先週、「トップクラスを目指す人であれば、ワークライフバランスではなくワークライフブレンドを考えると良いかもしれない」というような内容をツイートしたところ、ゴールデンウィーク明けということもあって多くの反応があり、活発な議論にまで発展しました。共感する声が大多数だった一方で、きわめてネガティブに反発をする人たちもいました。「ワークライフブレンド」を「休みなく働き、仕事以外の生活が一切なくなること」と解釈されてしまったことによるすれ違いが主な原因ですが、もちろんそんなライフスタイルを勧めたかったわけではありません。しかし簡単に説明できる内容ではないのは確かで、頑張りすぎの「オーバーアチーバー」が多いこの業界としてもしっかり取り上げるべきテーマです。ですので、今回はこのブログの場で改めて詳しく説明したいと思います。
バーンアウトしないように適度に休むのが大事ですが、本当にトップクラスを目指すのであれば、ワークライフバランスは諦めるしかない。
プロアスリートも経営者も投資家もトップを目指すならワークライフブレンドにするしかない。
トップクラスの世界ではワークライフバランスなんてない。
— James Riney🐠Coral Capital (@james_riney) May 9, 2022
まず、そもそも「ワークライフブレンド」という概念があまり周知されていないことに気づきましたので、説明したいと思います。
「ワークライフブレンド」とは
日本政府は「ワークライフバランス」(仕事と生活の調和)を以下のように定義しています。
「国民一人ひとりがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる社会」(内閣府公式サイトより引用)
この定義では、議論の対象は「社会」です。日本社会全体で見れば、望まぬ過重労働や男女の社会参画の一層の平等化、子育て負担の均等化による少子化傾向の歯止めなど、多くの社会課題と紐づく大切な議論であることは間違いありません。しかし、だからといってトップ・オブ・トップを目指す個人が、「ワークライフバランス」という言葉から連想される「仕事と生活に同じくらい時間を割く」という状態が目指すべき姿だとは思えません。むしろ、自分で仕事の時間や内容を決める裁量の大きい起業家や投資家であれば、「ワークライフブレンド」のほうがより良い方法ではないかと思います。
「ワークライフブレンド」では仕事と生活が交差した状態を受け入れ、どちらかだけにあえて特定の時間やエネルギー、関心を割くことはありません。2つの世界が「ブレンド」されているのです。例えば、子どもの宿題を見るために早退しても、常にSlackなどで緊急の対応ができる状態にしておく。または、午前中はZoomミーティングの連続で忙しくても、ランチは大切な人と楽しみ、その後また会社に戻る。もしくは、仕事で知り合った人とゴルフなどの共通の趣味(私の場合はスキューバダイビング!)を楽しみつつ、仕事の話もする、などです。仕事と生活が、特に明確な境界線なくブレンドされたライフスタイルなのです。
Amazon創業者のジェフ・ベゾス氏も、このようなライフスタイルを「ワークライフハーモニー」と表現しています。インタビュー動画では以下のように説明しています。
「実のところ、私は『ワークライフバランス』という言葉さえもあまり好きではありません。誤った解釈につながりかねないと思うのです。私自身は仕事をすることでむしろ元気になれます。価値を提供しているという実感や、チームの一員であるという実感など…、まあ何が自分にエネルギーを与えてくれるかは人それぞれですが。そういう仕事で得た幸福感が、私を家庭でもより良い人間にしてくれるのです。より良い夫や、より良い父親にしてくれます。逆もそうで、家で幸せであるほうが、社員としても上司としても、それ以外の様々な面でも、より良い自分を引き出せます。もちろん、どうにも忙しすぎて、物理的に時間が足りないような時期はあるかもしれません。でも本質はそこではないのです。大抵の場合は、『そのためのエネルギーが残っているか』ということが問題で、つまり『自分の仕事が、自分からエネルギーを奪っているのか、与えてくれているのか』ということに尽きるのです」
言い換えれば、「バランス」より「最適化」を追求するのが「ワークライフブレンド」なのです。トップクラスを目指すなら、人生のあらゆる場面でベストな自分でいられるように、最適な形を模索していく必要があるということです。
トップクラスの人間は才能と努力の両方を備えている
トップクラスを目指す場合、仕事と生活の両方に同程度の時間を割くのは非常に難しいというのが現実です。それはプロアスリートであっても、経営幹部や起業家、投資家であっても変わりません。ある分野のトップを目指すのであれば、それ相応の努力をしなければならないのです。マイケル・ジョーダンやイーロン・マスク、ピーター・ティールやジェフ・ベゾスは、ワークライフバランスを維持したおかげで世界トップクラスになれたわけではありません。彼らは非常に才能があるのはもちろんのこと、時間を惜しまず努力を重ねた結果として今の地位を得ているのです。
一方で、SmartHRの創業者の宮田昇始さんは、同社のチームメンバーは創業以来ほとんど残業をせず、週末もきっちり休んでいたとツイッターで述べています。しかし、同社の初期からの投資家として証言できますが、実際のところ私は宮田さんより努力家の人をあまり知りません。ただ他と違うのは、彼は仕事や生活をブレンドさせることが非常に上手いのです。例えば週末にキャンプに行くにしても、彼は会社の人たちと行きます。私が先日、土日の昼飲みをご一緒させていただいたときも、宮田さんは娘さんと参加されていました。このように2つの世界をブレンドさせることが、トップクラスを目指す中でも継続可能なアプローチなのです。
誰もがトップクラスを目指す必要はない
しかしそもそも言葉の定義から分かることですが、誰もがトップクラスになれるわけでも、なる必要があるわけでもないことも忘れてはいけません。人生において他に優先したいこと、優先するべきことがある人も当然います。たとえばEC企業を運営しているとして、必死で働き続けるよりも、適度に働いて充実した生活を得る道を選ぶ人もいるでしょう。その場合、Amazonにはなれないというだけです。大企業で良い生活を手に入れても、経営幹部レベルの役職を得ようと思ったら人一倍の努力をしなければなりません。しかし、特にそういう野心がなければ、それで何も問題ありません。自分にとって幸福な道を選ぶだけです。
人生における優先順位は人それぞれです。起業家や経営幹部はこの普遍的な真理を理解し、考慮しなければなりません。自分と同じレベルの努力を全員に求めてしまったら、周りをバーンアウトさせてしまいかねないからです。
何かの分野でトップクラスを目指すなら、それ相応の努力をしなければなりません。そしてその努力をしつつ、仕事以外の人生も楽しむには、仕事と生活の「バランス」ではなく「ブレンド」を追求する必要があるのです。
この点に関しては、特に問題なく受け入れられるかと思います。
より議論の的になり得るのは、おそらく私が他の起業家(や自分自身)に対して同程度の努力を期待しているかどうかという点でしょう。確かに、期待していないと言えば嘘になります。なぜなら、スタートアップの世界ではとにかく勝つことが重要だからです。たとえばあなたがスタートアップの起業家で、競合先の起業家が自分よりも20パーセント多く努力しているとしましょう。もちろん、より努力したからといって相手が必ず勝つわけではありません。しかし、勝つ可能性は上がるでしょう。
要するに、勝つために必要な労力を注ぎ込みながら、人生全般におけるエネルギーを最大化・最適化できるやり方を見つけることが重要だということです。また、スタートアップの経営はマラソンですので、継続できるかどうかも考慮する必要があります。そのためのキャリアハックの1つが、ワークライフブレンドだということです。
P.S. 「働いていると感じないくらい好きな仕事をする」というのが史上最強のキャリアハックかもしれません。おそらく、世界トップクラスに到達した人たち全員に共通している特徴ではないでしょうか。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital