テクノロジー業界のリーダーたちからは「これからはリモートワークだ」という意見をよく聞くかもしれません。TwitterやSquare、Shopifyなど、いくつかの大手企業は、本人が希望すれば無期限でリモートワークを続けられるような制度を導入したと最近発表しました。世界で最も華やかかもしれないキラキラしたオフィスを、何千億円もかけていくつも作ったあのザッカーバーグでさえ、今後5〜10年の間にFacebook社員の50%がリモートワークへ移行するだろうと言っています。新型コロナウイルスによって世界中でリモートワークへの大規模な取り組みを試行錯誤しつつ進める必要に迫られ、私たちは今、明らかに今世紀最大の働き方改革の1つの真っ只中にいます。
例によって、今回の改革においてもテック業界がその最先端にいます。コロナウイルスをきっかけにリモートワークへの試みがはじまる前から、多くのテック企業ではオフィスに出勤せずとも業務を続けられるような環境がすでに整っていました。テック業界のリーダーたちが実験的なリモートワークから早い段階で本格的な導入へと大胆に踏み切れたのも納得がいきます。そして今のところ、この業界は思ったよりスムーズにシフトできたと感じているかもしれません。
リモートワークにメリットがあることは明らかです。リモートワークが主流になることで、様々な場所やライフスタイルを対象に人材を発掘することができるようになります。地方に住んでいる人や、家族の世話をする必要がある人も、同じ仕事に応募できるようになります。これは雇う側からすればコスト削減というメリットになります。また、経済的機会の拡大とダイバーシティの推進につながるので、社会全体にとっても良いことです。通勤が減り、それに伴い温室効果ガスの排出量が減るという利点もあります。
しかし、テクノロジー業界にある楽観主義は、イノベーションを促進する一方で、デメリットを見落としがちになるという側面もあります。リモートワークは素晴らしいかもしれませんが、そのメリットと引き換えに生じているデメリットが完全に把握されるようになるのは何年も先かもしれません。そして皮肉にも、それらのデメリットの多くは雇用主よりも従業員に影響を及ぼす可能性があります。
テック業界はリモートワークを強く奨励する主たる業界の1つですが、リモートワークへの移行によって最も多くを失う可能性があるのもこの業界で働く人たちです。より幅広い人材を採用できるようになるということは、競争が激しくなるということであり、それによって給料に下げ圧力がかかるということでもあります。三重県やマニラにいる人ならはるかに低い給料で働いてくれるのに、あえて東京に住む人を企業は採用するでしょうか? 徐々に採用しなくなるでしょう。テック業界など、物理的に人がそこにいることを必要としない業界こそ、このようなトレンドに最も影響を受けやすいというのが現実です。
もう1つのデメリットは、同じオフィスで過ごすことで得られていたチーム意識が失われるかもしれないことです。SlackやZoomなどのツールを使えば距離感を縮められるとされていますが、オフィスでの何気ないやりとりの中から生まれる発見(セレンディピティ)などを再現するのは容易ではありません。個人的な印象としては、テック企業はあまり苦労することなくオフィス通路での気軽なコミュニケーションをSlackスレッドで再現できているように思います。一方で、そのように比較的短期間でスムーズにオンラインへ移行できたのは、コロナ以前に築いていた人間関係のおかげであると感じています。時間が経つにつれ、その効果は薄れていくでしょう。
このようなマイナスの影響を最も受けやすいのは若手社員でしょう。初めて就職する新入社員は特にそうです。ある程度キャリアを積み重ねてきた社員なら、すでに社内で人間関係を築けていて、周りからの信頼も得ています。また、彼らにはリモートワークに適した環境を自宅に用意するための経済的余裕がある可能性も高いです。社会人としての第一歩を踏み出したばかりの若手社員は、指導を受ける機会や、社内で友人を得る機会など、キャリアと心理的充足感の両方で重要な機会を逃してしまうかもしれません。そして、リモートワークも「在宅勤務」ではなく「カフェ勤務」になりがちです。
これらの課題は決して乗り越えられないものではありません。コロナ以前から完全にリモートワークで、大成功を収めてきたチームも存在します。WordPressを作ったAutomatticでは、1,200人の社員のほぼ全員がリモートワークで働いています。2,000人の社員を抱えるGitHubも同様です。ブロックチェーン・プロジェクトの大半も同じような環境で進められています。適した会社に適したシステムがあれば可能であるのは明らかです。
しかし、ほとんどの企業にとっては、完全リモートでも完全オフィスでもない、その中間くらいに最適なバランスがあるのではないでしょうか。上に述べた成功例はいずれもオープンソース系で、もともと分散型の組織を基本としているタイプのビジネスです。多くの企業にとっては完全リモートワークの導入は難しく、理想的でもありません。対面でのコミュニケーションでしか得られないクリエイティブな活気や信頼関係のために、クライアントと直接会わなければならない場合もあります。リモートとオフィスの両方のメリットを享受するためには、オフィスで実際に何をしているのか、改めて考える必要があります。ミーティングにしかオフィスを使わないとしたら、個人のデスクは必要でしょうか?アフターコロナの世界では「フリーアドレス」オフィスやコワーキングスペースがよりいっそう重要になるかもしれません。
今回のリモートワークへの試みをどう受け止めるかは、人によってかなり大きく異なるでしょう。子どもがいる人なら、早くオフィスに戻って集中できる環境で仕事をしたいと思うかもしれません。内向的な人なら、人付き合いで気疲れすることのない今の生活を満喫しているかもしれません。緊急事態宣言が解除され、私たちはニューノーマルの時代に向かって動きはじめましたが、会社の業績と文化を維持しつつ多様なニーズに対応できるような「リモート」と「オフィス」のバランスを見つけることが今後の鍵となるでしょう。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital