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COVID-19で期待される、世界デジタルヘルスの取り組み ⑵研究開発を加速するスタートアップ

前回に引き続き、今回も新型コロナウイルス感染症(以下COVID-19)感染拡大の非常事態に対し、デジタルヘルスソリューションで課題解決に取り組む世界のスタートアップをご紹介したいと思います。

COVID-19感染拡大で多くの人が期待することの一つに、ワクチンや治療薬が迅速に開発されることがあるでしょう。今回は診断技術やワクチン、治療薬開発に取り組むライフサイエンス企業を支援するスタートアップをご紹介します。

治療薬開発を支援する、AIスタートアップ企業

現在COVID-19やその合併症の治療のために、既存薬の転用と新規薬剤の開発が国内外で行われています。これらは大企業だけではなく、アメリカのCelularityのようなスタートアップも、COVID-19治療薬や合併症の治療薬に取り組んでいます。世界中で開発が加速し大手企業が着手している状況においては、自社で治療薬やワクチンを開発するスタートアップだけでなく、開発企業を支援するヘルスケアスタートアップにポテンシャルを感じています。実際にスタートアップのオンラインソリューションやデータサイエンスの強みを活用した、デジタルヘルスソリューションの実用が大手製薬企業においても始まっています。

今回のCOVID-19感染拡大を受け、AIを活用した創薬支援スタートアップによる開発支援に再び注目が集まっています。イギリスのAIスタートアップBenevolentAIは2020年2月27日、製薬業界のデータベースと科学研究論文からデータを収集し分析を行うことで、既存の関節リウマチや骨髄繊維症の治療薬(JAK阻害剤であるバリシチニブ、フェドラチニブ、ルキソリチニブ)がCOVID-19患者のサイトカイン上昇に効果がある可能性について指摘しました。この調査結果に対し、バリシチニブを提供するイーライ・リリーは4月10日、アメリカの国立衛生研究所(NIH)傘下の国立アレルギー感染病研究所(NIAID)と合同で、COVID-19に対するNIH主導のアダプティブデザイン試験の一部として、バリシチニブの研究を行うことに合意したと発表しました。New York Timesの報道によると、BenevolentAIがこの発見にかかった時間は2日以内だったとのことです。

BenevolentAIの他にも、カナダのBenchSci、イギリスのExscientia、アメリカのScipher Medicineなど多くのスタートアップ企業がAIを活用した治療法の発見に着手しています。

AIとスパコンを活用した計算技術による創薬支援スタートアップのAtomwiseは、過去に多発性硬化症やエボラウイルス感染症の新規治療薬の開発を支援した実績があります。今回のCOVID-19感染拡大に際し、 SARS-CoV2ウイルス(COVID-19の原因となるウイルス名)を標的とする新しい低分子薬の設計に取り組む研究チームに、同社の計算技術を提供しています。

AI技術を活用することでシーズを発見し、自社で臨床試験に取り組む創薬スタートアップもあります。スイスのRoivant Sciencesは他の製薬企業が新薬開発を中断した技術をAIで評価し、ロイヤリティの取り決めをした上で買収し開発を行う創薬スタートアップです。そして、同社はこれまでに乾癬や糖尿病、パーキンソン病など14の領域で開発を進めており、今回COVID-19の合併症である急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の治療薬開発にも着手し、臨床試験を開始しています。また、同社の子会社でヘルスデータ連携の支援を行うDatavantは、複数のテック企業と協力しCOVID-19研究者向けのデータベースを公開することで開発を支援しています。

また、バイアグラの共同発明者のDavid Brown氏によって設立されたスタートアップHealxは、同社の技術を活用し、既存医薬品の複数併用によるCOVID-19治療法の発見に取り組んでいます。すでに承認され上市された4,000種類の薬物から、800万通りの2剤併用と105億通りの3剤併用の詳細な分析を行うことを目指しています。

AI創薬のスタートアップ創業数は2017年に盛り上がりのピークを迎え、2017年が37社だったのに対し、2018年は25社、2019年は13社と減少傾向でした。BenevolentAIは2018年に20億ドルのバリュエーションで資金調達を実施しユニコーン企業として注目を集めましたが、2019年にTimesによって同社のダウンラウンドの可能性について報道されていました。そんな中でCOVID-19の感染拡大により、再びAIを活用した迅速な新薬開発や既存薬の新規適用の発見に期待が集まっています。

研究開発業務の効率化

COVID-19の治療薬開発において、治療法を見つけるAI創薬スタートアップだけでなく、その後のプロセスの効率化を支援するスタートアップもサービスの提供を加速しています。

研究室の資材や試薬調達を支援するカナダのスタートアップBenchSciはCOVID-19の治療、ワクチン、および基礎研究に従事する研究者向けに、無料で利用できる試薬の選択を支援するデータプラットームの提供を開始しました。同社は2015年の創業以来、Google傘下のAI特化のアーリーステージのVCファンドGradient Venturesらから4,460万ドル調達しており、現在製薬企業上位20社中15社と世界の3,600以上の学術施設でサービスを提供しています。

また、この他にも既存のソリューションを活用しCOVID-19関連の研究者に対し無料で提供しているスタートアップは複数あります。

  • 製薬企業などのライフサイエンス企業のコンプライアンス支援SaaSを提供するアメリカのEnzymeは、COVID-19の診断または治療のための新しい方法を開拓している企業に、FDAへの緊急使用許可(EUA)申請支援サービスや品質管理システムを無料で提供しています。
  • ライフサイエンス領域のR&Dチーム向けのSaaSを提供するアメリカ企業のBenchlingは、COVID-19の検査から診断までのワークフローを支援するオンラインソリューションを無料で提供しています。また、COVID-19感染拡大で個人用防護具や検査キットなどの医療資材が不足している施設と、寄付ができる組織や個人をマッチングするためのオンラインプラットフォームも公開しています。同社は2012年の創業以来、CRISPR、がんのCAR-T細胞療法、遺伝子工学などの最先端の技術を使用する21万5,000人もの科学者が、DNAの設計、実験での共同作業、研究ワークフローの管理、重要なR&D決定を行うのを支援するSaaSを提供してきました。これまでにThrive Capitalらから総額6,190万ドルを調達しています。
  • 臨床試験におけるデータ収集プロセスを合理化する電子データキャプチャ(EDC)システムを提供するアメリカのスタートアップClinCaptureは、COVID-19の臨床試験を実施している製薬企業や研究室向けに無料でEDCシステムを提供しています。
  • ウェットラボ向けの業務効率化SaaSを提供する米国のスタートアップElemental Machinesは、COVID-19の感染拡大に際し自宅から研究施設を監視できるリモートモニタリングのソリューションを無料で提供しています。既存の設備に導入でできる機器モニタリングやアラート機能をクラウドベースで提供することにより、リモートワーク導入が比較的容易なIT企業などと異なり、自宅から実験を行うのが難しい研究者を支援しています。

治験と患者のマッチング

新薬開発のための治験実施の際、実施計画の条件を満たした患者を迅速に見つけ、参加協力を仰ぐのは非常に苦労を伴うものです。患者は自分に適した治験情報にたどり着くのが難しく、また既存の治療法が奏功しなかった場合にのみ治験への参加を検討する傾向が強いといったことが原因として挙げられています。COVID-19のワクチンや治療薬開発に世界中が期待を寄せている現在、複数のスタートアップがこの治験と協力者のマッチングを支援するために動いています。

治験への参加を希望する患者と、最適な臨床研究をマッチングし患者をサポートするアメリカのスタートアップClara Healthは4月14日、COVID-19の検査・予防ワクチン・治療技術を開発する研究と、COVID-19患者のマッチングと参加登録ができるオンラインプラットフォーム「World Without COVID」を立ち上げました。このプラットフォーム上には、ClinicalTrials.gov(アメリカのNIHとFDAが共同で運営する、臨床研究に関する情報を提供しているデータベース)およびその他のソースから取得したデータに基づいて300以上のCOVID-19関連の治験を含む臨床試験の情報が掲載されています。この他にも、アメリカのスタートアップVitalTraxが運営する治験に参加する患者のためのポータルPatientWingや、オーストラリアのスタートアップHealthMatchがオンライン上で患者が参加できる臨床試験のマッチングを行っています。今年2月に1,300万ユーロ調達した、フランスの患者と臨床試験のマッチングを行うスタートアップinatoも、世界のCOVID-19関連の臨床試験情報を提供しています。

スタートアップだけでなく既存の大手企業もCOVID-19に関連する治験を支援しています。2016年にIMS HealthとQuintilesが合併し、世界中の製薬企業に対し臨床研究からマーケティングまで支援するIQVIAも「COVID-19 Trial Matching Tool」を公開しました。同プラットフォームでは、患者がアンケートに回答すると、米国内で行われているCOVID-19関連の臨床研究の中から最適なものを提案するというソリューションです。

新薬開発において、治験協力者となりうる患者候補者を集めることは入り口に過ぎません。患者が実際に治験に参加し開始するまでに、詳細な実施計画の条件に適するかどうか判断するためのデータ収集や登録のための契約締結といった面倒で時間のかかるプロセスを経る必要があります。最初のマッチングから、詳細な調査や契約締結までをオンラインで支援するソリューションは重要でしょう。

バーチャル治験等による継続支援

COVID-19の急激な感染拡大の影響は、その他の治療薬開発のための治験に対しても出始めています。国内外の製薬企業は医療機関の負担や感染拡大への影響などを考慮し、新たな臨床試験の立ち上げや新規の患者登録を中断しています。この問題が長期化することで、様々な疾患の新薬開発に遅れが出ることが懸念されています。COVID-19関連の医薬品開発はもちろん、その他の疾患の医薬品開発においてもバーチャルで治験の実施を支援するソリューションに期待が集まっています。

米国のバーチャル治験支援スタートアップScience 37は4月2日、治験に協力する医療機関ネットワークを構築するInnovo Researchと提携し、COVID-19関連の治験立ち上げ支援サービスを発表しました。また4月20日には、北米地域の治験審査機関としてコンプライアンスサービスを提供するAdvarraと提携し、COVID-19関連の仮想試験の承認を促進することで製薬企業がパンデミックの最中においても臨床試験が継続できるよう支援することを発表しました。Science 37は2014年の創業以来、オンライン診療技術と訪問看護師によるデータ収集技術を活用することでバーチャル治験を支援し、「分散型の臨床試験、治験」を可能にしています。

モバイルテクノロジーを活用することで在宅療養しながらの臨床試験に参加する患者のデータ収集を行う、米国のスタートアップSanguineは、COVID-19の新規抗ウイルス抗体の同定を行いワクチン等を開発するVir Biotechnologyのデータ収集を支援したことを明らかにしました。SanguineはCOVID-19患者の自宅に、同社看護師と医師を派遣し患者の血液を採取することで抗体研究に必要な血液を回収しました。引き続きオンライン上で協力者を募集しており、COVID-19に感染し回復した人であればこのサイト上から登録ができます。

Science 37やSanguineと同様に「分散型臨床試験の支援プラットフォーム」を展開するアメリカのスタートアップMedableは5月4日、2,500万ドルの資金調達の発表と合わせてCOVID-19への対応としてバーチャル(遠隔)治験の取り組みについても明らかにしました。同社は医療従事者やコーディネーターと患者とのコミュニケーションをビデオ通話で行うソリューションを提供し、国を跨いだ治験を可能にしています。また家庭用のスマート心電図計を提供するAliveCorとの提携や、世界40か国で治験支援の訪問看護師コミュニティを構築し、在宅での治験を支援するMRNとの提携により、製薬企業が遠隔で治験を実施するためのサービスを強化しています。

また、日本においてもCOVID-19感染拡大を受けて、治験をリモートで支援する動きが起きています。オンライン診療サービスcuronを提供するMICINは4月20日、製薬企業やCROに臨床試験の継続を支援する、オンライン診療サービスの提供を発表しています。

これらバーチャル治験ソリューションはCOVID-19感染拡大のような状況下だけでなく、平時においても患者の服薬中断といった治験成功の課題を解決する可能性が高く、長期的な浸透が期待できるのではないでしょうか。臨床試験において、すべての参加患者が計画通りの服薬を遵守するわけではなく、臨床試験で150日後に患者の約40%が臨床試験医薬品の服薬を遵守しなくなることが判っています。在宅療養での臨床試験参加者に対し、通院時以外の頻繁な接点をオンラインで確保することにより、患者の自己判断による服薬中断を防ぐことができるのではないでしょうか。

※免責:本記事は消費者のみなさまに対し、新型コロナウイルス感染症の予防や治療に関する行動を促すものではありません。疾病予防に関しては、公的機関による情報を参照してください。

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Senior Associate @ Coral Capital

Miyako Yoshizawa

Senior Associate @ Coral Capital

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