2006年から2011年にかけてシリコンバレーはクリーンテックにわきました。再生可能エネルギーや電気自動車、バイオ燃料、バッテリー関連のスタートアップにKPCBやKhosla VenturesなどのトップティアのVCが次々と投資しました。しかし、MIT Energy Initiativeが2016年にまとめたレポートによれば、5年間でクリーンテック系スタートアップへの投資額は250億ドル(2.5兆円)以上となったものの、その半分の資金は回収できなかったといいます。
あれから10年近くが経過して、いま再び年率9.5%の市場規模の伸びが予想されているのがClimate Tech(気候テック)です。
VCによるClimate Tech関連スタートアップ投資額も伸びていて、PwCのレポートによれば、10年前に20以下だった、この領域の米国ユニコーンの数は、すでに200を上回っているといいます。
Climate Techが前回と異なる理由
呼び名が「クリーン(Clean)」から「気候(Climate)」に変わってますが、いずれも環境負荷の低い技術開発への投資という意味で本質的には違いません。
では、今回は何が違うのでしょうか?
まず10年前と今回とで大きく違うのは、先進国各国がカーボンニュートラルについて明確な目標を打ち出している点です。日本政府も2050年までのカーボンニュートラルの達成と、2030年の中間目標として削減目標数値を掲げて、2021年5月に改正地球温暖化対策推進法が成立するなど、各国が足並みをそろえています。
背景として、気候変動が差し迫った問題であるとの認識が社会で広まったことや、若者世代の間でサステナビリティーへの関心が高まったこともあるでしょう。
世界中の機関投資家の態度変容もClimate Techへの注目が集まる理由です。持続可能な社会の実現を目指すSDGsへの各企業の取り組みの有無によって投資判断をする機関投資家が増えているほか、VC業界では、下記のように2021年に入ってからだけでも気候特化ファンドがいくつか立ち上がってきています。イーロン・マスクによる賞金や、俳優のロバートダウニーJrがファンドを立ち上げるなど注目度も高まっています。
気候変動に対して政府、企業、投資家などが一様に前のめりな取り組みを始めていることに加えて、過去10年で太陽光発電など再生可能エネルギーの効率向上、ディープテックやIoT、AIなどの技術的な進展があったことから、今またClimate Tech市場の急成長が予想されています。
どんなプレイヤーがいるのか?
以下のマーケットマップ(カオスマップ)は、Pitchbookによる分類ですが、Climate Techには、マイクロ・モビリティー、EVステーション、バイオ燃料、EV飛行機、長期蓄電池、スマートグリッド、環境再生型農業、細胞農業、カーボンキャプチャ、リチウム電池再生など非常に多岐にわたるプレイヤーが含まれます。
以下、この記事では現在のClimate Techのトレンドを示す象徴的なスタートアップと思われる会社を5社ご紹介します。
米自動車の6割を占めるSUVでEVを提供「Rivian」
EV市場を牽引したのはイーロン・マスク率いるテスラです。テスラが戦略的に「かっこいい」スポーツカーから市場エントリを果たしたのに対して、「普段使い」のSUVやピックアップトラックの領域でEVを一気に複数モデルを投入してきたのがRivian Automotiveです。米国の自家用車市場では過去10年ほどで、車種としてSUVがぐんぐん伸びていて、今や市場の6割以上を占めるまでになっています。
Rivianが、すでに$8.65B(約9,500億円)と1兆円近い資金調達をしていてバリュエーションも3兆円に達するのは驚きですが、資金の出し手も、今のClimate Techの動向を象徴しています。Amazonは$900M(約990億円)を出資していますが、これはAmazonの2,000億円規模の気候特化ファンドからのもの。AmazonはRivianに対して、すでに10万台のEV配送バンを発注済み。2030年までに配送車両のすべてを再生可能エネルギーによるものに置き換えるとしています。
加えて、BlackRockやFidelity Management&Research、T.Rowe Priceなど従来のVCと異なるファンドが調達ラウンドに参加しているのも特徴的です。
近距運送用のeVTOL「BETA Technologies」がユニコーンに
上記のRivianと同じく、AmazonのClimate FundやFedexから$368M(約400億円)を5月に資金調達して$1.4B(1,500億円)のバリュエーションでユニコーンの仲間入りをしたのがBETA Technologiesです。都市部でマルチコプターによるeVTOL(電動垂直離着陸機)のEV飛行機を開発。乗客を乗せることを想定せず、配送荷物の積載だけに特化することで積載位置やバッテリー位置を最適化。バッテリー充電時間の短縮化や容易さを優先した発想の転換で市場に参入しています。機体のモジュール自体は既存製品を使い、そこに新規性はないと言い切るのもスタートアップらしいアプローチです。
100年変わっていない配電盤のDX「Span」
元テスラのプロダクトヘッドが2018年に創業した「Span」はスマホアプリで使える家庭向 けスマート配電盤を開発しています。太陽光発電パネルを導入している家庭などを当初ターゲットとしています。特定のユースケースだけではなく、家庭内の電源の集約デバイスを目指しているといいます。現在、パナソニックUSと提携し、同社が提供するバッテリーストレージEverVoltも併用できるなど、将来のスマートグリッド対応やホームオートメーションのハブの位置づけを狙う市場エントリーの仕方として興味深いところです。
Microsoftも出資、カーボンキャプチャの「Climeworks」
スイス発のカーボンキャプチャ装置を開発するスタートアップのClimeworksは、Microsoft Climate Fundから$100M(約110億円)の出資が2021年2月に報じられて注目されました。ブロック型の装置を積み上げて設置予定のアイスランドの施設で、年間4,000トンの二酸化炭素を固定できようになるとしています。それなりに大型の装置産業でもスタートアップにも資金が集まってる象徴的な案件にも思われます。カーボンキャプチャーの領域では、この6月にもY Combinatorなどが出資する「Holy Grail」がシード調達をして目を引きます。従来のコンプレッサーや焼炉に加えて大量の水を必要とする大型のカーボンキャプチャ装置ではなく、電子的なアプローチで二酸化炭素を捉えるデバイスを開発していると伝えられています。小型でどこにでも設置できるため、最終的に家庭の裏庭にも置くようになるという未来を創業者はTechCrunchに語っています。こうしたカーボンキャプチャのビジネスモデルは、排出量削減のために取り引きする排出枠である「炭素クレジット」による収益です。
ラボ培養の鶏肉を世界で初めて商業提供「Eat Just」
健康的で栄養価の高い食品を提供することを目的とした、植物性の卵代替食品製造のスタートアップがEat Justです。コレステロールや飽和脂肪がゼロであるため、健康に悪影響を与えることなく持続可能なタンパク源を摂取することができるとしています。さらに、2020年12月にはラボで培養された鶏肉としては初めて、シンガポール当局の認可を得てレストランで提供されて話題になりました。細胞農業の先進的事例です。
Coral CapitalではClimate Techに分類できる国内スタートアップとして核融合関連スタートアップの「京都フュージョニアリング」と、産業廃棄物関連スタートアップ「ファンファーレ」に出資していますが、両社の取り組みについては別記事としてご紹介します。
Editorial Team / 編集部