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量産の壁を突破して性能向上―、AIが変える次世代リチウムイオン電池開発のTeraWatt

スマホやEV(電気自動車)、VRなど各種電子機器などで使われるリチウムイオン電池は1980年代に発明されました。小型・軽量であることから、スマホの世界的な普及によるデジタルの民主化や、EV市場の誕生など、人類の発展を担っている要素技術の1つといっても過言ではありません。

1990年代後半、それまでノートPCやデジカメで使われていたニッケル水素電池が次々とリチウムイオン電池に置き換わって普及しました。当時、ガジェット好きの消費者として「急激にバッテリーの持ちが良くなくなった」と感じたことを良く覚えています。そして、そのまま行けば、どんどんバッテリーの性能は上がるものと思っていました。ところが、そうはなりませんでした。性能向上は困難をきわめ、かといってリチウムイオンに取って代わる新しいタイプの電池が登場することもなかったのです。

25年前から現在に至るまで、CPUのトランジスタ数は1,000倍になり、家庭用インターネットの接続速度は1万倍になりました。ところがリチウムイオン電池の性能(エネルギー密度)が2倍になるには、約20年もの歳月と、膨大な研究開発の努力が必要だったのです。

過去20年分に匹敵する性能向上を向こう数年で

もし過去20年で2倍になったリチウムイオン電池のエネルギー密度を、向こう数年で、さらに2倍にできるとしたら?

EVの走行距離の延伸やドローン配送における積載量増加、飛行距離の延伸に加えて、空飛ぶクルマとも呼ばれるeVTOL(電動垂直離着陸機)など空に出ていく適用が広がるとも期待できます。過去の技術的ブレークスルーの多くが、誰も想像しなかった応用分野を産んだように、全く新しい応用領域が登場するはずです。

そんな夢のような技術開発に挑戦しているのが、日本人創業者らが2020年に米国カリフォルニア州サンタクララ拠点の法人として創業したTeraWatt Technologyです。すでに日経新聞でも記事になりましたが、Coral Capitalはこのたび同社のシリーズB資金調達ラウンドに新規出資しました。

本ラウンドはシンガポールの政府系ファンドとして知られるTemasek Holdingsがリードしたもので、前回のシリーズAから出資しているKhosla Ventures、JAFCO、Scrum Venturesに加えて、新規にダイキン工業も参加するラウンドとなっています。また、これまでの調達ラウンドには、SPARXグループが運営する未来創生2号ファンド、In-Q-Telのほか、著名エンジェル投資家も参加しています。

電池スペシャリストのグローバル投資家も参画

TeraWattは米国拠点の法人と、日本の子会社という体制で開発と商用化を進めています。これはTemasekやKhosla、In-Q-Telといったトップティアの海外投資家の資金を呼び込む上で重要な建て付けです。

特にKhosla Venturesといえば約2兆円($15b)を運用するシリコンバレーのVCの中でも超一流のVCです。インド系移民のビリオネアで創業者のVinod Khosla氏はSun Microsystems共同創業者として大成功していますし、ことクリーンテックの分野においてはビル・ゲイツとの協調投資も多いことで知られる世界を代表する投資家です(最近Bloombergから受けた24分のインタビュー動画を見ると、彼の実績や影響力、投資哲学が分かります)。TeraWattのように、最初からアメリカに本社法人を置くという構想がなければ、こうしたVCから出資を受けることは、そもそも難しかったことでしょう。

実際、Khoslaや​​Temasekについては次のような次世代バッテリー領域の出資案件での実績があります。TemasekはEV向けリチウム電池のベンチャーで2022年4月に約4500億円(36億ドル)でSPAC上場したSESに出資していましたし、Khoslaは2021年にSPAC上場して全固体電池の実用化をリードしていてるQuantumScapeへの出資実績があります。2022年6月現在、QuantumScapeの時価総額は5,000億円超となっています。SESもQuantumScapeも、いずれも2026年以降の商用化を目指している段階ですから、数年後にさらに時価総額が高まる可能性も高いでしょう。

つまり、次世代電池の開発を担うスタートアップの世界は数百億円の資金調達をして、数千億円の時価総額という規模で競争を繰り広げているのです。現在4兆円ほどの規模となっているリチウムイオン電池の市場は、2030年には30兆円規模に拡大すると言われていることからすれば、当然の投資規模と考えられます。

次世代電池がいかに重要であるかは米国の動きを見てもわかります。

この5月にも米バイデン政権は約4,200億円(31億6,000万ドル)という巨額の補助金により、電池製造とサプライチェーンを米国内の基幹産業とする政策を打ち出しているほか、特にエネルギー密度の高い次世代リチウムイオン電池についてはアメリカ合衆国商務省産業安全保障局(Bureau of Industry and Security:BIS)の定める米国輸出管理規則(Export Administration Regulations:EAR)の規制品目リストに指定されていて、輸出規制対象アイテムとなるなど国家レベルで重要技術群として認知されています。

つまり、リチウムイオン電池は、半導体や量子コンピューター、核融合技術などと同様に、21世紀の様々なデバイスや人類の営みを下支えする最重要基盤技術群の1つであることが、明確に国家レベルで認知されているのです。

エキスパティーズと国際性を備えた日本人創業メンバー

もともとリチウムイオン電池の発明と商用化において日本の果たした役割は大きいものがありました。旭化成の名誉フェロー吉野彰氏はリチウムイオン電池の発明者の1人として2019年にノーベル化学賞を受賞していますし、1990年代にリチウムイオン電池を商用化したのはソニーでした。

いまこの領域で再び日本の創業者らが多くの日本人メンバーを抱え、シリコンバレー拠点によるグローバルな戦い方でイノベーションを起こそうとしているのがTeraWattです。

創業メンバーは国際経験豊富な専門家が集まっています。共同創業者でCEOの緒方健氏は、英国ケンブリッジ大学で博士号を取得し、韓国とシリコンバレーで電池開発に携わってきた経歴がある、電池の世界でも稀有な、アカデミックと産業界両方で最高峰の組織で仕事を重ねてきた人物です。また戦略・ファイナンス担当共同創業者の山内一馬氏は世界最大級のPEファンド、アポロ・マネジメントの香港オフィスで国際的な投資活動に従事したのち、アメリカにあの「こんまりメソッド」を持ち込んだスタートアップ、KonMari Media の共同創業者として数々の国際交渉をリードした起業家・投資家です。

なぜ日本・東アジアから勝負して世界で勝てるのか?

TeraWattの緒方CEOは「当社の主体は200%エンジニアだ」と胸を張ります。電池開発において、日本や東アジアには、欧米にない圧倒的な強みがあるというのです。

「TeraWattにはグローバルトップティアの大手電池メーカーで20年以上の経験を積んだベテラン凄腕技術者が集結しています。通常の欧米バッテリースタートアップとは異なり、電池構成を決める『セルエンジニア』のみならず、過去にギガファクトリーで実際の大量生産に関わった『量産エンジニア』が多く在籍しています」

「大企業ではセルエンジニアは(研究)開発部門、量産エンジニアは事業部門に属し、いわば水と油のごとく価値観が大きく異なります。また後者の量産エンジニアに関しては電池産業の成立経緯から、高度人材が東アジアに集中しています。セルエンジニアと量産エンジニアが統合されたチーム体制こそがTeraWattの強みなのです」(緒方CEO)

アカデミックな理論や実験室のデータだけで次世代電池が生まれるわけではなく、量産にはノウハウの積み上げとすり合わせが必要だと言います。

「次世代電池の開発というのは『魔法のレシピを探すこと』ではなく『量産技術を経済成立させること』にあります。TeraWattではセル構成を大量生産側から『逆算』して、『何を捨てるか?』と言った引き算の設計手法を取っています。またアメーバのようにセルエンジニアと量産エンジニアが絡み合うことで、地に足のついた高速PDCAエンジニアリングを実現しているのが特徴です」(緒方CEO)

共同創業者の山内氏も「電池の世界においては、経験豊富なエンジニアの存在が非常に大きい」として、次のように指摘します。

「化学、電気化学、熱力学、電子工学、プロセス工学、機械設計、生産技術、規制、安全管理、価格・コストコントロール、多数の材料・部材サプライチェーンマネージメントと、非常に広範な分野が関わってはじめて成立するのが電池という商品です。何十とか、数え方によっては100を超える複雑なKPIが、さらに相互依存もしていますし、爆発など危険とも常に隣り合わせです。だから、長年の経験・知見の蓄積がないと、そもそも取り組めない分野です。超一流のベテランエンジニアたちを集めてきていることにこそ、実はTeraWattの非常に強いmoatが存在すると言えます」(山内氏)

AIが加速するバッテリー開発「BATTERY4AI」という新潮流

相互依存する100以上のKPIを見ながら開発―、TeraWattが構築した異なる専門性のエンジニアが協調する体制において、実はAIが重要な役割を果たしています。緒方CEOは「TeraWattの本質は従来の製造業ではなく、AIを含むデジタルとハードウェアの融合」だとし、「BATTERY4AI」(Battery for AI)という新しい技術トレンドの文脈で、同社の開発体制を以下のように説明しています。

「TeraWattでは特に、日本のお家芸であるすり合せ技術を用い、製造工程から完成品のデジタル信号までの全ての出力数値を公差・偏差制御された状態で連動的にクラウドに蓄積していっています。こうすることで、機械学習でよく言われる「Garbage “IN” Garbage “OUT”」(入力データがゴミであれば出力データもゴミ)を防ぐことができます」

「近年、世界の電池研究分野では従来の物質探索のためのAI適用(マテリアル・インフォマティクス)に加えて、様々な電池入力データと電気化学的出力信号を機械学習にかけることによるBATTERY4AIが注目を浴びています。TeraWattでもその取り組みの骨子となるデータ空間と演算アルゴリズムを過去2年以上にわたって構築し、世界トップクラスのAI研究者との共同研究を行うことでBATTERY4AIの統合度を高めてきました」

「エネルギー密度の高い次世代電池は安全性・信頼性の意味できわめて危険な『猛獣』です。この『猛獣』を量産していくためには、『暴れ』の兆しを検知できる美しいデータを蓄積し、それを種々の機械学習などの演算処理にかけ、あらゆる挙動を把握しておくことが鍵となります。日々変化する様々なノイズ要因を克服して美しいデータを蓄積するためには、日本のお家芸であるすり合わせ技術がとても大切になります」

「セルエンジニアと量産エンジニアのシナジーが、週単位で変動するする工程においても、高精度データ取得とそのAI適用を可能にします。こういうとファンシーでスマートな開発のように思うかもしれませんが、実際には泥臭いエンジニアリングの積み重ねなのです」(緒方CEO)

ある日、突然に新しい原理が発見・発明されて、それを実装したから性能が向上する―。次世代電池開発というのは、そうした性質のものではないということです。これが日本人創業者が東アジアに蓄積した人的エキスパティーズを統合し、シリコンバレー拠点でグローバルに資金調達している理由です。

これまでデジタル領域では北米が強かったわけですが、電池というのはピュアなデジタルとは異なる世界。ノーベル賞を受賞した旭化成の吉野氏も受賞会見(動画)でリチウムイオン電池の原理を説明しながらも、2019年の時点では「リチウムイオン電池の本当の姿はアカデミックの観点からも、まだ謎だらけなんです」「従来の教科書では説明できない現象もいっぱい出てきている」として、「原点に戻っていろんなことを知っていかないといけません。逆に言うと、そこから全く違う発想のものが出てくる可能性があります」とお話されていました。Coral Capitalでは、TeraWattは、まさにそうしたチャレンジをしているのだと考えて投資に至っています。

国連勧告輸送規格のテスト通過、数年内の商用化を目指す

TeraWattが開発する次世代リチウムイオン電池は、商用サイズセルと呼ばれるもので容量的には6800mAhあります。実はバッテリー開発では研究用の「コインセル(〜10mAh)」、実験室用の「テストセル(〜100mAh)」というサイズ区分もありますが、すでに商用化へと歩を進めているということです。

スペックとしてはエネルギー密度が416Wh/kgで、これは既存のリチウムイオン電池が260〜280Wh/kgであるのに比べて1.5倍以上という性能。山内氏によれば「400を超えてくると空に出ていく応用が爆発的に広がる」そうです。

また、エネルギー密度416Wh/kgのフラッグシップのプロダクトについて、第三者認証機関であるUL JapanでUN38.3規格試験を通過しているほか、国際規格のIEC62133-2で定められた安全性試験項目を全て通過しているところもポイントです。こうした基準適合を後回しにせず、規格に適合したまま性能向上のための研究開発のサイクルを高速に回しています。

今回の追加資金調達により、この開発サイクルがさらに速まり、TeraWattチームの皆さんが長年ボトルネックだったバッテリー技術を飛躍的に進歩させ、世界に大きなインパクトを与える日が来ることを、とても楽しみにしています。

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Ken Nishimura

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