日本のスタートアップ市場は過去7年で7倍に成長しましたが、それに伴いベンチャーキャピタリスト(VC)という職業の世間からの認知度や人気も向上してきました。新しいVCが市場に参入してきていて、おそらくこれからもまだまだ増え続けるでしょう。そこで、今回の記事では、駆け出しのVCだった頃の自分に伝えたいアドバイスをいくつか紹介したいと思います。少しでも皆様の参考になれば幸いです。
ちなみに、これから紹介するアドバイスの中には新しくGPになられた方に当てはまるものもありますが、主な対象はアソシエイトやアソシエイトを目指している方たちです。VCファームに入社し、ベンチャーキャピタル界へ飛び込みたいと考えている方にぜひ一読していただきたい内容となっています。
アドバイスを鵜呑みにしない
まず、基本的なポイントですが、どんなアドバイスであってもすぐに鵜呑みにしてはいけません。意識的であろうとなかろうと、アドバイスをくれる人というのは、自分の経験や偏見、動機に基づいて助言をしているのです。私の経験として上手くいったことが、あなたにとっても上手くいくとは限りません。そして、私だけに限らず、アドバイスというものは総じて確証バイアスや可用性バイアスなど、たくさんの認知バイアスに影響されています。自分にとって有用な情報を取捨選択するためには、まずはそれらのバイアスをよく理解する必要があります。また、アドバイスには、それをくれた人の意図が大なり小なり含まれています。何をアドバイスするか、そして物事をどう切り取って伝えるかに影響してくるのです。例えば、この記事も私がある理由から書いたものなのですが、それは記事の最後で明らかにしたいと思います。
最初のホームランをなるべく早期に打つ
トップレベルの起業家は資金調達に際して、過去にトップレベルの起業家へ投資した実績がある投資家を選びたいと考えるものです。ある意味、この業界では、ファームや個人の「ブランド力」こそが成功が成功を生む好循環を作り出す原動力となるのです。駆け出しのベンチャーキャピリストにとっては、この最初の勢いを獲得することがキャリア形成において最も重要なポイントとなるでしょう。
しかし、そこで壁となるのがVC業界の構造上の問題です。ほんの一握りのスタートアップが大半のリターンを生み出している現状であるため、VC業界は「べき乗則」の偏った分布になっています。したがって、トップレベルのパフォーマンスを叩き出すスタートアップに1つでも投資できるかどうかが、今後のキャリアが輝かしいものとなるか、凡庸なものとなるかの分かれ目になるのです。たった1つの成功で、大幅なキャリアアップを実現できるということでもあります(そのキャリアを維持するためにはさらに成功を重ねる必要がありますが、通常は先に述べた「好循環を生み出す原動力」のおかげで初回と比べて成功しやすくなります)。
最初の成功をつかみ取る手段はいろいろあります。例えば、競争が比較的少ない分野で投資する、他では得られないような価値を起業家に提供する、単純に誰よりも手を動かしたり汗をかくなどの方法です。すでに知名度が高く、勢いに乗っているファームに入るのも良いとっかかりになるでしょう。それらのファームはトップレベルの有望なスタートアップとコンタクトを取りやすく、その投資枠を勝ち取れる可能性も高いからです。どのスタートアップが次に大成功を収めるか予測することができても、実際に投資できなければ意味がありません。しかしVC業界の有名ファームを代表して投資を申し出れば、その投資を獲得できる可能性が上がるのです。
自ら投資できる機会が多いファームに入る
スタートアップ投資はギャンブルではありませんが、運や偶然の要素が強いのも事実です。ベンチャーキャピタリストがポートフォリオを組成するのはそのためです。私たちも、どのスタートアップが最大のリターンを出すのか最初からわかっていたら、全ファンドをそこに注ぎ込みます。しかし実際にはそれがわかるケースはとてもレアで、そんな予測ができる人は誰もいないと考えておいたほうが良いでしょう。結局のところ、最初の「ホームラン」を打てる確率を上げるためには、とにかくたくさん投資ができる環境に身を置くことが重要なのです。
そういった意味で、新人VCならまずシードステージのファームに入ることを個人的におすすめします。基本的に、シードステージのファームは他のステージより実行する投資の数がずっと多いため、それらのファームのアソシエイトになれば、打席数を増やしてホームランの確率を上げることができるのです。
さらに重要なのが、学ぶ機会も増えるという点です。ベンチャーキャピタリストについて書かれたおすすめの本やブログを全て読破したとしても、実際に投資する機会がなければ、ベンチャーキャピタリストとして最も必要な経験を手に入れることができません。
このことについては、私も自分の過去を振り返ることで初めて気づくことができました。DeNAで最初にスタートアップ投資を始めた頃、私の上司である原田明典氏のおかげで多くのスタートアップへの投資を経験できました。さらに、投資判断についても、自分の裁量に任された部分が多く、自由にやらせてもらっていました。もちろん、投資提案について議論することや、私の考えに疑問を投げかけられることも多かったのですが、最終的にはいつも私の判断を信頼してくれていました。実践でしか得られない、貴重な経験や知識を得ることができたのは、まさに彼のおかげです。それも1つや2つではなく、数多くのスタートアップ投資から得られた経験だったのです。
実際に年間で1つか2つの投資しか実行せず、場合によってはまったく投資しない年もあるファームに勤めているアソシエイトもいます。彼らには申し訳ないですが、そのようなファームでは打席数が少なくなり、経験を積むペースも遅くなるのではないでしょうか。より多くの投資経験を通して学べたことが、どれほど恵まれていたことだったのか、今になって改めて実感しています。
自分の強みとなる「ニッチ」を見つける
VCになったばかりであれば、自分ならではの個性や価値を把握することも1つの重要なポイントになります。なにか専門分野はありますか?人脈のある業界はありますか?なければ、今から作ることはできますか?自分が他の投資家とどう違っていて、どこに価値があるのかを明確にすることは、新人VCに限らず、どのキャリアをはじめる上でも重要です。そうすることで、他のもっと経験豊富な投資家と自分を差別化することができるからです。
差別化できるポイントを見つけることは、業界における自分の「ブランド力」を高める上で重要ですが、それはファーム内でも同様です。ファームに入れば、誰もがそれぞれの強みを持っていることに気づくでしょう。まずはそれらを全体的に把握し、まだチャンスが大きい分野を特定しましょう。そしてどの分野を極め、自分の「ニッチ」とするのかが決まったら、次はそこを伸ばすことに注力します。専門性を高めてその分野の第一人者になることができれば、業界やファームでその分野へ投資するという話になったとき、人々は真っ先にあなたのことを考えるようになるでしょう。Coral Capitalでアソシエイトとして働くMiyakoが良い例です。彼女はヘルスケアを専門としていますが、その分野に少しでも関連するスタートアップ投資機会があれば、私たちは必ず彼女に相談するようにしています。自分だけの価値を作り出すことは、業界やファームにおける自分の存在価値を高めることにつながるのです。
この記事の最初のほうで、私自身も何らかの個人的な意図を持ってこれらのアドバイスを書いたことを前置きしましたが、ここで種明かしをしたいと思います。実は私たちCoral Capitalは、事業拡大につき、新しいアソシエイトの募集を開始しました。以前にも書いたように、VCという職業には良い面も悪い面もあります。しかし、それらを全て受け入れた上でも、世界で最も魅力的な職業の1つだと思います。Coralは今後数年にわたって事業を拡大する予定ですが、それはきっとCoralの歴史の中で最も刺激的で面白い時期になるはずです。もし私たちと一緒に成長する波に乗りたいという方がいましたら、ぜひこちらからご応募ください!
Founding Partner & CEO @ Coral Capital