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「オープンイノベーション」はM&Aへの供給源となるべきだ

ここ5年ほど、スタートアップ支援プログラムを実施する日本企業が次々と現れています。アクセラレーターやベンチャーキャピタル部門に加え、「オープンイノベーション」や「デジタルトランスフォーメーション」といった類のフレーズを冠した部署を立ち上げたりしているのです。このように、企業がスタートアップに興味を抱いてくださるのは歓迎すべきことです。一方で、多くの企業は「木を見て森を見ず」の状態にあるのではないかと懸念を抱くこともあります。

おそらく企業は、新しい事業の柱や、既存事業と「シナジー」を生む事業を発掘することを意図してそういったプログラムを実施しているのでしょう。しかし、そういったプログラムを進めるうちに、いつしか短期の視点にとらわれ、長期的な目標をおろそかにしてしまうのです。周りがこぞってアクセラレーターをやるから、自分たちもやる。周りがスタートアップに投資するから、自分たちもする。周りがイノベーション部署を立ち上げるから……やはり自分たちも立ち上げる。こういったプログラムをそつなく実施しても、「皆がやるからうちもやる」という意識でいると、プログラムを実施するそもそもの目的を見失ってしまうのです。

企業がこのようなプログラムを作るべきそもそもの理由は、具体的でインパクトが大きい「次の一手」を打ち出す土台を築くためです。多くの場合、そういった一手はパートナーシップ契約を結ぶことかもしれません。しかし私は、真に大きなインパクトをもたらす施策はM&Aを通して起こると信じています。次なる大きな事業の柱になり得る可能性がある企業を買収することこそが、結局のところは最もインパクトが大きい戦略なのです。

昨今のスタートアップブームのなかで、日本企業によるM&Aの件数は増加してきました。しかし、M&A全体の数字に占めるスタートアップが買収された数や、その買収総額は比較的少ないままです。ブルームバーグが9月に公開した記事によると、日本の上場企業の手元現金は506.4兆円と過去最高の水準となっています。日本企業が持つ現金がこれほど積み上がっていることを考えると、できることはまだまだ山のようにあると言えるでしょう。日経新聞の9月30日の報道によれば、自民党の甘利明税制調査会会長は、M&Aへの減税措置を検討するとしていて、その意図も「イノベーションの気概が薄い大企業を第2創業のような勢いで伸ばしていく」ものだと明言しています。

そうは言っても、企業を買収するのは並大抵のことではありません。ほとんどの買収は失敗に終わるでしょう。しかし、それはそれで構わないのです。企業の幹部は、M&Aをベンチャーキャピタリストの視点で捉えるべきなのです。ほとんどの投資が大した成果を上げられない一方で、ほんの一握りの例外がホームランになることもあるかもしれません。たとえば、FacebookはInstagramを10億ドルで買収しました。Instagramの価値は今では1,000億ドルにものぼる試算で、実に100倍のリターンを出しています。また、GoogleはYouTubeを16.5億ドルで買収しました。現在、YouTubeの月間アクティブユーザー数は約20億人なので、おそらくInstagramと近い規模の価値があると言っていいでしょう。どちらの買収も、当時は周囲から冷笑されていましたが、ふたを開けてみればかなり良い賭けだったのです。

忘れてはならないのは、FacebookとGoogleはどちらも、スタートアップの買収に積極的な有数の企業であるということです。両社のほとんどの買収は失敗に終わりましたが、InstagramやYouTubeをはじめとする一部の買収が、その失敗の穴埋めをしてもさらに余りあるリターンを生んだのです。成功する賭けを探し当てるためには、企業の幹部はベンチャーキャピタリストのように投資し、損失を被るリスクも受け入れなければいけません。

また企業の幹部は、スタートアップが成長ステージを進むにつれて、買収のリスクが減少することも考慮しておくべきです。シードステージの企業を買収した場合、評価額が安く見える一方で、その買収が失敗に終わる可能性は高いのです。スタートアップが成長ステージを進むにつれてリスクは減少しますが、それと同時に買収価格は上がります。当たり前のことに思えるかもしれませんが、ここであえて述べたのには理由があります。日本企業の幹部は、50億円未満の小規模な買収には寛容な受け入れ姿勢を示す傾向にありますが、スタートアップの評価額がこの基準値を越えた途端、頑なに「高すぎる」と捉えてしまう傾向にあります。価格は相対的なものです。スタートアップが十分にリスクの低い状態になり、企業にリソースがあり、より大きな規模の買収をするべき理由があるのなら、買収に踏み切るべきです。

私の意見には明らかにバイアスがかかっています。日本企業による買収が増えることは、ベンチャーキャピタリストである私にとっては望ましいことです。一方で、日本企業にとっても、正しい姿勢に基づく買収が増えるのは望ましいことです。私は日本企業がスタートアップと協働するプログラムを実施することに賛辞を送りますが、そういったプログラムすべてから収穫を得るには、より大きく大胆な行動を起こす必要があるでしょう。デモデイに参加するのは楽しいことです。しかし、それだけでは変化は生まれず、変化の錯覚しか生まれません。難しい決断を下してはじめて、真の変化が訪れるのです。買収は簡単なことではなく、ほとんどが失敗に終わります。しかし、いくつもの賭けをする中で、この先の何十年にも渡って企業に影響を及ぼす原石を見つけられるかもしれないのです。

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Founding Partner & CEO @ Coral Capital

James Riney

Founding Partner & CEO @ Coral Capital

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