なぜUber配車サービスは日本で失敗したのか?

配車サービスとしてのUber Japanは、なぜ日本市場で立ち上げに失敗したのでしょうか? 2014年3月にアプリによる配車サービスをスタートしたUberですが、あれから7年。今や東京でUberといえば、フードデリバリーのUber Eatsを指すようになっているのではないでしょうか。
日本でのUber失敗の原因は、いろいろな説明があり得ますが、この問いに対する答えには、今の日本のスタートアップ・エコシステムにおける重要なテーマが潜んでいるのではないかと思います。

「日本では」法律を破ってはいけない

長く日本に住むアメリカ人連続起業家の友人、Tim Romero氏がホストするポッドキャスト「Disrupting Japan」で、かつてこのテーマを扱ったことがあります。日本社会のあり方やUber海外展開失敗の事例国の1つの説明として、ポッドキャストの内容をTim本人が書き起こした記事は、英語圏では非常にバズったのでした。
最初にポッドキャストを聞いたときに私が膝を叩いたのは「日本では法律を破ってはいけないのだ」という言葉でした。「そんなの当たり前じゃないか、法治国家はどこもそうだ」と思う方が多いと思います。しかし、そうではないのです。Timは以下のように指摘しています。
「米国では法を犯した個人は罰金や懲役刑をくらいますが、企業のコンプライアンスは違います。西洋社会には罰則金がコンプライアンスのための費用より低い場合には、法を破って良いどころか、むしろCEOは法を破るべきフィデューシャリー・デューティーを負うと考える人々がいるんです」(日本語訳は著者)
これは日本社会には、ちょっとない発想です。少なくとも、こうした発想でコンプライアンスを軽視すれば一斉に糾弾されることでしょう。罰金を払うほうが安いなら社長はコンプライアンスを無視しないといけない。そうしないと株主に対する責務を果たしたことにならない、というのは、あまりに遵法精神に欠けるように思えます。

着地点を見据えて突っ切る方法

上記のバリエーションかもしれませんが、米国には以下のような発想もあるようにも思えます。
テクノロジーの発達によって法律の改正が追いついていないだけで、自社やユーザー、社会の便益を考えてプラスしかないと確信できるとき、CEOは現行法を無視してそれを実践して良いのだ、という考え方です。特にシリコンバレーには、こうした考えがあるように思えます。
これは次世代のビジネスモデルへの移行を一足飛びに実践して既成事実を作ってしまう方法です。AirbnbもUberも、そういう側面がありました。ストリーミング配信が立ち上がる前には、権利者からの許諾を得ていなかったサービスとして、音楽ではNapsterがあり、テレビ放送の録画ストリーミングではRokuがありました。Napsterは訴訟でシャットダウンとなりましたし、Rokuもずっと揉め事を抱えています。しかし、例えばYouTubeはどうでしょうか。当初違法アップロード問題に揺れたプラットフォームでしたが、今では権利者への利益還元のエコシステムが回り始めています。誰かが無許可で著作物をアップロードしても、デジタル技術による同定(コンテンツID)の精度が高く、半自動的に収益が原著作者に流れるようになっています。
では、YouTubeは、そうしたデジタル同定技術の開発とデモンストレーションを続けて、それによってステークホルダーを納得させ、その後にプラットフォームをローンチしてユーザーを集めるべきだったのでしょうか。そうかもしれません。少なくとも日本の法人であれば、それ以外の方法が可能だったかどうか分かりません。一方、米国では激しい議論や訴訟をしながらも最終的に全てのステークホルダーが納得する形にまで持っていければ、それで良いとする考え方があるように思えるのです。
UberやAirbnbは、そうした「グレーゾーン」のまま各地でサービスを開始。既成事実を作り、地元有力者の間でファンを作ってからロビイングや納税の調整を行うという形でサービス展開を進めました。逆に、上記のTimのポッドキャストでは、この「グレーゾーンを駆け抜ける」というやり方が海外の関係者の間で知れ渡ってしまったことによって、Uberが日本に来た頃(2014年)には間に合わなかった、とも指摘しています。破竹の勢いで海外展開を進め、各国で既存タクシー業界や政府と衝突しまくっていたUberですから、日本でも官民ともに身構えていたのは確かです。2015年2月に福岡で開始したライドシェアの実証実験「みんなのUber」も、開始早々に国交省から行政指導を受けてシャットダウンしたのでした。

新技術を社会実装するためには

Uber Japanの福岡のライドシェアの実証実験では、運賃を徴収しないことから監督官庁からの許認可は不要とUber Japan側は考えていたようです。確かに道路運送法では「旅客自動車運送事業」の定義として「他人の需要に応じ、有償で、自動車を使用して旅客を運送する事業」とありますから、無償であれば定義から外れるようにも読めます。しかし、Uberが各国で行なっていることを考えれば、さすがに「今は無償ですから」というロジックは単にフライングしているだけに見えます。日本は米国と違って、監督官庁への問い合わせや事前の認識合わせをせずに前のめりに事業を展開して、それで既成事実を作ればどうにかなるという国ではない、ということかと思います。世論にも、そうした私企業を応援する風潮はありません。米国などでは政府に対する信頼度がそもそも低いが、日本などは違うということも、Timは指摘しています。
Uberがどうするべきだったか、あるいはUberのように既存の枠に当てはまらないサービスを社会にどう実装するかということについて考えるとき、FoundX および本郷テックガレージ ディレクターの馬田隆明氏の近著、『未来を実装する――テクノロジーで社会を変革する4つの原則』(馬田隆明著、英治出版、2021年)が参考になります。
この書籍は馬田氏を座長とするワーキンググループで1年半にわたって技術の「社会実装」について調査・インタビューを行い、議論した上で「日本の社会実装に足りなかったのは、テクノロジーのイノベーションではなく、社会の変え方のイノベーションだった」と結論しています。そして、今後重要になってくる起業家の資質の1つを「政策起業力」という言葉を使って説明しています。これは、もともと政治学者のジョン・キングダンが「政策起業家」と呼んだものだそうで、社会課題解決のために必要な特定政策の実現を目指して動く個人のことです。情熱・時間・資金・人脈、そして革新的なアイデアと専門性など自身が持てるリソースを注ぎ込んで対話の場をつくりながら利害調整する。そうした政策起業力が、起業家やビジネスパーソンに問われるようになっている、というのが「未来を実装する」という著作に流れる通奏低音です。
ステークホルダーとの対話の場を設け、実現すべき未来像を示し、徐々にコンセンサスを作り上げた事例として、「未来への実装」ではAirbnb Japanとマネーフォワードを挙げています。Airbnbは早い段階から行政やマンション管理組合との折衝を行ないつつ、ホストとは勉強会やヒアリングを実施したことで反発や懸念を解消する道を歩み、一定の普及を見ました。マネーフォワードは会社設立からわずか3年目に創設したFintech研究所を通して中立な情報発信を継続。やがて官庁の勉強会にも呼ばれるようになり、2017年の銀行法の改正にも貢献することとなりました。このマネーフォワードの活動は、Fintech系スタートアップで長らく懸念だった利用者の金融機関へのID・パスワードを利用したスクレイピングによる法律的にグレーな状況を改善する「銀行API公開の努力義務」化への道筋をつけていくことになったのでした。
個別の事例から抽出される社会実装に必要な要素として「未来を実装する」では以下の4つの原則が重要だと指摘しています。

  1. インパクト:最終的なインパクトと、そこに至る道筋を示している
  2. リスク:想定されるリスクに対処している
  3. ガバナンス:規則などのガバナンスを適切に変えている
  4. センスメイキング:関係者のセンスメイキングを行っている

センスメイキングは日本語で言えば「納得感」です。こうしたことが日本のスタートアップでも年々重要になってきています。4月下旬からサービスを開始する電動キックボードのLuupも、こうした調整を行なった良い事例かもしれません。いまは政府主導による規制のサンドボックス制度も利用例が増えています。

インパクトの大きさを示せるか

「未来を実装する」の著者らワーキンググループでは、Uberライドサービス立ち上げ失敗の主因を「ニーズがなかったから」だとしています。
成熟社会の日本ではタクシーの質が高く、都会ではたくさん走り回っています。スマホをポケットから取り出すよりも道路に向かって手を挙げたほうが速いのです。一方、東南アジアの途上国は言うに及ばず、アメリカやフランスなどの先進国でもタクシーのサービスレベルは総じて低く、Uberのようなサービスが立ち上がる余地があったと思います。途上国では料金を巡って交渉したり揉めたりといったことが頻発します。アメリカやフランスでは乗車拒否や横柄なドライバーに出会うことも日常的。都市部でも場所によっては全く拾えません。東京や大阪など日本の都市部では、Uberのようなサービスが不要なくらい、もともと日本のタクシーサービスが良質だったということはあると思います。
しかし、一方で「アプリでタクシーを呼ぶサービスなんて別に要らないよ」というのはUberの過小評価だったようにも思えます。
すでに日本のタクシーは配車アプリが一般化した他国と比べて、何周も周回遅れになっているように私には思えます。いまだに目的地や行き方を口頭でやりとりしていますし、降りるときには電子マネーでタッチでの決済が必要です。アプリ側決済が可能なものも出てきていますが、配車料金が300〜400円もします。地方都市では現金のみ受け付けるという車両すら、まだ多くあります。さらに、個々人の利用料金を大幅に下げられる相乗りサービスも始まっていません。
アメリカのUberでは相乗りサービスは、さらに先に進んでいて、周回バスのようにピックアップする場所を各地域で数か所(交差点や主要ビルの入り口など)に固定する代わりに利用者に数ブロック歩いてもらうことでタイムロスをなくして、その分料金を下げるようなサービス実装も出てきています。これが、すでに安い相乗りに、さらに輪をかけて安いのです。私が最後にサンフランシスコ=シリコンバレー間で利用した2年前で、料金はわずか26ドル(2,800円)でした。首都圏で言えば大手町から茅ヶ崎まで高速を利用して一気に走るというような距離と時間なので、日本のタクシーなら2万5,000円くらいかと思います。途中、ハイウェイを降りて2人ほど追加で乗車しましたが、1時間弱の乗車時間が10〜15分伸びる程度の話です。例えば、世田谷から大手町へ向かう通勤で、タクシーなら6000円くらいだと思いますが、それが「乗降位置指定の相乗りタクシー」があれば1000円程度になるかもしれません。これなら雨の日に利用したいと思う人も少なくないのではないでしょうか。
こうした未来や可能性があるのに「タクシー配車アプリは東京ではニーズがない」というのは、デジタル技術革新による中期のインパクトを考慮に入れていなかった、あるいは説明していなかったからのようにも思えます。これは需給によって料金を変えるダイナミックプライシングについても同様です。

50年かかった蒸気機関の「電気モーター」への置き換え

電動スクーターのLuupは構想から3年かかって、いよいよサービスインということで、提供者だけでなく、法律面での調整をした監督官庁の関係者に頭が下がる思いです。しかし、2年前にイスラエルに行ったときに私が見たのは、時速30〜50kmぐらいでビュンビュンと通勤の足にすら電動スクーターを使っている人たちの姿でした。実現速度が全く違います。なぜ、日本はこれほど何もかも時間がかかるのでしょうか。
これに対する答えも「未来を実装する」に書いてあります。成熟国家ではインフラや法制度などの仕組みが完成していて、その変更に時間がかかることです。同書には過去の技術革新の普及の歴史が端的にまとまっていて、非常に示唆に富んでいます。技術革新と経済の関連性を研究する経済学者のカルロタ・ペリッツの研究を参照しつつ、これまで過去約200年に人類が経験した大きな5つの技術革新と、その社会実装の経緯をたどってみると、どれも最初の技術登場から20〜50年程度かかって社会に受容されていったことが分かります。
例えば自動車の大量生産が社会を変えるのに何年くらいかかったか。最初の量産は1908年のT型フォードですが、ハイウェイが敷設され、物資輸送の効率化により大量生産・大量消費の時代へ突入するかに思われた矢先、その楽観から1929年に大恐慌が起こって、むしろ停滞しました。整備された道路によって郊外に住宅を持つライフスタイルが生まれ、そのことによってモールが発達し……、という一連のモータリゼーション社会の実装が一通り終わって黄金期を迎えるのは第二次大戦が終わろうとする1943年以降のこと。40年ほど時間がかかっている、と言います。
同様に産業革命、蒸気機関と鉄道の時代、鉄鋼と電気の時代なども、本格的に社会にインパクトが出てくる前に停滞期(不景気)があり、その後に普及期の端緒につくまでに20年程度かかっています。

蒸気機関が電気モーターに置き換わるのに、なぜ長い年月が必要だったのか、その歴史的な展開を紐解くと、クラウドやモバイル、AIが、特に成熟国家である日本社会で受容されていくのには10年とか20年といった単位で時間がかかるということが良く分かります。物理学者らによる電磁気の法則の発見は1800年代前半から後半にかけてのことです。1880年にはエジソンが直流電流の発電機を発明し、翌年には電気供給が始まっています。しかし、それから20年後の1900年の時点でも、電気モーターで動く工場はアメリカ全体で5%以下にとどまっていたというのです。
蒸気機関を動力として使う場合には、工場の真ん中に蒸気機関を置く必要があり、そこを中心とした工場レイアウトとなっていました。それが電気であれば動力は工場のどこでも使えるため、加工プロセスの順に工機や作業台を並べられるなど効率化も進みます。1つしかない蒸気機関の動力を伝達するために存在していた、人間にとっては巻き込まれると危険きわまりないベルトやギアも不要になります。しかし、電気モーターの登場当初は、そうした工場導入のメリットが理解されず、なかなか工場レイアウトの変更に至らなかったのだ、というのです。蒸気機関を電気モーターに置き換えて流れ作業ができるようになったことで、「作業効率が2倍になった」とヘンリー・フォードは言ったそうですが、それにも関わらず、電気モーターが利用可能になって20年が経過しても、工場における蒸気機関からの置き換えは5%に過ぎなかったのです。日本国内でも電気の普及には安全性確保のための法制度や資格、その教育過程の整備なども含めての話なので長い時間がかかっています。日本では電気の普及期に国会仮議事堂が漏電と思われる原因で焼失するという惨事もあり、そうしたことからも徐々に社会のほうで受け入れ準備を進め、それに時間がかかったというのが普及の歴史だそうです。
100年以上も前の話ですが、上記の蒸気機関から電気モーターへの置き換えの話は、私にはメインフレームコンピューターやオンプレミスのシステムをクラウドに置き換える話とそっくりに思えます。現代社会の多くの事業や行政をデジタルで置き換える話ともパラレルに思えます。だとすれば、現在声高に叫ばれているDXは、これからが本番。1995年に始まった「コンピューター+ネットワーク」の技術革新を本当に社会実装すべきは、まさに今後10〜20年のことなのではないでしょうか。そして、いま必要とされているのはステークホルダーを巻き込んだ政策起業力をはじめとする「社会の変え方のイノベーション」。日本でのUberの立ち上げ失敗は、私たちスタートアップエコシステムの関係者が社会実装に必要なことを学ぶ上で1つの教訓となっているのではないでしょうか。

Ken Nishimura

Partner, Chief Editor @ Coral Capital

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