本記事はTemma Abe氏による寄稿です。Abe氏は東京大学経済学部を卒業後に新卒で三菱商事に入社。2016年からのアクセンチュア勤務を経て、2019年からは米国西海岸に在住し、UC BerkeleyのMBAプログラムを経て、シリコンバレーで勤務しています。現地テック業界で流行のニュースレターやポッドキャストを数多く購読しており、そこから得られる情報やインサイトを日本語で発信する活動をされています。
コロナ禍において日本からサンフランシスコベイエリアを訪れる人も少なくなっていると聞きますので、少し現地の様子が伝わるような記事を書きたいと思います。サンフランシスコベイエリア・シリコンバレー辺りに住むと、自然とテック企業関連の情報が入ってきやすいですが、個人的に好きなのがサンフランシスコ市街をドライブしているときにみえる看板広告を観察することです。この記事では私が割と良く通るInterstate-80・Route-101沿いで見かけて興味深かったものを中心に紹介します。なお、私は広告の専門家ではないので、あくまで個人として気になったものを紹介するという趣旨です。
(※)看板広告の写真は基本的にネットに落ちていたものを持ってきているので、中には少し古いものも含まれています。できれば最新のものを自分で撮影したかったものの、高速道路を運転中に写真を撮ることは難しかった次第です。また、写真を撮るためだけに誰かにわざわざ運転して連れて行ってもらうことも躊躇されたので。余談ですが、こういうときには自動運転が欲しいなと思いました。
サンフランシスコの定番
サンフランシスコ市を本拠地とする最大の企業といえるSalesforceですが、看板広告もいろんなところで見かけます。特にDreamforce同社の年次イベント)の時期になると風物詩のように登場します。近年はコロナ禍でオンライン開催となっていたようですが、昨今発表した同社の動画ストリーミングサービスであるSaledforce+の広告を最近見かけるようになった気がします。
また、Salesforceほどの知名度はないものの、Twilioの看板もよく見かけます。彼らの有名なキャッチコピーであり創業者が執筆した書籍のタイトルにもなっている、Ask Your Developer(※)の看板はずっと同じ場所で出している印象です。
(※)「デジタル経済で競合に勝つには?」に対する答えとして「自社のエンジニアに聞け」という意味のコピーです。
政治的なメッセージ(特にコロナ禍に多かった)
上記に続いてまたSalesforceですが、創業者CEOのMarc Benioffを始めとして政治的なメッセージを会社として積極的に発信する文化なので、コロナ禍においてはこうしたメッセージも出ていました。「Reopen, safely.」は慎重に経済活動を再開しようというメッセージです。
同じく政治的メッセージを積極的に出しているのが印象的なのがAirbnbです。以下は、「Thank you, science」という超シンプルなメッセージで、「コロナワクチン開発に感謝」ということを伝えているものだという理解です。ただし、反ワクチン派の人にも配慮してあえてワクチンには直接言及しないようにしているのだと思われます。
続いてまたAirbnbですが、今年アメリカ軍の撤退とともに大量に発生したアフガニスタン難民を世界各地でホストするという施策を打ち出した際のものです。支援施策も看板広告も秀逸だと感じました。「アフガン難民に仮住まいを提供する支援活動にご協力下さい」とあります。
エンジニア・開発者向け
サンフランシスコはテック企業が集積しているので、広告を見る人の中にも自然と多くのエンジニアが含まれるはずです。ということで、開発者・エンジニア向けのサービス・メッセージも良く見かけるのが、サンフランシスコの看板広告の特徴なのではないかと思います。前述したTwilioが買収した顧客データ管理のSegmentの広告も同じ場所にずっとあります。
また、サンフランシスコ南部の方には、何故かデータプラットフォーム系の会社の広告が集積しているエリアがあります。日本でも巨額IPOなどのニュースが話題になったSnowflakeは、いつも季節にあったメッセージを出している印象です。下の看板では「holiday」のdayをdataにする言葉遊びをしています。
すると、その割と近くの看板で、SingleStoreというスタートアップが、Snowflakeを揶揄するような広告を出しています。ロケーション・メッセージから明らかに狙ってやっていることが分かります。Snowflake、遅くない(Slow)?という揶揄なのでしょう。
さらに、これらの近くに、データ分析プラットフォームを提供するDatabricksの広告も見かけました。ネット上で見つけられず写真がないのが残念なのですが、それほど知名度は高くないものの世界ユニコーンランキング7位に入っている会社です。その広告のキャッチコピーは以下の通りでした。
“Goodbye, Data Warehouse”(看板の表側)
“Hello, Data Lakehouse”(看板の裏側)
私はたまたま母校のUC Berkeley発であるということで知っていましたが、関連分野の人でなければおそらく知らないと思われるので、割とニッチなターゲットを狙った看板広告だなと感じました。
スタートアップ
上記の話の続きですが、サンフランシスコでもどうやら看板広告はそれほど高くはないようです。こちらのサイトによると、月に数十万~100万円払えば出せそうな感じです。なので、スタートアップでも、一定期間でかでかと広告を打ち出すのも難しくはなさそうです。
以下は少なくとも私は5回以上は見たであろう看板ですが、調べてみるとシリーズD(バリュエーション$2B、累計調達額約$150M)のAI系のスタートアップのようでした。正直なところ、運転中に数秒この広告見ても何の会社なのか全く分からず、今回この記事のために調べなければ、ユニコーン級の会社であったことは一生分からなかったかもしれませんが。
ちなみにこのHotdogネタは、HBOのドラマ「Silicon Valley」が元ネタになっていそうです。そういえば、ドラマ内でも主人公のスタートアップPiped Piperが看板広告を出す、というエピソードもありました。
既存大手への挑戦状
上記でも登場した、SingleStoreは既存サービスや競合他社を揶揄する広告ばかりだしているようです。下記はMongoDBを意識したものです。直近のラウンドではまだユニコーンにも到達していないスタートアップのようですが、アグレッシブだなと感じます。
もう1つ挑戦的なメッセージとして印象に残ったのは、OdooというERPやCRMといったビジネスマネジメントソフトウェアのスタートアップが出している広告で、”Sorry SAP”というものでした。その画像は見つけられなかったのですが、SAPと同様の既存大手であるOracleのNetSuiteへの挑戦状の画像は下記の通り見つかりました。
また、少し前の話になりますが、VCやスタートアップによる、サンフランシスコからマイアミへの移転が話題になっていた時期がありました。以下は、そのムーブメントを象徴する広告になります。Twitterで積極的に誘致運動を行っていたマイアミ市長が、マイアミ推しの投資家に担がれる形で実現したようです。「マイアミ移転をお考えですか? DMください」とあります。
所感
上記の通り、サンフランシスコ付近で見られる看板広告は、テック企業やトレンドに触れるための良いメディアであると個人的には感じます。個性の強い創業者のいる会社が出す政治的なメッセージや、挑戦的なメッセージも興味深いです。
コロナによって人の移動が減少したことで、以前のように渋滞の中を片道数時間かけて通勤することはなくなりましたが、それでも公共交通機関の弱いアメリカではクルマの運転は必須です。この記事の執筆に関わらず個人的に印象に残っていた看板もありましたし、視聴率は結構高いのではないかと思われます。
比較として、(もう私は2年以上飛行機に乗っていませんが)空港の看板広告などは何故かいつもコンサルティング会社のものばかりだったりする一方で、サンフランシスコの屋外広告は多様性もあり、スタートアップなどの入れ替わりがあることも、頻繁に見ていても飽きない要因かなと感じました。
おまけ
カリフォルニアらしく、マリファナ(合法)の看板広告も多いです。
かなり前のものですが、Googleが会社名を出さずに採用試験を看板広告に出したものです。
日本のスタートアップの看板もみかけます。今後より多くの会社が見られることに期待です。「フィルターバブルを弾けさせよう(全ての立場からのニュースを)」という同社の哲学がメッセージになっています。
Contributing Writer @ Coral Capital