今年の1月、アメリカで最も成功しているベンチャーキャピタルファームの1つであるAndreessen Horowitzが「アメリカン・ダイナミズム」への投資に注力することを公式サイトの記事で宣言しました。「アメリカン・ダイナミズム」は「国益を支援する企業」への投資として同ファームが新しく立ち上げたカテゴリーですが、航空宇宙や防衛、教育、住宅、運送、公共安全、サプライチェーン、工業、製造をはじめとした様々な分野を対象としています。それらはいずれも国家の基盤として欠かせない分野であるにもかかわらず、他と比べてイノベーションが遅れているのが現状です。そのせいもあって、これまでスタートアップやベンチャーキャピタリストが積極的に関わってこなかった分野でもありました。
さらに同記事では、過去25年間のアメリカ経済において、あらゆるセクターの中でテクノロジーのみが勢いを保っている現状についても反省するべきだと主張しています。たとえば、EVへの移行を活性化させたのはフォードやGMではなく、テスラでした。従来より1桁低い価格の宇宙旅行を実現したのも、NASAやロッキード・マーティンではなくSpaceXでした。新型コロナウイルスが世界中の経済や組織に大打撃を与えたときも、危機を乗り越えられたのはZoomやモデルナのようなテクノロジー企業のおかげだったのです。
この新しい投資テーマについて知ったとき、私は職業柄、日本の場合はどうだろうとすぐに考えはじめました。しかしアメリカに匹敵する例となると、悲しいくらい良い例が思い浮かばないのです。日本の国益に貢献する「ジャパニーズ・ダイナミズム」のテーマにふさわしく、なおかつ同じくらい影響力が大きいスタートアップは正直なところ今の日本には存在しないのではないでしょうか。
もしこれが1980年代であれば、いくらでも例を挙げられたと思います。たとえばトヨタやホンダ、ソニーはいずれも戦前からの財閥と無関係ですが、戦後の日本経済を救うほどの大発展を遂げ、日本を米国に次ぐ世界2位の経済大国にまで押し上げました。
自動車産業の躍進は、さらに部品製造などの関連産業の誕生や、鉄鋼やタイヤ、ガラス、電子機器などの需要の拡大にもつながりました。それらの業界では新たな雇用が生まれ、特に農閑期の出稼ぎ先として多くの農業従事者が集まり、発展に貢献しました。
テクノロジーや科学の面でも多くの発展があった時代です。合成素材の開発や洗練により、輸入に頼らなくても衣類などに使う繊維素材を手に入れやすくなりました。また、超大型の鉱石運搬船やタンカーが作られたおかげで、各種原材料の輸入単価が下がりました。これは鉄道や川船で材料を運搬するなど、近代化が遅れている海外の現地プラントに対して、日本のプラントの競争力を高める結果にもつながりました。
こうした成長の中、当時の日本はアジアの中で常に単独で大きくリードしていました。唯一強力な競合相手になり得たのが中国ですが、文化大革命の真っ只中にあり、起業の自由など資本主義的な要素を一切排除していたため、新しい産業を起こせるような環境ではなかったのです。
この数十年にわたる目まぐるしい発展の後に日本に起こったことは、Michael Hopfの著書にある以下の名言に集約されていると思います。「困難な時代は強い人間を生み、強い人間は豊かな時代をつくり、豊かな時代は弱い人間を生み、弱い人間は困難な時代をつくる」。各国の歴史の中で何度となく繰り返されてきたように、「豊かな時代」は次第にバブルなどが象徴する「根拠なき熱狂」へと衰退していったのです。
もちろん、戦後の厳しさと比べたら今の日本は遥かに恵まれています。しかし状況は着実に悪い方向へと向かっています。まず、令和が「人口減少の時代」になることはほぼ確実であり、2050年までには人口が20%減少して1億人を切ることが予想されています。また、「アメリカと中国の対立」や「自然災害」、「高齢化」、「長期的な経済停滞」の時代になる可能性も高いでしょう。しかも前提として金利の上昇や円安の悪化、それらによる危機的なまでの債務の膨張などの問題も解消されていないのです。
平成の間は、昭和が残したかつてないほどの発展やそれによる繁栄という遺産を長く享受できたかもしれません。しかし、令和にはもうそんな余裕がないのは明らかです。これからはまた「強い人間」が「豊かな時代」を作っていかなければならないのです。そしてかつての昭和のように、スタートアップこそが日本を再活性化させる立役者になると私たちは信じています。
だからこそ、岸田政権の「スタートアップ育成5か年計画」の発表には本当に感謝しています。スタートアップ界の発展を妨げる様々な要因についてCoralでも長年取り上げてきましたが、同計画ではそれらの多くに焦点を当てた包括的な取り組みが始まる予定です。政策が実行され、今後様々な変化が現れてくることを楽しみにしています。
スタートアップの足枷となっていた行政面の障壁を解消しようと政府が改革を進める一方で、私たちもベンチャーキャピタリストとしての役割から貢献していく必要があります。難しくても重要な課題に挑戦する有望な起業家を見つけ、出資し、支援することがこれからの日本の繁栄に結びつくと私たちは考えています。そのためにも今後は「ジャパニーズ・ダイナミズム」への投資に積極的に取り組んでいく必要があるでしょう。
実際、Coral Capitalではすでに「ジャパニーズ・ダイナミズム」のテーマに沿う企業に何社か投資しています。例えば、投資先の1つであるGrafferでは行政手続きや事務などのDXを通して、行政がより充実したサービスで市民の生活を支えられるよう取り組んでいます。GITAIでは宇宙空間における作業コストを90%以上も削減できる宇宙ロボットを開発していて、実現すればSpaceXのように宇宙産業に革命をもたらすでしょう。京都フュージョニアリングでは日本ならではの技術力や製造力を活かし、核融合テクノロジーを世界中の企業に提供しています。
これら以外にもCoralでは同じくらい野心的なスタートアップに数多く投資し、これからも投資し続けることを使命としています。ですので、令和版のホンダやソニー、トヨタを作ろうと奮闘している起業家の皆様、ぜひCoralにご連絡ください!
Coralが投資する「ジャパニーズ・ダイナミズム」スタートアップ
- Shippio
- Kyoto Fusioneering
- Kaminashi
- Terawatt Technology
- GITAI
- Polyuse
- Graffer
- Infostellar
- Kikitori
- Provigate
- Seibii
【告知】
Coral Capitalが投資している「ジャパニーズ・ダイナミズム」企業が数多く参加する、日本最大のスタートアップキャリアフェア「Startup Aquarium」が2月18日(土)に開催されます。
イベントにはGrafferや京都フュージョニアリングのほか、「令和のトヨタやソニー」を作ろうとしている起業家たちが集結し、自社の魅力を伝えるピッチを披露します。展示ブースでは各社の取り組みを直接聞くことも可能です。
日本を再活性化させるスタートアップへの転職に興味がある方はもちろん、中長期的なキャリアを考えるきっかけになるイベントですので、ぜひご参加ください。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital