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ハンコ不要になったのはご存じ? 登記事務でスタートアップに福音

2021年2月15日に施行された改正商業登記規則は、スタートアップ関係者にとって実は福音となるものでした。法務局に提出する書類の一部について、オンライン申請を利用する場合でも必要だった紙の書類について、一部を除き押印審査が不要になったのです。ところが、実務の現場では混乱が見られ、不要な事務処理が発生しているようです。

この記事では、なぜスタートアップにとって、今回の改正が福音となるのか、どういうときに押印審査が不要になったのかということについて、aviators司法書士事務所の真下幸宏さんにお聞きした話をまとめました。

※本記事は、2021年8月19日時点の情報です。今後法改正等により押印、電子サインの取り扱いが変わる可能性があります。

なぜ登記関連だけオンライン申請の普及が遅れていたか

法人や個人で税務申告をしている人であれば、何年も前からオンライン申請が普及していたことをご存じかもしれません。それに比べると商業登記のオンライン化は遅れていました。

役所関係で印鑑の運用ポリシーがいちばん厳しかったのは法務局です。税金は電子申請に対応していますし、労務関連も印鑑不要のものが多いです。その意味では2月の商業登記規則改正は遅れてやってきたオンライン化へ向けた前向きな改正です。

法務省でオンライン化が遅れた理由は主に2つ。あまりニーズがなかったことと、電子証明書が使いづらかったことです。

税務申告は年に1度ありますし、労務の事務手続きも、会社への人の出入りは常にあるため、繰り返して発生するものです。でも、創業時に法人登記をしたら、その後の変更というのはスタートアップ以外では、そんなに高い頻度では起こらないんですね。あっても数年に1度。株式会社の役員任期は最長10年に設定できるので、スモールビジネスでは登記手続きを10年間やらないところもあります。だから事務処理の面倒さが、あまり問題にならなかった側面があります。

逆に言えば、スタートアップは資金調達や本店移転、役員の選任など、登記が必要なイベントが高い頻度で発生します。しかも、資金調達を何度かしたスタートアップの創業メンバーの方であれば、お分かりいただけると思いますが、VC(投資家)とスタートアップ(発行会社)で結ぶ「総数引受契約」「株主間契約書」などは契約の種類や契約主体の数も多くなり、契約書が50枚程度になることもあります。

こうなってくると紙の書類を郵送したり、印鑑をついたりする事務処理コストが無視できません。オンライン化して電子サインで済ませられるのであれば、そうすべきです。

使いづらかった商業電子証明書

スタートアップ以外のスモールビジネスでは登記の変更は頻度が低いため、オンライン申請にする理由が乏しかったわけですが、もう1つ、商業登記でオンライン申請が使いづらかった理由があります。それは、法人の各種オンライン申請に必要となる法人の電子証明書、「商業登記電子証明書」の取得や管理が面倒だったことです。

商業登記電子証明書を利用したオンライン申請は、制度自体はあったのですが、税務・労務などほかのオンライン申請に比べると、いちばん使われてなかったのではないでしょうか。商業登記電子証明書を利用するには、法務省から専用ソフトをダウンロードして使うもので、UIUXも古かったんです。Grafferの法人証明書取得サポートのようなサービスが出るまでは使いづらかった。しかも、証明書の維持にコストもかかるので、登記する頻度が少ない法人ではあまり取得する意味がなかったんです。

使いやすい民間の電子証明書が利用可能に

スタートアップ関係者にとって2021年2月の改正は福音と冒頭で述べましたが、2020年6月に、すでに第一段階の改正がありました。

少しややこしいので、まず前提からお話しします。商業登記の提出書類は必要な印鑑の種類やオンライン申請時の電子証明書の種類によって、大きく4つに分類できます。以下の通りです。2月に大きく変わったのは④番です。

まず上記4分類で、昨年6月に改正があり、③④の個人認印を押すべき書類について、クラウドサインやGMOサインなど、法務省が認める一部の民間の電子署名で良いということになりました。それまでは市区町村が発行する個人の電子証明書や限られた企業の電子証明書しか認めていなかったので、これで使い勝手が良くなりました。対象の書類としては、取締役会議事録、就任承諾書や株式の引受の申込書などが、これに相当します。なお、現在では以下の電子サインが登記に使用できるものとして認められています。

(参考)【商業・法人登記】使用可能な電子サインについて(aviators司法書士事務所)

2月の改正で大きく変わったのは④です。投資家と発行会社で結ぶ総数引受契約や、株主総会議事録など押印義務がない書類についてです。これまで、法律で押印義務が規定されていなくても法務局審査上押印が必要とされてきた書類について、今後法務局で『押印の有無について審査を要しない』ということになりました。スタートアップの実務で言えば、例えば、これまで10種類の書類に対して10回押印していたところ、8種類については紙の書類であれば押印の審査がなくなった(=押印がなくても審査に支障がなくなった)ということです。

これはスタートアップ、司法書士、法務局の誰にとっても事務処理コストが下がる良い変更です。一方で、これらを総合すると、登記添付書類を「書面提出」する場合と「PDF提出」する場合とで「ねじれ」が発生していることに気づきます。それは④の添付書類を法務局に紙で書面提出する場合は押印審査が不要となりましたが、PDF提出する方法では電子サインの審査が必要ということです。『押印の有無について審査を要しない』=『電子サインについて審査を要しない』とはされなかったため、『押印』と『電子サイン』の取り扱いについて、ダブルスタンダードになってしまっています。

また、「押印の有無について審査を要しない」とした書類は一部であり、現在も押印または電子証明書が必須となる書類があることや、「押印の有無について審査を要しない」ということについて実務家の考え方(押印の有無について審査はされないが、●●という書類については押印すべき、という考え方)に幅があることが現場に混乱を与えているように思います。

まとめると、2021年2月の法改正で法務局に提出が必要となる書類について以下のような取り扱いになっています。

  • 一部の書類を除いて法務局の押印審査がなくなった
  • 法務局の押印審査がなくなった書類でも、改ざん防止、デューデリジェンス、監査等の観点で実務的に押印、自署または電子署名すべきという書類が一部ある
  • 紙面でなくPDFで作成する場合は電子サインの審査がある(※1、※2)

(※1)法務局が認める商業・法人登記で使用可能な電子サインでなければならない。(※2)書類に記載されているサイナーと電子署名検証画面に表示される作成者が一致する必要がある。

すでにオンライン申請の使い勝手が改善されていることもあり、より多くのスタートアップ関係者が、登記に絡んだ契約書や添付書類の作成に際して、より事務コストの低い方法を選ぶことを願っています。

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Editorial Team / 編集部

Coral Capital

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