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依存症患者を支援するスタートアップ、海外動向と国内の可能性

今回は「依存症患者を支援するスタートアップ」についてご紹介したいと思います。心の健康を維持することは身体の健康同様、非常に重要なことで、年々関心が高まっているテーマです。毎日関わることだからこそ、オンラインソリューションによるメンタルヘルスの支援には、非常に可能性を感じています。

その中でも依存症を今回ご紹介させていただこうと思った理由としては、①非常に大きな課題であること、②モバイルテクノロジーの貢献度が大きいこと、③タイミングがまさに今だと考えられること、④ブルーオーシャンであること、の4つの背景から、スタートアップが活躍できる可能性があると考えているためです。

  1. 課題の大きさ
    依存症は患者個人にとってだけでなく、社会的にも重大な問題です。疾病ごとの財政コストや死亡率、罹患率などへの影響を相対的に比較できる指標である疾病負荷でみると、全ての疾患負荷のうち、多い国で5%以上がアルコールもしくは薬物依存症によるものだとわかっています。過剰摂取による死亡など依存症が直接死因につながるケースもありますし、肝疾患や肺疾患など間接的に死因につながるケースもあります。また、依存症は本人の健康や社会生活を害するだけでなく、暴力や犯罪行為による社会への影響や経済的損失を招きます。アメリカにおいては2007年1年間の違法薬物使用の直接的および間接的費用は合計で約2,000億ドル、2006年1年間の過度のアルコール摂取に起因するコストは約2,235億ドルと推定されています(薬物やアルコールによって発生する犯罪、医療、生産性低下から算出されたもの)。これらのコストは、糖尿病、肥満、喫煙に起因する直接的および間接的コストよりも大きく、依存症が招く社会的損失の大きさが理解できます。患者数ベースで見てみると、世界の人口の2%以上がアルコールまたは違法薬物依存症を患っていると言われています。アメリカでは約2,100万人が何らかの依存症を抱えており、日本においてはアルコール依存症の潜在患者数は57万人、ギャンブル依存症の潜在患者数は70万人と推計されています。さらに、社会の変化とともに新たな依存症が増えていくことも特徴で、2019年より新たにゲーム依存症がWHOの国際疾病分類に追加されています。ゲーム依存症の母体とも言えるインターネット依存症の国内の患者数は成人で421万人、中高生で93万人いると厚労省は推計しており、日本でも問題になっています。
  2. モバイルヘルス活用による効果が期待できる
    スマホの普及に伴い、モバイルヘルスの可能性が様々な疾患領域で期待されるようになりました。しかし、全ての疾患でモバイルヘルスが効果を発揮する訳ではなく、例えば高齢者に多い疾患などモバイルヘルスのアプローチが適していない領域もあるのが現実です。一方で、依存症患者においては、モバイルヘルスの活用が期待できる可能性が示唆されています。アメリカでは依存症を抱えているとされる2,100万人のうち実際に治療を受けているのは10%にすぎず、日本でもギャンブル依存症と推計される患者数70万人に対し実際に治療を受けているのは3,200人とわずか0.45%にすぎません。依存症が疑われている患者の多くが治療にアクセスできていないという事実があります。その原因は複数考えられますが、単なる嗜好であると病識を持ちにくいことや、疾患に対するスティグマ、専門医へのアクセスの難しさも一因になっていると考えられます。一方で早期に治療することによる効果も認められており、薬物依存症に関しては早期に介入することで1ドルの治療ごとに4ドルの医療費を節約できる効果があり、その他の社会的に負担となる法的コストや刑事コストでは7ドルを節約できることがわかっています。依存症患者の心理的、かつ実務的ハードルを取り除くという点で、モバイルアプリなどオンラインサービスでの支援が有効だと考えられます。また、医療現場の多くが入院治療など特定の期間の集中治療に特化しているケースも多く、退院後にも毎日適切なケアを長期間継続的に行えるよう、既存の治療方法を強化し補うものとしてオンラインサービスに期待が集まっています。
  3. タイミング
    一般消費者の世界では、嗜好と依存の違いはあまり認識されておらず、依存症について考える機会はほとんどないという方も多いのではないでしょうか。日本の依存症の中で最も患者数が多いと推計されているギャンブル依存症は、今回の新型コロナウイルス感染症の感染拡大やIR法案の議論などを受けて、より認知や一般の人々の間での問題意識が広がったと考えられます。例えば外出自粛期間以降、多くの市民が人混みへ行くのを控えている中、クラスターの可能性が指摘されているパチンコに並ぶ利用者などの様子がネットやテレビで配信されています。ダメだと言われている中でもパチンコを我慢できない様子に対し、複数のメディアが「ギャンブル依存症ではないか?」と伝えています。このように患者自身や周囲の人たちの依存症に対する関心や理解が深まっているタイミングでは、潜在的な依存症の可能性がある多くのユーザーの意識にも変化があるかもしれません。そういった意味では、このタイミングで依存症治療の領域に取り組むことには可能性を感じます。また、新型コロナウイルス感染症感染拡大の影響は他にもあります。多くの慢性疾患と同様に、感染症の感染拡大に伴い、依存症患者が受診を控えるケースも多く、すでに治療を受けているような患者の継続治療においてオンラインソリューションの活用が期待できるでしょう。この後ご紹介しますが、社会の変化だけでなくスマホやIoTの普及で、以前よりも依存症の状態を把握できる手段が増えるなど、技術的なハードルの突破という意味でもタイミングはいいと言えるでしょう。
  4. ブルーオーシャン
    スタートアップだけでなく、既存の大手企業もヘルスケア市場に参入しています。つまりスタートアップの脅威は、同じスタートアップではなく、むしろ多くのリソースをもつ大企業でもあると言えます。ただ、大企業よりもスタートアップにチャンスがあると思います。なぜなら、依存症の領域は、大企業が新規事業として参入するには、外からのイメージが悪くなる懸念するという事情がありからです。ほかにもブラックボックスな領域であことから、成功が実証されていない初期から取り組む可能性は低いとも考えられます。国内スタートアップによる事例も多いとは言えず、これから起業を考えているとか、事業を考えている方もまだ遅くはありません。実際に今回、依存症のオンラインソリューションのブログを書こうと思った際、英語ではいろいろ記事が出てきましたが日本語ではほとんど記事がありませんでした。そういった意味でもこれから起業を考えている人が取り組むという点で魅力的ではないでしょうか。

依存症という大きな社会課題に対してデジタルヘルスで取り組むことの意義や、事業ポテンシャルは伝わったかと思いますが、あまり具体的なイメージがわかないという方もいるかもしれません。実際にデジタルアプローチで依存症問題に取り組んでいる海外の事例を分類しながら、どのようなアプローチがあるのかご紹介したいと思います。他の領域と異なり、取り組んでいるスタートアップの数は多いとは言えませんが、近年トップティアVCから資金調達する事例も出てきています。

ソリューションによる分類

一口に、依存症の治療支援サービスといっても、どのような形式で治療効果を上げようとしているかは企業によって異なります。それらのアプローチは大きく4つに分類できます。依存症治療サービスは、これらの全てもしくは一部を機能として提供しています。

  1. 薬物療法:既存の治療薬を処方し、服薬状況を管理することで、治療を目指す。
  2. 心理療法:物理的また化学的手段に拠らず、対話や訓練を通して認知、情緒、行動などに変容をもたらすことを目指す。依存症治療においては、認知行動療法(CBT)やアクセプタンス&コミットメント療法(ACT)が提供されている。
  3. 随伴性マネージメント(Contingency Management):患者に対し、特定の行動を達成した際にインセンティブを提供することで、前向きな行動を促すことを目指す。
  4. ソーシャルサポート:依存症解決に取り組む個人同士のコミュニティを構築することで、体験を共有し、分かちあい、自分の抱える問題や悩みをしっかりと直視して自分を変化させていくことを目指す。

下記の表はベンチャーキャピタルから資金調達をしている、依存症問題に取り組むスタートアップと、それぞれのアプローチ方法を示しています。

オンラインで診療やカウンセリングを行うアプローチは、他の疾患の領域でもありますが、この領域において依存症治療でユニークな点は2つあります。

まず、治療の経過をリモートで正確に把握するための機能で様々な工夫がある点です。特にFDA承認を受け医師から処方されるPearや、既存医療機関の診療支援として患者のモニタリング・コミュニケーションソリューションも提供するDynamiCare HealthやWEconnect Healthは、 実証された治療効果を期待されるため、効果測定の機能がユニークです。DynamicCare Healthは、デビットカードで不審な動きをした場合にブロックをかけたり、消費行動を追跡し監視していることは非常に強い拘束力があるのではないでしょうか。

また、多くのサービスが随伴性マネジメント機能を搭載している点も特徴的です。元々金銭的なインセンティブを健康行動に対して付与するモデルは、生活習慣病の改善のための運動に対してAmazonギフトカードを付与するOscarや、ジムへ行く習慣を継続したユーザーにキャッシュバックを行うGymPactなどが行なっています。この依存症領域で多くの企業がインセンティブモデルを展開し成立している背景として、サービスの利用料金が他のウェルネス領域と比べると高額だからこそ、高額なインセンティブ還元が可能になり、ユーザーの行動に影響してくることが考えられます。

ビジネスモデルと戦略

どのように患者にリーチするのか、また誰が費用をどれだけ負担するのか。大きくこの2点において、各社は異なるアプローチをとっています。

既存の医療機関の医者から処方してもらう「デジタルセラピューティックス(電子治療薬)」のアプローチをとるPearは、プロダクトが正式ローンチする前にその治療効果が臨床現場に検証されている必要がありました。Pearも実際にプロダクトをローンチする前に、臨床試験を実施しFDAによる認可を取得しています。同社は2013年に創業していますが、実際にプロダクトが利用できるようになったのは2017年9月に薬物使用障害(SUD)のためのデジタル治療アプリが、2018年12月にオピオイド使用障害のデジタル治療アプリがFDAの認可を取得したタイミングです。

加えて、実際に現場で患者に使われるためには、次の3つのことが重要になります。

  1. 保険適用されること
    実際に医療現場で医師が処方できるようになっても、健康保険が適用されず全額患者の自己負担になる場合、なかなか処方はすすみません。アメリカの場合、各保険者や保険プランごとに保険償還されるものは異なります。一方、日本の場合は薬事承認後に中央社会保険医療協議会による査定後、薬価が決められ保険収載されるようになります。つまり、患者からすれば、どの保険に加入していようとも、同じ治療法や処方が保険償還の対象となりますので、この意味では日本のほうがシンプルです。保険適用となるには、客観的なエビデンスと費用対効果が明確になることが必要というハードルはあります現状では海外でもデジタルセラピューティックスの事例は限られています。日本においてはこの6月にCureAppが、ニコチン依存症治療用アプリの薬事承認が了承されたと発表しています。日本で今後夏をめどに正式に薬事承認され、2020年内にも保険適用がされる見通しとのことです。
    医療従事者に支持されること
    治療である以上、消費者は自らの選択以上に、専門家である医師の判断に従います。そのため、消費者向けのマーケティング以上にまずは医療従事者向けのマーケティングが重要になります。単に情報提供するだけでなく、提供するエビデンスの質が高いことが重要です。Pearは無作為試験を実施しています。既存の医薬品や医療機器と同様のエビデンスを示すことで、信頼を得ることができます。また長期的には、電子カルテとの連携など、医療従事者がワークフローに取り込みやすくなることも重要です。
    患者が利用を継続できるようなUIUXであること
    医師が処方しても、患者が日常生活で利用方法や医師の支持を遵守しなければ効果は出ません。患者が利用を継続できるよう工夫されていることが求められます。
  2. 医療従事者に支持されること
    治療である以上、消費者は自らの選択以上に、専門家である医師の判断に従います。そのため、消費者向けのマーケティング以上にまずは医療従事者向けのマーケティングが重要になります。単に情報提供するだけでなく、提供するエビデンスの質が高いことが重要です。Pearは無作為試験を実施しています。既存の医薬品や医療機器と同様のエビデンスを示すことで、信頼を得ることができます。また長期的には、電子カルテとの連携など、医療従事者がワークフローに取り込みやすくなることも重要です。
  3. 患者が利用を継続できるようなUIUXであること
    医師が処方しても、患者が日常生活で利用方法や医師の支持を遵守しなければ効果は出ません。患者が利用を継続できるよう工夫されていることが求められます。

日本における可能性

今回はアメリカやイギリスの、依存症に取り組むスタートアップをご紹介しました。しかし、「依存症なんて、違法薬物やオピオイドが普及しているアメリカの話で、日本は関係がない」と考える方も多いのではないでしょうか。実際に違法薬物依存症の患者数や、オピオイド依存症の患者数アルコール依存症の患者数を見てみると、日本は欧米諸国と比べて圧倒的に少ないことがわかります。しかし、ギャンブル依存症は諸外国と比べて日本は非常に多く、また最近では未成年のネット依存症も各国同様日本でも問題になっています。

また他の領域への拡大が期待できるという点でも可能性を感じています。依存症という、自分の意思を反して何かを強く欲する病気の人たちが、自らの生活や考え方を振り返り、依存を抜け出す。これほど大きな行動変容はないのではないでしょうか。人の行動を適切な方向に変えることで、健康やより良い人生を実現するようなソリューションであれば、依存症だけでなく他の多くの生活習慣病などにも貢献できるかもしれません。実際に依存症治療のデジタルセラピューティックスから参入したPearは、依存症以外にも慢性不眠症や統合失調症、慢性頭痛、PTAD、偏頭痛など複数の治療に取り組んでいます。

日本においても依存症の解決に取り組まれている方がいらっしゃいましたら、お気軽にご連絡ください!

Healthtechデジタルセラピューティックス
吉澤 美弥子

吉澤 美弥子

Senior Associate @ Coral Capital

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