本記事はTemma Abe氏による寄稿です。Abe氏は東京大学経済学部を卒業後に新卒で三菱商事に入社。2016年からのアクセンチュア勤務を経て、2019年からは米国西海岸に在住し、UC BerkeleyのMBAプログラムを経て、シリコンバレーで勤務しています。現地テック業界で流行のニュースレターやポッドキャストを数多く購読しており、そこから得られる情報やインサイトを日本語で発信する活動をされています。
日本のスタートアップは英語名が主流
昨今資金調達のニュースなどで盛り上がりを見せている日本のスタートアップ界ですが、ランキングを眺めていて、ふと日本語の会社名がほとんどないことに気づきました。英語のアルファベットまたはカタカナ表記の会社が大半です。
グローバル進出を意識したときに分かりやすい名前にしたい、という意図が大きいからでしょうか。もしくは、日本で事業をする上でも、英語の会社名の方が単純にかっこ良いからかもしれません。なお、「漢字の会社よりも非漢字の会社の方が株価パフォーマンスは高い」といった言説もあるからなのか、漢字の会社は1社もありません。
日本の会社が日本語を会社名に使わなくなってきている一方で、海外のスタートアップの中には、伝わりにくいリスクもあるだろう日本語をあえて会社名に使っているケースを割と見かけます。この記事では、私がこれまでに見かけた事例を紹介したいと思います。
日本語名を冠した海外スタートアップ(と勝手な分類)
この記事で紹介するリストは、私がここ2年ほどテックやスタートアップ関連ニュースをフォローする中で、日本語らしい名前の会社をメモしてきたものが情報源です。現在も存続している会社だけを掲載したはずです。当然ながら網羅的なリストではありません。
- 思想・哲学を表す系:Ikigai, Kintsugi, Genki Forest, Bonsai
- 食べ物の名前系:Unagi Scooters, Inari, Wasabi Technologies, SushiSwap
- 権威を示す名詞系:Sensei, SenseiBio, Shogun
- 固有名詞:HashiCorp, Nozomi Networks
- その他:Sumo Logic, Doyobi, Katana
- 実は日本語ではないor不明:Miso Robotics, Shiru, Tagomi, Okami Medical
「へー、こんな日本語使っているんだ、面白いね」という感想を持って頂くだけでもありがたいですが、以下のような仮説もあるかもしれないという視点でもご覧頂ければ幸いです。
- 日本語を会社名にしているスタートアップは、日本進出・日本企業との連携・日本からの出資に興味を持っている可能性が比較的高いのではないか?
- 実は日本人が思っているよりも日本語名はクールであり、世界進出を目指す日本のスタートアップもかっこ良さげな英語ではなく、日本語の企業名にした方が良いのではないか?
会社名の由来を発見できたものについては、以下に記載していきます。
1. 思想・哲学を表す系
- Ikigai(在ロンドンのフィンテック系):「ikigaiの体験は、美しくデザインされた銀行・投資アプリから始まり、人々がより良い生活を送り、真の可能性を実現するための力となります」
- Kintsugi(在バークレーのウェルネス系):「Kintsugiとは、ほつれを金で修復する技術のことです。哲学としてのKintsugiは、不完全なものの中に美を見出すことです。私たちはこの哲学をウェルネスに取り入れ、質の高いメンタルヘルスケアを世界中の何十億人もの人々に広めることで、私たち全員が自分の欠点を受け入れ、成長の中に美を見出すことができるよう、Kintsugiの哲学を広めていきたいと考えています」
- Genki Forest(在北京の飲料系):「感覚を超えた特別な何かの味を届けるドリンク体験を作りたいと思ったことが始まりでした。Genki Forestは、楽しいことが大好きで冒険好きなファンに、罪悪感がなく、精神と想像力を刺激する爽やかな飲料を提供するために生まれました。私たちは、”Genki “というコンセプトを持っています。“Genki”とは、泡だけでなく、良い雰囲気やポジティブなエネルギーを意味します。Genkiは、1日を元気にする甘くて風味豊かな飲料で、良い雰囲気を醸し出すことを目指しています」
- Bonsai(在ニューヨークのコーチング系)
2. 食べ物の名前系
- Inari(在ケンブリッジのアグテック系):Inariとは、日本語で「収穫の神様」を意味するが、同社が開発する農作物の種子は、4つの目標(気候変動への耐性、環境への配慮、栄養価の高さ、農家にとっての収益性)を達成する穀物生産を可能にし、最終的にはwin-winなフードシステムの構築に貢献できると考えている。
- Wasabi Technologies(在ボストンのクラウド系)):「新たな市場カテゴリーを創造するチャンスを確実に手にした私たちは、Hotさを名前に表現しなければならないというプレッシャーを感じていました。この会社のグローバルな可能性と影響力は非常に大きいと確信していたので、世界中で認識され、理解されるような名前が必要でした。“わさび”という言葉に対する反応を聞かれたら、ほとんどの場合「Hot」と答えるだろうと確信していました」
- Unagi Scooters(在オークランドのモビリティ系)
- SushiSwap(仮想通貨の分散型取引所)*
*創業者は日本在住かもしれません。
3. 権威を示す名詞系
- Shogun(在シリコンバレーのEコマース系):将軍とは16世紀の日本で軍隊を指揮する大名のことである。また、この名前は、1,200ページに及ぶジェームズ・クラベルの壮大な小説のタイトルでもあり、これまでに1,200万部以上の売り上げを記録しています。共同創業者兼CEOのフィンバー・テイラーは、Eコマーステクノロジー企業のアイデアを思いついたとき、この中世日本の物語を読みふけっている最中でした。会社の名前が必要だったし、この本が好きだったということで、新しいShogunが誕生したのです。テイラーは、この名前に深い意味はないが、あえて言えばクラベルの小説のようにディテールに対してこだわるということだと語った。ニューヨーク・タイムズ紙の書評によると、クラベルは封建時代の日本の生活を、まるで読者自身がそこで実際に生きているかのように絶妙なディテールで描いています。Shogunという会社は、Eコマースサイトを運営するための詳細を、それを支える深い技術にもかかわらず簡単にメリットが得られるようにしています。
- Sensei(在リスボンの決済系)
- SenseiBio(在ボストンのバイオ系)
4. 固有名詞
- HashiCorp (在サンフランシスコのクラウド系): HashiCorpの名前を理解しようとする人は、その共同設立者の1人であるMitchell Hashimotoの名前に注目してほしい。ミッチェルは、HashiCorpを始める前に、数年前にHashiCorpという名前をプレースホルダーとして登録していた。「虚栄心の強い」企業名のように聞こえるかもしれませんが、彼らがこの名前を採用したのは、他のものを考えようとしなかったからなのです。
- Nozomi Networks(在サンフランシスコのサイバーセキュリティ系)
5. その他
- Sumo Logic(在シリコンバレーのクラウド系):Sumo Logicは、CTO兼共同設立者であるクリスチャン・ビードゲンの愛犬にちなんで名付けられました。相撲レスラーといえば、単に大きいだけでなく、非常に軽快な動きをするものです。Sumo Logicは、相撲から連想される言葉と、マシンデータが本来のビッグデータであることから、相撲がぴったりだと共同創業者たちは考えました。
- Katana(在エストニアの製造業向けソフトウェア系):リーン生産方式は、トヨタ自動車が1948年から1975年にかけて開発したTPS(トヨタ生産方式)に由来するもので、現代の製造業の働き方を形作ってきた哲学です。Katanaという名前と、日の丸をあしらったロゴマークは、この日本のルーツに敬意を表したものです。そしてKatanaでは、お客様に愛されるソフトウェアを作るために、同じリーンアプローチを採用しています。
- Doyobi(在シンガポールのエドテック系):Doyobiは、シンガポール初の子供向けコーディングスクールであるSaturday Kidsのスピンオフです。
6. 実は日本語ではないor不明
- Miso Robotics(在カリフォルニアのロボット系) : Misoは、レストランの厨房での退屈な作業、汚い作業、危険な作業をなくすロボットを作るというアイデアで設立されました。社名の由来は、フランス語の「mise en place」(すべてがあるべき場所にある)から。
- Shiru(在バークレーのバイオ系):ジャスト社(旧ハンプトン・クリーク社)の食品化学部長だったジャスミン・ヒュームが設立した会社で、社名は中国語の shi rou(ヒュームはこれを肉の検査とおおまかに訳しています)の同音異義語に由来しています。
- Tagomi(在シカゴの仮想通貨取引所)
- Okami Medical(在カリフォルニアの医療系)
世界には他にも多くの事例があるのだろうと思いますが、この記事で取り上げた会社名を眺めるだけでも、個人的にはとても興味深かったです。恥ずかしながらKintsugi(金継ぎ)という言葉を知りませんでしたし、Inariからは「食べ物のお稲荷さん」しか連想しませんでしたが、学ばせて頂きました。
私が無知なだけかもしれませんが、日本人でもピンとこない名前を会社名に使うのは、その言葉のコンセプトが気に入ったとしても、勇気がある行為だと感じました。逆に、HashiCorp(=橋本の会社)というストレートなネーミングにも驚きました。
記事で紹介した会社は、買収済・上場済の企業も含みますがほとんどが資金調達中のスタートアップですので、日本語名のスタートアップが今後どの様なパフォーマンスを見せるのか、フォローするのも面白いかもしれません。
Contributing Writer @ Coral Capital