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日本の大企業にじわり浸透、スタートアップに「レンタル移籍」する働き方とは

大企業に籍を置いたまま期限付きでスタートアップに移籍し、事業の立ち上げを支援する——。サッカーなどのプロスポーツに見られる「レンタル移籍」のような働き方に、大企業が注目し始めています。

大企業は自社の若手社員がスタートアップで「ゼロイチ」の事業立ち上げを経験することで、人材育成につなげられるのがメリット。一方、スタートアップは大企業の人材を「即戦力」として活用できるのが魅力です。

企業間のレンタル移籍を仲介しているのは、2015年7月に創業したローンディール

レンタル移籍の流れとしてはまず、大企業が社内公募などでレンタル移籍の候補者を選びます。ローンディールは候補者と面談し、適性があるかどうかを審査します。

審査を通過した候補者に対しては、レンタル移籍候補となるスタートアップ(2021年1月1日時点で370社)の中からローンディールが提案した2〜3社と面談し、移籍候補者とスタートアップの双方が合意すればレンタル移籍が成立します。

レンタル期間は6か月から1年間で、大企業が決められます。人件費は大企業負担、料金は大企業とスタートアップの双方が月額20万円をローンディールに支払う仕組みです。

2020年12月1日時点でレンタル移籍を導入したのは43社、合計118人。コロナ禍にあっても朝日新聞社や旭化成、住友商事、村田製作所などの大企業が次々と導入しています。

大企業とスタートアップの協業の新しい形ともいえそうな、企業間のレンタル移籍。その可能性について、ローンディール代表取締役社長の原田未来さんと、レンタル移籍者を受け入れているスタートアップ、チカク代表取締役の梶原健司さんにお聞きしました(聞き手・Coral Capitalパートナー兼編集長  西村賢)

「大企業とスタートアップの協業」の盛り上がりが一巡→レンタル移籍に注目

——2020年9月にはレンタル移籍者が100名を突破したそうですが、大企業が賛同するまでに相当時間がかかったのでは。

原田:事業を始めた2015年9月に、大企業に向けて「ベンチャー企業に行ってみませんか?」っていうプレスリリースを出したら、すごく反応が良かったんですよ。メディアに取り上げられてSNSでもすごく拡散して。毎日のように大手企業からお声がけいただいて、手応えも感じていました。

ただ、みなさん「弊社にこそレンタル移籍が必要です!」とおっしゃるんですけど、いざ契約という段階になると、「いくら儲かるかわからない」とか「うちの部署からは人を出せない」とか、総論賛成・各論反対みたいな状況が1年半ぐらい続いていました……。

——風向きが変わったきっかけは。

原田:それでもローンディールの理念に共感してくださる方々がいて、NTTドコモやNTT西日本さんが「まずは1人やってみよう」と言ってくださったんです。そこから「NTTがやるんだったらうちもやってみようかな」みたいな空気が出てきましたね。

そのタイミングで、大企業によるアクセラレーターの盛り上がりが一巡したことも背景にあったかもしれません。大企業からすると「何も新しいものが生まれない」とか「仕組みだけじゃなくて人も変わらないとダメ」という意識が芽生えてきたというか。さらに副業解禁のような働き方改革の流れもあって、だんだんと契約が増えていきました。

——世の中の空気が変わったことも後押ししたんですね。大企業から来る人材に対しては、どのようにスクリーニングしているのでしょうか。

原田:ベンチャー企業との面接単位で見ると合格率は47%です。厳しそうにみえますが、人単位で見ると決まらなかった人はいないので、3社くらい面接すると1社から合格が出るようなイメージですね。

私たちも事前に面談をするのですが、「本当は転職したいんですよね……」みたいに大企業に対してロイヤリティが低い人もいます。そういった方は大企業を辞めてしまうこともあるので、「大企業に戻って活躍するんだ」という意思を持っているかどうかはチェックしています。

ローンディール代表取締役社長の原田未来さん

ローンディール代表取締役社長の原田未来さん

「明らかに成長して戻ってきた」

——レンタル移籍にあたっては、何をKPIに設定しているのでしょうか。

原田:すごく変な話なんですけど、KPIはいまだに設定していないんです(笑)。ただ、大企業の方からは「(レンタル移籍した)社員が明らかに成長して戻ってきた」と評価いただいています。

——本人だけでなく、人材育成の観点から上司や人事も手応えを感じている。

原田:そうですね。その評価は定量化できないんですが、継続して利用いただく大企業は増えています。

レンタル移籍した人材には、「今週こんなことがありました」という週報を送ってもらっているんです。例えば、IoTスタートアップ、チカクの梶原さんのところで「当事者意識が足りないぞ」と叱られたエピソードとか(笑)

週報は大企業の方たちが見ているのですが、特に上の世代が「本当に得難い経験をしているんだな」と共感することが多いんです。たぶんそれは、その方々が過去に似たような経験をしているからだと思うんです。若い頃に転勤で海外に送り込まれたりとか。

——大企業の今の50代以上の方々は若い頃にゼロイチのような新規立ち上げの経験がある。若い人は、そこがないことが多い。

原田:いまの大企業はやっぱり成熟していて、そういう新規で事業を立ち上げる機会が、特に若い社員では減っているということはあるかもしれません。

——大企業に戻った人材が活躍したような事例はあるのでしょうか。

原田:最近増えているのが、大企業が子会社やジョイントベンチャーを作るときに参画する事例ですね。新規事業立ち上げ部署の専任として行っていたりします。NTT西日本さんだと、レンタル移籍先のスタートアップと協業することもありましたね。

あと、チカクさんにレンタル移籍していた、パナソニックの液晶パネルの技術者の方も活躍されています。

液晶パネル事業は安泰というわけではなく、パナソニックは液晶パネル事業からの撤退も発表しているんですが、それでも彼は液晶パネルを活かそうと率先して「弊社の技術を活用できないでしょうか?」とアポ取りのための営業電話をかけまくっていたそうなんです。それを見た周りの技術者たちも営業電話をかけるようになり、その結果「ニッサン パビリオン」(日産自動車の体験型エンターテインメント施設)にパナソニックのディスプレイ技術が導入されることになったんです。そういう動きができたのははたぶん、ゼロイチでサービスを作ろうとしたチカクでの経験の影響が大きかったのだと思います。

大企業ならではの専門性だけでも「お釣りが来るくらいコスパがいい」

——スタートアップ側の意見についても聞かせてください。「当事者意識が足りないぞ」ではないですが、レンタル移籍で来てくれた人材に対して「そうは言っても、結局は戻る場所があるのでコミットしてくれないのでは……」と感じることはありませんか。

梶原:最長でも1年で戻ってしまうんですけど、だからこそ、その間に何か結果を出すとか、自分にとっての経験にしていかないと、わざわざ会社を離れた意味がなくなってしまうんだと思うんです。なので下手すると、スタートアップに転職した人よりも貪欲だったり、めちゃめちゃ頑張ったりとかしていますね。

副産物として、逆に僕らがちょっと刺激を受けています。「ちょっと俺たち……、なんか少し惰性になってね?」みたいに、初心に戻れるのがよかったですね。

——スタートアップ側も大企業と同額の20万円をローンディールに支払っています。受け入れ側から見たときの「コスパ」はどうなんでしょう。

梶原:ライバルが増えるので言いたくない部分はありつつも、本音でいうとめちゃくちゃコスパいいですね。この取り組みは日本には本当にあっていると思っているので、もっともっと当たり前になってほしいです。

スタートアップって常に、人・物・金のリソースが足りない状況なんですが、特にいい人を採るのは難しいんです。モチベーションが高くて、会社にフィットするような新卒を採用できたとしても、社会人としての基礎能力は足りないし、教育にかける時間を割くのも厳しいことがあります。

でも、ローンディールから来る人は大企業で教育と経験と、専門性を持っている30歳前後くらいの方が来ることが多いので、基本的な教育は不要だし、やる気もめちゃくちゃある。もともと持っている専門性を普通に生かしてもらえれば、それだけで全然お釣りが来ると思っています。

チカク代表取締役の梶原健司さん

チカク代表取締役の梶原健司さん

大企業の優秀な人ほど転職しない。日本ならではの人材流動性のあり方

——大企業の専門性って、具体的にどんなかたちでスタートアップに生かされるんでしょうか。

梶原:僕らはスマホで撮影した子どもの動画や写真を実家のテレビに送るハードウェアを開発しているのですが、大企業で製造をやっていたメンバーはいないんですよ。これまで共同創業者が手探りで中国のアッセンブリとかをやってきて、今ではそのあたりのノウハウがたまって、うまく回るようになりました。

とはいえ、製品の歩留まりを上げるためには、きちんとドキュメントを作ったり、仕組み化する必要があるんです。そのへんのノウハウって、日本の大企業は圧倒的に強いですよね。弊社には、原田さんの話に出てきたパナソニックから液晶パネルの技術者がレンタル移籍してきたのですが、スケールするための仕組み作りやドキュメント整備、コスト削減といった、僕らが持っていなかった強みを活かして貢献してしてくれたのは大きかったですね。

彼は製造まわりのプロなので、その専門性だけでバリューはめちゃくちゃ出ていました。それに加えて、フォトブック事業を立ち上げるプロジェクトに取り組んでもらったことは、僕も含めたチカクの他のメンバーも刺激を受けました。レンタル移籍中にフォトブック事業はローンチできませんでしたが、ゼロイチでサービス開発に取り組んだことは本人にとってもプラスだったと思っています。

誰でも1回やっちゃえばできることってありますよね。例えば、プロダクトのユーザーインタビュー。私は自作した「まごチャンネル」のマニュアルを持って喫茶店でおじいちゃん、おばあちゃんに声をかけて実際に設定して使えるかを試していたりしていたんですね。それで設定に行き詰まったら、そこでマニュアルを直して、それでまた別のおじいちゃんに「いまお忙しいですか? 実はいまこういう会社を立ち上げてまして……」と声をかけたりして。

——パナソニックの技術者だとやったことがなさそうな現場感あるユーザーテストですね(笑)

梶原:特に弊社に来ていたのは技術者の方だったので、最初は直接ユーザーに聞きに行けばいいじゃないですかと言ったら、「えっ、そんなことしていいんですか?」という反応でした。LINEで聞くためにアンケートを作ろうとしていたので、いやいや、そんなことやってないで、すでに繋がってるお客さんもいるのだから普通に直接会って聞きに行けばいいじゃないですかって。そしたら「ええっー」みたいな(笑)

フォトブック事業について価格をいくらに設定すればいいかという話になったときにも、「もう、お客さんからお金を頂いちゃえば?」と言ったら、そこでもまた「えっ、お客さんからお金を取っていいんですか!?」って。いやいや、取らなくてどうするのと(笑) 最終的にサービスにするんだから、と。

大企業の技術者だと、お客さんから直接お金をもらうというのが経験としてないわけじゃないですか。でも、フォトブック事業について価格をいくらに設定すればいいかとか、事業としてP/Lを作ってみましょうとか、そういうことを全部自分でイチから考えてやって頂いたんですね。

価格付けも最初は日和って彼は「500円」だと言ったんですね。そういう価格のフォトブックもあるから、それはそれでいいんです。でも、これって原価はいくらなんだっけと聞くと800円ですと答えるんです。いやいや、ちょっと待ってと(笑)

——大企業のような分業体制で専門化が進むと、そうしたビジネスのいろはが抜けていたりするのかもしれませんね。逆に大企業が持つ品質管理の基本のようなところが手探りというスタートアップは多いですよね。その点では、大企業にはスタートアップが得がたい知見を持っている人材は多そうです。

梶原:本当にそう思いますね。とはいえ、本当に優秀な人ほど大企業の奥の方にいたり、転職もしないですよね。スタートアップからすると、日本の大企業にいる優秀な人にはなかなかアクセスできないし、引っ張ってくるのはもっと難しい。

日本酒を作るなら日本の風土があっているのと同じで、日本に合った人材の活かし方があるはずなんです。転職とは違う形で人材が流動化する、ローンディールのような循環の仕組みはすごく日本に合っていると思いますね。

今まさに社内で「こんな人が欲しい」という要望が出てきているので、近いうちにまた相談させてください(笑)

原田:いつもありがとうございます!今後もレンタル移籍をご活用ください!(笑)

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Editorial Team / 編集部

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