SaaSを手掛けるスタートアップにとって、いち早いPMF(Product Market Fit)は悲願ですが、一朝一夕にことは運びません。EC事業者が利用するOMS(受注管理システム)と倉庫事業者が使うWMS(倉庫管理システム)を一体型にし、物流業務の効率化を図るロジレスもかつてそんなスタートアップの1つでした。
ロジレスがPMFの早期達成のために取った手段は、想定ユーザーの現場に通い従業員とともに働くこと。プロダクトの本質的な価値を育むには、言語化されにくいニーズを体感する必要があったからです。今回はロジレスの共同創業者で代表取締役CEOを務める足立直之氏に、スタートアップが現場に通う意味について聞きました。
現場作業を体験しなければわからないニーズがある
——本題に入る前に LOGILESSについてうかがいます。受注側システムと倉庫側システムが一体化されているそうですが、どのようなシステムなのでしょうか?
EC自動出荷システム「LOGILESS」は、EC事業者さんとその物流業務を代行している倉庫事業者さんにご利用いただく、SaaS型のシステムです。OMSと呼ばれる受注管理の仕組みと、WMSと呼ばれる倉庫管理の仕組みを合わせ持った機能を提供しています。
——LOGILESSを利用すると、どのような効果が期待できますか?
受注から出荷までの一連のプロセスの生産性向上を実現できます。
例えばEC事業者さんは、ECサイトやモールで受けた注文を自動で倉庫事業者さんのシステムに送れるため、ほとんど何もせずに受注・在庫を管理できます。一方の倉庫事業者さんも、受け取ったデータをもとに、効率よく出荷作業を始めることが可能です。
出荷の効率を高める機能としてはこのほか、複雑な配送方法の振り分けを自動化する、独自のRPA(Robotic Process Automation)機能があります。これによって「初回購入の場合はカタログを同梱する」「1万円以上の注文にはオマケをつける」などの、煩雑なオペレーションも自動化できます。LOGILESSを利用しているお客様は、平均90%以上の注文を自動出荷できている状況です。
——中小のEC事業者や倉庫事業者の皆さんに、Amazonなどの大手流通事業者のような、効率的な配送プロセスを提供するシステムなんですね。
おっしゃる通りです。大手企業ではこの一連のプロセスを効率化するシステムがフルスクラッチで開発されているケースもありますが、中小企業にとっては開発難易度やコスト面でのハードルがかなり高いものでした。一体型システムでデータを一気通貫で自動的にやり取りできれば多くの顧客の課題を解決できる。そう考えて事業化しました。
——プロトタイプを開発する過程で、実際に倉庫の現場に通われて作業されていたそうですね。
はい。ごく初期からLOGILESSをお使いいただいているハセガワロジスティクスさんには、大変お世話になりました。
——どのような経緯で、ハセガワロジスティックスさんとの付き合いがはじまったのですか?
10年ほど前に遡ります。実は新卒で入社した楽天を退職した2012年頃、ロジレスとは別の会社でEC事業を手掛けていたのですが、その当時、自社の受注管理と倉庫内業務を効率化するために開発したのがLOGILESSでした。当初は自社システムとして開発したので、外販は考えていなかったのですが、噂を聞きつけた知人のEC事業者さんから「ぜひうちでも使いたい」と、言われる機会が増えたので、数を限定してお使いいただくことにしたんです。その流れで、LOGILESSを導入してくれる倉庫事業者さんを探している過程でハセガワロジスティクスさんと出会いました。
——なぜ、倉庫の現場を体験することになったのでしょう?
これは巡り合わせとしか言いようがないんですが、われわれのサービスをご紹介したタイミングが、偶然ハセガワロジスティクスさんのシステム担当者がお辞めになる時期と重なっており、社長の長谷川さんから「うちのシステムをすべてLOGILESSにする」とおっしゃっていただいたんです。
その期待にお応えしたいという想いで、まずは現場で働いて、抱えている課題を同じレベルで理解しようと考えました。従業員の皆さんとピッキング作業や梱包作業をしたり一緒にお昼をとったりもしましたし、ときには就業後にお酒を酌み交わしたりするほど、親しく接していただきました。倉庫業の業務のイロハや現場の方しか知り得ないご苦労や工夫について、詳しく教えていただき、いまも感謝しています。
——実際に働かれてみていかがでしたか。どんな発見がありましたか?
当時ハセガワロジスティクスさんは、十数社のEC事業者さんとお付き合いがあったのですが、同じEC事業者なのに、これほど業務オペレーションが違うのかと正直驚きました。まさに10社10様で、EC事業者さんも、依頼を受けて動く倉庫事業者さんも他社との差別化を図るため、非常に手間のかかるオペレーションを実践されていたんです。自分たちの受発注業務がいかに単純なことしかしていなかったのか、現実を見てはじめて思い知らされました。
——具体的にはどんなオペレーションだったのですか?
ギフトであればのし紙や送り主からのメッセージを付けますし、お得意様にはショップから特別なメッセージや、ご購入商品に合わせたカタログを同梱する場合もあります。2個ご注文いただくと1つは割引きすることもあれば、荷物の大きさや配送先によって、より運賃の安い配送会社に変更する必要もあります。
——かなりきめ細かい作業が必要なんですね。
そうなんです。ほかにもペットボトルなどの商品をまとめ売りする場合、倉庫であらかじめ梱包していた3本セットがなくなったら、別途セットして準備していた6本セットをバラして再梱包するような作業もよくあります。現場の方はこれまでこうしたニーズに手作業で支えてきましたが、業界の人手不足や高齢化を考えると、いつまでもこうしたやり方に頼るわけにはいかないのは明らかです。しかし、これだけ複雑かつ多様な要求をシステムに実装するのは容易ではありません。
——現場を見学するだけではわからないことも多そうですね。
はい。倉庫では実際にモノと一緒に人も動きます。紙や専用端末を使っての作業もかなり多いので、会議室でヒアリングしただけでは、何が課題なのかわからないことが大半でした。現場の方にとっては、大変ではあるけれどそれが普通だと思われている場合もあるので「何か問題ありませんか?」と尋ねるだけではダメ。たいていは「とくにないですね」と言われます。しかし、一緒に現場に入って働くなかで「この前はどう説明すればいいかわからなかったけど、実はこの作業が面倒なんだよね」と言われたりすることがよくあります。現場に腰を据えて、はじめて見える課題があるんです。
幾度となく顧客にストレッチしてもらい、辿り着いたPMF
——LOGILESSは倉庫事業者だけでなく、EC事業者もお使いになるシステムです。後者のニーズはどのように吸収されていったのですか?
ハセガワロジスティクスさんやほかの倉庫事業者さんのおかげで、ある程度使えるシステムになってきたので、営業活動をはじめました。とはいえ当時はまだ、売上規模の大きなショップのニーズを完全に満たしているとは言えない状況だったので、倉庫側のシステム開発プロセスと同じく、EC事業者さんの協力を得て、実地でECサイトの受発注業務を体験させてもらいました。とくにお世話になったのは、大阪に拠点があるアパレル企業のエヴァー・グリーンさんです。LOGILESSをご紹介したところプロダクトのコンセプトに共感いただけたご縁で、2017年から1年半ほど、共同創業者でCTOの田中が受発注業務を体験させてもらいました。
——EC事業者の受発注業務にも立ち会い改善を重ねられたんですね。PMFを実現した手応えを感じたのはいつでしょう?
いまのCoral Capitalさん、当時の500 Startups Japanさんにご出資いただいた2019年の2月ごろでしょうか。実はリリース直後から何度も「プロダクトが完成に近づいた」と思った瞬間があったのですが、新たなお客様と出会うたびに、まだ解決できていない課題があるのに気付かされました。一緒にプロダクト開発していただいたお客様に感謝しています。
——挙げていただいた両社以外にも、お世話になった企業はありますか?
3年ほど前、パスタやパンを製造・販売しているベースフードさんからいただいた、西日本と東日本にある倉庫のうち、配送先に近い最適な倉庫から自動出荷して近距離配送を実現したいというご要望をいただいたのも、私たちにとっては大きな転機になりました。こうした価値ある機能をLOGILESSに実装できたら、ベースフードさんのみならず、日本全体の物流効率化に貢献できるのではないか。そんな視座を得るきっかけになったからです。こうした経験を踏まえると、PMFは一度達成したら終わりではなく、お客様にストレッチされながら、より大きな課題に応えていくものなのだと思います。
——2017年のローンチから5年経ちました。いまも現場インターンは続けていらっしゃいますか?
もちろんです。いまでも課題の解像度を高めるために、メンバーは皆お客様の元に足を運んでいます。その他全社的な動きとして取り組んでいることとしては、2週間に1回開催している「顧客解像度を高める会」で、お客様からいただいた課題やご要望を持ち寄って全メンバーで議論を重ねています。この会で交わされている議論を見ていると、改めてご要望や改善のタネは尽きないんだなと感じますね。
LOGILESSで世界のロジスティクスを革新したい
——LOGILESSはすでに複数の大規模事業者に導入が進んでいるそうですね。これからどのような展開を目指していますか?
山にたとえるなら「エベレスト」を目指します。現状のECの受注管理と倉庫管理の生産性を最大化できるベストプラクティスを提供できたら「高尾山」に登頂。国内で流通サプライチェーン全体におけるロジスティックスの生産性向上を達成したら「富士山」登頂ですし、ビジネスがグローバルに広がれば「エベレスト」登頂です。世界のサプライチェーンを革新する意気込みで、これからLOGILESSをスケールさせていきます。
——グローバル展開も視野に入れているのですね。そうは言っても各国の物流事情は日本とは異なるのでは。
意外に思われるかも知れませんが、ECの受発注業務や倉庫内業務や出荷業務は基本的に世界共通です。商品がどの棚にあり、ピックアップした商品をいつ、どこに届けるかという基本的な作業プロセスさえ押さえていれば、あとは言語のローカライズと細かな機能のアジャストを施すだけで、どこでもすぐに使っていただけます。実はこれまでは、私自身、LOGILESSにこれほどまでに大きなポテンシャルがあるとは考えていませんでした。しかしいまは違います。創業から数年は高い成長を目指せる「スタートアップ」とは言えない状況が続いていましたが、「成長の踊り場」を脱しつつあるいま、さらなる成長を目指す覚悟です。
——今後はさらに採用を強化していくということでしょうか?
人手不足や高齢化が進む物流業界の未来は、かなり危ういと言わざるを得ません。もし劇的な効率化ができなければ、近い将来、その日に頼んだ商品が翌日届くような状況は過去のものになってしまうかもしれません。だからこそ私たちは、EC事業者様や倉庫事業者様と一緒に理想的なEC物流のありかたを考えながら、課題解決に向けて取り組んでいただける方を探しています。いまはまだ高尾山の麓にいる段階ですが、一緒にエベレストの高みを目指してくれる方がいらっしゃれば、ぜひ私たちの採用情報をご覧いただきたいです。