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起業家は増えた、ではファイナンス知識は?- スタートアップを見続けてきた弁護士が語る今

「起業家と投資家によるファイナンス知識の非対称性をなくしたい」。これはCoral Capital(以下、Coral)の創業パートナー澤山陽平が、ブログなどを通じて発信してきた想いでもあります。そのため、調達前の起業家を対象としたファイナンス勉強会「#CoralSchool」も定期的に開催してきました。

そんな澤山がファイナンス関連のイベントを開催する際、登壇者として声をかけている弁護士がいます。それが、木村・多久島・山口法律事務所の山口孝太弁護士です。2017年6月に山口弁護士を招いて開催した勉強会、「シードスタートアップのための資金調達J-KISSによるファンディングの概要と実例」のレポート記事は、今でも多くの方々に読まれ続けています。

あれから2年。数々のスタートアップから相談を受けている山口弁護士は、当時に比べて起業家や投資家、VC、そしてバリュエーションや調達額も増えつつある今をどう感じているのでしょうか?この環境下だからこそ、シード期のスタートアップがファイナンス面で気をつけるべきポイントは?今回、改めてインタビューしました。聞き手は、Coralの創業パートナー澤山陽平です。

「バリュエーションは高いほうがいい」わけではない

澤山:さっそくなのですが、僕と山口弁護士で勉強会をした2017年に比べて、起業家も投資家も増えていますよね。山口弁護士のもとには日々さまざまな起業家やスタートアップ関係者が相談に訪れていると思うのですが、何か変化など感じていますか?

山口:確かに、起業家も投資家も増えているように感じますね。それによって、Web上などで読めるファイナンス関連資料も増えています。しかし、だからといってファイナンス知識を備えた起業家が増えているかというと、必ずしもそうではないと思っているんです。

澤山:というと?

山口:なぜなら、起業する人たちの多くが「初回」です。そのため「ファイナンスの知識を持っておいたほうがいい」と思っていても、何から手を付ければいいのかわからない状態であることが普通です。2017年当時も今も、起業家によってファイナンス知識量はバラバラです。起業家のファイナンス知識が増えるためには、単に起業家が増えればいいというわけではなく、先輩起業家や投資家によるコミュニティの中で、知識や経験が還元されていくのがいいように感じています。

澤山:どんどん知識をリレーしていくようなやり方ですね。そのあたりは、僕も課題に感じているところです。

山口:変化を感じているところでは、シード期やシリーズA段階でのバリュエーションです。これは今、右肩上がりになっていますよね。もちろん、価値が高まっているという意味では良いのですが、一方で気をつけたいのが「無意味に初期のバリュエーションを高くしてしまうこと」です。

澤山:バリュエーションの動向は僕も気になり、以前こちらのブログでまとめています。

山口:私の肌感覚として、初期のバリュエーションが高すぎることで、その後ダウンラウンドになるケースが少しずつ増えている印象もあります。ちなみにCoralでの投資検討で、前回のバリュエーションが高すぎたために次のラウンドで投資しにくかったケースはありますか?

澤山:ありますね。でも、僕らは他人が付けたバリュエーションをあまり気にしないので、おかしいと感じた場合ははっきり伝えますし、「これが僕らの目線だから調整できないですか?」と話します。ですが、起業家にとって信頼する初期のエンジェル投資家や他のVCの持ち分を減らすことにもなるため、なかなか複雑な問題でもありますよね。

山口:そうですよね。あくまでも、バリュエーションが高いことが悪いのではなく、無意味に高くするのが良くないということ。バリュエーションが高いと「すごい!」となるかもしれませんが、だからこそ冷静に「なぜこの数字なのか」「次回以降のラウンドの株価はいくらと想定するのか」を考えたほうがいいです。

澤山:同意です。良いことの反対側に何があるのかを、起業家も我々も理解できるようにしておくべきなんですよね。

シード期こそ意識してほしい「創業者間契約」

澤山:山口弁護士がおっしゃるとおり、起業家の多くが「初回」。そのため、ファイナンス関連の知識も起業と同時に学んでいかなければならないですよね。だからこそ、改めて「これだけは注意しておくべき」と言えるポイントはありますか?

山口:一番伝えたいのは「株式に関する契約を交わすときは弁護士に相談を!」ですね(笑)。

澤山:(笑)。

山口:真面目に話しますと、創業者間での株式の保有比率はスタートアップでもよくある落とし穴です。創業当初は強い想いとともに集まった仲間ということもあり、契約書などを交わさず持株比率などを決めてしまうケースが多い。しかし、もしもその中の誰かが会社を離れることになったら? そこでありがちなのが「いなくなった人はずっと株を持ち続けていいのか?」問題です。

澤山:変化の激しいスタートアップでは、何が起こるかわかりません。事業だけでなく、体調を崩してしまったり、家族の事情で経営から離れなくてはならなくなったりすることもよくあります。

山口:まさに、何が起こるかわからないんです。もちろん、一緒に事業を始めたこと自体に対するインセンティブはあってしかるべきですが、これが「入社ボーナス」なのか、「将来働き続けることの対価」なのかがごっちゃになっているケースが非常に多いですね。創業して半年か1年で辞めた場合、最初に持っていた株を全部持ち続けることが妥当かどうか。とはいえ、親しい間柄だからこそ話しにくいというケースは非常に多いです。

澤山:Coralでも、シード期のスタートアップに投資する前には必ず創業者間契約を交わすように伝えています。それくらい、僕らVCが見てきた中でもトラブルになりやすいポイントです。

山口:僕の場合は、ベスティングをアドバイスしていますね。将来働き続けることの対価は「創業から◯年働いてくれたら株を渡す」としたほうがいいのではないかと考えているんです。このやり方は難しいものではないので、創業者間のトラブルを避ける意味では、仲間内で創業時に一度話し合うのがいいと思います。

株主間契約では「経営の自由度」をきちんと話し合う

澤山:別のトピックになるのですが、契約と言えば株主間契約も重要ですよね。最近では、エンジェル投資家やVCだけでなく、CVCも増えています。資本業務提携やM&Aの話になったとき、株主間契約にも落とし穴があるような気がしています。

山口:一番に考えるべきは、経営の自由度をいかに保つかですね。なかには事業計画の変更にも承諾が必要にしているケースもあるので、起業家とすれば、アーリー段階の会社であれば「ピボットは前提」ということで戦ったほうがいいですね。もちろん、提携先の企業からすると変えてほしくない気持ちを理解する必要がありますが。

澤山:悩ましいですよね。事業会社やCVCからすると、もともとの事業を目的に投資したのに「ピボットします」と言われると悲しいので、承認が必要と契約書に入れたくなる気持ちはわかります。しかし、スタートアップからすると、フレキシビリティとスピードは命と言える部分でもありますよね。

山口:そうなんです。しかし、だからこそきちんと話し合ったほうがいいですし、必要であれば戦うべきです。

澤山:ちなみに昔、VCとCVCや事業会社が同じラウンドになると落としどころを見つけるのが難しくなると聞いたことがあります。最近ではそんなに聞きませんが、この問題は引き続き起こっているのでしょうか?

山口:印象としては、あまり問題になっているように思いませんね。CVCや事業会社は買収時の優先交渉権を求めるところも多いので、そこの調整が必要になることはあります。

コミュニティ内での信用醸成

澤山:僕自身、VCをやっていて感じるのは「VCと起業家のファイナンス知識の非対称性」です。先ほど山口弁護士も「起業家のほとんどが初回」と話していたように、投資契約などを経験した人は多くありません。いたとしても、1回や2回。しかしVCは、場合によっては100件以上経験している人もいます。そうすると、どうしても情報の非対称性が高まりますよね。

山口:そうですね。

澤山:さらに言うと、そういった知識を誰かが教えてくれるわけではありません。そうすると、起業家にとっての「知らなかった」が致命的になる場合も起こり得ます。起業家とVCは、投資前の交渉タイミングでは利害がやや異なりますが、その後5年もしくは10年という長い間、同じ船に乗ることになる関係性でもあります。だからこそ、僕としては積極的に知識を提供していくことが必要だと思っているんですよね。

山口:そういう意味だと、起業家からは「タームシートを全部きちんと説明してくれる投資家」がいいと思います。つまり、タームシートの内容の読みあわせを丁寧にやってくれる投資家かどうかを見たほうがいいです。それに、何度も言いますが起業家の多くが「初回」であり、ファイナンス知識に対しても「何がわかっていないのかわからない」状態です。そうすると、わからないことを「わからない」と言える関係になれることがベストですよね。

澤山:確かに、情報の非対称性もありますが、そもそものパワーバランスがどうなのかも大事ですね。あとは、そういったフェアな関係のなかで起業家がどう交渉していくか。そういった環境をつくっていくのも、僕らの役割なんじゃないかと思っているんです。

山口:それこそ、冒頭でも話していた「先輩起業家や投資家によるコミュニティ」を増やすことが、一番近い答えになるかもしれませんね。そこでは利害関係がありつつも、リレーのように知恵を伝えあうことも可能です。

澤山:そうすると、今後はますますコミュニティ内での信用が重要です。

山口:そうですね。そういったコミュニティがあるというのは、起業家にも投資家にもいいい世界ですよね。

 

■プロフィール

山口孝太・・・木村・多久島・山口法律事務所パートナー弁護士。第一東京弁護士会、ニューヨーク州弁護士。M&A取引やジョイント・ベンチャー組成など、国内案件・クロスボーダー案件を問わず多くの案件を経験。また、ベンチャー企業内での取締役経験もあり、また、上場ベンチャー企業の設立時からのアドバイザーや上場企業の社外取締役を務める。紛争解決では国内の訴訟や仲裁だけでなく、米国訴訟、香港における仲裁といったさまざまな案件に携わっている。

澤山 陽平・・・Coral Capital 創業パートナー。2015年より500 Startups Japan マネージングパートナー。シードステージ企業へ40社以上に投資し、総額約100億円を運用。500 Startups Japan以前は、野村證券の未上場企業調査部門である野村リサーチ・アンド・アドバイザリー(NR&A)にて IT セクターの未上場企業の調査/評価/支援業務に従事し多くのテックIPOを手がけた。さらに以前はJ.P. Morganの投資銀行部門でTMTセクターをカバレッジし、数千億円のクロスボーダーM&Aのアドバイザリーなどに携わった。東京大学大学院 工学系研究科 原子力国際専攻修了。修士(工学)。

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Editorial Team / 編集部

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