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「フクロウを描け」と会社のバリューに書く理由

フクロウを描けと言われたら、多くの人は戸惑うのではないでしょうか。脳内にハッキリとイメージはあるでしょう。でも絵心のある一部の人をのぞけば、実際に紙に何かを描いてみても、きっと本物のフクロウとは似ても似つかない物体にしか見えなくて、自分の画才のなさが情けなくなる。そんなふうに思いませんか?

音声系システム構築のAPIを提供するTwilioが、スタートアップとして急成長する中で定めた9つの会社のバリューの1つに、「フクロウを描け」(Draw the Owl)というステートメントがあります。Twilio本家の日本語版には、その意味がこう書かれています。

「取扱説明書はありません。ルールを決めるのは自分です。自分で考えて、自分のペースで反復します。未来に投資しますが、計画なしには行動しません」

フクロウの絵を描かなくてはならなくなるのがスタートアップです。フクロウなんて描いたことなんてないし、描き方のマニュアルもありません。周囲に聞いても誰もやったことがなかったりします。でも、あなたはフクロウを描かないといけないのです。「確か瞳は異様に丸くて大きくて……、羽根がモコモコで……」。どこから描いていいかも分かりませんし、最初は自分で見るのもうんざりするような、情けない失敗に終わるかもしれません。でも、自分で考えて、どうにか描くのです。

子どもは嬉々として下手な絵を描きますが、特に絵の練習をしないまま成人したほとんどの大人は幼稚園児のような絵を笑われるのが嫌で、フクロウなんて描きたくない人が大半ではないでしょうか?

だからこそ、あなたの仕事は「フクロウを描くこと」なのだとTwilioは社員を鼓舞しているのだと思います。私自身は「検索して1、2時間も練習すれば、そこそこできるはず。だから、あなたには我社のフクロウ・エキスパートになってもらえたら嬉しい」というメッセージを読み取ります。

「フクロウを描く」に相当するのはデジタルマーケかもしれませんし、カスタマーサクセスのチームをつくることかもしれません。創業メンバーの誰もやったことのないロゴデザインについて、あなたが担当になったのかもしれません。

フクロウ以前、会社のバリューは浸透に程遠かった

Twilioは2008年の創業で2016年にIPOしています(ちなみにCoral Capitalの前身である500 Startupsの出資先でした)。創業3年目の2011年に社員を集めたミーティングで、会社のバリューについて社員に答えてもらったところ、手を挙げて答えた社員が言ったのは「シンプル、簡単、便利」という言葉だったそうです。これは正解にかすってもいませんでした。当時のTwilioのバリューステートメントは「継続的改善、細部へのこだわり、学ぶ姿勢、謙虚、ハングリー」だったのです。CEOだった創業者のジェフ・ローソンさんは「素晴らしい回答ですね」と言ったものの、この出来事によって、会社のバリューが全然浸透していなかったということに気づいたと回想しています。

この出来事はTwilioが6人から70人に成長した頃のエピソードだそうです。このときTwilioのジェフ・ローソンさんは12人のメンバーを社内から集めて、システマチックに9つのバリューを抽出して言語化しました。

その際のポイントは、プロダクトのこと(シンプル、簡単、便利)だけでなく、人(People)、プロセス(Process)をも十分に体現したものでなければならないとか(3つのP)、形容詞よりも名詞で始めるといったことなどだったといいます。具体的で行動に繋がなければ意味がないので、例えば「互いに敬意を払う」というよりも「謙虚であれ」のほうが良いといいます。「敬意を払う」の解釈が広いのに対して、社員同士で互いに謙虚な態度でいるのは自明だからです。

記憶に残る引っ掛かりの威力

Twilioの9つのバリューの中で圧倒的に興味を引くのは「フクロウ」と「シェナニガン」(shenanigan)の2つです。ここには何か極めて重要な教訓が含まれていると、私は思います。組織文化を言語化し、強化するバリューにはセンテンス単体で目を引くものと、全体の組み合わせで独自文化を際立たせるタイプがあるように思います。Twilioのフクロウは前者です。

「シェナニガン」は米口語で、下心のある企みとか権謀術数、悪ふざけといったネガティブな意味の名詞です。正直で率直なコミュニケーションと行動を奨励するために、Twilioの9つのバリューの1つに「No Shenanigans」(シェナニガンはやめよう)とあります。これは普通に書けば「Be Honest」(正直でいよう)とか「Egoless」(エゴを出さない)といった言葉の選び方になるところだと思います。実際、今回このブログを書くにあたって色々と米国スタートアップのバリューを見たら、驚くほど「Egoless」という言葉が見つかりました。でも、そんなの当たり前で普通すぎると思いませんか?

私たちは常に正直なコミュニケーションを取ります
私たち顧客の喜びを最初に考えます
私たちは妥協をしません
自発性を尊重します
学びをやめません
個人をエンパワーします

いま3分ほどで6つ書きました。こうした当たり障りのない最大公約数のようなバリューはメッセージに強度がなく、浸透しないのではないかと心配になります。毎朝毎晩繰り返せば浸透するでしょうし、ストレートで飾らないバリューには普遍的な価値があるのは間違いないとは思います。実際、Twilioの9つのバリューのうち1つは「Empower Others」とストレートなものになっています。ただ、フクロウやシェナニガンの前では霞んで見えます。同僚のJamesによればシェナニガンという単語は、アメリカでは「みんな知ってるものの、あまり使わない」そうです。語源を調べましたが、何語由来かすら分からない謎の響きがあって、とても「引っ掛かり」があります。

「引っ掛かりのある独自の言葉選び」をしたステートメントが、1つか2つあるのは良いことなのではないかと思うのです。(このブログのように)思わず語りたくなるストーリーがあれば、Twilioの社員は、新メンバーや他社の社員にも語るでしょうし、やがて「あなたの会社にはフクロウの何とかっていうのがあるんだって?」と聞かれるようになるのではないでしょうか。他社の人でも知っているバリューステートメントがあるとしたら、これは素晴らしいことです。

個別判断でメンバーに自問させる力を持つ言葉

Zapposのバリューの中にも、ひねりを感じるものがあります。「Create Fun and A Little Weirdness」(楽しくなるようなことをやろう、ちょっとヘンなくらいでいい)。多様性を重んじようとか、人と違っていいんだとか、イノベーティブでいよう、などと優等生的に言う代わりに、「ヘンなくらいでいい」というのは気が利いています。しかも、このメッセージには解釈が必要です。「ヘンって何だろう?」と考えるはずです。もし私がZapposの社員だったら何かの取り組みをみたとき「これじゃ、ぜんぜん普通じゃない? どうすればちょっとヘンな要素を足せるかな?」と言う気がします。

組織を流通する情報の透明性を掲げる会社は増えていますが、書き方ひとつで忘れられないメッセージになり得ます。Possibleというネパールで活動するNGOは「We are transparent until it hurts」と掲げています。冗長に訳すと「痛みを感じるギリギリまで、われわれは情報に関してあけすけでいます」という意味でしょうか。ネパールの地方でインフラ整備に取り組むのは大変な労力でしょう。途上国の人々と日々の痛みを分かち合ってでも取り組む意義があるのだ、そのためにスピードと公正さを組織の文化にするのだ、と高らかに宣言しているように読むのは、私の深読みでしょうか。それにしても痛みを感じるとは、どの程度でしょうか。私はトップも含めてメンバー全員の給与を内外に公開する、というラインあたりではないかと思います。これもやはり解釈が必要で、メンバーたちは何かの判断をするとき、その都度立ち止まって自問することでしょう。「もっと情報公開ができないだろうか? これ以上やって何か困るだろうか?」。そうした自問の積み重ねがカルチャーをつくるのかもしれません。

AmazonやStufHubを経てTwilioを創業したジェフ・ローソンさんは、言語化に続いてバリューの浸透に必要なのはCEO自らがバリューを行動で体現することだと言っています。Amazonがバリューに「frugality」(吝嗇:りんしょく。ケチなこと)を掲げているのは有名ですが、Amazonでは創業者ジェフ・ベゾスの机が木製のドアを流用してつくったものだったほか、社員の机も長らくチープなものだったといいます。トップ企業に入ったと思ったら、いきなり机がチープだったら、その時点でカルチャーに関するメッセージをハッキリ受け取ることになるでしょう。

こうして見てくるとバリューを組織に浸透させて強固なカルチャーを作っていく入り口として、メンバー1人1人が素通りしてしまわないヒトクセある言葉を選び、かつ個別ケースについてバリューに合うかを各メンバーが照らし合わせる基準器のようなものにする、というのは有効なのかもしれません。

企業文化の構築
西村 賢

西村 賢

Partner, Chief Editor @ Coral Capital

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