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ヘルステックは「便利なツール」で終わってはいけない。GLOBIS福島氏×Coral吉澤のVC対談

「ヘルステック」と言えど、美容やダイエット、予防のようなウェルネス領域から診断や治療といった医療領域まで、フォーカスするポイントはさまざま。C向けのソリューションでは継続率の低さ、そして医療機関向けのSaaSは「業界ならでは」の保守的な文化や複雑な業界構造が課題となり、ハードルが高いように感じられてきました。しかし近年では、「クリニック自体を展開するヘルスケアスタートアップ」といった起業家も現れるなど盛り上がりを見せつつあります。Coral Capital(以下、Coral)のアソシエイトである吉澤美弥子も、VCとしてヘルステックの動向を追い続けてきました。

実は、吉澤はCoralの前身である500 Startups Japanのインターンになる前から、ヘルステックに特化したWebメディア「HealthTech News」を立ち上げ、情報発信などを行っていました。そんな「HealthTech News」をきっかけに知り合い、吉澤自身が「ヘルステックへの投資経験が豊富な日本のVCで、今ではVCとしてのキャリアや投資先の支援についての相談もしている」と話すのが、グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、グロービス)のプリシンパル、福島智史さんです。

ともにヘルステック領域を見てきた2人は、最近のヘルステック領域の展開をどう感じているのでしょうか。対談から見えてきたのは、福島さんと吉澤それぞれが目指す「ヘルステック領域の変革の先」でした。

異なる方向からヘルステック領域にたどり着いた2人

吉澤:私が「HealthTech News」を運営し始めた2013〜2014年ごろは、「ヘルステックに興味がある」というVCはほぼいなくて。そのなかで、真剣にヘルステック関連のスタートアップに投資を検討し、業界について考えていらっしゃったVCが福島さんだったんです。

福島:当時、ヘルステックに興味を持つVCはあまりいませんでしたね。僕も他に誰かいないかと探していたところ「HealthTech News」にたどり着き、吉澤さんがイベントに登壇しているところへご挨拶に行ったんですよね。「サインください」みたいな感じで(笑)。

吉澤:イベント登壇でお会いしたのは本当ですが、「サインしてください」は嘘です!(笑)。でも、そこから会って話す機会が増え、今だとヘルステック業界のことやVC業について相談に乗ってもらっています。ちなみに、福島さんはいつごろからヘルステックに興味を持つようになったんですか?

福島:それこそ、吉澤さんが「HealthTech News」をやっていた2014年ごろからですね。きっかけはいろいろあるのですが、一番は、僕自身が薬剤師の家系で育ってきたことです。おかげで、とっつきにくそうな医療関係の話題にも違和感なく入っていくことができていました。もう1つは、ヘルステック領域は今後日本で確実に伸びていくマーケットであり、同時に課題もチャンスも多いと感じていました。そして、しいてもう1つ挙げるならば、この領域に挑むことで、医療費を含む社会保障費の高騰という社会課題の解決につながるヒントを見つけられないかと考えているんです。

吉澤:それはなぜ?

福島:僕らグロービスも、吉澤さんのCoralも、VCはLP(リミテッド・パートナー、VCファンドに投資をする金融機関や事業会社等)からお金を預かり、新しくチャレンジする人たちにリソースを提供していく仕事だと認識しています。しかし、日本の人口ピラミッドを見てみると、世代によってはフェアにならない部分がありますよね。そのボトルネックになっているのが医療費や社会保障費の高騰です。VCとしてヘルステック領域に挑んで社会の課題解決に挑み、世代間をフェアにする。個人的には、そういったこともやりたいんです。

吉澤:VCという職を考えた際に、医療という大きな課題を抱える領域に投資することが最も社会に貢献できると考えたんですね。

私がヘルステックに関心を持つようになったきっかけは、VCからではなく医療側からだったと思います。もともと看護師になりたいと思って、大学で医療を学んでいました。でも、いざ実習に入ると、医療従事者が紙のカルテにペンでグラフを書くといった病院の裏側にあるオペレーションや、医療従事者の過酷な労働環境を目の当たりにして「なぜ非効率なオペレーションが改善されないのか?」と疑問を持つようになったんです。医療費高騰や医療の偏在を考えると、まずは医療現場の医療従事者が忙殺されている状況を変えることが必須だと感じていました。

福島:医療の現場を目の当たりにしたことが、きっかけだったんですね。

吉澤:そうなんです。初めに、大学で北米や欧州の医療システムを勉強していました。そのなかで、アメリカでは「スタートアップが医療現場の課題を変えている」という海外事例を知るようになったのです。それから医療業界に限らず既存の大きな課題を解決するスタートアップ全般に興味を持つようになり、VCとして関わりたいと考えて今に至ります。そう思うと、福島さんと私は、それぞれ別の方向からヘルステックにたどり着いていますね。

福島:確かに(笑)。

ヘルステックは「便利なツール」で終わってはいけない

福島:改めてヘルステックに興味を持ち始めた2014年ごろを思い返していますが、この5年間で情報量はもちろん、興味を持つ投資家も、そして一番はスタートアップの数が増えました。特に、医師や医療従事者の方が起業するケースが増えた印象があります。

吉澤:それは私も感じています。業界が立ち上がりつつあるのが、実際に起業したりスタートアップの転職する人の質に出てるのかもしれませんね。

福島:しかし、ヘルステック系スタートアップが増えているとは言えど、「サービス」になりきれず「ツール」になってしまっているケースもよく見かけます。ある特定の作業においては便利なのだけれど、根本的な解決策にはなっておらずその先の展開が見えないと言うか。

吉澤:サービスではなくツールという表現はすごくしっくりきますね。便利な機能で現場のニーズはあるけれど、それである程度十分な金額の課金に至っていないというイメージです。ヘルステックのサービスに求められているのは「いかに業務フローへ入り込み、現場の効率を改善しているか」かと思います。

福島:まさに、ソフトウェアがサービスとして求められている部分です。しかし、業務効率を上げ、患者さんの満足度を上げるだけにとどまっていてはいけない。どちらかと言うと、医療現場が求めているのは「患者さんと向き合ってどういった付加価値活動ができるようになったのか」。マイナスをゼロにすることから、ゼロをプラスにする段階に来ているんです。

吉澤:私たち(前500 Startups Japan)と、グロービスで投資しているKAKEHASHIは、まさに薬剤師が提供する患者さんへのサービスに新たな価値を提供するのを支援していますよね。

長期的な考えとして、どんなに避けようと思っていても、ある程度の競争が医療業界にも起き始めています。スタートアップが、医療機関などにサービスを提供することで、「医療従事者が働きたいと選ぶ医療機関」や「患者さんから選ばれる医療機関」になることは、今後求められるかもしれませんね。

福島:そうですね。医療機関が競争する社会になっていくうえで、差別化ポイントになれる価値を提供できているかどうかは大事です。

医療の現場でサービスづくりも行う「垂直統合」スタイルの可能性

吉澤:とはいえ、病院や薬局などの医療機関へスタートアップがサービスを提供するのは、まだまだハードルが高いように感じているのですがいかがでしょうか?

福島:やはり難易度は低くないですよね。医療従事者には、ビジネス視点での判断基準を持っている人は多くないですし、インセンティブもバラバラ。しかし、ビジネス視点を持っていて、かつ声の大きな医療従事者が積極的にサービスを導入してくれる事例も見られるようになりました。そこで増えつつあるのが、医療の現場で垂直統合させながらサービスをつくっていくスタイルです。例えば、Coralの投資先企業であるCAPSがそうですよね?

吉澤:そうです。CAPSは、医療法人として小児科クリニックをやりながら、電子カルテや予約システムなど診療所で必要となるオペレーション周りのサービスを開発し、現場に提供しています。これは、現場から生まれているサービスでもあるため、他の診療所も取り入れやすいんです。そもそも医療機関のような歴史ある業界へ新しい仕組みやサービスを導入してもらうこと自体が難しい。ならば、自分たちでも導入し、医療機関としても強くなっていくアプローチは正しいんじゃないかと考えています。

福島:先行事例として、例えばキャピタルメディカでも、運営している施設内で、自社で開発されたソフトウェアを導入しています。そして、うまくいったものを他の施設にも展開していく。ヘルステックに関しては合理的なソリューションが必ずしも使ってもらえるかというと、そうとは限りません。現場の医療従事者と寄り添いながら効率的なソリューションをつくることが難しいからこそ、垂直統合に意味があります。近い将来、大病院がスタートアップを買収するようなことが起きるとおもしろいかもしれませんね。

吉澤:構造上の違いがあるとはいえ、アメリカでは病院や健康保険会社が自社でテックのプロダクト開発を積極的に行ったり、スタートアップに投資し積極的に買収していたりします。日本でも買収や投資、提携などの動きがあると、業界に対するインパクトも大きくなっておもしろそうです。

「ライフスタイル=ヘルステック」だから、チャンスが多い

吉澤:これまでは医療・医療機関向けサービスにフォーカスしてお話ししていますが、ヘルステックってかなり幅広いですよね。福島さんが最近注目しているヘルステック領域は、どのあたりですか?

福島:ヘルステック領域はとても広義です。医療関係にだけでなく、健康維持やダイエットのほか、高齢化が進むこれからの時代では高齢者向けのライフスタイル系サービスも含まれていくんじゃないかと思っています。そういう意味では、病気云々から切り離し、もっと広い視点でヘルステックを考えたほうがいい気がしています。

吉澤:そうですね、ヘルステックをより広く定義して、ライフスタイルのような領域を含めていくのは面白いと思っています。

がっつり規制に関わってくるところは、現段階ではどうなるかわからなかったり、時間がかかります。おそらくロビイングような活動も求められそうです。

福島:そうですね。規制緩和のスピードが速いことがスタートアップに有利かというと、必ずしもそうではないです。規制緩和の波は、いつ来るかわかりません。投資家的には、スタートアップには単一の事業にフォーカスしてほしいと考えつつ、ヘルステックのような規制産業の場合は「適切な波が来るまで沖で待てる組織力」も重要です。だからこそアーリーステージに留まらずグロース期までの支援を掲げているグロービスでは、ロビイングもしっかりサポートしていきたいと考えています。それこそ、グロービスグループとして政官民それぞれとのネットワークがあるので、そういった方々との間で適切な規制改革の後押しは今後も力を入れていきたいところですね。

吉澤:そうですね、起業家ではなく支援サイドによるロビイングは非常にニーズがあると思います。

投資判断についても言及すると、通常投資検討する際の判断基準では「本当にペインがあるかどうか」を考えますが、ヘルステックはペインだらけなので、他領域と同じ目線で見てしまうと全サービスありとなってしまいがちです。だからこそ、投資判断をするときは「医療システム全体から考えて、どのくらい重要な役割を担えるのか」と大きな規模になるのかを慎重に見るようにしています。

福島:僕も同じですね。あとは、この領域は合理性だけでは生き抜けないマーケットなので、そこを理解しているかどうかも見ています。今、我々が投資しているスタートアップの方々は皆それを理解し、覚悟している人ばかりなので、夢と現実の両輪を地に足をつけて議論できる経営陣は心強く感じます。

吉澤:そうですね! 医療に関わらず、レガシー領域で展開して行くにはサイエンスだけでなくアートな部分や泥臭い部分が求められると思っています。

福島:ですよね! ヘルステックは、課題解決しなければならないテーマが多い領域です。つまり、チャンスが多い。そこへ今、医療関係者など優秀な人が多く入ってきて、課題の解像度がありつつあと実感しています。これは、自信を持って言えるところです。将来的にはそういった方々と単体の事業創りだけではなく、医療機関やネットワーク、新たな健保組合等、いわゆる産業をアップデートしていく展開が見てみたいですね。


■プロフィール

福島智史・・・ 東京大学経済学部卒。ドイツ証券株式会社 投資銀行統括本部にて、M&Aアドバイザリー並びに資金調達業務に従事。 2014年4月グロービス・キャピタル・パートナーズ入社。主な投資先はメドレー、KAKEHASHI、よりそう、justInCaseなど。

吉澤美弥子・・・慶應義塾大学看護医療学部卒業。在学中に海外のヘルステック(デジタルヘルス)企業に関して取り上げるオンラインメディア「HealthTechNews」を立ち上げ、2016年M Stageに売却後、500 Startups Japanに参画。Coralでは新規投資先の獲得のほか、ファンドと投資先のマーケティングやPRに従事。投資先はすむたす、KURASERU、CAPSなど。

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Editorial Team / 編集部

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