Coral Capitalが2月8日に主催した日本最大のスタートアップキャリアイベント「STARTUP AQUARIUM」では参加スタートアップ30社によるピッチに加えて、計14のセッションを行いました(概要レポート記事)。本記事ではメインパネルの1つ「メガベンチャーが振り返る〜起業、挫折、成長、上場、これからの挑戦〜」のサマリーをお届けします。
登壇いただいたのは2012年にマネーフォワードを創業し、2017年に同社を上場、今や社員数700人にもなろうかという成功したスタートアップ創業者の辻庸介さん(代表取締役社長)。聞き手はCoral Capitalの西村賢(パートナー兼編集長)が務めました。
【告知】Coral Capitalはオンライン版のSTARTUP AQUARIUMを4月23日に開催予定です。こちらで参加申込を受け付けています。
最も難しかった「辞める決断」
――辻さんは、マネックス証券を退職した後、マネーフォワードを起業されています。創業までで一番大変だったことは?
創業期で自分が最も苦しかったのは「会社を辞める」決断でした。仕事を辞めることを意識し始めてから、実際に辞めるまで2、3年かかりましたね。前職のマネックス証券は大好きでしたし、責任ある仕事も任せていただいていたので、会社を辞めて起業するかどうか、葛藤が続きました。マネックスの新規事業として、事業を作れないかと松本社長に提案しましたが、2010年前後だとリーマンショックの影響もあり、僕の案をかなえるのは難しかったのです。
当時の環境でできないのであれば、自分で始めるしかない、と確信したので会社を退職して起業に至りました。
――会社を辞めた当時、ご家族はどのような反応でした?
妻は納得はしていなかったですよね……。結婚当初はソニーの社員でしたが、気がつけばネット証券の社員になり、最終的にはワンルームマンションのスタートアップを立ち上げていたという感じなので(笑)
「土曜ひま?」で集めた創業期の仲間たち
――5人で創業されていますよね。比較的人数が多めのスタートだと思うのですが、どのように創業期の仲間を集めたのでしょうか?
休日にちょっとずつ引き込んでいきました。僕の場合は、今まで一緒に仕事をした人にひたすら会いにいきましたね。「土曜日の午前中ひま?」といった感じでお茶に誘って、そこでの会話でミーティングをしていました。
はじめは僕が持ちかけた話でも、議論をしていくうちに相手も自分ごと化していくんです。気づけば、僕と相手のプロジェクトになって最終的にみんなのプロジェクトになりました。
誘ったみなさんは当時働いていた企業でも活躍されていたので、すぐにジョインしてもらうのも難しいんですよね。業種によっても大きく異なりますが、ビジネスを作るときには、最低限必要な機能があるので、その最低限必要なメンバーを組むために、今まで関わり続けた人に相談し続けていました。
――辻さんが創業した時期は、今と違って「スタートアップ」という言葉すらあまり認知されていなかったですよね。途中から入った社員の「嫁/夫ブロック」とかってありました?
あります。夫婦で面談したこともありましたね。創業して間もないですし、認知度も低いので、信頼してもらうためには努力が必要でした。その処方箋のひとつとして、Forbesのランキングや日経新聞の掲載記事を印刷して社員の家族に渡してもらってました。社員の家族がなじみのあるメディアの掲載は、信頼につながりやすかったです。
辻庸介氏(株式会社マネーフォワード代表取締役社長CEO) 1976年大阪府生まれ。2001年に京都大学を卒業後、ソニーに入社。2004年にマネックス証券株式会社に参画。2011年ペンシルバニア大学ウォートン校MBA修了。2012年に株式会社マネーフォワードを設立し、2017年9月、東京証券取引所マザーズ市場に上場
ビジョン・ミッション・バリューは会社のOS
――100人前後の頃、組織的に大変だったことがあったと聞きました
それぞれの主張と方向性が一致しづらくなって、組織が崩壊しかけました。100名規模の段階で、どんな問題が発生するのかという情報を知らなかったこともあって、組織の立て直しは大変でした。
処方箋として、ビジョン・ミッション・バリューを再定義しました。それぞれの社員が「何のために働いているか」「会社として大事にしたいことは何か」を認識できるように働きかけました。
――今でこそ「スタートアップは、はじめのミッション・ビジョン・バリューの定義と文化作りが大事だ」と言われていますが、当時はそうでもなかったですよね
いや、だって開発しないといけないときに「そんなミッションとかどうでもええやん!」みたいなこともあるじゃないですか。「それより開発だよ!」というね。
でも、ミッション・ビジョン・バリューは本当に大事です。会社のOSだから。OSがきちんとワークしないと、アプリケーションをたくさん作ったとしても、全く動きませんよね。同様に、会社のミッション・ビジョン・バリューがきちんと定義されて浸透していないと、会社がうまく動かないんですよ。
人数が2倍、3倍、10倍に数年で増える過程では、必ず組織がガタガタになるタイミングがきます。プロダクトの開発や目先の売り上げはもちろん重要ですが、会社の基礎固めのためにも、カルチャーづくりは最優先すべきです。
スタートアップは、基本的には給与も低く、職場環境も決して良いとは言い難いですし、認知度も低い。結構苦しい環境です。会社の目的や達成したい世界観などの「気持ち」こそ、苦しい環境に打ち勝つ力になります。だからこそ、目指す方向や達成したい世界観、会社の価値についての議論は、何日かけても価値があると思います。
――文化作りに関しては、以前と比較してもノウハウの共有が進んできていて、いい流れですよね
知見が広がりつつあるのはすごく良いですね。先輩経営者の話、記事、イベントなどでこれから起こりうる問題や課題解決のノウハウを知るのはおすすめです。
起業したいと思っている人におすすめなのですが、今すぐに起業する自信がなければ成長中のベンチャーに入って、組織が作られていくのを見るというのは、絶対いい経験と知見に繋がるので、その選択肢も考えてみるのは良いと思います。
問題が起こった後に解決するのは、ものすごく大変です。発生する問題を予想して芽をつめたら理想ですよね。僕は、自分より少し大きな規模・フェーズで活躍されている方に相談して、経営方針に反映するようにしています。
イノベーションとは「10倍以上」の価値創造
――今でこそ、Fintechという言葉も社会に浸透していますが、この数年で業界が大きく変化しました。今後も、次々とあらゆる業界がインターネットとの融合で変わっていくと言われています。
そうですね。Fintechは他の業界と比較して変化が速い方でしたが、今後もあらゆる業界が形を変えていくことが予想されます。
「Nice-to-have(あったらいいね)」は、いずれ使われなくなるので「Must-have(なくてはならない)」のサービスを生まねばならないのです。
「あったらいいね!」の議論の方が盛り上がってしまうのですが、様々なサービスが出現する世の中では「なくてはならない」までのものしか生き残れません。Must-haveを生み出すためには、イノベーションを起こさねばならないのです。
イノベーションとは「吉野家」のような変革を起こすことです。
――えっ、吉野家ですか?
「うまい、安い、早い」を達成した飲食店が現れて、日本中が驚きましたよね。まさにその価値提供こそがイノベーションだと思っています。既存のモノの10分の1の安さ、10倍の早さで提供できるような仕組みを考えること。2倍の価値提供では弱い。10倍以上の価値をいかに作れるかがイノベーションの肝です。
スタートアップに飛び込もうと考える人へアドバイス
――これからスタートアップに飛び込もうと考える人にメッセージをいただけますか?
2つ、伝えます。ひとつは「スタートアップは能力をストレッチしやすい環境だということ」もうひとつは、「信頼関係を大事にした上でリスクをとること」。
偉そうに言えませんが、僕は大企業にいたときよりもベンチャーに入ってからの方が、自分自身の能力が伸びた感覚を得られました。ベンチャーの社員になると、自分の能力の最大値を常に出し続けないと、会社が倒れてしまう危機感が隣にあるからです。気づいたときにはビジネスパーソンとしての経験値も上がっていました。
ただ、僕の経験値や能力が伸びる場所がスタートアップだったというだけです。それぞれの価値観や背景があると思うので、みなさんが自分の成長の幅が期待できる場所を見つけてそこに飛び込むことが一番大事だと思います。
加えて、信頼関係の構築は絶対に大切です。信頼だけは裏切らないこと。次の挑戦ができるような信頼関係を、余裕がないときでも作り続ける心がけを常に持つことが大事です。
日本は、チャレンジする人がまだまだ少なすぎると思います。今日ここにいるみなさんがチャレンジしないと世の中は前進しません。ぜひみんなでチャレンジしていきましょう!
(取材・文:馬本寛子)
Editorial Team / 編集部