Coral出資先のLazuliは「商品マスタデータの管理」という一般には馴染みの薄い、しかしITの世界では古くからあるデータの領域でイノベーションを起こしつつあります。小売業で自分たちが扱う商品のデータベースをどう整備し、充実し、さらには、それによってビジネス価値を向上していくか。ちょっとコロンブスの卵のような発想の転換で、この古くて新しい課題に取り組む、Lazuli CEO/CTOの萩原静厳さんに話をお聞きしました。
(聞き手:Coral Capitalパートナー 西村賢/構成 フリーランスITジャーナリスト 星暁雄)
——サービスの概要からお話いただけますか。
萩原 LazuliPDP(プロダクトデータプラットフォーム)というSaaSを提供しています。多くの企業では、いくつかの基本的なデータであるマスタデータを持っています。従業員の情報が一覧化されている従業員マスタ、店舗の名称や住所、電話番号などが管理されている店舗マスタ、などです。同様に、商品の名称、サイズ、容量など、商品に関するデータをまとめた「商品データの台帳/カタログ」のようなものを企業は保有しています。これが商品マスタと呼ばれるものです。これを作成・維持管理していく部分を、当社のAIを活用したLazuliPDPで整備することでスケーラビリティを出します。
具体的には、当社が独自に収集・構築している商品情報をSaaSでお客様が使えるようになっています。これにより、お客様の商品マスタで足りない商品情報を埋めたり、我々のAIが生成・付与している商品の特徴を表すキーワード“タグ”を利用することができます。そうすることで、現場の担当者のデータ整備作業やそれに伴う人為的ミスを減らすのはもちろんなのですが、ECやマーケティング、商品開発、顧客理解に活用する、そういう複合的なメリットが得られ、最終的には顧客の利益を増やすことに貢献しています。
萩原 情報システムに親しんだ人でも「商品マスタ」というと、いったん作ってしまえば以降は変化が少ない、いわゆる静的なイメージで捉えられている人が多いのではないでしょうか? でも、実際にはまったく静的ではありません。
例えば、30万種類もの商品データが毎日のように入れ替わるのが、現代の小売の世界です。改廃と言われる商品の入れ替えがあるんですね。だから実はとても動的で、ダイナミックな「トランザクション」が必要なのです。しかし、実際の商品を開発・販売しているメーカーからしてみれば、販売店やECサイトといった顧客の手元にあるマスタをいちいち更新する運用は大変すぎます。そこで我々が整理、管理してSaaSのスタイルで提供する、ということなんです。大事な点は、データの収集、整理、管理を一貫して行うサービスとして提供しているところです。
——常に現実の商品に追いつくようにマスタデータを管理するんですね。
萩原 ええ、動的にやるということだけではありません。実は、これまでの運用では商品マスタの不完全さという問題もありました。
従来のITで商品マスタ関連の製品といえばデータベースのための「箱」だけを提供するものだったんですね。ところが、実際に運用されている商品マスタは不完全なものです。商品名や単位の表記がバラバラだったり、必要な項目が抜けていたりします。データがメーカーという上流から流れてきて、小売という下流で使うだけでは、データが不完全で、反映に時間もかかるという課題があります。そもそも大量データを企業間でやりとりする煩雑なワークフローとデータ環境のであることも問題解決を難しくしています。
これに対して、私たちは本来データを持っているはずの上流ではなく、逆に下流から一気に商品マスタを作り上げ、大規模なプラットフォームに仕立てています。Googleのように商品情報をインターネット上のオープンソースから収集して、AIの力を最大限駆使してデータを整備しているのです。
——むしろ、ウェブ上に情報があると。
萩原 はい。実は、私たちもECサイトを運営している顧客に聞いて知ったのですが、スピードを重視する顧客は、足りない情報はウェブを検索して見つけ、自分たちでそのデータを補うということを従来からやっていたのです。
——なんと……、メーカーに情報提供を頼むより商品の詳細情報はネットを見たほうが速いということですね。そういう意味では、すでにマニュアル作業で一部行っていることをSaaSで代替という面もありそうですね。
萩原 ええ、そうです。さらに、そうやって集めた詳細情報からLazuliではタグの自動付与もやっています。
ペット用品への自動タグ付けで売上急増の事例も
萩原 検索に必要なカテゴリやタグの自動付与に関しては、私たちの顧客のベイシアさんの話なのですが、成功事例があります。ECサイト上の商品にタグを付けたことで、そのECサイトの売上げが急増したケースです。
具体的には、彼らはペット用品の店をベイシアネットスーパー、楽天市場やヤフーショッピングなどに出店しているのですが、商品を出すにはそれぞれで正しいカテゴリタグや検索タグを入れないと、ユーザーが検索する検索キーワードに引っかからないという問題があります。それがペット用品というカテゴリだけで何千商品とあるんですね。
——それは手作業だとツラすぎですね。
萩原 そうなんです。それで「まずはペットの領域でタグを付けてみましょう」ということでやってみたら、大きく売上が伸びて。ベイシアさんは店舗ごとに売上げランキングを出しているそうですが、この3サイトのネットの売上が20位から1位になったそうです。
——単体の店舗として比較すると、どのリアル店舗よりもネットの売上が上回ったと。
萩原 はい。しかもネットの売上は昨年比で3倍、売上数量は7倍になりました。これは、ECサイトの市場のカテゴリと、検索でより有利になるようなでタグのデータを我々が持っていて、それをECサイト向けに登録したから生まれた効果です。それで売上が劇的に上がったんです。
——Amazonは商品を検索すると、例えば靴ならサイズ違い、色違いなどをいろいろ出してくれますよね。あれはエンジニアが書いたアルゴリズムで自動分類していますよね。それと同様のことが「LazuliPDP」を使うとできる、という理解で良いでしょうか?
萩原 そうなんです。GAFA級のビッグテックが実装していることを、誰もが使えるSaaSという形で提供します。実は、海外の大手小売業では、こういうタグ付けを活用する研究が盛んなんですね。エンジニアがプロダクトカタログを作っているんです。
——カタログ情報はソフトウェアやアルゴリズムで付加していて、それは海外では内製エンジニアの仕事なんですね。
萩原 ええ。海外でタグ付けが重要になる理由ですが、1つはアレクサ対応です。英語で「マウス」が欲しいと言ったら「ねずみ取り」が結果に出てきてしまうことが考えられますよね? だから、ちゃんとPCのマウスが出るように、グラフ形式でタグ付けしたデータを構造化して持たせるわけです。構造化されたプロダクトデータは、リコメンドに有効です。
——なるほど、リコメンドは商品名やカテゴリ分類を使う方法、あるいはユーザーの協調フィルタリングなどを良く聞きますが、いまはグラフデータも使うんですね。
萩原 そうなんです。こうした取り組みの基本となるのは、やはりタグ付けです。キーワードを作り込まないと、うまくリコメンドができません。
——日本の顧客のニーズはどうですか?
萩原 私たちの顧客のアサヒ飲料のような飲料・食品メーカーは、自社の商品のみならず、日本全国の飲料や食品の分析を行います。そのため、分析対象となる商品数が非常に多いです。そのため、常に新商品情報が追加され、データの処理も行われるLazuliPDPは、「マーケティングや商品開発に使えるね」との評価をいただいています。
タグ付けした商品マスタは顧客理解にも役立ちます。購買された商品のタグを見ることで、ある種の客層が「免疫に感度が高まっている」という情報が見えてきたりします。コロナ禍の影響が売れ行きに反映している様子が見えてくる。
別の会社では、商品メタタグを活用した顧客クラスタリングの事例もあります。ゼロカロリー炭酸のようにヘルシーなものが好きな人、ラーメンなど濃いものが好きな人、そうしたクラスタリングと特徴把握ができます。
同じコンビニでも北海道と沖縄でツナおにぎりのコードが違う
——商品マスタは、なかなか統一が進まないですよね。日本の文化なんでしょうか。
萩原 そうかもしれませんが、実はグローバルでも状況は同じです。自動車メーカーの人と話をしているときに、この話題が出ました。同じ部品でも調達先が違うとコードが違ってきます。
実は、同じコンビニチェーンの、同じ「ツナおにぎり」でも、北海道で売っているものと、沖縄で売っているものは、商品コードが違います。それはツナの仕入れ先が違うからなんですね。
——ええっ!? 北海道と沖縄でツナおにぎりのコードが違う…。じゃあ分析しようと思ったら、異なる2つの「ツナおにぎり」のコードを同一とみなす別のメタデータが必要ですね。
萩原 さらに毎日コードが変わる場合もあります(笑) そこで「ツナおにぎり」のデータを調べようとすると、「最後に名寄せしないとダメだ」ということになってしまうわけです。そのためには、最終的な商品データベースを作り、そこで名寄せする必要があります。つまり我々のLazuliPDPのようなサービスが必要になるわけです。
——Lazuliで働く開発者には、どういうチャレンジがありますか。
萩原 私たちはSaaSのベンダーとして、データを集めるレイヤー、整理するレイヤー、お客様との接点、この3段階を全部自分たちでマネージしています。この3段階を手がけていて、さらに自分たちでデータを持つところもユニークだと思います。
先にお話した「商品マスタって、実は動的(ダイナミック)だよね」という逆転の発想が、私たちのモチベーションになっています。創業当初の段階でこの言葉が出てきたことで、みんなに火が着いた。だからこそSaaSでいけるし、私たちがやる価値がある。そう思ってやっています。