Coral Capitalが2020年2月8日に主催した日本最大級のスタートアップキャリアイベント「STARTUP AQUARIUM」。当日は参加スタートアップ30社によるピッチのほか、14ものセッションを行いました(概要レポート)。
本記事では、そのなかで行われたパネルディスカッション「スタートアップでの働き方〜残業、リモート、副業、子育て」の様子をレポートします。登壇したのは、行政サービスのデジタル化をすすめる「グラファー」の井原真吾さん、ホテルの料金設定支援サービスを提供する「空」の松村大貴さん、マンションの即時査定・即時買取サービスを提供する「すたむす」の角高広さん。そしてモデレーターは、空の和泉ちひろさん。
スタートアップというと、個性的な制度があり、自由な働き方ができるイメージを持っている人も多いもの。一方で、残業が多く、プライベートを確保するのが難しいイメージもあります。登壇した3社は、そのバランスをどう考えているのでしょうか?また、スタートアップとして事業・組織ともに拡大させていくなかでの課題は?当日のパネルディスカッションでは、各社から本音ベースのリアルな回答が飛び出しました。
三社三様のオリジナル制度で挑む「働きやすさ」
和泉:さっそくですが、本日はフレックスや裁量制、リモートワークなど、スタートアップでの働き方について話していきます。というのも、スタートアップと聞くと、働き方が自由なイメージもありつつ、「朝から晩まで働いているのでは?」と不安を感じる方もいます。そこで、自由な働き方を促進するユニークな制度を持つみなさんに、その内容や背景を聞きたいと思います。まずはグラファーさんの「生産性向上手当」から。
井原:グラファーの井原です。「生産性向上手当」は、月額で一定の金額を給料にアドオンする手当のこと。そこから、家事代行費や乾燥機付き洗濯機の購入代に当ててもらったりしています。
グラファーは、プロダクトを大事にしている会社。しかし、プロダクトマネージャーのように、仕事の場面で重要な意思決定が多く、かつ家庭面でも考えることがあると、脳内のリソースをとられてしまいます。そこで、少しでも家庭面での脳内リソースを軽減するため、手当を給料にアドオンすることにしたのです。最初は月額1万5,000円でプロダクトマネージャーを対象にしていましたが、今では全社員対象に切り替えています。
松村:空の松村です。空では「ミッションリーダー制」「コミット量選択式」の2つがあります。まず「ミッションリーダー制」について。これは、自分で自由に仕事を選ぶだけでなく、そのやり方・進め方も選択して働けるというものです。自分のミッションに対して、自分がリーダーとして意思決定し、仕事をする場所や業務量を自己宣言していく。これは、空の組織のかたちでもあります。一人ひとりがミッションを宣言し、生きるうえでの「Why」、働くうえでの「Why」を結びつけながら働いていく制度です。
松村大貴さん(株式会社空 代表取締役)
そして「コミット量選択式」は、フルタイムやハーフタイム、スリークオーターなど、自分にとってちょうどいい「働く時間」を選び、業務にコミットできる制度。いわゆる正社員でも「1週間の1/4は勉強したい」「副業したい」というメンバーがいたら、自由に選択できるようにしています。こうすることで、それぞれがパフォーマンス高く、満足しながら働ける状態を目指しているんです。
角:すたむすの角です。すたむすでは、明確に職種を分けていません。そのため、「営業しかしない人」「広報しかしない人」がいない。1人につき2〜4つほど職種があり、ロールが重なるようになっています。そうすると、前職まで人事をしていたメンバーが「30%の余力で営業する」などが可能になる。もちろん、そのためのスキルアップを補助するために、会社からスクール代を一部負担することもあります。
角高広さん(すむたす代表取締役)
「メンバーの退職率が低い=危ない」のか?
和泉:気になるのは、今お話しいただいた制度をメンバーがどう活用し、働いているのか。各社、メンバーのどなたかを例に挙げながらご紹介いただけますか?
井原:グラファーは、比較的多様な組織だと思っています。入社直後に「産休に入ります」というメンバーもいたり、省庁での法律職経験を活かしながら1年後にはカナダで働くため、フルリモート前提で入社してきたメンバーもいたり。難病を抱えながら働いているメンバーもいます。
和泉:空の代表例は、私自身です。本日はモデレーターとして登壇していますが、普段は空で執行役員CSOとして、新規事業開発をしています。そして、2児の母でもあります。前職ではコンサルティング会社にいて、朝から晩までバリバリと働いていました。時短勤務という選択肢はありましたが、それを選んだ時点で期待される成果も小さくなるというデメリットがありました。そこから新たに働き方を考えたとき、私は時間に制約はありつつも、ガンガンと成果を出すほうを選びたかった。そこで、空に入社したんです。
空では、先ほど松村が話していたとおり「コミット量選択式」があり、私はスリークオーターで働くスタイルを選んでいました。リモートワークを駆使しながら働いてみた結果「これなら、フルタイムになっても同じ成果を出せる」となり、途中から働き方をフルタイムに切り替えたのです。ちなみに、週2〜3日はお迎えのために夕方には帰宅、うち2日は子供を習い事に連れて行っています。
モデレーターの和泉ちひろさん(株式会社空執行役員CSO)
角:すたむすはフレックスなので、8時と17時にお子さんの送迎をする男性役員もいます。一方で、12時過ぎに出社し、21時過ぎに退社するメンバーもいたり。先ほどちらっと話に出した「海外でのフルリモートを前提に入社したメンバー」は、現在まさにそのスタイルを実践中です。14時間の時差があるので、ミーティング時、こちらが夜だったらあちらは朝、なんてこともよくありますね。
そして、すたむすの自慢は創業3年目にして、そういった多様なメンバーたちから退職者が出ていないこと。もちろん、まだ人数が少ないからかもしれないのですが。合理的という意味では、メンバーの定着率は高いと思っています。
松村:そうなんですね。ちなみに僕は、「退職率が低い=危ない」と考えている派です。会社が急成長していく過程において、急激な変化があればミスマッチがあったメンバーが辞めていく。逆に辞めないことは危険かなと。当然ながら、退職率は低いほうがいいのですが、どちらかと言うと空では「低い状態」を目指していないところがありますね。
角:おもしろいですね!私は逆に、ビジネスをやっている限り、ネガティブな理由で辞めるメンバーを1人も出したくないし、そのためにコミットしています。理想としては、1人も辞めることなく、かつ50人規模までいきたい。私たちの答え合わせは5年後とかになりそうですが、そのときにまた話したいですね!きっと、どちらも正解だと思うので。
「働きにくい環境をつくりたい」と思っている経営者はいない
和泉:まさに、それぞれが「働きやすい環境」をつくろうとしていることがわかりました。では、なぜお話していた制度をつくろうと思ったのか、コンセプトは何かを聞きたいです。
井原:グラファーでは、自治体や官公庁と仕事をすることがあります。だから、法令をちゃんと守ろうという話はありまして。創業当初の小さな規模のときから人事規定をつくったり、あらゆる法律をちゃんと守りながらやっていくことを目指していました。あと、僕自身、前職時代はけっこう残業していて、花金(花の金曜日)はメンバーが帰っていくような会社にしたかったこともあります。
そもそも法人は、個人を幸せにするための概念です。法人によって個人が不幸せになることは、あり得ないと思っています。そういった理想を実現したくて、今の制度をつくったところがありました。
井原真吾さん(株式会社グラファー 取締役COO)
松村:働きにくい環境をつくりたい、と思っている経営者はいませんよね。その会社も、メンバーが楽しく、高いパフォーマンスを出せるようにしたいと思っています。僕が会社をつくったのは、人を幸せにするためです。そのためには高収益で、ちゃんと人に投資できるようなビジネスをやっていかなければならない。
空のビジョンは「Happy Growth」。これは、競争戦略でもあります。この時代における「優秀な人材」がどんなところで働きたいのかと考えたとき、スキルや仕事内容だけでなく、「心から信じられるビジョンをともに持ったメンバーと働きたい」「ベストを尽くせる働き方を選べるところがいい」なんじゃないかと考えました。そういった優秀な人材を引きつけ、勝っていくための戦略をつくるために設計しました。あとは、自分が働きたい環境をつくったところもあります。僕の前職はヤフーですが、そこで「自分が会社をつくるとしたら、どんな状態が幸せなのか?」を考えながらつくった制度やカルチャーだったりもします。
角:我々にとって、最優先で幸せにすべきは一緒に働いているメンバーだと思っています。それくらい、会社にとってメンバーは「主体」と言える存在です。そこで意識しているのが、変化へ対応するための2つのこと。それが「多様なチームであること」「余裕を持つこと」。特に「余裕」がないと、チャンスを逃しますし、ピンチの際にも弱くなります。多様なチームと余裕、この2つが整っていれば、精神的にも肉体的にも変化に強くなるし、働き方も良くなっていくと思っているんです。
「働きやすい環境」だからと言って、どんな人でも働けるわけではない
和泉:我々スタートアップは、これから組織も事業もどんどん変化していきます。それによって、ルールや働き方も変えていく必要があるんじゃないかと思っています。そんな少し先の未来を、みなさんはどうお考えでしょうか?
角:これに関しては、すむたすは組織を大きくしないことを選んでいます。なぜなら、僕自身が組織を大きくしたときのイメージをまだ持てておらず、50人規模までは今のカルチャーや思想で進めると思っているからです。とはいえ、100人、200人になっても今のカルチャーや思想を維持できるようなチームをつくることは大事なので、そういったことに関心がある人には面白いタイミングかもしれません。
松村:空も、拡大フェーズに向けていろいろな問題が出てくる予感はあります。それを、採用を妥協しないことで乗り越えようとしているところです。僕としては、理想的な働き方・パフォーマンスを出せる状態は、規模の変化による影響はないと思っています。だからこそ、上場を目指せるような規模感までは面接にこだわり抜いて、カルチャーや価値観が合う人だけに入社してもらう。今はそういった対策を進めていますが、それでも……、制度や体制の維持は難しくなっていくんだろうなと感じています。
井原:僕も、採用は大事だと思っています。そしてグラファーの場合、メンバーに「うちは変わっていくことが前提だから」と伝え続けています。世の中の働き方が辛いと感じるのは、制度疲労によるところがあるんじゃないかと、僕は思っています。例えば、専業主婦が当たり前の時代に作られた制度が、共働きで働く人にとって辛い制度になってしまっているなど。自社に関しても制度疲労を感じたら、先ほどお話しした生産性向上手当もサクッと中止しますし。拡大フェーズのなか、どんどん変わっていくことをメンバー間でちゃんと合意できているかどうかは重要です。
和泉:働きやすい環境を模索しつつも、それが「どんな人でも働ける」わけではないということですね。逆に「こういう人は合わない」があれば、最後に教えていただきたいです。
井原:2つあります。1つは、成果にコミットできるかどうか。要するに、働き方の自由度を上げている分、成果を出してもらわないと困るということです。そのため、グラファーでは20時間働いていても成果がなければ評価されません。逆に、4時間で同じ成果を出している人を評価します。もう1つは、学び続けることが好きかどうか。興味があることを学べるような姿勢があると、より学びながら働きやすい会社だと思いますので。
松村:空はけっこう自由な会社なので、メンバー同士が信頼し合いながら、任せ合いながら仕事をしています。なので、放っておかれた環境で成果を出せる人しか、合わないですね。自分で仕事を作り出したり、人を巻き込んだりできる人。そして、今働いているメンバーはそれぞれ幸せに働ける状態をつくり、自立しています。「仕事も人生も幸せなほがいいよね」と思っている人で、かつそれを感情に表わせる人が合っています。
角:すたむすのバリューに「チームワーク」があります。なので、やはりチームワークを重んじられる人が合っていますね。逆にここが合っていないと、いくらマーケット的に優秀な人でも、難しい気がしています。
和泉:最近では働き方が注目されていますが、だからこそ、その裏側にある哲学、ルールなどをぜひ見ていただければと思います。本日は、ありがとうございました。
(構成:福岡夏樹)
Editorial Team / 編集部