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培養肉は装置産業になる、これは日本のチャンスだ―、SKS Japan主催の田中氏に聞いた

「食」に関係するスタートアップ投資が年々伸びています。FoodTechで総称される領域では、2010年代初頭に数百億円だったスタートアップへの年間投資額が2019年には1,600億円を超えるほどに増加。フードデリバリーやレストラン予約から始まったFoodTechスタートアップですが、家電メーカーやロボティクスも巻き込んで調理の自動化やパーソナライズといった領域へも広がり、さらには代替プロテインや遺伝子編集による新食材開発といった、より大きな市場にまでスタートアップ投資が広がっています。大規模なFoodTechイベントとして知られるSmart Kitchen Summit創設者のMichael Wolf氏のように、流通や外食まで含めた最終的なTAMは2025年時点で700兆円になると試算する業界関係者もいます。

国内でSmart Kitchen Summit Japanを主催し、2020年7月に『フードテック革命 世界700兆円の新産業 「食」の進化と再定義』(日経BP、2020年7月)を著者の1人として上梓したシグマクシスでディレクターを務める田中宏隆さんに、FoodTech領域で日本がどう戦っていくべきなのか、勝機はどこにあると見ているのか話をお聞きしました(聞き手はCoral Capitalパートナー兼編集長・西村賢)

キッチンOSを巡る覇権争い

――著書の中で「キッチンOS」という呼び方を紹介されています。実行可能なレシピを制御する調理家電向けのソフトウェアですが、これが進化して食の領域を広範囲をカバーするプラットフォーマーのような存在になるとしたら、これはAndroidやiOSのようなモバイルOSにも近い支配力を持つ大きな話だと思います。今後、食のソフトウェアはどう推移していくと見ていますか?

田中:まず話の順序としてキッチンOSが必要になるという話ではなくて、食材の生産、流通、加工、調理、販売・提供といった川上、川中、川下にある食体験を、どうコーディネートして行くかという話が本質です。これは全部の接点が関わってくる話です。

例えば、外食のトレンドだけを見ていても家庭の食事のことは分からないわけですよね。週末と平日でも食事のあり方は違うでしょうし、忙しいかどうかでも全然違います。

そういう意味で、最近は「フルスタック」という言い方を良くしています。レシピから家電から食材から小売から、全部が繋がっていく世界です。

ーーそれを繋ぐプレイヤーは家電メーカー、食品メーカー、あるいはテック系ジャイアントなど、誰になるのでしょうか?

誰が繋ぐのかは、まだ答えは見えていません。ただ、世界の動向を見ているとレシピを提供するプレイヤーが強いなと思います。

田中宏隆(たなか・ひろたか)。株式会社シグマクシス ディレクター、Smart Kitchen Summit Japan主催者。一般社団法人SPACE FOODSPHERE理事。パナソニック、マッキンゼー等を経て、シグマクシスに参画。FoodTechを中心とした食・料理のトレンドやプレイヤー動向等に造詣が深い。

ーー日本だとクックパッドやクラシルでしょうか。クラシルは先日、動画レシピ内から食材が買えるEC機能も取り入れました。

はい、まさにそういう動きですね。今の日本ではレシピはメディアと見られているところがありますが、米国では最近そう言わずに「Recipe as Software」とか「Recipe as Connector」と呼んでいますね。例えば、2013年創業のInnitはパーソナライズレシピ提案サービスを提供しています。味の好みやアレルギー、現在手元にある食材などに応じたレシピを提案してくれて、そのレシピを元にして必要な食材を取り寄せることも可能です。大手家電メーカーと提携していてスマホから操作できる、というようにハブになっています。他にもSideChefDropのようなレシピプレイヤーが横串にカバー領域を広げていて、家電と共存する方向で連携しています。

ただ、米国家電メーカーのWhirlpoolが2017年にパーソナライズレシピのYummlyを買収するなど、家電メーカーがその覇権を握る意気込みで進めている事例もあります。ヨーロッパでも冷蔵庫メーカーが主導して、開け締めのときにカメラで食材を見てレシピを提案する実装がありますが、そこで使われてるカメラは英国製で、使われてるAI技術はまた別のテック企業というように連携していたり、形はいろいろあります。

覇権の取り合いですが、まだどのプレイヤーが強くなるか分かりません。緩やかに棲み分けていくのかなというふうにも考えていますね。

薄い日本の存在感、ガラケー総崩れの悪夢がよぎる

ーーシンプルに言えばレンジに搭載するOSというだけのことになるかもしれませんが、この領域での日本企業の存在感がなく、ガラケーがAndroid端末やiOSの前に市場ごと総崩れした悪夢がよぎります。パナソニックはDrop搭載の電子レンジを開発中とも伝えられますが、デバイスで勝ってソフトウェアやサービスで負ける予兆にも見えませんか。

確かに、まだ日本からの動きは少ないです。私自身、iPhoneが登場したときにはケータイも作っている日本のメーカーにいましたし、その後もハイテクおよびモバイル関係の事業開発案件にコンサルタントとして幾度となく携わっていたので分かるのですが、当時、日本のメーカーがiPhoneを作れなかったかというと、みんな「作れる」と言っていたんですね。実際に技術も人材もナレッジもあったと思うんです。

ケータイのときと同じ轍を踏まないために必要なことは2つあると思っています。1つはサイロの打破、もう1つはプロダクトアウトからの脱却です。

日本では業界の壁、会社の壁、社内の壁というのがあります。良い技術や知見を持っていても、これを外で言ったら知財的にアウトじゃないかという懸念で、出てこないんですよね。非常に惜しいのは、例えば食品メーカーには使っていない研究・製造の設備があって、そういうものはスタートアップに貸し出せばいいのにと思いますが、自社独自のカスタマイズをしているからノウハウ流出になるという発想があったりするんです。

ーー知財のところは難しいですね。

戦後は長らくそれで良かったんです。大量生産して、それを効率化し、安全で健康に良いもの届けて行くというのが産業全体の命題でした。効率改善をガンガン回していくには、そういう組織が向いていたんです。それで、日本企業は非常に効率の高いバリューチェーンを築いてきました。

ところが今は、人が求めるものは多様化しています。食だけではありませんが、何にお金を使うのかは本当に人それぞれになってきています。だから、どういう体験をコーディネートするかを真剣に考えるのが突破の鍵です。そうしたことを大手各社がトップも含めて理解しだすと変わると思っています。テクノロジーは裏側に来るべきで、見るべきは体験でありヒトというところですね。そうした時代背景から大手企業もこのままだとワークしないと気付き出してはいますが、急には変われません。

ーースタートアップは、まさに新しいマーケ手法とデジタル武装でそれをやっていると思います。

ただ、スタートアップができる人たちはスーパーマイノリティーですよね。大手からガンガン外に人材が出てくるかと言えば、まだ出てきていません。増えてはきているものの大企業のエース級の人材は出て来ません。

ーーITやネット系でもかつては大手を辞める人はいませんでしたが、今は大企業を辞めてスタートアップする人も増えました。

家電メーカーもそうですけど、皆さん会社が好きですよね。経営者を見ると分かりますが、皆さん同業や同種から来ている。そういうのを見ると、日本にどんどん起業家が生まれてくるような環境はないのではないかと思います。

例えば海外には代替肉ベンチャーが200社とか300社あって、植物性プロテイン開発領域に特化したVCだけでも200ファンドぐらいあります。いっぽう日本でFoodTechを投資領域としていてイベントにお呼びできるVCは、これまでグローバル・ブレインさんぐらいでした。今年はもう少し増えると思いますが、やっぱり動きの速さをみると、日本と海外では圧倒的に差を感じますね。

買収側もそうです。例えば総合食品メーカーとして国内大手を、ネスレなどと比べてみれば規模が桁違いです。ネスレだと時価総額が30兆円、売上10兆円。日本では最大手メーカーでも売上1兆円強です。利益率も国内企業だと10%前後なのが、欧米だと2割、3割が当たり前。それでマルチプルがついて時価総額の差が1兆円と30兆円というくらいに違います。

そんな海外食品メーカーやファンドが、ガンガン投資と買収を繰り返して業界を動かしていくのは、うまいなと思う一方で、あのモデルを日本でやると日本が本来もっている強みが引き裂かれてしまうと思うんです。日本なりのやり方はあると思っています。

ーー日本のやり方とは?

ベンチャー企業を立ち上げて、どんどん自由に新しいことをやってくださいと言っても、そんなにスピーディーには進まないので、大手にいる人やアセットを外に繋げていくのが重要だと思っています。日本の大企業には実力があるわけですから、業界や企業、組織の壁から少し外に出て、そこを融合していくのが日本に求められるアプローチだと思っています。

例えば、うまく取り組めているのは大手のB2B部門や、外食やコンビニで開発をしている部門が、スタートアップを流通につなぎ込んだりしています。大手も新しいことをやりたいと思っているわけです。

食品メーカーの人たちからベンチャーを見たときに、改善の余地がたくさんあるということもあります。例えばIT系出身の人と、栄養士やトップシェフが組んでやっているスタートアップだと、立ち上げとしては素晴らしいのですが、スケールするのは難しいと思うんですね。スケールを目指すのであれば、安全性も含めて食品づくりのプロがいたほうがいい。食品メーカーでバリバリの商品企画・開発をやってきた人材が、チーフ・テイスティング・オフィサーなどの形で、副業でもいいので入れるとすごくいいと思います。「冷凍技術の使い方はこうです」とか「こういう製法やツールがあります」など、いろいろなアドバイスができるはずです。

2周目が得意な日本人、「食」の装置産業にチャンスあり

ーー数年前からオープンイノベーションとは言われていますが、それだとスピード感がなくて負けるということはありませんか?

一番乗りだけが勝てるわけではないですよね。日本の家電メーカーが世界を席巻したのは、アメリカの発明を洗練させたことです。クルマもそうでした。発明や最初の量産はアメリカのフォードだったわけですよね。ゲームも発明自体はアメリカで起きていて、RPGもアメリカ生まれです。それを、磨きに磨いてドラクエを作ったり、スーパーファミコンや、今だとスイッチという形にした日本人のエンジニアリング能力というのは、すごいと思うんです。

そういった日本の得意技を考えると、FoodTechの世界でもいま何が起こっているかを見て、そこから種火を見つけて、ぐっと回して大きな炎にしていく。そういう戦い方がいいんじゃないかなと思っています。日本の持っている力や価値をもう1回アンロックしたら、産業を動かす力になるのではと考えています。

ーー種火として培養肉は日本でも有望ではないかと著書でもおっしゃってますね。

新しい食材開発として代替プロテインのジャンルでは、Impossible Foodsの代替肉がハンバーガーとして米国で販売されていて注目されていますよね。ただ、植物性プロテインの話と培養肉、それから微生物発酵の話は全く別に考えたほうがいいです。

まずPerfect Dayのように動物に頼らずに乳製品に近い味やテクスチャのものを作ろうとしている微生物発酵の領域は、立ち上がり自体は早いと思います。米国では、この領域だけですでに投資額は1,500億円以上にのぼります。しかし、遺伝子編集が絡むため日本では規制の動向とも関係して見通しがつきづらいです。

次に植物性プロテイン。これはメディアでも注目されやすいですし、実際、Impossible Foodsの代替肉は見た目も調理法も肉と同等というのは感動します。そういう感動を作れれば普及すると思います。ここはマーケティングが大事な領域です。

しかし、ハンバーガーの挽き肉を作るのが日本人にとってどれほど大事なのかと問う必要はあります。何を食べるのかではなくて、「何で」食べるのかというところ。例えば、イギリスは人工ベーコンを作ってるんですね。それは彼らがサンドイッチで食べるからです。日本人は、もともと魚や豆腐でプロテインを採っているわけですから、そうした背景からして違います。

3つ目の培養肉は、植物性の代替プロテインとは全く別の議論です。培養肉は肉なので。

ここで重要なことは、いま培養肉は研究段階ですが、いずれ開発が進めば、半導体と同じような新しい装置産業が生まれるだろうということです。すでに産学官の異なるプレイヤーでリソースや知見を集めて産業化するという議論が始まっています。

例えば、とある食品と全く無関係の製造メーカーが培養肉のある製造工程を担いたい、というような話がでてきたりもしています。日本の製造業、食品メーカー、再生医療のプレイヤー、大学や研究所などが力を合わせれば、半導体のときと同じように世界で勝負できる装置産業を育てることができるのではないかと考えています。

ーー基本原理が解明されたところで改善を重ね、日本が装置産業で強くなる戦い方はイメージできますね。

そのためにも業界や会社の壁を超えて、課題や取り組みたい分野をオープンに話す場が必要です。完全オープンの場だと日本の会社員は話しづらいことも多いので(笑)、Smart Kitchen Summit Japanは業界の未来を本気で変えたいと考えている方に集まっていただきたいという気持ちを込め、3日間パスで3万円と少し高めのチケット料金に設定していたりします。今年の開催は12月17日〜19日で、まだチケット販売中ですので、スタートアップ関係の方々にもぜひご参加いただければと思います。

Foodtechinterview
西村 賢

西村 賢

Partner, Chief Editor @ Coral Capital

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