考える人も少なくありません。リスクを取ってスタートアップに入ってもらうことについて、採用の候補者本人のみならず、その家族をも説得するというのは、私たちの投資先のファウンダーたちにとって現在進行形の課題です。Coralが運営するコミュニティーで、候補者に内定を承諾してもらうにはどうしたらいいか情報交換をすることもあるくらいです。一方、日本人は熱心に働き、勤め先の会社に対して忠誠を尽くす傾向もあります。だから一旦ジョインしてくれれば、チームにとって素晴らしい存在になってくれるかもしれません。
採用はどこであっても困難なものです。日本だけが、他と異なり採用が困難なのではありません。他と異なるのは、なぜ採用が困難なのかです。世界で有数の先進国である日本に、優秀な人材がいないなんてことはあり得ません。優秀な人材は確実にいます。見つけるのが難しいだけなのです。
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Founding Partner & CEO @ Coral Capital
