リモートワークが多国籍組織にプラスに働く理由

今回のパンデミックによって世界中でリモートワークを導入せざるを得なくなり、まるで世界全体をひっくるめた巨大な働き方の実験のような状況になっています。人と人の間のコミュニケーションや連携の形は日々変化していて、もう以前のように戻ることはないでしょう。リモート型の職場のメリットやデメリットについては、すでに多くの記事で取り上げられていますが、個人的に特に興味深いと思うのが、このパラダイムシフトによってマルチリンガル組織の運営のしやすさが飛躍的に向上していると思われる点です。

最も明らかな進化が、これまでオフラインで行われていたコミュニケーションがオンラインへ移行したことです。一方で、「同期型コミュニケーション」から「非同期型コミュニケーション」へ変化した点についてはあまり指摘されていないかもしれません。具体的にどういうことかというと、以前はオフィスの中でリアルタイムかつ口頭でのコミュニケーションを行っていたのが、今はその多くが文字やビデオ、音声など、デジタル媒体で送受信し、いつでも確認できる非同期型のコミュニケーションに置き換えられているのです。コロナ以前は、組織の中で使われる非同期型コミュニケーションの大半がメールでした。しかし、パンデミックにより様々な職場内連携ツールの使用が広く浸透し、それに伴いさらに多くのコミュニケーションの機会が非同期型へと変わってきているのです。

この変化は、マルチリンガルな組織にとって様々な観点から総合的にプラスに働くと考えられます。まず、大半の人にとって、第二言語で仕事をすることはストレスフルで非効率的になりやすく、特に情報のインプットとアウトプットを同時に行わなければならない場合にその傾向がより顕著になります。心理学の言葉でいうと、「認知負荷」が増えてしまい、第二言語を使うということが受け取ったメッセージの内容を理解することへの障害になってしまうのです。

非同期型コミュニケーションの場合、「準備」と「再処理」が可能になる点が大きなメリットです。「準備」とはつまり、メッセージを送る前にその内容を修正し、ブラッシュアップできるということです。一方で、受け取ったメッセージの内容を後から時間をかけて再読するなど「再処理」することで解読しやくなります。これにより、認知負荷が軽減され、ネイティブと非ネイティブの差をある程度縮めることができます。

マルチリンガル組織に関わるもう1つの興味深い変化として、多様なソリューションの複合的な利活用によるシームレスなコミュニケーションが可能になっている点が挙げられます。SlackやTeamsなどのチャットツールや、AsanaやTrello、GitHubなどのプロジェクトマネジメントツールなどがその代表例です。しかし、中にはDeepLなど、さらに上をいくツールもあります。DeepLの日英および英日翻訳技術の進歩には本当に驚かされます。Google翻訳などの他の翻訳ツールは、明らかに機械翻訳とわかるような翻訳文を吐き出し、内容が支離滅裂なことも多いのですが、DeepLの翻訳は人間が翻訳したものと見分けがつかないレベルです。現時点では、メールやSlackでのやりとりを翻訳する際に、それらの文章を直接DeepLにコピペして使っている人がほとんどだと思います。しかし、DeepLのAPIでより多くのアプリと連携できるようになれば、このような業務フローの妨げとなる手間がなくなり、言語の壁も格段に低くなる可能性があります。

また、同期型コミュニケーションと非同期型コミュニケーションを組み合わせることでさらなるメリットが生まれます。Zoomなどのビデオ会議ツールのおかげで、録画した会議を組織全体で簡単に共有できるようになり、「再処理」も容易になりました。その上、最近では自動文字起こしツールの精度が向上したことにより、文章を見ながら会議の内容を追えるようにもなりました。途中でわかりにくいと感じた部分があれば、DeepLで翻訳して確認することもできます。もしDeepLとZoomの機能を統合できれば、そのシームレスな翻訳体験はマルチリンガルの組織にとって革新的なイノベーションになるでしょう。

もちろん、非同期型コミュニケーションが全てを解決してくれるわけではありません。確かに、誰かに何か考えを伝える方法としては最適かもしれません。しかし、その考えで合意を形成していくという点では、他のコミュニケーションの形と比べて劣っている面もあります。複雑で賛否の分かれる問題について議論するときや、異なる意見をすり合わせるときなど、非同期型ではどうしても困難かつ時間がかかってしまい、リアルタイム性が高く、双方向のやりとりができる同期型コミュニケーションには敵いません。とはいえ、機械翻訳が進歩すれば、いずれほぼゼロに近いタイムラグでビデオ会議にテロップをつけられるようになるでしょう。そうなれば、リアルタイムの音声翻訳技術が開発されるのも時間の問題です。

日本のように言語の壁が大きい国にとって、これは新しい時代の到来を意味しているかもしれません。今後は海外企業が日本市場に参入しやすくなり、日本企業も海外へ進出しやすくなるでしょう。海外展開で苦戦することが多い日本の企業も、上に述べた新しいコミュニケーションの発展によってマルチリンガルな人材を採用・マネジメントしやすくなるのではないでしょうか。そしてこの新しいパラダイムにいち早く対応し、ビジネスに効果的に活用できた企業は、他社に大きな差をつけて成長することになるでしょう。2020年代が本格的に始まる中、どの企業がリモートワークのみならず、海外へも積極的に挑戦していくのか、今後の展開が楽しみです。

James Riney

Founding Partner & CEO @ Coral Capital

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