自動運転タクシーは、技術革新だけで幻滅期を抜け出せるのか?

本記事はTemma Abe氏による寄稿です。Abe氏は東京大学経済学部を卒業後に新卒で三菱商事に入社。2016年からのアクセンチュア勤務を経て、2019年からは米国西海岸に在住し、UC BerkeleyのMBAプログラムを経て、シリコンバレーで勤務しています。現地テック業界で流行のニュースレターやポッドキャストを数多く購読しており、そこから得られる情報やインサイトを日本語で発信する活動をされています。


投資家の注目はロボタクシーから産業用に移っている?

自動運転業界は、Apple参入の噂や、Waymo、Aurora、Zoox、Cruise、ArgoAIなどのプレイヤーによる大型の資金調達・買収・合併等のニュースで、常に賑わっておりますが、昨今は若干のトレンド変化が出てきているようです。Axios Pro Rataによると、

  • UberとLyftの両社による自動運転部門の売却に象徴されるように、ロボタクシー業界は、資金力のあるいくつかの企業によるロールアップが進んだ。
  • 自動運転スタートアップの多くは、焦点はロボタクシーではなく、産業用のユースケース(農業・鉱業)が増え始めている。
  • (あるVCによれば)「2015年から2017年にかけては、ほぼ毎週のようにロボタクシーのスタートアップアイデアを目にしていましたが、ここ数年はアーリーステージにおいてロボタクシーをあまり目にしていません」とのこと。

また、PitchBook Researchによると、自動運転トラック部門の上位4社の評価額は2020年第2四半期から2021年第2四半期にかけて544%上昇したのに対し、ロボットタクシーの上位4社は12%の上昇にとどまった、とのことです。

つまり、「移動、人々の生活、ひいては世の中が大幅に変わる」という期待を集めて、巨額の資金が投下されてきたロボタクシー業界ですが、技術開発に想像以上に時間がかかっていることや複雑極まりない規制対応などを要因として、より短期的に投資回収できそうなビジネスに焦点が移っている、というトレンドだと思います。

ビジネスモデルの議論は進んでいるのか?

自動運転技術開発については私は詳しくないので、その実現可能性ついてはこの記事では議論しません。ただ、私がいつも違和感を感じるのは、ロボタクシーについて語られるときは、「レベルXXに到達」「XXの都市で実証実験開始」「XX社は〇〇マイルの試験走行距離でリード」という話ばかりで、ビジネスモデルについて地に足の着いた議論をほとんど見たことがない、という点です。

例として、(最近は異なる文脈で話題になっている) 中国の配車アプリ最大手、滴滴出行(DiDi=ディディ)の上場目論見書の抜粋を見てみます。

  • 自律走行は、モビリティのコスト構造を再構築する機会を生み出し、自動車の全体的な運用コストを大幅に削減することができる
  • 自律走行は、一日中クルマを走らせることができるため、クルマの利用率が向上し、供給量が増えて輸送コストが削減される
  • シェアード・モビリティ・ネットワークは、その巨大な規模と高い車両利用率から、自律走行の導入を成功させるために最も適した立場にある

このように、自動運転は「現在のライドシェアサービスのコスト高を解消するソリューション」と位置付けられています。DiDiは、2030年に100万台の自動運転タクシーを稼働させることを目標に掲げているとのことです。

確かに自動運転車が普及すれば、ライドシェアのコストの大半を占めると言われるドライバー獲得コスト・人件費は削減されます。ただし、これまで個人が所有していたクルマをライドシェア運営会社が所有するとすれば、減価償却費・車両維持費・保険料・燃料費・駐車場代などを新たに負担することになります。さらに深掘りすれば、「24時間稼働し続けるコストと駐車場代はどちらが高いのか」といった、より細かいレベルの論点も考えなければなりません。そしても当然ながら、各社がしのぎを削って数千億円かけて開発している自動運転技術への投資も回収する必要があります。

そもそも、ギグワーカーの時間を売買するプラットフォームだったビジネスモデルが、車両管理会社に変わってしまうわけです。身軽な仲介業だったのが、アセットヘビーな事業に転換することになります。

これらの点を含めて、自動運転がライドシェアサービスのコスト高を解消する切り札になる、という説得力のある議論を、私自身は見かけたことはありません。個人的には、ライドシェア運営会社が全ての自動運転車を保有するのではなく、Airbnbのように個人も企業を含めた様々なプレイヤーがそれぞれ保有するアセットを提供するプラットフォームが必要になるのではないか、と現時点では想像しています。もしくは、スマートシティを目指す自治体等が公共事業として運営するのはイメージしやすいです。

代替手段がある中で、プレミアムを払ってまで利用したいサービスなのか?ターゲットは?

自動運転業界のボトルネックは「技術開発」と「規制対応」であり、それらが解決されれば、世の中を革新する事業が生まれる、というトーンで語られることが多い印象です。そこで、同様に「多額の資金が技術開発に投下され、世界中を賑わせるほど、夢のある、移動サービス」として、宇宙旅行/探索産業と比較することで、見えてくるものがあるかもしれません。実は似ているようで、ビジネスとしての性質は全く異なるからです。

  • 宇宙事業は、文字通り「宇宙に行く」という、これまで代替手段のなかったサービスを提供する事業ですが、ロボタクシーの「ある2つの地点をクルマで移動する」というサービスは、「自分で運転する」「他人に運転してもらう」という代替手段がすでに存在し、かつそれは長年の習慣により人々の行動様式に染みついている。
  • 代替手段のない宇宙産業は、プレミアムを載せた価格設定などの自由度が高いが、ロボタクシーは既存の代替手段の価値提供(例:便利さ×値段×安全性などの組み合わせ)を明確に上回るサービス設計にしなけばならない。
  • 宇宙事業は、短期的なメインターゲットとなる富裕層向けに絞り、スケールせずとも儲かるビジネスを作り得る可能性があるが、ロボタクシーは「規模の経済」「ネットワーク効果」を組み合わせないと事業として成り立たない。

この比較を通して言いたかったのは、ロボタクシーが対峙する課題は、より現実的・具体的であるべきなのではないか、ということです。具体的なユーザーニーズが突き詰められているのかを考える上で、以下の点は気になるところです。

  • 本当に人が運転するよりも安くなるのか?(特に新興国では安い人件費に勝てるのか)
  • 人のドライバーと比べて稼働時間が長いとはいえ、夜中の移動に大きなニーズはあるのか?(稼働コストに見合うボリュームがあるのか)
  • お金に余裕のある層はライドシェアに頼らずに、専用の自動運転車を所有するのではないか?
  • 専属ドライバーを雇える富裕層、タクシー代をケチらない人達にとって、自動運転ライドシェアは付加価値があるのか?
  • 自動運転車によるデータ収集で、プライバシーは守られるのか?
  • 少なくない人が感じている自動運転への抵抗感は軽減されていくのか?(※参考1)

(参考1)ラスベガスのHaloという後発スタートアップは、人間がリモートでコントロールする「半自動運転車」のサービス提供から始めて、ユーザーの心理的障壁の緩和と共に、完全自動運転に向けたデータ収集をする、という特殊なビジネスモデルを採用しているようです。

補足・まとめ

冒頭で紹介した通り、多額の資金が投下され、様々なプレイヤーがしのぎを削ってきたロボタクシーの過熱感は収まってきているようです。代わりに、高速道路を走る物流トラック・鉱山業・農業など、産業向けの用途への注目が高まっているのは、この記事で触れたように、「ビジネスモデル」と「解決したい課題」が明確だからだと思います。物流の人手不足の深刻さは良く言われていますし、人のドライバーにはできない24時間運転のメリットも明確ですし、安全性に対する要求はヒトを運ぶビジネスよりも相対的に小さいでしょうし、反復的な自社のオペレーションに活用するのであれば、多様な消費者向けサービスよりも圧倒的に実現しやすそうです。最近AuroraのSPAC上場が発表されましたが、彼らの焦点もロボタクシーではなくトラックにあると明確に謳っています。

また、この記事はロボタクシー事業の分析に焦点を当ててきましたが、Teslaやホンダなどの自動車メーカーがすでに取り組んでいる通り、自家用車の自動運転化へのニーズは当然あると思います。私個人は運転は苦にならず、Podcastでも聞いていれば満足できる派ですが、運転がどうしても怖い/嫌いな人、障害のある人、毎日数時間の渋滞を運転するのを避けたい人、最新の自動運転車を保有することで自己顕示欲を満たしたい人など、一定のニーズが存在するはずです。ただ、巷で良く聞く「自動運転で車内の過ごし方・ライフスタイルが劇的に変わる」といった説には懐疑的です。自動運転が実現したとしても、「酔わない」「安全性」などの条件がある中で、車が提供出来るサービスにライフスタイルを変えるほどの大きなポテンシャルがあるのか。クルマの中でiPhone/iPadを使えばたいていの消費者ニーズは満たされるのではないか、という疑問が出ます。

いずれにしても、(業界の代表的な一社である)Zooxのエグゼクティブ曰く、「ロボタクシーがそこら中を走り回っている未来は20〜30年後だろう」ということなので、気長に待つ必要がありそうです。

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Editorial Team / 編集部

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