本記事は豊田菜保子さんによる寄稿です。豊田さんは、楽天をはじめ、国内外の企業で人材育成やダイバーシティ推進を専門としてきました。現在は、スタートアップや起業家人材の支援プログラムを主に自治体と協力して企画・運営する傍ら、スタートアップやテック企業向けに「人」「チーム」「コミュニケーション」に注目した研修やアドバイザリーを提供しています。
逆境をポジティブに乗り切るメンタルスキル
知り合いにたまたま出くわして「こんにちは」と声をかけたのに、相手は冷たく塩対応……。そんなとき、あなたの頭には直感的にどんな言葉が浮かぶでしょうか?「あれ、自分って嫌われてる?」、それとも「あの人、疲れてるのかな」でしょうか?
「CEOとして一番重要な考え方は【自己肯定】と【自責】」— こう語ってくれたのは、累計100億円以上の資金調達や事業の急成長に伴う組織崩壊など、数々のハードシングスを乗り越えてきたスタートアップ起業家でした。「自己肯定」とは常にポジティブであること、「自責」は自社に起きる悪い出来事を全て自分の責任として捉えることだといいます。
スタートアップで働く毎日は、予想外の出来事の連続です。誇らしいことや嬉しいこともたくさんありますが、辛くて悔しいことにも事欠きません。なにか失敗や挫折を経験すると、つい他人や環境のせいにして忘れてしまいたくなりますが、成長のためには自らの力不足や不手際と真摯に向き合って今後の糧にしていく必要があります。
そこで大切なのが、うまくいかないことの原因が自分にあると認めながらも、ポジティブさを失わずにいられるメンタルスキルです。そして、このメンタルスキルを身につける鍵は、冒頭のような場面であなたの頭に浮かぶ言葉、つまり起こった出来事を自分自身にどう「説明」するのか、という点にあります。
この記事では、逆境におけるポジティブ思考とネガティブ思考の分かれ道として、「説明スタイル」という心理学の概念についてみていきます。あなた自身や周りの同僚の説明スタイルと、それを構成する3つの軸を意識することで、うまくいかない理由を他人や環境のせいにしなくても、原因は自分にあると認識しながら楽観的なメンタルを維持できるようになります。
ポジティブと自責を両立できる人の弱点
本題に入る前に、なぜ私がこの記事を書こうと思ったのか、少しだけお話しさせてください。私が話を聞く限りですが、起業家を含め、スタートアップ業界にはこのポジティブと自責が自然に両立できる人が多いようです。ところが、みんながそうであれば問題ないのですが、最近は大企業から転職してきたり、新卒でスタートアップに入社したりする人が増えています。
日本の教育・企業システムで成果を上げてきた優秀な人ほど、失敗に慣れていなかったり、後述する説明スタイルに何らかの傾向があって、逆境に陥ると悲観的になってしまうことがあります。そうした部下や新入社員をサポートする立場になったとき、自分が自然にポジティブと自責を両立できる人は、相手に共感できず、どうサポートしたら良いかも分かりません。凹んでいる暇があったら努力すればいいのに、と苛立ちを覚える人もいます。
また、ポジティブと自責を両立できない人の中には、逆のパターンもあります。失敗してもケロっとしているのはいいのですが、「運がなかった」「相手が凄すぎた」と他責の解釈をして、自らの改善の余地を深掘りしません。失敗を糧に成長するために不可欠な内省のプロセスを怠ってしまいます。もしかすると、自分の非を認めると落ち込んでしまうので、無意識に避けているのかもしれません。
自分自身はポジティブと自責を両立できても、そうではない部下や後輩に戸惑っているのであれば、説明スタイルを理解することが役に立ちます。下記で紹介する3つの軸をもとに、自分と相手の解釈の違いを分析して理解したり、相手がポジティブと自責を両立できるように導いてあげたり、ということができるようになるからです。
ポジティブ↔︎ネガティブ思考を分ける3つの軸
米国の著名な心理学者であるマーティン・セリグマン氏の研究によると、レジリエンス(=失敗や挫折から教訓を得て立ち直る力)の違いには、私たちの「説明スタイル(Explanatory Style)」が大きく関与しています。逆境に直面したときに、その事実や状況を自分自身に対してどう「説明」するかによって、楽観的になるか悲観的になるか決まるのです。
説明スタイルには、下記の3つの軸で違いがあらわれます。
それぞれの違いを理解するために、パートナーと喧嘩した場合を例に考えてみましょう。
内的 | 外的 |
喧嘩が起きた原因が自分にある
↓ 「私が悪かった」 |
自分以外の他者や環境に原因がある
↓ 「相手が悪い」 「これだけ暑ければイライラするのは当然だ」 |
永続的 | 一時的 |
喧嘩した事実をずっと続くことと捉える
↓ 「私たちはもう終わりだ」 |
時間が経てば状況は変わるものと捉える
↓ 「そのうち仲直りするだろう」 |
普遍的 | 特異的 |
今回の喧嘩を拡大解釈する
↓ 「私はどんな相手ともうまくいかない」 「あの人はいつもこうだ」 |
特定の文脈に限定して捉える
↓ 「私はこの相手とはうまくいかない」 「今日のあの言い方には腹が立った」 |
上記の例でお気づきかと思いますが、望ましくない出来事が起きたときに悲観的になってしまう人は、内的・永続的・普遍的に解釈する傾向があります。反対に、逆境でもポジティブさを維持できる人は、起こったことを外的・一時的・特異的に捉えています。
先述の起業家がいうところの「自責」は、ネガティブにつながりやすい「内的」な解釈です。これをポジティブと両立させるためには、永続的ではなく一時的、普遍的ではなく特異的な解釈をすることが重要です。
逆境で努力する人の心理、諦める人の心理
この3つの軸の違いが、どれほどのインパクトをもたらすのでしょうか?今度は、起業家が投資家にピッチをして出資を断られた場面を例に考えてみましょう。
この出来事を、最も悲観的な説明スタイル(内的・永続的・普遍的)で解釈すると、「自分は起業家として成功するような人間ではない」というような捉え方になります。断られた原因は自分にあり、その状況はいつまでも変わらず、あらゆる投資家が同じ反応をするだろうと拡大解釈で考えるので、次に取るべき行動が見えません。これでは、落ち込んで諦めてしまっても当然ではないでしょうか?
翻って、同じ出来事を、最も楽観的な説明スタイル(外的・一時的・特異的)で解釈してみましょう。この場合、断られた理由は相手の事情であり、その状況は時間が経てば変わる可能性があり、他の投資家は違う反応をするだろうと考えるので、「あの投資家は今の段階で自社に投資する状況にない」という捉え方になります。すると、断られた当日は多少がっかりするかもしれませんが、それほど落ち込むことはありません。他の投資家にピッチしたり、もっとトラクションを大きくしてから同じ投資家に時期を改めてアプローチしたり、まだまだできることはたくさんあるからです。
こうして書くと極端に思われるかもしれませんが、誰にでもその人特有の悲観的になりやすいポイントというのがあります。学生時代に数学に苦手意識を持っていた人は、プログラミングで数学の知識が必要なアルゴリズムが出てくると、少し難しいと感じただけで「向いていない」と落ち込んだり、幼い頃に人前で話して恥をかいた経験がある人は、大人になってスピーチで失敗すると「もう絶対スピーチは引き受けない」という反応をしたり、過去のトラウマが引き金となって説明スタイルが局地的にネガティブに振れるケースもあります。
逆境でもポジティブな解釈ができれば、努力の先に希望を見出して、動き続けることができます。しかし、ネガティブになっている人は周りが思うよりも八方塞がりに感じていて、本人には行動の選択肢が見えていません。「クヨクヨしてないで、とりあえず次はこれして」と指示するのは簡単ですが、これでは次回なにかがうまくいかなくなったときも、また同じ展開になってしまいます。自走型の人材を育成するには、相手の説明スタイルのクセを修正するサポートをするのが効果的です。
説明スタイルを意識して揺らぎをつくる
悲観的な説明スタイルを修正するには、まず解釈が内的・永続的・普遍的になっていないかチェックして、次に外的・一時的・特異的な方向に揺らぎを生み出します。もう一度、出資を断られて「自分は起業家として成功するような人間ではない」と悲観的に捉えた起業家の例で考えてみます。
まず3つの軸のうち、「普遍的」を「特異的」の方に振ってみましょう。原因は自分にあり(内的)、その状況は今後も変わらない(永続的)が、断られたのは「この特定の」投資家であって、「あらゆる」投資家ではない(特異的)と考えられます。すると「自分はあの投資家が出資したいと思うような起業家ではない」という解釈になり、ポジティブとは言えないまでも、「では、どの投資家なら自分に出資したいと思うだろうか」と考えることで、希望の光が差して次の行動が生まれてきそうです。
さらにパワフルな変化が起こるのは、「永続的」な解釈が「一時的」に変わるときです。うまくいかない原因が内的で、かつ永続的であるというのは、平たくいうと「先天的な才能・資質がない、向いていない、そういう人間ではない」ということです。しかし、原因は自分にあるけれども、それは「まだ」できないという一時的な状況であって、努力をしたり経験を積んだりすれば変えることができるという解釈ができるとどうでしょうか?今の自分では投資家に興味を持ってもらえなかったと真摯に受け止めながら、「もっとピッチの練習をしよう」「事業を成長させて再度挑戦しよう」と前向きに努力するモチベーションを得ることができます。
この「まだ(Yet)」という言葉とそのマインドセットの重要性は、米国スタンフォード大学心理学教授のキャロル・S・ドゥエック氏の著書である『マインドセット「やればできる!」の研究』に詳しく解説されています。人間の資質は先天的なもので変わらないと永続的な解釈をしてしまう人は、何かに挑戦して失敗したときに「向いてない」「できない」と諦めてしまいます。しかし、同じ状況でも「まだ、できない(けどいつかはできるようになる)」と解釈できれば、その人の運命は大きく変わるのです。
行動+解釈の振り返りで、自走型人材を育てよう
自ら主体的に行動できる自走型人材の育成は、あらゆる企業にとって重要なテーマです。経験を通じた学びと成長を加速するために、「どう行動したら、どんな成果につながったか」といった会話はどのチームでも何らかの形で行われているのではないでしょうか?
こうした行動レベルの振り返りはもちろん重要ですが、もしチームや個人が失敗や挫折を経験したときには、「この出来事をどう捉えて、その結果、どう行動しようとしているか」という解釈レベルの共有の機会をもつことをお勧めします。うまくいかずに落ち込んでいる本人の口から「私は向いていない」といった悲観的な言葉が飛び出しても、「そんなことないよ」など表面的な慰めや否定でうやむやにするのではなく、「なにがあったの?」と質問するところから始めましょう。
相手が話しはじめたら、内的・永続的・普遍的な解釈に偏っていないか確認して、欠けている視点は質問を通じて補います。例えば、内的に偏っていたら「そのとき相手はどんな課題を抱えていたのかな?」と外的な視点を提供する質問をしたり、「私はXXできるような人間ではない」といった永続的な思い込みがあれば「でも、この間は苦手だったXXに挑戦してたよね。あれはどうやったの?」など、状況や能力は変化するものと意識させるような問いかけができます。また、失敗を拡大解釈した「誰にも売れる気がしない」といった発言には、「営業ファネルのどこで離脱してる?」など、うまくいっていない範囲を限定するように導きます。
こうして揺らぎを生み出して、視野を広げながら起こった出来事を振り返ると、相手は1人で悲観的になっていたときの八方塞がりな感覚から解放されます。もし話を聞いていて、3つの軸の中で特に偏りが顕著なポイントに気づいたら、「できないことを才能や資質に結びつけるクセがあるみたいだけど、もっと努力や行動にフォーカスしてみたらどうかな」「拡大解釈せずに、課題をより小さく定義できるといいかも」といったアドバイスをしてあげると、相手が自分の説明スタイルに気づいて修正するきっかけになります。
今度もし同僚や部下が失敗して落ち込んでいる様子を見かけたら、3つの軸で相手の説明スタイルを紐解きながら、生産的なマインドセットに切り替えるサポートを提供してみてはいかがでしょうか?
Contributing Writer @ Coral Capital