Altos Venturesは1996年に設立され、現在は総額100億ドル以上を運用しているVCです。主な投資先にはCoupang、Woowa Brothers、Roblox、Tossなどがあります。中でも「韓国版Amazon」とも言われるCoupangは、2021年3月に上場した際の評価額が10兆円を超え、韓国発スタートアップの成功を象徴する1社とされています。
今回はAltos Venturesが10年以上前にCoupangに投資したときのこと、そして数多くのユニコーンを輩出する韓国スタートアップ業界の進化について、共同創業者のHan Kimさんにお聞きしました。
韓国には10億ドル(約1100億円)以上の企業価値がついたユニコーンが18社と、日本の10社のほぼ2倍に上ります。「韓国と日本のスタートアップのエコシステムには共通点が多い」と語るHanさんの話は、私たちにとって学べることが多いはずです。
なお、インタビューのノーカット版を英語によるポッドキャストでお届けしています。ポッドキャストは、Apple Podcastsか、Google Podcasts、またはSpotifyからお聞きいただけます。
- ゲスト:Altos Ventures共同創業者 Han Kim氏
- 聞き手:Coral Capital創業パートナーCEO James Riney、同パートナー兼編集長 西村賢
The Coral Capital Podcastでは海外の投資家・起業家へのインタビューを今後も予定しています。Apple Podcastsのリンクか、Google Podcasts、またはSpotifyのリンクから、ぜひフォローしてください。
James:Coral Capitalのポッドキャストにようこそ! お越しいただきありがとうございます。
Han:お招きいただきありがとうございます。
James:まず伺いたいのは、韓国のスタートアップエコシステムの進化についてです。日本のファウンダーはこの話に関心があると思います。韓国は隣の国ですし、日本よりも経済規模が小さいにもかかわらず、非常に大きな成果を生み出しているからです。
例えばeコマースの「Coupang」、フードデリバリーの「Woowa Brothers」、ビデオゲーム開発企業の「Krafton」、P2P送金アプリの「Toss」など、ユニコーン企業も数多く出てきていますよね。
そこで聞きたいのですが、Hanさんが韓国で投資を始めたとき、スタートアップのエコシステムはここまで成長すると見込んでいたのでしょうか?
Han:いいえ。私たちが初めて投資をしたのは、確か2006年のことです。YouTubeに似た事業を展開する「Pandora TV」という会社に投資しました。韓国のエコシステムは日本とよく似ています。スタートアップは収益を求めて成長しますが、調達した資金を黒字化のために大量に注ぎ込むことはあまりありません。
その理由は、そもそも投資額がそれほど多くなく、スタートアップは工夫して黒字化する別の方法を見つけてくるからです。また、当時の韓国のスタートアップの成長はゆっくりとしたものでした。そして数億円の利益を上げ始めたら、小さな取引所に上場して、時価総額50〜100億円規模の会社になり、それでみんなが喜ぶのです。なので、最初はその想定のもとで投資する機会を探し、1年に1〜2社ずつ投資していました。
Coupangの急成長で気づいた、韓国市場の可能性
Han:ただ、2010年、2011年になって韓国市場の変化を感じるようになりました。転機となったのは、Coupangが10億ドルのGMV(流通取引総額)を達成するまでの期間を調べたときのことです。Amazonよりも短期間で達成していて「どうしてこんなことがありえるのだろう?」と驚きました。韓国は小さな国で、市場もそんなに活発ではないというのが私の認識だったのです。でも、Coupangの急成長で目の前がパッと開いたようでした。
そこでもう少し体系的に韓国の市場を見るようになり、気がついたことがあります。韓国の国内市場は私たちが考えていたよりもずっと大きかったのです。韓国の上位10都市は、米国の上位10都市よりも人口がやや多いというデータがあります。上位10都市の市場を制覇した後は海外に目を向けるようになりますが、最初のコアとなる市場がそもそも大きいのです。これに気づいてから韓国市場にもっと真剣に向き合うようになりました。
韓国のスタートアップがうまくいっている他の理由としては、市場参入のしやすさも挙げられます。韓国在住の人のおそらく95%は韓国人で、都市部の人口密度も高いので、顧客獲得コストを抑えられるのです。これは日本の状況とよく似ているのではないでしょうか。
James:日本は人口の3分の1から4分の1が東京に集中している点で、韓国とよく似ていますね。東京にいる人たちは同じようなコンテンツを見て、似たようなライフスタイルを送り、同じような場所に通勤しています。つまり、3,000〜4,000万人単位の市場に対してマーケティングを展開できる。
日本は単一文化的な社会なので、東京より広い領域にターゲットできる場合もあります。その面では、米国のように細分化が進んでいる市場よりも簡単かもしれません。東京はハリウッドやニューヨーク、シリコンバレーがすべて集中しているような都市なので。この点は韓国と似ているのではないかと思います。
Han:とても似ていますね。
「財閥解体」で起業家精神が芽生えた
Han:韓国では起業家精神が高まるきっかけになった不幸な出来事があります。経済危機です。1998〜1999年頃に起きた「IMF危機」と呼ばれる金融危機で、これが引き金となり多くの債務不履行が発生し、韓国はデフォルト寸前まで追い込まれました。韓国の通貨ウォンは非常に弱くなり、多くの会社が事業を停止せざるをえなかったのです。
韓国の財閥は終身雇用をするのが慣例で、それは日本ともよく似ています。ところが金融危機のときには、韓国の歴史上初めて財閥が解体され、多くの社員が解雇されることになりました。そして一流大学を卒業した優秀な学生は、財閥への就職の道も閉ざされました。まさに突然の出来事でした。
このような人たちはどうしたか。クビになった頭のいい人たちは、自分で会社を興しました。それが韓国の第1世代のインターネット企業です。NAVERやゲーム会社のNCSOFTやNexon、ポータルサイトの2番手のDaumなどが創業しました。第1世代で成功した創業メンバーたちは現在、次世代の起業家をサポートするという意味で重要な役割を担っています。
2010〜2011年になると、インターネット企業で働く若者はデスクトップからモバイルへの移行を目の当たりにしました。ただ、こうした若者らが上司に新しいプロジェクトを持ちかけても「こんなに儲かっているのに、なんでこんなことやろうとするんだ?」と相手にされなかった。すると不満がたまった若者らは仕事を辞めて会社を興し、第1世代で財を成した起業家から出資を受けたのです。カカオはまさにその典型でした。
投資家たちは「財閥が本気を出したらスタートアップは消える」と信じていた
Ken:Altosが初めてファンドレイズしたとき、LPや企業といった投資家はどんな反応でしたか? 全員がHanさんのようにビジネスチャンスがあるとは思っていたわけではなさそうですが。
Han:私の正気を疑う人もいました(笑)当時はひとつのファンドからパーセンテージの上限を決めて、韓国のスタートアップに投資していました。ただ、投資機会を重ねていく中で、韓国市場に特化したファンドを別に立ち上げる必要性を感じたのです。
そしてカカオなどが成功する様子を目の当たりにし、LPのコミュニティに「このような素晴らしい企業が生まれています。私たちも関わるべきです」と話を持ちかけました。でもLPたちは私を見て「興味深いけれど、北朝鮮のミサイルは不安じゃないですか?」と言うんです。韓国人はミサイルのことなんて大して気にしていないのですが(笑)
そういうことがあって、ひとつの国だけに投資するのはリスクが高すぎると思われていました。韓国は中国やインドのように、あらゆるLPが積極的に投資する市場ではありませんし、インドネシアや東南アジア諸国のような発展途上でもないので、投資があまり進んでいなかったのです。
投資家たちはバイアウトが起きていることは知っていたものの、「韓国は財閥が支配しているんじゃない?」と疑念を持っていたのです。韓国はサムスンやLG、SKグループなどの財閥が世界的に有名なこともあり、投資家は世間に起業家精神が本当にあるのかどうか知らなかったんですね。
そこで投資家には、金融危機後に登場した第1世代の起業家と、それら起業家の支援によって育った次世代の起業家が大勢いることを説明しました。私には韓国市場で長年投資してきたからこそ、素晴らしい成果を生む会社があるという確信もありました。とはいえ、LPを説得するには何度も話し合いを重ね、出資してもらうまでには多くの時間がかかりました。
James:韓国に特化したファンドを立ち上げたとき、すでにCoupangに投資していたのでしょうか?
Han:はい、そうです。
James:すでにCoupangが大きな成果を出していたことは、LPにとっても安心材料になったのではないでしょうか。
Han:ええ。ただ、当時はこれが成功とは明確には認識されていなかったかもしれません。Coupangは急速に成長していましたが、他にもいくつか競合や既存の財閥企業のLotteなどがありましたから。
財閥が本気を出したら、Coupangは消えるだろうとも思われていました。当時はそれが普通の感覚で、疑う人たちは「日々垂れ流している赤字を見ればわかる。すぐにお金が底をつくはずだ」と考えていたのです。私たちが言えたのは「これは大きな企業になる可能性がある」ということだけだったので、LPを説得するのは本当に大変でした。
日本よりGDPが低い韓国に多くの資本が集まったワケ
James:今のお話は日本の市場にとっても学びになります。まだ正確な数字は出ていませんが、おそらく2021年における日本のスタートアップに対する投資額は7,000億〜8,000億円くらいでしょう。ここまで来るのに長い時間がかかりました。海外投資家に日本のことを売り込んで、今ようやく資金が増えているような状況です。
しかし、経済規模が4分の1ほどしかない韓国は、GDPに対して多くの資本を集められています。その秘訣は何だったのでしょうか? 先ほど、終身雇用が保証されなくなり必要に迫られて起業家が増えた、という話がありました。それが起業にある種のルネサンスを引き起こし、優秀な人材がエコシステムに入ってきたということですが、これほどまでにエコシステムが拡大した他の重要なポイントはあったのでしょうか?
Han:カカオの話に戻りますが、起業家たちの功績は大きいと思います。私たちはカカオの投資家ではありませんが、創業者であるBrian(キム・ボムス氏)のことはよく知っています。
BrianはNAVERの中心人物のひとりでした。彼は米国でゲームを開発していたのですが、軌道に乗らず NAVERを辞めています。彼と親交のあった主要な開発者も会社を辞めてやりたいことがあると言うので、Brianは開発者たちに自分のお金を2,000〜2,500万ドルくらいつぎ込んで、「何かモバイルサービスを作ってみてよ」と支援しました。こうした経緯で生まれたもののひとつが「カカオトーク」でした。軌道に乗るまでしばらくかかりましたが、一旦軌道に乗ると、成長が右肩上がりになることは明らかでした。
それでも、カカオトークの成長に疑念を持つ人が多くいました。通信会社がこの事業に乗り出してSMSを無料化したら、サービスは衰退するだろうと。通信会社としても「自分たちのほうがずっと良いサービスを提供している。カカオはスケールの仕方も知らない」と思いこんでいました。超大手の会社の考え方です。
ですが、カカオトークはどんどん成長して、通信会社を追い抜いていきました。すると今度は「無料サービスだから儲からない」と言われるようになります。この点についてはTencentでさえも苦労していましたが、カカオはトラフィックを収益化する手本を見せたのです。
そしてカカオの成功は、「自分にも同じことができるかもしれない」と多くの人を勇気づけることになりました。Coupangが上場した時も、「彼らにできるんだから、私にもできるはずだ」という気持ちを奮い立たせたのです。人々の心持ちが変わりました。
またWoowa Brothersは数千億円規模でイグジットしていますが、創業者は韓国で一番の学校を卒業したわけではありませんでした。エリートのキャリアや経歴があったわけでもないし、最初の事業は失敗しています。でも彼はものすごい創業者で、初日から事業を粛々と進め、とても大きな会社に育て上げたのです。
それでどうなったかというと、人々は「私は彼より良い学校に行ったし、彼よりずっといいキャリアを積んできた。彼にできたのだから、私にもできるはずだ」と思うようになりました。それは決して見下しているわけではなく、「私にできない理由はないよね?」という気持ちです。このような競争は健全ですし、たくさんの人が挑戦するようになりました。
韓国で起業家が増えたもうひとつのきっかけは、韓国政府が多くの資金を提供したり、スタートアップへの投資を後押ししたり、SMBA(中小企業庁)を通じて多額の資金を韓国のベンチャーファンドに投資したりしたことです。
これによりスタートアップのエコシステムが動き出しました。そしていくつかの企業が巨額のイグジットを果たしたのをきっかけに、外国の資本が入ってきたのです。私たち以外の海外投資家が興味を持ち始めました。今では、主にレイタースタージのスタートアップに投資するベンチャーファンドが増え、巨額の資金が投じられています。
起業家は失敗ですべてを失う環境だった
Ken:大企業を辞めて起業する人たちのマインドセットについてもう少し教えてください。先輩起業家の成功を見た人たちが「私でもできるんじゃないか」という思いから起業するようになったと言いますが、セーフティネットのようなものがなければ、大企業を辞める決断をするのは難しいのではないでしょうか?
日本ではスタートアップのエコシステムができてきていて、たとえ失敗しても別のスタートアップにジョインしたり、大企業に戻るケースも少なくありません。しかし、数年前の韓国は違ったのではありませんか。日本と韓国で共通する部分にリスクを避けたがる文化があると思います。
Han:そうですね。10〜15年前までは韓国人も似たようなマインドセットを持っていましたが、それは起業を取り巻く環境が影響していたんだと思います。当時のスタートアップの創業者の多くはほとんど給料を受け取っていませんでした。そして業績が悪くなると、家を抵当に入れて借りたお金を会社に注ぎ込んでいました。
つまり、人生のすべてを会社に注ぎ込んでいたわけです。だから、会社がうまくいかなかったり、失敗したりするとすべてを失ってしまいます。友達からはお金を借りているし、家がなくなったら奥さんが家を出ていってしまうかもしれない。失敗とは自分の人生だけでなく家族全員の生活を台無しにすることでした。
それが、韓国のスタートアップの典型的な失敗例だったと思います。なので、起業は非常にリスキーでした。そこで私たちが広めてきたことは、「失敗は失敗でいいし、借金してまでやることではない」ということです。当時の韓国では、株式を発行して第三者割当増資をすると、返済義務がないお金が会社に入ることはあまり知られていませんでした。
投資家たちはみんなスタートアップのリスクを理解しています。起業家はうまくいかなかったら撤退を決め、関係者と握手をして、また何かやろうと思ったら戻ってきて、また投資してもらえるような状況が望ましいのです。韓国のエコシステムのすべてがそうではありませんが、以前よりはそうなってきています。
スタートアップがクールな就職先に
James:起業家に関する質問から少し広げて、スタートアップの従業員についても教えてください。韓国では財閥のような大企業よりも、スタートアップの方が就職先としてクールな存在になっているのでしょうか?
Han:そうなりつつあります。今、多くの人がスタートアップでの仕事をメインのキャリアとして見ていると思います。とはいっても、その人たちの母親は「娘や息子がどこで働いているのか」を気にしています。母親たちは友人に、自分の息子や娘が、誰もが知っている会社で働いていることを自慢したいのでしょう。スタートアップで働いているということは、子供たちは失敗してしまったと思われるかもしれませんから。
韓国には、まだそういうマインドセットがあることは事実です。これは適切な表現かどうかわかりませんが、婚活市場ではサムスンに勤める男子と、スタートアップのA社に勤める男子とでは、サムスンに勤めている方がポイントが高いということになります。ただ、こうした状況は急速に変化しています。3〜4年後には完全に逆転していることでしょう。
Ken:スタートアップの従業員向けのストックオプションは、どのくらい配られているのでしょうか?
Han:初期に入社した従業員は通常、全員ストックオプションをもらっています。私たちが韓国で投資を始めた頃はごく一部の人しかもらっていなくて、私たちにはなぜ全員にストックオプションを提供しないのか不思議でなりませんでした。
会社側の説明は、「ほとんどの社員はストックオプションに価値を感じていないから」というものでした。その考えは理解できます。当時、ほとんどのストックオプションは無価値で、誰も評価していなかったのです。ストックオプションを持っている人のサクセスストーリーがそれほど多くなかったのが原因でしょう。ストックオプションを与えられても、社員は「報酬は普通に現金で払ってほしい」と思うのが普通だったんです。
でも今は、みんな気づいていると思います。韓国にはストックオプションで何百万ドルを手にした人がいますから。だから、採用の場面でも、ストックオプションが報酬に含まれているのかが判断基準のひとつになっていて、企業は優秀な人材を獲得するための武器として使っています。
James:それは日本で起きていることと似ています。以前まで社員の多くは「ストックオプションって何? 報酬は現金で払ってほしい」という考えが主流でした。今思うと、ロールモデルがいなかったというのが大きいと思います。
日本でのターニングポイントのひとつとなったのはメルカリの上場です。メルカリのIPOはとにかく早かったんです。ユニコーンとしてイグジットするまでかかったのは5〜6年で、メルカリはストックオプションを発行していました。そのため、IPOで億万長者になった人たちもいます。
それ以前の問題は、友人や業界の中に億万長者になった人がいなかったことでしょう。そういう人たちは経営陣やVCばかりでした。成功したロールモデルがいなかったので、それが可能なことのように思えなかった。日本と韓国でこのような類似点があるのはとても興味深いです。
Han:そうですね。今では、社員全員にストックオプションを提供する会社もあります。でも、まだシリコンバレーの会社ほど浸透はしていません。
日本のスタートアップに投資したきっかけ
James:少し話は変わりますが、Altos VenturesではKyash(スマホ決済サービス「Kyash」を運営)とSODA(スニーカーフリマ「スニーカーダンク」を運営)に投資していますよね。これらの日本のスタートアップに投資した経緯を教えてください。偶然の出会いがあったのか、それとも日本への投資により注力するようになったということでしょうか?
Han:日本には常に関心を持っています。日本に行く機会が増えたのは3〜4年前で、新型コロナウイルスが流行する前のことです。いろいろな人に話を聞いたところ、「日本の市場は小さい」「世界に進出する力があるのかわからない」「東南アジアに投資した方がいい」という声が多数でした。
韓国で投資を始めたときのデジャヴのようでしたね。だから私は「いや、日本は韓国よりも大きな市場だよ。だからここを放っておいて、東南アジア市場を狙う理由がよくわからない」という考えでした。なので、もし日本にいる投資家が日本市場に注目しないのであれば、「私たちが投資できる面白いチャンスがたくさんある」と思ったんです。
それで、日本のスタートアップと会うようになりました。そのうちの1社がフィンテック企業のKyashで、信頼できる友人からの紹介で知り合いました。その友人はKyashに少し投資をしていたので。「東京に行ったらいつでもシン(Kyash創業者の鷹取真一氏)に会いに行くといい」と言われていて、幸運なことにシンは英語ができるので彼と話をしたのです。
彼はとても興味深い事業に着手していました。私たちは「Toss(韓国のP2P送金アプリ)」に投資していたことから、彼の手がける事業を理解できたのです。この事業が受け入れられるには長い時間がかかると思います。それをKyashが担うのか、別の企業になるのかわかりませんが、P2P送金は必ず起きる変革であると思っています。
なので、ぜひ投資に参加したいと思い、最終的にKyashを支援することになったというのが経緯です。本当はもっと一緒に仕事をしたいのですが、パンデミックが起きてから日本に入国できなくなり、日本での活動が難しくなっています。
SODAへの投資の話は、KREAM(韓国のスニーカー取引プラットフォーム「KREAM」を運営)に投資していたことから巡ってきました。韓国のKREAMはSODAと似たような事業を展開しています。KREAMのかなりの部分を所有しているNAVERは、LINEとの関係もあってSODAに投資しようとしたんです。そして、ソフトバンクとNAVERと私たちの間で共通の投資家がいたことからAltosもSODAに繋がり、投資することになりました。
スタートアップと海外投資家の「言語の壁」
Ken:Kyashのシンが英語を話すので彼とコンタクトを取れたというのは興味深いです。やはり創業者にとって、英語ができるかどうかは重要なのでしょうか?
Han:海外投資家から資金調達する際、創業者がある程度英語を話せることは有利に働きます。ただ、私たちは海外投資家ですが韓国語を話します。韓国スタートアップの大規模な資金調達では、初期の段階で投資会社の韓国語を話せる人とやりとりし、その人が他の投資メンバーをまとめていました。(米国の資産運用会社)BlackRockにも、ソフトバンクにもそのような人がいました。Sequoia Capitalだけは韓国語を話す人はいませんでしたが、投資先のことをよく知っていて、Sequoia Capitalと英語で話せる別の投資家がいたのです。
James:韓国のスタートアップに投資する企業は、大体どこも韓国語を話すカウンターパートがいるということでしょうか?
Han:そうですね。例えば、Hillhouse CapitalやDST Global、BlackRockのようなレイターステージの投資家を見てみると、以前から韓国語を話す人がチームに在籍していました。投資を主導するパートナーの場合もあれば、投資を手伝っているアナリストの場合もあります。そのようなエコシステムがあることはとても有益でした。韓国のファウンダーには英語がうまい人もいれば、そうでない人もいますが、いずれにせよ話を聞いてもらえます。このような状況なので、以前ほど英語が話せるかどうかは重要ではないかもしれません。
ただ、私たちが日本語を話せれば、日本での活動はもっと楽になると思います。英語を話せないけれど、素晴らしい創業者はたくさんいるでしょうから。また、英語を話すのと母国語で話すのとでは大きな違いがあり、考え方や問題を解決する方法が伝わりづらいこともあります。
母国語を理解できないと、起業家の考えを正しく把握するのが本当に難しいのです。これは日本語を話せない海外投資家にとっては大きなハンディキャップです。ですから、日本のスタートアップの場合、私たちが本当に理解している事業だったり、あるいは事業の仮説ではなくビジネスの指標に基づいて質問できるような事業でない限り、ファウンダーの考えに感銘を受けて決めるようなアーリーステージの投資は非常に難しいと思います。ファウンダーの持つビジョンを理解しきれないかもしれないので。
Ken:Altos Venturesではインドネシアやベトナムにも投資されていますよね。今後アジアのスタートアップの状況はどうなると思いますか? また海外投資家にとって、日本は魅力的な市場になると思いますか?
Han:私たちはまだ韓国市場に注力していて、海外のことは理解しきれていません。韓国以外では、おそらく日本が次に大きなビジネスチャンスがある市場だと思います。投資機会を掴めない理由のひとつには言葉の壁があるからです。物事を理解するのにどうしても少し時間がかかってしまいます。
例えば、韓国であるトレンドについて話をしたとき、すぐに理解できますし、詳しく聞かなくてもわかります。ただ、海外投資家として投資する場合、初めて見るものに対して「本当に?」と思うことが多いので、納得するまでに包括的なデューデリジェンスをしなければなりません。
日本に素晴らしい起業家がたくさんいるのは事実だと思いますが、まだ安心して投資できるほど見ていないし、会っていないだけなのです。積極的に投資を始めるには、多くの起業家に会ってから「投資できなかったのは痛かった。可能性を信じなかったし、完全に失敗した」という経験をたくさんする必要があるのです。どのファンドも投資の頻度を増やす前はそういう経験をしているでしょう。この仕事では至って普通のことだと思います。
退屈な業界にチャンスを見出すスタートアップに投資したい
James:では、ステージや投資額の規模、創業者の特徴など、日本のスタートアップにおける理想的な投資対象とはどのような会社でしょうか?
Han:それはまだ予想がつかないですね。どこかの時点で創業者とつながる必要があります。あえて言うなら、私たちが多少知っているような事業だと思います。少量の株式を取得してから、さらに出資するために創業者のことをよく知りたいですね。
James:テーマを決めて投資しているわけではないのですね。どちらかというと創業者や事業内容に焦点を当てているようにお見受けします。ビジネスモデルの面で理解している企業や業界に投資するかもしれないという話ですが、特に日本で可能性があると感じる分野はありますか?
Han:私たちの予想を裏切るような事業が好きですね。一例を挙げましょう。最近、韓国で投資した会社のひとつに、人事関連のソフトウェア会社があります。採用プロセスを一貫して管理するようなソフトウェアです。
米国の採用管理ソフトウェアの企業を見るとどれもパッとしません。米国にいる私のパートナーに聞いても、「大企業が生まれるような面白い分野ではないし、革新的な分野でもない」と言います。なので、私もこの分野にそういう印象を持っていました。しかし、しばらく様子を見ていると、韓国の採用プロセスが近頃変わってきていることに気付いたのです。
韓国では大抵、どの企業も年に1回採用を行っています。新卒社員を毎年採用し続けているのです。だから韓国の採用管理ソフトウェアは、年に一度の大々的な採用活動に焦点を当て、その時期の採用候補者をトラッキングするというものでした。しかし、今はすべての企業が通年で採用しています。これに対応するためにはまったく異なるソフトウェアが必要になります。
米国ではすでにそのような状況なのですが、韓国では初めて採用の環境が劇的に変わったのです。そのため、この市場に合わせたまったく新しいソフトウェアが必要となりました。そして退屈な分野が突然、大きなチャンスのある分野に変わったというわけです。
私たちは、この分野に挑むアーリーステージの会社を支援することにしました。日本でも、ある市場で何かユニークな変化が起きることがあると思います。誰も気にしていない業界かもしれないし、米国から見ると「なんでそんなことしているの?」と思うようなことかもしれません。日本ならではの変化というのはあると思います。
それを発見し、課題に取り組めるのは良いスタートアップでしょう。そして私たちはそういう会社が大好きです。外部の人には理解しづらい問題に対し、ファウンダーが的確な解決法を見つけ、問題の渦中にいる人が「そう、まさにそれなんだよ!」と思うようなことです。「なんで今まで誰もやらなかったのだろう」と。そういう会社を深く知り、投資できるかどうかを調べるのが好きなんです。
James:私は今、文字通りそのようなストーリーの会社を見ているところなので、いいヒントになりました。
韓国も日本も、起業家は謙虚すぎる
Ken:Hanさんから、日本の起業家へのアドバイスはありますか?
Han:韓国の起業家にしているアドバイスと同じなのですが、「もっと自信を持ちなさい、もっと自分を誇りに思いなさい」と言いたいです。「よくやっている」と毎日自分に言い聞かせてください。なぜなら、韓国の教育制度と同じように、おそらく日本でも「謙虚でいなさい」と常に言われますよね。だから、「いつも自分は十分じゃない」と考えてしまう。特に海外に行ったり、別の世界に触れたりしたときに自分はダメだと感じ、力を発揮できないのです。
でも、起業家はみんな本当に優秀だと思います。そうでしょう? 日本で成果を出せたのなら、他の場所に行っても成果を出せるはずです。ただ自信を持って取り組めばいいのです。他の国の起業家の中には、なんでそんなに自信満々なんだろう……という人も多いのですが、韓国や日本の起業家を見ると時々、絶対外に出て、自分の考えを伝えたほうがいいと思うのです。自信を持って行動してください。それが多くの起業家に欠けていて、でも持っていなければならないことだと思っています。
Ken:確かに日本人は謙虚になりすぎてしまうことがあるかもしれません。
James:Hanさん、今回は本当に素晴らしい時間をありがとうございました。
Han:ありがとうございました。
(構成:増田覚)