10年前の日本では考えられなかったことですが、スタートアップへの就職・転職がキャリアパスの選択肢として一般化しつつあります。新卒でスタートアップに入社したり、その経験を生かして大企業で活躍したり、大企業からスタートアップにジョインする人も増えてきました。
数多くのスタートアップに投資してきたベンチャーキャピタリストたちは、就職・転職先としてのスタートアップをどのように見ているのでしょうか。Coral Capitalが2月8日に開催したスタートアップキャリアイベント「Startup Aquarium」(概要レポート)では、そんなテーマのパネルディスカッションが行われました。
登壇したのはグロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナーの高宮慎一氏、シニフィアン株式会社 共同代表の朝倉祐介氏、STRIVE パートナーの根岸奈津美氏。モデレーターは、Coral Capital創業パートナーの澤山陽平が務めました。
【告知】Coral Capitalはオンライン版のSTARTUP AQUARIUMを4月23日に開催予定です。こちらで参加申込を受け付けています。
成長の機会がもらえるのも報酬
最初のお題は「どのようにスタートアップを選べばいいのか」。
グロービス・キャピタル・パートナーズの代表パートナーを務める高宮さんは、「自分という資源を投資する観点から、キャリアパスを時間軸的に考えていくべき」と投資家ならではの視点で語りました。
「終身雇用が崩れたいま、労働市場で価値ある人材になるためには、プロとして腕一本で生きていくことが求められる。それを実現するには、『このタイミングでこのスキルを身に付ける』という意識が大事。成長の機会をもらえるのも報酬の一環ととらえて、何回か転職する前提でベンチャーを探したり、複数の仕事を掛け持ちする複業も考えてみては」
グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナーの高宮慎一氏
IPOを視野に入れたスタートアップに投資しているシニフィアン共同代表の朝倉祐介さんは、特にレイトステージのスタートアップで大企業出身者が活躍するシーンが増えてくるとの見方を示しました。
「事業がうまくいくかわからないシード段階ではワイルドな気質の人も求められるが、上場後のスタートアップはマーケットとコミュニケーションしながら事業計画を達成しなければならない。だからこそ、このステージは大企業で『守りの仕事』をやってきた人へのニーズも増える。実際に上場後も成長している会社は、管理側の守りの部分が強い印象がある」
資金だけでなく人材や経営ノウハウを支援する「ハンズオン投資」を標榜するSTRIVEでパートナーを務める根岸奈津美さんは、これまで出資先の数社にフル出向してきた経験をもとに、「自分のコアになるスキルに合うスタートアップに行くのがいい」とアドバイス。
「私は金融出身で実務経験がほとんどない中で今の会社に入ったが、投資先に出向したばかりの頃は本当に役に立たなかった。実務の本を読んでもわからないし、周りで気軽に聞ける人もいなかった。一度もやったことがないことが連続するときついので、まずは自分のコアのスキルが求められるポジションに行くのがいい。スタートアップはやるべきことがたくさんあるので、自分の軸の仕事をこなしながら職域も広がるので」
どんなタイミングでジョインすべきか
キャリアのどんなタイミングで、どのようなスタートアップにジョインするのがいいのでしょうか? モデレーターを務めたCoral Capital創業パートナーの澤山陽平の問いかけに対して、「2周目の人が入るとすごく伸びる」と語ったのは根岸さん。
「例えば、前職でSaaSの営業をしていた人がSaaSのスタートアップに来るとめちゃくちゃ伸びる。また、メガベンチャーでスタートアップのお作法を知った人がスタートアップに来るのもフィットしやすい」
STRIVE パートナーの根岸奈津美氏
今ではスタートアップに就職することがマイナスになるどころか、メインストリームになっているという高宮さん。大学時代に直面したネットバブルの波に乗れずに後悔したというエピソードを紹介しつつ、「やりたいことがあれば、そのタイミングでやってみるのが基本」と訴えました。
「自分はネットバブルの時代に石橋を叩きながらコンサルに行ったので、その大きな波に乗れなかった。周りではグリーやミクシィのように一気に大きくなったり、アイスタイルのように10年粘って上場するところもあった。結局、思いがあることを最後までやりきれば、波に乗れる」
「これからのキャリアを20〜30年の時間軸で考えたときに、自分のピークを次の転職に持ってこなくてもいい。スキルが溜まったタイミングと、波が来たタイミングが合致すればフィーバーみたいな感じで、『どこかでピークが来ればいいや』という長い時間軸で気楽に考えてみては」
逃げ道を準備することで思い切った挑戦ができる
スタートアップで働くことに興味を持っている人たちには、どんな心構えが必要なのでしょうか? 日頃からスタートアップへの転職や、起業の相談を受けているという朝倉さんは、「逃げ道を準備しておくことが大事」と持論を展開しました。
「スタートアップに転職・参画しようとしている人に言いたいのは、転ばぬ先の杖というか、プランBを準備しておくこと。自分が活躍できなかったり、会社自体が成長できなくなるケースは起こり得るので、そうなったときにどうするかをあらかじめ考えておくべき」
朝倉さんが言う「逃げ道」というのは、在籍中の会社と良い関係性を作っておいて「ダメだったら戻ってこいよ」と言ってもらえるようにしておくこと、あるいは、食いっぱぐれることがない資格を持っておくこと。こうしたプランBを用意しておくからこそ、スタートアップで思い切った挑戦ができるとアドバイスしました。
一方、根岸さんは自分が惚れ込んでジョインしたスタートアップで活躍できなかったとしても、「ポジションを作っていく努力も大事」と言います。
「スタートアップに入って、Aというポジションに入ったけどあんまりフィットしなかったという人もいる。でも、その会社自体が好きなので、いろんな仕事を拾っていくうちに、Bという職種を作った人も結構いる。そういう点では『成功させにいく気持ち』も大事だと思う」
シニフィアン株式会社 共同代表の朝倉祐介氏
スタートアップの経験がキャリアアップにつながる時代
「自分がコントロールできないことこそがリスクなので、自分がコントロールできることを増やす発想が大事」と語るのは高宮さん。最近ではスタートアップで経験を積むことで、別のスタートアップに行ったり、新規事業でスタートアップと連携したい大企業に行く道も出てきたと言い、スタートアップで働くリスクと、大企業に在籍し続けるリスクを相対的に比較してみるべきと呼びかけました。
「大企業でその会社固有の社内調整スキルを身に付けても、ある日潰れて行き場がなくなることもある。だったら、新しい成長機会をもらえるスタートアップで自分の腕を磨いたほうが人材価値は増していく。ハードシングスにぶち当たったときにストレッチして自分が成長すると、リスクがリスクじゃなくなり、コントローラブルなことが広がる感覚がある。当然、どアーリーなスタートアップにはリスクがあるが、大企業に居続けるのと、どっちのリスクが大きいんですか?という話はあると思う」
さらに高宮さんは、自分という資源を投資する観点から、ある程度のリターンを得るにはノーリスクのところに身を置くよりも、ある程度のリスクを取るべきだと続けました。
「アーリーのところに行けばリスクは大きいが、社員番号1桁で入ればストックオプションがもらえるかもしれない。その会社がメルカリみたいに1000億円規模になれば、ストックオプションを0.1%持っているだけで億のケタになる。人によって受け入れられるリスクは異なるので、自分がぎりぎりストレッチできるリスクを取れば、成長していきながらキャリアがいい感じに前進するのでは」
自身はリスク許容度が低く、安定志向が強いという朝倉さんも「安定を大企業に求められないのは(われわれ日本人が)過去20年に学んだこと。じゃあ何に安定を求めるかというと自分自身しかない」と自分の知見やスキルを伸ばす必要性を訴えました。「自分の安定を求めて鍛錬できれば、会社がダメになったとしてもポータブルに他の場でも活躍できるはず」。
大企業に入って金銭的に豊かになるのが成功――。そういった「成功の定義」から離れて、個人の絶対軸で生きるべき。ディスカッションの終盤では、高宮さんが次のように締めくくりました。
「ベンチャーが潰れたり、給与が上がらなくてカツカツの生活をしようが、アドレナリンが出まくって成長機会があるのは楽しいこと。『結果がついてきたらラッキー、ついてこなくても楽しいことができたからいいじゃん』ぐらいの感覚でやると楽しめる。僕自身は東大を出てコンサルに行き、ラットレースに巻き込まれて疲れてしまった。でも、好きなことをやればいいと割り切れた瞬間に楽になったし、一般的にリスクと言われていることをリスクと思わなくなった感覚がある。何が自分にとって幸せなのか、今一度、その絶対軸を作れるといいと思う」
Editorial Team / 編集部