平穏な時代が続くと、紛争の予兆があっても人はそれを見落としがちですが、こうした油断の危険性は歴史を見れば明らかです。現在も、発達する嵐のように緊迫感を増す世界情勢を前に、世界の金融市場は不気味なほど落ち着き、現状に危機感を抱いていないかのように見えます。そして同じようにヨーロッパが第一次世界大戦へと徐々に、いつの間にか突入していったときも、当時の投資家たちにとってそれは青天の霹靂でした。歴史学者のニーアル・ファーガソンが鋭くに指摘したように、1914年に突如として眼前に立ち現れた戦争の現実は、ギリギリまで平然としていた市場にとって暴力的なほど強烈な目覚めを促すショックとなったのです。現在に話を戻しましょう。私たちは再び、特にアジア勢力の台頭やその紛争危機を中心に、目がくらむほど激しいショックを受けざるを得ない瞬間に迫っているのではないでしょうか。
日本は全国に張り巡らされた米軍基地に加え、アジア諸国との地理的な近さもあり、台湾をめぐる米中対立に巻き込まれかねない難しい立場にあります。日本政府もこのような地政学的な情勢変化を敏感に察知した上で、2027年までに防衛予算をGDPの2%まで引き上げる計画を立てるなど、防衛力の強化を進めています。これは単に慎重な防衛策を講じているというだけの話ではありません。いかなる国家も、ましてや世界の超大国と密接に結びついている国家であればなおさら、戦鼓が遠くで鳴り響く中で傍観者ではいられないという歴史的教訓を踏まえての判断なのでしょう。
日本のスタートアップシーンが急拡大する中、こうした地政学的な風向きはスタートアップにとって課題にもチャンスにもなります。そして私の同僚のKenが先日公開されたエッセイで概説したように、日本経済の発展と国内スタートアップの活性化は切り離せない関係にあります。さらに、経済的な貢献だけではなく、紛争リスクが高まる中で日本が「戦略的自立」を目指す上でも、スタートアップの最前線での活躍が期待されます。具体的にはエネルギーの自給自足や強固な製造業、持続可能な食料システム、そしてデジタルインフラの強化などに国家として注力する必要があるでしょう。
まさに今、「ビット」の世界のデジタル領域だけでなく、「アトム(原子)」で作られる現実世界の領域においても先見性やビジョンが求められていると言えるでしょう。特に防衛の分野ではサイバーセキュリティや人工知能、ロボティクス、ドローンなどがイノベーションの機が熟した分野として際立ち、「既存の産業複合体」✕「スタートアップ・エコシステムのアジャイルさ」のシナジーが求められています。
また、歴史には身も蓋もないような教訓もあり、これもその1つですが、多くの革新的なイノベーションは防衛の危機に際して生まれてきました。GPSやインターネットが、当時の米軍のニーズが集約されて生み出された技術であることがその証拠です。日本もまた、防衛需要を利用してより広範な技術進歩を促進してきた歴史があります。例えば航空宇宙やロボティクスへの防衛投資は、後に民間応用を経て、産業界に変革をもたらしました。
つまり理想的なシナリオとしては、紛争リスクの高まりが「触媒」となって、実際の有事に発展することなく技術革新や産業革新を再び巻き起こすことが期待されます。戦争の恐怖がもたらす切迫感が、冷戦時代の宇宙開発競争のような発展を促す方向に働けば、その成果が国家の安全保障を強化するだけでなく、社会全体の発展へとつながるでしょう。
私たちは今、1914年の投資家たちと同じような岐路に立たされているのかもしれません。ただし彼らと異なり、私たちは単なる軍事衝突のリスクをはるかに超えた不確実性を抱えているため、それを踏まえて経済的および戦略的に計画する必要があります。今は核の時代だからです。過去の紛争との直接的な比較が無意味なほど、大きな代償を伴う危機に晒されているのです。とはいえ、本質的な真実は変わりません。「備え」と「先見性」こそが、国家が存続し、繁栄し続けるための基盤となるでしょう。
「戦場の霧(戦争における不確定要素)」は、投資家にも軍の指揮官にも見通せないほど濃い霧かもしれません。しかし、そんな霧の中でも、日本のような国は「防衛の備え」と「経済革新」の2つの羅針盤を持って進み続けなければならないのです。その先の未来で不測の事態に直面するのは変わらないかもしれません。それでも、それが準備不足の結果ではなく、戦略的な強さや経済的活力を土台とした平和の追求に挑んだ結果であるほうを私たちは選ぶべきではないでしょうか。そしてこのような時代におけるスタートアップの役割は強調しきれないほど重要です。日本の成長の「原動力」として、さらには紛争の影がますます広がる世界で求められるレジリエンスの「設計者」として、スタートアップ企業の活躍が切望されているのです。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital