渋谷のコピーではない虎ノ門独自のイノベーションハブを作る―CIC Japan会長に聞く
「すでに渋谷にあるものをコピーしても仕方ないですから、虎ノ門では、まだないものを集めたいですね」
こう話すのは東京・虎ノ門に昨年10月にオープンしたばかりの「CIC Tokyo」を運営するCIC Japan会長で、A.T. カーニー日本法人会長の梅澤高明さんです。CIC Tokyoは虎ノ門ビジネスタワーの15階、16階の2フロアを贅沢に使って作られた250社以上が入居できるイノベーションセンターです。
Coral Insightsをお読みの方であれば、「ああ、虎ノ門にまた1つスタートアップ系の施設ができたのね」とだけ思う人もいるかもしれません。近年、オープンイノベーションの旗印のもと、東京のあちこちにスタートアップの入居施設ができていることから「また1つ増えた」と見えるかもしれません。しかし、梅澤さんにお話を伺うと「虎ノ門」に集まりつつあるCIC Tokyoを始めとする人々が、従来と異なるスタートアップ・コミュニティーを生み出そうとしていることが良く分かります(聞き手・Coral Capitalパートナー兼編集長 西村賢)
まだ色の付いていない街として虎ノ門
――東京でスタートアップが多く存在するハブといえば、渋谷、五反田、大手町、日本橋、本郷といった地域が思い浮かびます。なぜCIC Tokyoは虎ノ門を選んだのでしょうか?
梅澤:いろいろなステークホルダーが集まりやすいからです。スタートアップやVCの方々はもちろん、大企業やアクセラレーター、学術研究機関、政府機関や自治体といった行政の方々、それから弁護士や弁理士といった専門家が集まる場所です。
虎ノ門は、多くの大企業本社がある大丸有(大手町・丸の内・有楽町)からも近く、霞が関も近い。CICの窓からご覧になれば「すぐそこ」に霞が関の官庁街が見える距離だとお分かりいただけると思います。ここは霞が関から雨が降ってもほとんど濡れずに来られる場所です。東大のある本郷からも遠くありません。
――なるほど。虎ノ門といえば森ビルの開発も続いていますよね。2014年にオープンした「虎ノ門ヒルズ森タワー」を皮切りに、2020年頭にはCIC Tokyoが入っている「虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー」がオープンし、2021年には「虎ノ門ヒルズ レジデンシャルタワー」が竣工予定です。2020年には地下鉄日比谷線の虎ノ門ヒルズ駅が開業するなど、モダンなオフィスビルが立ち並ぶ地域として急速に発展しています。
梅澤:森ビルが「世界へのゲートウェイになる」「イノベーションセンターになる」と掲げていて、その街づくりのビジョンに共感してCICがこの地を選んだということもあります。「虎ノ門」と聞いても、これといったイメージを持たない方が多いのではないでしょうか? そういう、まだ色が付いていない街だからこそ、われわれが世界に繋がるイノベーション・コミュニティーを作り、街の主力プレイヤーとして頑張っていこうとしているところです。
渋谷と違うイノベーション・コミュニティーを
――CIC自体は1999年にアメリカのボストンで始まり、いまは世界9都市に展開、これまでに6,000社以上が利用、入居企業のVC資金調達額は2019年だけで30億ドル(約3,200億円)にのぼるということで、大きなインパクトを出しています。一方、いつも私たちがテック系スタートアップばかりを見ているからか、ついスタートアップというと西海岸を想像してしまい、ボストンなど東海岸は相対的にプレゼンスが低いようにも思えます。
梅澤:そんなことはありません。ヘルスケアはボストンがアメリカの中心ですし、ロボティクス産業も伸びてきています。違う性質のイノベーション・コミュニティーがアメリカの東西にある、というのが適切な表現だと思います。そういう意味では虎ノ門のCIC Tokyoでも、渋谷にすでにあるものをコピーしても仕方ないと思っています。まだないものを集めたいですね。渋谷はモバイルやC向けのスタートアップが集積しています。CIC Tokyoでは、その外側にあるもの、モバイルで完結しないものを集められればと思っています。
ーー産業で言えば、どういう領域でしょうか?
梅澤:日本が取り組むべき領域として間違いなく重要なのは、大学発の研究をベースにしたバイオ・ヘルスケア、環境・エネルギーですね。その次がスマートシティー周りだと思います。そうしたバーティカル領域をクラスターとして立ち上げようとしているところです。
ーーすでに、そういう方が多くCIC Tokyoに入居している?
梅澤:ヘルケアが多めですが、特定のクラスターへの集中というのはありません。最終的に250社が入居可能で、オープン半年でも多くの企業が入居しています。
ーーぐるっとCIC Tokyo全体を見させていただきましたが、通路が洞窟のようにあちこち繋がっていたり、ところどころくぼんだ空間があって立ち話がやりやすそうなところもありますね。最近よく見るようになったソロワークのための専用ブースもあります。やはりイノベーションはこうした交流を触発する物理空間が大切ということでしょうか。
梅澤:ええ、CIC Tokyoでは連日のようにイベントもやっていて、いろいろな要素技術を持っている人、それからいろんなユースケースを潜在的に持っている人たちが集まって来ています。その縦と横の掛け算の数は日本一になると思います。イノベーションのポテンシャルも、そこから広がると考えています。
そもそもCICがアジア初の拠点として東京を選んだのは、最も産業ポテンシャルがあるからです。そのポテンシャル対してスタートアップの規模感やクラスターの成熟度は、まだまだ。その差分がアジアでいちばん大きいのは東京だ、という判断です。
――IT系スタートアップで一度成功体験を持っている起業家や経営者が、研究者などディープテック系の人材とチームアップするようになるといいですよね。イグジットを経験した連続起業家が次の大きなテーマを考えるときに、成功時のインパクトの大きさからディープテックに目を向けるというのは、今まさに起こりつつある気がします。
梅澤:そういう方々はCIC Tokyoでも歓迎したいですね。業種の幅が広がりますしね。
ライフサイエンスで虎ノ門とボストンを繋ぐ試み
――先ほどおっしゃったバーティカル領域のクラスター立ち上げということで言うと、どういう活動があるのでしょうか?
梅澤:例えば筑波大学が慶応大学・大阪大学と組んで運営する「リサーチスタジオ」というプログラムの国際シンポジウムをホストしています。プログラムリーダーの筑波大学教授の小栁智義さんは西海岸で起業に携わった経験もある医学系の研究者で、現在は筑波大学トランスレーショナル・リサーチ(橋渡し研究:基礎研究からシーズを見つけて実用化する研究)のチームを率いています。大学にあるライフサイエンス研究のシーズを世の中に実装する活動の第一人者の一人ですね。
このリサーチスタジオには、スタンフォード大学やUCサンディエゴの教授陣も参加・協力しています。すると、「これはすぐにアメリカに持っていけるかも」という話になります。ライフサイエンスの事業で大成功するためには、米国市場が圧倒的に重要です。巨大市場は米、欧州、日本ですが、アメリカは単一で世界最大市場ですからね。
――CICは発祥がボストンということで、虎ノ門とボストンを繋ぐといったこともできそうでしょうか?
梅澤:「JETRO Innovation Programボストン」というプログラムも運営しています。日本発のライフサイエンスのスタートアップをボストンに送り込み、現地の投資家や事業パートナー候補に鍛えてもらって米国展開の足がかりを作る予定でした。残念ながら今回はコロナで渡航は断念しましたが、現地の専門家とオンラインで繋げてコーチングをしてもらいました。今年こそは起業家たちを現地に送り込みたいです。
――やっぱり一緒に食事をしたり、飲みに行ったりして始めて、一緒にやる仕事が進んだり、新しいことが起こったりするものですよね。
大企業のカーブアウトは外部から資金調達する手も
――渋谷っぽい起業家と違うタイプの起業家人材は、どこから出てくるでしょうか?
梅澤:本筋は大企業からのカーブアウトか、人材流出じゃないかと思っています。日本はまだ大企業に人材が張り付いていますからね。もともと私は大企業のコンサルとして、新規事業創造や既存事業のイノベーションをご支援してきた人間なので思うのですが、日本の大企業はやっぱり使っていない知財が山のようにあります。だから知財と人材を一緒に大企業から切り出すカーブアウトがどんどん出てくると、筋の良い起業が増えて景色が変わってくると思います。
――今まででもカーブアウトの掛け声はありましたが、直近で何かうまく行きだす理由はありますか。あるいは、どうすればうまく行きますか?
梅澤:今まで多かったのは、社内で承認されて、社内起業を会社のお金でやるという話だったんです。でも私が良く言っているのは「外から調達する手もありますよね。外に行けば、お金はあるんだから」という話です。社長や会長、上司がプロジェクトを承認してくれなかったら、VCなど外から調達すればいいのです。会社には拒否権を持たれない程度にシェアを持ってもらうといいと思います。
――技術系の大企業にはいろいろ起業のシーズがありそうですね。
梅澤:ICTやハイテク企業は勿論ですが、消費財でも色々なシーズと可能性があると感じています。
――そうなのですか? アメリカのほうがD2Cの大型買収など消費財でも面白い動きがあるのでは?
梅澤:確かにウォルマートなど一部はスタートアップの買収を成長戦略に繋げていますが、アメリカでも伝統的大企業によるスタートアップの買収は、苦労しているケースが多いと思います。
――買収後の、いわゆるPMIが難しい?
梅澤:優秀な人材は大企業の中に残りたいと思わないわけです。アメリカは特にそうです。いちばん優秀な人材層はVCの投資を得て、自分で一気にジャンプアップするし、その次に優秀な人材層はGAFAを始めとするメガスタートアップに幹部候補として入る。その下の層が伝統的大企業に入るという形ですよね。米国の株式市場は、もはや伝統的大企業にはイノベーションを期待していない。伝統企業に期待するのは短期的な資本効率で、イノベーションはスタートアップに期待すれば良い、という割り切りがあると思います。
――そういう話だと事業規模からしたら消費財系のスタートアップを買収しても売上的には誤差にしかならない、という面はありますよね。
梅澤:そうです。例えばアメリカの消費財産業では、PEによるコンソリデーション(企業統合)が行くところまで行った感じがしています。PEが同じドメインで複数の企業を連続買収して、コア事業領域のブランド・ポートフォリオを拡充し、共通機能は統合してコストを削減。一方でノンコア事業はどんどんダイベストして……、という形ですね。そういうポートフォリオ戦略とファイナンスゲームをPE主導でやったら、みんな巨大企業になり市場の寡占化が進んだ。ROEは高いけど、「で、将来性はどうなんだっけ?」というのはありますよね。
――なるほど、日本には良くも悪くも大企業に遊びがある分、面白いものが残っている、ということでしょうか。大学はいかがですか? 大企業のカーブアウトに相当するものとして、かつてTLO(技術移転機関)が盛り上がった時期もありましたが、あまり成果が出てきた感じがしません。
梅澤:東大などでは起業支援の取り組みが過去10年で結実して、産業界との接続がかなり進んだ印象はあります。さらに加速するには、アカデミアとビジネスをまたがるキャリアパスが必要だと思います。行政でも同じです。産業政策やイノベーション政策に携わる人は、企業への出向や起業経験が必須である、というような人事政策が欲しいですよね。
――最後にCoral Insightsを読んでいる読者にメッセージをお願いします。
大企業に勤務する方、行政機関や大学の研究者など、いろいろな方に「きっかけ」が生まれる場として、一度CIC Tokyoを体験しに来てほしいです。先ほどお話しした通り、CIC Tokyoは新しい掛け算ができる場です。
特に大企業にいらっしゃる方に対して申し上げたいのは、自分がやってきた技術や知財なりを生かして、世の中に大きなインパクトを与えたいと思っているのに社内のリソースが使えないのであれば、社外の資金や人材を集めたり、あるいはスタートアップと一緒にやるなどして起業を目指してほしい、ということです。CIC Tokyoでは、いろいろなイベントをやっていますので、まずそうしたイベントに参加していただくだけでも、きっかけが生まれるのではないかと思います。
Editorial Team / 編集部