イスラエルやイギリス、米国などワクチン接種が速く進んだ地域では、社会活動の制限が大幅に緩和されています。感染力の強いデルタ株など変異株の拡大により感染者数は世界各地で急増していますが、重症化率や死亡率は大きく低下。ロックダウン解除や外出制限緩和をした国もあります。8月上旬時点の日本では感染者急増で医療リソースの逼迫し、予断を許さない状況になっていますが、特に現役世代のワクチン接種率が今後上がっていくことで行動制限が緩和される可能性は十分にあります。
では今後、通勤やオフィス勤務のリスクが一定程度下がったとみなされる状況になったとき、リモートワークのポリシーはどう変わっていくでしょうか? もともとリモートワークを何らかの形で取り入れていた会社の多いスタートアップ界隈ですが、何が変わるでしょうか?
少し気が早いかもしれませんが、Coral Insightsでアンケートを取ってみました。
Coral Family約30社の「完全オフィス」は24%→0%に
アンケートは2021年7月5日〜14日に、Coral Capitalが出資するスタートアップの計29社から回答を得ました。規模は数人から数百人のスタートアップまで、さまざま。母数がそれほど多くないことや、まだ状況が流動的でコロナ後のリモートワークのポリシーを明確に決めきっていない会社もあることから、あくまでも参考程度のアンケートかもしれませんが、興味深い結果と意見が得られました。
目を引くのは、以下のグラフにある通り、リモートワークを取り入れていなかった「完全オフィス」の勤務体系だったスタートアップ(オレンジ色の部分)が24%から0%になりそうだ、という点です。
リモート主体で週1出社などが約61.5%
グラフから読み取れるのは、
- リモートワーク制度がなく「完全オフィス」(毎日出社)の勤務体系だったスタートアップはコロナ前には4社に1社(約24.1%)あったが、コロナを経てゼロに
- コロナ前の主流(約44.8%)は「一部リモート」(週1でリモートなど)
- コロナ後に主流(約61.5%)になるのは「リモート主体」(週1、2回あるいは月1、2回だけオフィスに集まる)となりそう
というところです。リモートワークを取り入れていた会社であっても、従来は「一部リモート」だったところ、今後はコロナが終わっても「リモート主体」(週1、2回だけ出社)とする、ということです。
リモートワークとオフィス勤務を混ぜる「ハイブリッド型」を選ぶスタートアップについて、出勤の頻度を尋ねたところ、以下のようになりました。
週3日以上のオフィス勤務と回答した会社は8.3%に留まりました(未定以外の回答に占める割合だと約13.3%)。月に1、2回(16.7%)や四半期に1度以下(4.2%)といった回答も少なくありませんでした。ここまで頻度が低いと、出勤するというより、ときどき集まって顔を合わせるワークスタイルかもしれません。
作るべきものがハッキリしないときに顔を突き合わせる価値
アンケートではポリシー策定の背景や議論について、自由記述でお聞きしました。今後はリモートとオフィス勤務を両方取り入れた「ハイブリッド型」とした回答のうち、多かった意見は次のようなものです(注:コロナ中の勤務体系については、全ての企業がリモートを取り入れています)。
・HiCustomer代表取締役 鈴木大貴さん
コロナ前「完全オフィス勤務」→コロナ後「週2日のオフィス勤務」
「作るべきもの、作り方が厳密に定義されていないアーリー期の会社にとってオンラインだけで仕事を進めるのは難易度が高いと判断した。一方で、週に2、3日メンバーがリアルの場に集まって仕事ができれば、コミュニケーションの問題が小さくなり完全オフィス勤務である必要性も薄いと感じた。採用貢献とパフォーマンス維持のバランスをとって当社ではハイブリット型のワークススタイルにする予定」
・Chompy代表取締役 大見周平さん
コロナ前「完全オフィス勤務」→コロナ後「週2日のオフィス勤務」
「PMFやグロースモデルが確立される前にリモートになってしまうと、細かい軌道修正などがしづらくなり機動力が落ちると感じたため」
・ビズパ代表取締役 石井俊之さん
コロナ前「完全オフィス勤務」→コロナ後「週2日のオフィス勤務」
「通勤時間がなくなり、各自のリモート環境も整っているので、生産性はリモートのほうが高い。ただ、ブレストなどは対面で行ったほうが良いと感じるケースも多く、顔を合わせる重要性も感じており、ハイブリッドで運用予定」
・シェアダイン代表取締役 代表取締役 飯田陽狩さん
コロナ前「一部リモート」→コロナ後「ポリシー未定」
「リモート下のボンディング/チーミングは色々試行錯誤していますが、半日〜1日出社してみんなで顔を合わせて仕事し、ちょっとしたよもやま話をしたり、議論を交わしたり、ランチしたりする日の熱量の高まりは何にも勝って圧倒的です。具体的にはまだ決めていませんが、最適な頻度でハイブリッドを作りたいと考えています」
・Seibii代表取締役 佐川悠さん
コロナ前「大幅にリモートワーク採用」→コロナ後「週1日のオフィス勤務」
「完全フルリモートで強いサービス・組織を作れるとは思えず、同時に、毎日来る必要もないため、週1日をオフィスデイとし、それ以外は自由選択とする方針」
リモートでは新規採用者のオンボーディングがむずかしい
ハイブリッド型とするのはリモートよりもオフィスに集まるほうが良いことがあるからですが、リモートで困難なのは、他に具体的には何があるでしょうか?
DIGGL代表取締役の山本清貴さんが、リモートだとむずしいと考えているのは、
- 新規採用者のオンボーディング
- 開発、CS、営業など組織間のコミュニケーション
- 立ち上げ前〜途上でKPIが定まっていない組織
などだそうです。
コロナ禍によるリモートワークは期間が長くなっていることもあり、生産性という可視化しやすいもの以外にも分かってきたことがあるようです。オンラインに欠けるのは熱量やグルーブ感との意見も散見されました。
・EC-GAIN代表取締役 村田薫さん
コロナ前「完全オフィス勤務」→コロナ後「ポリシー未定」
「具体的には決めてないと回答しましたが、恐らく週1ぐらいの出勤日になると思います。理由は月並みですが、リモートだとシングルタスクの生産性は上がるものの、コラボレーションタスクのコミュニケーションミスは発生しがちなので、その補完という意味合いと、グルーヴ感の醸成にはやはりオフラインしかないと実感しているからです(オンラインは成果を出した時の盛り上がりに欠ける)。また、属人的ではありますが、今までは他メンバーのメンタル面の異変に気づいて、ケアするというのを無意識的に行えるような人がいたことでうまく回っていたものが、リモートワークにより無効化してしまい問題が起きやすくなりました。そのようにまだまだ非認知コミュニケーションの価値がオフラインワークにはあるように思えるため、マネジメント工数を上げるよりも出社することによって健全化が図れるのではないか、と考えています」
働く場所を選ぶのはメンバーの権利
コロナ前からリモート希望者にはリモート勤務を適用してきた会社も少なくありません。
・すむたす代表取締役 角高広さん
コロナ前「大幅にリモートワーク採用」→コロナ後も変わらず
「働く場所はそれぞれのメンバーが選ぶ権利があるという考え方を、コロナ以前から原則として適用しています。オフィスを希望する方は可能な限りオフィスに出社、リモートを希望する方は可能な限りリモート勤務としており、元々毎日出社するメンバーもいれば、月1以外は全てリモートというメンバーもいました。コロナ中も特にスタンスに影響はなかったですが、出社希望のメンバーに対してのみラッシュ時間の公共交通機関の使用を控えること、使用する際には会社負担でタクシー利用というルールを追加しました」
同様に、特にエンジニアが主体の会社ではメンバーがリモートを希望する場合に認める傾向にあるようです。
「特にエンジニアはリモートワークに投資をして、このライフスタイルにも慣れてしまっているので、今からオフィスに戻すのは逆に反感を買いやすいと感じています。また、コロナ禍でリモート前提の地方在住のエンジニアもかなり増えたので、このままの運営の方が地方在住メンバーもやりやすいと思っています」
大幅にリモートを認めれば柔軟な人員拡充ができるメリット
リモート勤務を大幅に認めるメリットとして、人員拡充が柔軟に行えるという意見も複数ありました。コロナ前からオフィスはなかったとするLazuliが、こうした会社の代表です。
・Lazuli代表取締役 萩原静厳さん
コロナ前「オフィスなし」→コロナ後「オフィスなし」
「場所の制約を外すだけでメリットは多くあります。採用は、国内ですと関西・九州、海外ですとバングラディシュのメンバーを迎え入れて仕事をしています。採用はほぼリモートで実施、契約形態も業務委託、副業、インターンまで広く取りながら、あくまで良い人材と良い条件で仕事ができていると思います。一方でリアルで会わない、会えない課題はあるのでコミュニケーションはルールにはしていないですが丁寧にやるべきであると意識しています」
メンバーの地理的分散とオフィスのハイブリッドを目指しているのがjustInCaseです。
・justInCase代表取締役 畑加寿也さん
コロナ前「一部リモート」→コロナ後「大幅リモート」
「そもそも創業期から海外在住社や地方在住者もおり、現在でも、東京以外に、札幌・大阪・和歌山・愛媛・ニュージーランド・オーストラリア、と完全フルリモートメンバーがいるため、あまり議論の余地はない状態です。ただし創業者である私自身は原則的にフル出社をしており、オフィスで働きたい、というメンバー向けの環境はこれまで通り準備をしておくつもりです」
Authleteのようなエンジニア主体の会社もまた、コロナ前からリモートが主体だったようです。
・Authlete代表取締役 川崎貴彦さん
コロナ前「大幅リモート」→コロナ後も変わらず
「東京大手町にオフィスはあるものの、コロナ以前から出社は任意でした。創業初期からメンバーの居住国が複数にまたがっているため、リモートワーク前提の体制になっています。リモートワークの方がかえって生産性が高くなるケースも多々あるため(例:論点を整理し文書化してからチャットを始める等)、物理オフィスに集合した方が生産性が高くなるかどうかは、それぞれの企業の特性によって異なると思います。弊社の場合は、製品がソフトウェアであるため分散開発作業が可能であること、労働時間数や時間帯に縛りを設けていないためメンバーの労働状況を逐一監視する必要がないこと、といった特性がリモートワークに適していると思っています。最高効率を目指すことは必ずしも最適解ではなく、むしろ敢えて余裕を持たせた方が良い、と考えているため、生産性という観点でリモートワークの良否を検討したことはありません。最高効率よりも「メンバーが自由にプライベートのスケジュールを組める」という利点の方が価値があると考えています」
実験系スタートアップでは、「開発」するために物理的に出社が必要なケールも、もちろんあります。
・Provigate代表取締役 関水康伸さん
コロナ前「週1や月2回など一部リモート」→コロナ後も変わらず
「実験系企業なので、IT系の企業とは状況が異なるかもしれません。データ解析以外は基本的に出社しないと開発が進みません。一方で、コロナ以前から、データ解析などはどこでやっても良い方針にしていたので、実はコロナ以前も以後もあまり変わらなかったりします。大きく変わったのは、感染症対策ポリシーを決めて、徹底するようになったことです。大学のインキュベーション施設に入居していることもあり、クラスターが発生すると同一フロアが閉鎖されるので周囲の企業にもご迷惑をかけてしまいます。手洗い、うがい、換気、マスク、三密避けるなど基本的なことです」
このほか、SmartHRは回答をいただいた会社の中で最も社員数が多く、人事制度がもっとも整備されているスタートアップ企業ですが、従来「10:15〜16:00」としていたコアタイムを撤廃したり、フレックスタイムで就業できる時間帯を朝7時から朝6時に早めたり、ワーケーションを正式に制度として採り入れるなど、柔軟なワークスタイルへシフトしています。
「コロナ後」を考えるのは、まだ少し気が早いかもしれません。ただ、1年半に及ぶ大幅なリモートワークの実施によって、効率性や人材採用、メンバーのエンゲージメントなどの点で、どういう勤務体系が良いのか、各社とも落としどころが徐々に見えつつあるようです。
Partner @ Coral Capital