マテリアルズ・インフォマティクス―、新素材開発でパラダイムシフト

研究にもイノベーション?経験と勘による研究からAI ・ビッグデータ活用へ

人工知能(AI)とビッグデータの活用は様々な分野で新しいイノベーションを生んでいます。
典型的な事例は創薬分野であり、これまで新薬の開発には平均で25億ドル超のコストと15年を超える時間がかかると言われていましたが、AIやビッグデータを活用することで創薬の開発コストと時間を大きく削減できると期待されています。COVID-19のワクチン開発でもAIやビッグデータが活用されました。
創薬と同様に、材料や素材分野での新物質開発でもイノベーションが起きようとしています。コンピュータ上で高精度に計算した材料データベースやAIなどを活用することによってこれまでよりも「早く・安く・正確に」新物質探索や開発ができると期待されています。マテリアルズ・インフォマティクスと呼ばれるこの分野を、前編・後編の2回の記事としてご紹介します。

従来研究手法とマテリアルズ・インフォマティクスの違い

これまでの材料開発や素材探索は研究者の経験と勘(とちょっとした間違いや幸運)に大きく依存していました。材料開発や素材探索は主に「理論計算」「実験」「機能確認」の3つのプロセスに分けられます。
新素材の候補を探すために「理論計算」を行い、その理論計算の結果をもとに「実験」で対象素材を製作して、さらに材料の「機能確認」を行うというプロセスの繰り返しであり、研究者の時間的制限から新素材の候補を発見して製品化に至るまでの間におよそ10~20年、さらにはそれ以上の歳月を要するといわれていました。実際、「20世紀中の実現は不可能」と言われた青色ダイオード(LED)の開発は1965年ごろに始まり、高輝度の青色ダイオードが実用化される1995年までおよそ30年もの開発期間を要しました。高温超伝導・室温超伝導物質に関しては1911年に超伝導現象が発見されてから多くの研究者が研究を重ねた後、75年後の1986年に銅酸化物超伝導体でブレークスルーが起きましたが、いまだに高温超伝導・室温超伝導の実用化には至っていません。それほど素材開発は難しいプロセスです。

超電導物質の素材発見の歴史(Source:三菱総合研究所


マテリアルズ・インフォマティクスは人工知能(AI)やビッグデータ活用などの情報科学を通じて新材料や新素材を効率的に探索する取り組みです。原子配列や電子配置などの物性特性をコンピュータ上で高精度に計算した材料データベースや機械学習などを活用します。過去の実験データやシミュレーションデータも学習させた探索アルゴリズムを使うことで材料開発を大幅に効率化でき、新素材探索を短時間に安価に行えます。
また、機械学習やビッグデータ活用に加え、物性理論、実験、クラウド、ロボティクス、プラットフォーム、IoT、通信、セキュリティなど、様々な技術が統合されて成り立っているのも特徴です。そのため、各国政府がマテリアルズ・インフォマティクスへの財政的支援を行っています。
マテリアルズ・インフォマティクスは、手順や組み合わせの発見に強い探索アルゴリズムなどを活用することで、材料開発の効率化に既に成功しています。2012年にマサチューセッツ工科大学とサムスン電子はマテリアルズ・インフォマティクスを用い、わずか数年でLiイオン電池の固体電解質材料を発見しました。従来の電解質材料が持つ発火性や劣化、エネルギー密度などの問題点を克服した新たな電池材料の発見です。国内の事例としては京都大学とシャープの産学協同研究が有名で、マテリアルズ・インフォマティクスを用いて2014年に従来の6倍以上の寿命を持つLiイオン電池正極材料を発見しました。こちらもわずか数年での発見でした。
材料開発は目的となる機能や特性の達成に向けて膨大な物質の中から最適な組み合わせを探す試みなので、探索アルゴリズムを活用することで短時間で精度の高いアウトプットが可能になります。

マテリアルズ・インフォマティクスの歴史

マテリアルズ・インフォマティクスは2011年に米国オバマ政権が打ち出し、すでに2億5,000万ドル以上を投資している科学政策Materials Genome Initiative(MGI)をきっかけに、欧州や中国・韓国でも関連プロジェクトが立ち上がるなど、世界的な動きとして広がりました。日本でも2015年に物質・材料研究機構(NIMS)、2016年に新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)を中心とする推進体制が確立されました。

2011年に米国で始まったマテリアルズ・インフォマティクスがなぜ今改めて注目されているのでしょうか?
それは、演算能力の向上、記憶容量の増大、ネットワークの高速化、ハードウェア技術の進歩に加え、データ処理・解析技術などのソフトウェア技術が進歩したことが大きな要因ですが、一言で言うならば機械学習・AIの発展が主要因です。

科学のパラダイムシフト:実験科学、理論科学、計算科学、そしてデータ科学へ

科学の歴史を振り返るとこれまで3つの大きなパラダイムがありました。
1つ目は実験科学(経験科学)です。日常の現象について実験と検証を繰り返すことで普遍的な法則を導こうとしていました。何千年もの間、科学は純粋に経験的なものであり、青銅、鉄、鋼などの発見と開発も実験的・経験的取り組みによって行われました。
2つ目のパラダイムは1600年頃から活発になった理論科学です。偉大な実験科学者でもあるガリレオは実験結果を数学を用いて記述しました。その後ニュートン、シュレディンガー、ニールス・ボーアやアインシュタインなどの偉大な理論物理学者が現在の理論科学の礎を築き、自然現象や物質の定式化や理論化を行いました。
1950年ごろにコンピュータの誕生と発展とともに生まれたのが第三のパラダイムである計算科学です。 コンピュータを使ったシミュレーションによって自然現象や社会を分析する科学が興隆しました。現在のIT産業のベースとなっているのが計算科学です。
そして今、科学の歴史、特に新物質の探索と開発に第四のパラダイムが起きようとしています。それがデータ科学であり、その一部領域であるマテリアルズ・インフォマティクスです。

従来の材料開発は実験科学、理論科学、計算科学によって進められていました。この実験科学、理論科学、計算科学は、(1)実行する主体(人間orコンピュータ)と、(2)アプローチの方法(演繹的or帰納的)によって以下の図のように4つに分けることができます。

演繹的方法

演繹的方法とは論理的形式に頼って事実を1つずつ積み重ねていくアプローチです。この演繹的アプローチをコンピュータによってシミュレーションを行うことが計算科学です。計算科学の具体的事例としては天気予報が挙げられます。風や気温などの時間変化を物理学の方程式に基づいてコンピュータで計算し、将来の大気状態を予測しています。

帰納的方法

実験科学は帰納的なアプローチです。帰納的と言うと分かりにくいかもしれませんが、みなさんが思い浮かべる一般的な実験室での実験は帰納的アプローチです。実験によってある材料を作成し、その材料特性を測定・評価して材料に関する情報を得ます。情報をもとに「なぜこの材料(構成や組成)からこの特性が得られるのか」 ということを逆説的(帰納的)に考えていきます。つまり実験科学は人間が帰納的方法によって材料開発をしていることになります。
データ科学は帰納的アプローチを人間ではなくコンピュータが行うことです。膨大なデータの中から欲しい機能と特性をもった物質の構成と組成を推定していきます。問題はデータ科学がどの程度凄いか、インパクトがあるかということです。カーボンナノチューブを事例にして説明してみます。
カーボンナノチューブは1991年に発見された比較的新しい材料です。カーボンナノチューブが発見されたとき、研究者はこの物質が「どのような材料特性を持つのか」、「どのように応用できるのか」を考えながら開発を進めてきました。つまり、カーボンナノチューブという与えられた構造や組成情報から、この物質の機能や特性の情報を明らかにしようとしてきました。これは上図の下側に示している通り演繹的に順問題を解いていることになります。
演繹的な研究の結果、カーボンナノチューブは特徴的な電気的性質とナノレベルの微細構造を持っていることが分かりました。それにより軽量な上に極めて高い強度(鉄よりも高い)を持っています。また、無酸素状態であれば2,000℃以上の高温下でも構造や物性を保ち、電気伝導性も高いため、カーボンナノチューブは燃料電池や触媒、その他複合材料として大きな期待が寄せられています。
一方、モビリティやエレクトロニクスの進化に伴い、特定の機能や特性を複数もった物質を選択的に探索することがこれまで以上に求められています。例えば、上述の電解質の例のように発火性や劣化がなく、エネルギー密度が高い電池用電解質の開発です。従来の方法では上述の通り人間による実験科学でその需要になんとか応えようとしていました。実際は元素、その電子配列、元素の組み合わせ、物性の制御により無数の組み合わせがあることから、その開発に10〜20年という長い年月がかかっていましたが、マテリアルズ・インフォマティクスを使うことでわずか数年で開発に成功しました。
このように手順や組み合わせの発見に強い探索アルゴリズムなどを活用して、従来よりも材料開発の効率化と迅速化を行なえることがデータ科学の強みであり、大きな可能性を秘めています。

まとめ

鉄、シリコン、カーボンナノチューブ、フラーレン、銅酸化物超伝導体など新物質が発見・開発され、その発展とともに新しい産業が生まれ、社会インフラを形作ってきました。つまりマテリアルの進化が社会のイノベーションを下支えしていました。
現在、環境・エネルギー、輸送用機器、半導体デバイスなど多様なニーズに応えるための新しい材料開発の必要性がますます高まってきています。素材・材料開発の歴史は長く、多くの偉人や天才たちが残した知見は豊富です。そうした先人の知見と最新のデータ活用を組み合わせたマテリアルズ・インフォマティクスによって、社会や産業に新しいイノベーションを生む次の素材の発見と実用化に期待します。
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次回は機械学習以外のマテリアルズ・インフォマティクス、マテリアルズ・インフォマティクスの課題、この領域での大企業とスタートアップの動きなどをご紹介させて頂きます。

Kiyoshi Seko

Senior Associate @ Coral Capital

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