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日程調整アプリ「Calendly」から見える米国スタートアップ事情

本記事はTemma Abe氏による寄稿です。Abe氏は東京大学経済学部を卒業後に新卒で三菱商事に入社。2016年からのアクセンチュア勤務を経て、2019年からは米国西海岸に在住し、UC BerkeleyでMBAプログラムに在籍しています。就職活動や授業、課外活動を通じてテック業界の情報をフォローしています。また、現地で流行のニュースレターやポッドキャストを数多く購読しており、そこから得られる情報やインサイトを日本語で発信する活動をされています。Coral Insightsでは米国テック界隈の企業やトレンドについての連載を開始していただきました。


日本でも一部使われている方がいると思いますが、Calendlyというスタートアップをご存じでしょうか? 今回はCalendlyから見えてくる米国テック業界のトレンドについてご紹介します。
Calendlyについては公式ウェブサイトをご覧いただくのが早いと思いますが、基本的な機能は日程調整アプリです。ユーザーは自身のカレンダーアプリ(GoogleやOutlookなどとCalendlyのアプリを同期させた上で、指定する期間内の空き日程を示したページを作成し、そのリンクを予定調整したい相手に送付します。リンクを受け取った人はリンクのページ内で日程を選択・予約することができ、そのアポイントが自動的に双方のカレンダーに登録される、というものです。シンプルで誰でも使える分かりやすい仕組みかと思います。

私の周りでは、同僚・友人・初めて会う人、いずれの日程調整でも良く使われている印象です。最大のメリットは、(1)メールやメッセンジャーで候補日程をテキストで打ち込んで確認し合う手間が省けること、(2)カレンダーアプリにマニュアルで日程を打ち込む必要がなくなる、ことです。なお、私は無料ユーザーで限定機能しか使っていませんが、アポイントメントに時間単価でチャージしたい人向けに、決済機能も提供されています。コンサルタントや弁護士など時間課金するプロ向けの機能ですが、私が見た中で一番面白かったユースケースは、以前に少しネットで話題になっていた、子ヤギとのZoomを予約できるこちらのページです。ネタっぽくはありますが、会議に子ヤギが参加していたら、ちょっとなごみますよね。

アトランタ発、創業者がマイノリティ(黒人)で注目

今年初めに、CalendlyがシリーズBの大型資金調達をしたというニュースがありました。評価額30億ドル(約3,165億円)で、3億5,000万ドル(約369億円)と報道されています。これだけ聞けば、米国のSaaSスタートアップが高バリュエーションで大型資金調達をする近年では良くある話のように思うかもしれませんが、Calendlyはいくつか注目すべき点があります。
そのバリュエーションの大きさもさることながら、特に私がユニークだと感じたのは、「すでに黒字化している」「創業者がマイノリティ(黒人)である」「本拠地がアトランタである」という点です。

すでに黒字化している

公開情報によるとARRは7,000万ドル(約75億円)、MAU1,000万人、コロナ前は年間100%のユーザーグロース、コロナ下の2020年は年間1,180%の成長と、売上も成長率も高いことが分かります。プレミアム機能の課金は月額約10ドルなので、数十万人規模で有料ユーザーがいると推定されます。リモートワーク環境で一気に成長していることは間違いないですが、実は2016年にはすでに黒字化(profitability)を達成していたとのこと。黒字化の正確な定義は示されていませんが、2013年の創業から3年程度で外部の資金調達に頼らずに事業を成長させられる状態を実現したというのは驚くべきことかと思います。さらに、ネットワーク外部性の働くモデルであり、今回調達した資金も活用して成長を加速させれば、利益率も伸びていく構造になっていそうです。

創業者がマイノリティ(黒人)である

創業者のTope Awotona氏はナイジェリアからの移民であり、子どものときに家族でアメリカに引っ越してきたとのことです。Calendlyがニュースで取り上げられるときには、必ずと言ってよいほど、創業者が黒人であるという話が出てきます。特に2020年のBLM運動の後にトレンドが顕著になりましたが、スタートアップの創業者もベンチャーキャピタリストも黒人の比率が人口比に対して圧倒的に足りていない、ということが昨今のアメリカでは強く意識されています。組織の多様性レベルでVCを評価したレポートが出されてしまうほどにセンシティブな問題になっています。なので、賛否両論ありますが、昨今では黒人創業者のスタートアップへの投資を優先的に検討すると明言しているようなケースもあります。なお、残念ながらアジア人は白人に次ぐ存在感になっているので、日本人はそのような恩恵は受けられません(実際にはアジア系はインド系と中国系で大多数が占められるので、日本人はもっと引き上げられても良いのではと個人的には感じますが)。

地元ビジネス紙でニュースになるTope Awotona氏

本拠地がアトランタである

創業者はアトランタ在住ですから、いわゆるシリコンバレーの起業家のように豊富なリソースにアクセスできる環境にはなかったことでしょう。それでも、アトランタにはジョージョア工科大学やエモリー大学という、全米でも指折りの大学が存在し、エンジニアを始めとした優秀な人材は多く輩出されています。昨今はスタートアップの熱量が高まっているとも聞きます。シリコンバレー、シアトル、ニューヨーク、オースティン・ロサンゼルス、ボストン、シカゴなどではない、全米でトップ10にも入らない規模の都市からも複数のユニコーンが誕生する点に、アメリカの裾野の広さを感じます。

なぜ日本から出てこなかったのか?

カレンダー調整アプリがユニコーンどころか3,000億円を超えるバリュエーションになっている事実は、日本人の感覚からすれば信じ難いのではないでしょうか。こちらのページによれば、Calendlyは日本が誇るAIスタートアップであるPreferred Networks(3,516億円)にわずかに届かないものの、日本ならバリュエーションで2位のスタートップとなってしまうようです。しかも、3位以下には2,000億円以上の差をつけています。

これは、ひとえに米国と日本のスタートアップが狙い得る市場規模の差という説明は理解できるものの、日本のスタートアップに同様のアプリ・サービスは作れないのかと言えば、そんなことはないだろうというのが通常の感覚ではないでしょうか。それでも実際にCalendly(に象徴されるシンプルなウェブ・アプリサービスのユニコーン)が日本から生まれなかった理由は何でしょうか。日程調整のアクションに必要な英語は難易度も高くないですし、使われる単語も限定されているので、プロダクトを作る上で言語力が障害になるとは思えません。とすると、マーケティング・セールスの問題でしょうか。ただ少なくとも私はCalendlyの広告などは見たことがないですし、基本的なユーザー獲得は、ユーザーがリンクを他人に送ることで有機的に広がっていく、というものです。なので、ここでも英語力や海外営業のケイパビリティが障壁になるとは思えません。シンプルな機能なのでカスタマーサポートに問い合わせがたくさん来るようなビジネスでもなさそうです。
ボトルネックは、グローバルを最初から狙うということに対する心理的ハードルでしょうか。もしくは、日程調整アプリの市場がこんなに大きいとは思えなかったからでしょうか。または単純な数の勝負で、Calendlyと同様のプロダクトを提供するスタートアップは世界に無数に存在するものの、挑戦している数の多さでアメリカからユニコーンが生まれやすいだけでしょうか。いずれも推測の域を出ませんが、個人的には日本人が日本にいても作り得るサービスだったのではないかという気がします。

独立企業としてどこまで戦っていけるのか?

上述の通り、Calendlyは今後も順調に成長していきそうな企業・プロダクトだと感じますし、すでに黒字化している状態です。現時点でも創業者が望めばIPOの実現性も高いのではないでしょうか。ただ、これまでの多くのケースで見られたように、巨大テック企業による同様のプロダクトの提供、またはCalendly買収の可能性も大いにあります。Calendlyも順次新しい機能やソリューションを提供し始めるはずなので、既存プレイヤーとどのような関係性・棲み分けを築いていくのかは興味深いポイントです。Zoomは今のところ、独立企業として健闘を続けていますが、SlackはSalesforceに買収される道を選びました。Calendlyは様々なプラットフォーム間の連携を取れることが提供価値の1つなので、特定企業の傘下に入るとオープンさが損なわれてしまう懸念はあります。ただ、オープンさを前面に出していたという点ではSlackも同様です。Microsoft Teamsを初めとした既存のプロダクトのほとんどは企業内でのコミュニケーションを円滑化するものであるのに対して、Calendlyは主に組織外の人とのコミュニケーションを円滑化するツールだというポジショニングです。こうしたことから、独自路線を貫けるかも注目ポイントの1つだと思います。


参考記事:

 

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Contributing Writer @ Coral Capital

Temma Abe

Contributing Writer @ Coral Capital

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