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年収マウンティングは、もうやめませんか

シリコンバレーはエクイティー文化で、ニューヨークはボーナス文化ですよね―。

ランニング中に聞いていたポッドキャストから、そんな言葉が耳に入ってきました。発言したのはシリコンバレーのベンチャーキャピタリストです。ごく当たり前の前提としての発言だったので、3人ほどいた米国人の出演者はみな、ああそうだねと受け流していました。日本人の私は、あまりにスバリ本質をついた発言だなと思いました。さらに、「東京はサラリー文化」だと思いました。

つまり、こうです。

  • エクイティー文化(シリコンバレー)
  • ボーナス文化(ニューヨーク)
  • サラリー文化(東京)

※ここではエクイティーとは株式のこと

これはきわめて重要な分類だと思います。単純化してラベリングをしたときの常ですが、「いや東京にもエクイティーもボーナスもあるじゃないか」という反論が来そうです。

まず、ニューヨークの投資銀行や弁護士事務所でいうボーナスは、東京の会社員が受け取っているボーナスとは桁が違いますし、日本では会社員のボーナスにメリハリはありません。その存在理由も違います。日本のボーナスは、もともと景気や経営状況の変動を吸収するバッファーという性格が強いものです。これは終身雇用という雇用慣行と表裏となり、戦後ずっとうまく機能してきたと思います。

シリコンバレーといっても人口構成で言えば、収入をサラリーで受け取っている人が多いでしょう。じゃあ、どういう定義の話をしてるの? と聞かれると困るのですが、ここでは「その地域でいちばん稼いでいる層が主に何から収入を得ているか。また何を主体に追い求めるべきと考えているかのマインドシェア」という定義とも言えない定義を使わせてください。

シリコンバレーのテック企業に勤める友人が言っていたことなのですが、地元紙の投書欄に、こんな声があったそうです。「ビリオネア(資産1000億円以上)の人たちは、お金で何でも自分たちの好きなようにできると思っているのではないか。自分たち普通のミリオネア(資産1億円以上)は、一体どうすればいいんだ?」

ほとんど笑い話に聞こえますが、エクイティーを所有して、スケールするビジネスを立ち上げることができれば、そのときのキャピタルゲインは桁違いに大きいということではないかと思います。創業者として成功したビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグは分かりやすい例でしょうが、それだけではありません。起業家として小さなイグジットをしたり、スタートアップの早期の社員としてキャピタルゲインを得たり、FANGMなどテック企業に長く勤めているうちにストックオプションやRSU(Restricted Stock Unit)によって受け取った株の価値が上がって資産が1〜10億円となっている人が、きわめて数多くいるということです。こういう事情もあってか、米系企業ではサラリーと言わずに、コンペンセーションという言葉を使います。日本語だと「待遇」ですが、そこにはたいていエクイティーが含まれています。出世するほどコンペンセーションに占めるエクイティーの比率は高くなり、会社の成長と個人のリターンが強く紐づくように設計されています。

ニューヨークのウォール街の投資銀行でも出世すればエクイティーによる報酬の比率があがっていくそうですが、それにしても40歳以降。20代や30代がエクイティーを持ってスタートアップで働いていたり、起業したり、出資したりするシリコンバレーとはインセンティブ・報酬の時間軸に対する設計が異なる文化圏のように思います。

東京はサラリー文化

東京のビジネス誌で人気があるのは企業別の年収ランキングです。これはサラリーです。年収がいくらあれば、どんなライフスタイルだという話が出てきますし、年収いくらを目指すというTwitterアカウントも多く目に付きます。年収を誇示する「年収マウンティング」という言葉もあります。しかし、日米で多くの起業家や投資家、あるいは成功するスタートアップで早期に社員になった友人たちを見てきた私からすると、サラリーだけではお金持ちになれないのは明らかですし、自己顕示の数字として吹聴することに違和感を覚えます。

より収益性の高い産業や企業へ人材の流動を促すことには社会的価値があるでしょう。だから、社会全体で給料の透明性は高いほうが良いとは思います。それに、そうは言っても個人の収入は社会から突きつけられる通知表みたいなところがあるので、周囲より少ないと自尊心が傷ついたり、高いと誇らしい気持ちになって自慢したくなるのも自然なことです。

ただ、サラリーとは全く違うアプローチとしてエクイティーのために働くという選択肢があって、東京では、それがあまりにも語られていないように感じています。その結果として、テックビジネスの立ち上げを通して大きな社会的インパクトが生み出せるトップ人材層が、その力を十分に発揮できずに埋もれてしまっているのではないかと思うのです。あるいは、創造性や爆発的な集中力を引き出す仕組みとして、あまり活用されていないように見えます。

フランスなど一部を除く日米や多くの先進国ではエクイティーの売却益にかかるキャピタルゲイン課税は所得税よりもはるかに低く設定されています。日本だと所得税の最高税率は45%で、所得に連動する住民税が10%で合計55%。これに対してキャピタルゲイン課税は一律20%強です。年収が5000万円あっても手元に残るのは2700万円ほど。これに対して5000万円のキャピタルゲインなら手元に4000万円が残ります。そして、個人のサラリーが5億円、50億円、500億円となることはありませんが、事業価値は大きくなり得ます。

上場企業が社員に配る株の場合、支給(べスティング)時に所得とみなされるため、上記の有利な税制は当てはまりません。それでも、株価上昇(ビジネスの成長)の恩恵は、たとえ10万番目に入社した社員でも受け取るべきだという思想があるのは間違いありません。これはエクイティー文化を象徴していると思います。

人生のゴールや価値観は人それぞれです。別にお金を稼ぐことが偉いというつもりはありません。格差が開く社会制度なのだとしたら、そのことの是非の議論があるのも承知しています。ただ、エクイティーという仕組みは、人類最大の発明の1つである「会社」の根幹をなす柱です。エクイティーによってリスクを分散し、新しい価値を社会に生み出したり、社会的課題を解決する。その結果、関係者が成果としてサラリーとは比較にならない見返りを手に入れられるという道があります。そうやって社会のトップタレントが創造性を発揮して、社会・経済にインパクトを与えているのがシリコンバレーであり、スタートアップという方法論だと思うのです。

日本は人口減少が始まった縮小社会です。だから同じことをしていたら経済成長はありませんし、維持すらおぼつきません。一方で古い仕組みや非効率な仕組み・サービスが至るところに残っています。これを新しい仕組みに変えていく方法論として、才能と情熱のある個々人に大きなインセンティブを渡すエクイティーという仕組みが、東京でももっと広がれば良いのにと思うのです。

ところでこの記事のタイトルは「年収マウンティングは、もうやめませんか」という悪趣味なものですが、シリコンバレーにそうしたマウンティング文化がないわけではないようです。例えば、長年トップティアのVCファームとして知られているKPCBのパートナーだった故トム・パーキンスは、かつてテレビのインタビュー中に自分のロレックスの腕時計を誇示するとき、うっかり普通のロレックスなら6パックで買える値段だが……、という発言をして炎上したことがあったりします(動画)。

お金の話はどうしても下品になりがちです。でも、これは逆説的なのですが、お金の話をしなくて良いくらい豊かになっていくためには、お金というツールを社会や個人が上手に使いこなしていくことが重要ではないか。その意味で、もっと東京にもエクイティー文化が広がったほうが良いと私は思うのです。

エクイティファイナンス

西村 賢

Partner, Chief Editor @ Coral Capital

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