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起業家に「原体験」は必要か?

起業家に原体験は必要か、という話をときどき耳にします。

原体験というのは、一般的な文脈では幼少期や人格形成期の体験で、その後の思想形成に大きく影響を与えるようなものを指します。スタートアップ起業の文脈では、もう少し広い意味で使われています。個人的に感じた怒りや不条理、絶望の体験があって、そこから社会課題を認識して解決したいと強く思うようなとき、その個人的体験を指す言葉として使われています。

スタートアップ界隈で原体験が定期的に話題になるのは、人に語れるほどの原体験のストーリーがないことをマイナスに感じている人がいるからのようです。

私はメディアの仕事で起業家インタビューを多くしてきたことから、原体験に基づく起業の「ストーリー」をこれまで数多く聞いてきましたし、記事として書いてもきました。何かの原体験が起業や事業づくりの原動力となり、世の中にインパクトを与える規模となったというサクセス・ストーリーがメディアは大好きです。解決しようとしている顧客ペインや事業概要が理解しやすい「パッケージ」として、「原体験→起業→社会課題の解決」というストーリーになっていることは強力です。感情が動くときには記憶にも残りやすく、広く伝播していくものです。肉親をガンで早くに亡くして、なんとしてもこの病を克服したいと考えたとか、漁港で育ち、その卸売・流通の非効率を目の当たりにして解決したいと考えたとか、学校教師の親の業務量の多さをみて疑問を覚え、何とか解決したいと考えたとか、そうしたことです。

子ども時代でなくても個人的に強烈な違和感を覚えたというケースもあります。そうした原体験を持って起業してユニコーンとなった例として、例えば国際送金スタートアップのTransferWiseがあります。東京のイベントに招待したことから、私にはとても印象に残っています。エストニア出身の2人の共同創業者が、ロンドンとタリンという2都市間で国際送金した際に手数料(実際には為替レート)が高すぎることに腹を立てて作ったのがTransferWiseでした。2人は自分たちの給料を、それぞれポンドとユーロで受け取っていたものの、生活費や家賃の支払いでは受け取りたい場所も通貨も逆。そこで互いに国際送金をしていたのですが、毎月送金し合うのであれば、あらかじめ双方の都市に通貨をプールしておいて「送った」という情報だけをネットで送れば、実際には既存金融機関のインフラを使わずに済む、というのがアイデアでした。これがうまく行ってTransferWiseはロンドン発のFintechを代表する国際送金のユニコーン企業となったのでした。

原体験があると良いのはストーリーが分かりやすいということだけが理由ではありません。個人的に強い思い入れがあるために、他の誰も気付いていない問題の解決方法や深い洞察を持っているかもしれませんし、何度失敗しても諦めずに長く取り組む情熱もあることでしょう。VCなど投資家が、そうした個人的な情熱を肯定的に見るのは確かです。

しかし、だからといって原体験がない起業家の成功確率や成功の規模が統計的に小さいかといえば、明確にそうだと言えるようなデータはないと思います。少なくとも個別の例でみれば、いくらでも原体験のない偉大な起業家・経営者がいます。

これといった原体験がないものの何かの事業機会を見つけて成功する「事業機会発見型」の起業家の極端な例としては、Amazon創業者のジェフ・ベゾスがいます。Amazon創業前には金融系でキャリアをスタートしてニューヨークのヘッジ・ファンドに勤めていましたが、1994年にネットの本屋を始めます。以下の1997年のインタビュー動画をみると、1994年頃に年率2,300%もの成長率を示していたインターネットというものを見つけたことから、この成長に見合うビジネスモデルを探したのだと言っています。説明は極めてロジカルで、販売する商材として最初に書籍を選んだのは、ほかのどんな商材よりも同カテゴリ内でのアイテム数が圧倒的に多く、信じられないような特性があるのだと言い、2番めに種類の多い音楽(当時は音楽CDやDVD)よりもはるかに多いからと回答しています。英語の書籍だけで150万冊以上が流通していて、これを既存書店で販売する方法などなく、オンラインこそが唯一の方法であるということを最初から言っています。市場リサーチとロジックで導いた事業アイデアですが、すばらしい慧眼です。

 

日本の例でいえば、DeNA創業者の南場智子さんも原体験というよりも事業機会を捉えて起業したタイプです。コンサルタントの立場でオークションサイトをクライアントに提案する中で、自分でやろうと考えたのが起業のきっかけでした。ソフトバンクの孫正義さんも創業時には様々な業界を研究し、約40の事業候補リストを25項目で評価してソフトウェア流通事業を祖業として選んだというのはよく知られた話です。

原体験型も、事業機会発見型も、どちらでも成功する起業家はたくさんいます。Coral Capitalでは「Why now?」「Why you?」ということを投資面談時に起業家の皆さんにお聞きすることがあります。なぜいまこの事業が立ち上がると考えているのか(5年前や5年後ではない背景は何なのか?)ということと、なぜ他の誰かではなく「あなた」がこの事業に取り組むのですか、ということです。後者の「Why you?」に関しては、必ずしも原体験を聞いているわけではありません。それは前職で気付いた市場の歪みだったり、解決できない顧客ペインに気付く立場に何年かいたということかもしれません。解決に必要な経験やスキルにおいて圧倒的ということかもしれません。もっと一般的に、消費者として子どもの頃から好きで仕方なかったとか、「もっと良いやり方があるはずだ」と公憤に近いものを覚えて起業した、というのもよくあります。興味を持って何かの課題に少しずつ取り組むうちに、その解決に情熱が湧いてきた、ということもありますし、1度目の起業での失敗やつらい経験が原体験になる、という例もあります。

結論、起業家に「原体験」が必須かと言えばノーだと思います。それがピタリと当てはまって成功する人もいるし、特に原体験がなくても成功する人はいます。もうひとつ付け加えると、起業ストーリーを繰り返し語るなかで、徐々にメディアなどで後付け的に原体験が紐付けられて語られることもあります。そのことが「原体験→起業」というステレオタイプにつながっているのかもしれません。しかし、ストーリーは後から作られることもあるので、あまりそこに惑わされないほうが良いのではないかと思うのでした。

シードファイナンス投資基準
西村 賢

西村 賢

Partner, Chief Editor @ Coral Capital

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