よくある誤解に、「ベンチャーキャピタリスト(VC)になればいくらでも稼げて、贅沢な暮らしができる」というものがあります。確かに、数十億や数百億円といった運用資産(AUM)がメディアの見出しなどで紹介されていれば、そう思うのも当然かもしれません。業界全体として巨額の資金を運用しているのも事実です。しかし、ファンドマネージャー(「ゼネラル・パートナー」または「GP」とも呼ばれる)の個人としての懐事情は、実際はそう単純ではなく、想像以上に厳しい実態であることが多いのです。スタートアップでも流動性の確保に何年もかかることを起業家は覚悟しなければなりませんが、同様にGPも、特にVCになってから最初の7~12年は手元のキャッシュの心細さに悩まされることが多いのが現実です。スタートアップというテーマにおいて、こうしたVC側の実態は謎に包まれているように見えるかもしれません。そこで今回の記事では、スタートアップの起業家や今後VCを目指す方に向けて、このあまり知られていないVCの一面についてお伝えしたいと思います。
「GPコミットメント」とは
ベンチャーキャピタルでは、新しいファンドを組成する際にGPも個人としてファンドへの出資が求められることがほとんどです。この出資が「GPコミットメント 」と呼ばれるものです。このコミットメントによりGPはファンドパフォーマンスを上げることが個人的な利益にもなるため、GPの覚悟や、LP投資家とのアライメント(利害の一致)を示すことができます。多くの場合、GPコミットメントはファンド総額の1%程度です。例えば、あるVCファームが100億円のファンドを組成した場合、GPたちのコミットメントはおよそ1億円になります。
増え続けるファンドとコミットメント
VCファンドは一般的に2〜3年ごとに新たに組成され、新しいファンドが増えるたびに新たなGPコミットメントが発生します。つまり、上に挙げた架空のVCファームが3年後に新たに100億円のファンドを組成したら、GPたちのコミットメントはさらに1億円増えます。さらに9年後にはファンドの資金調達サイクルを3周したことで3億円のコミットメントを背負い込み、なおかつ最初のほうのファンドについても流動性が保証されていない状況に置かれます。このようにGPは書類上の数字だけなら大金を持っているように見えても、スタートアップの起業家と同様に、実際の手元のキャッシュは心細いことも多いのです。
借金に頼らざるを得ない場合も
ここで厄介な問題が出てきます。先に組成したファンドで大型のイグジットを迎える企業が出てきていない場合、このような連続したコミットメントを行うための流動的な資金をGPが持っていないことがあります。そのため、結果的に借金に頼らざるを得ないGPも珍しくありません。個人ローンや、他の資産を担保にした借入でコミットメントの義務を果たすのです。GPとして多額の資金を管理しながらも、自身は不安定な経済状況を綱渡りで乗り切っているということです。
「持つ者」と「持たざる者」の世界
ベンチャーキャピタルは、それが育むスタートアップエコシステムと同様にリスクが高い業界です。まさに「持つ者」と「持たざる者」の世界であり、実際に大きな成功を収められるのはほんの一握りの人たちだけです。経済的安定への近道を求められる業界でもなく、むしろ時間やお金、労力の長期的な「投資」が必要とされ、業界ならではの課題やリスクも伴います。起業家であれGPであれ、これが厳しい現実なのです。そして投資先の起業家と同様に、より明るい未来や大きなリターンを期待して多くのGPが今も多額の個人資産をコミットしています。その未来の実現までに何十年とは言わないまでも、何年もかかるかもしれないこと、もしかしたら実現すらしないことは承知の上です。リスク・リターン・プロファイルは大きく異なるかもしれませんが、VCの世界も起業家の世界も、おそらく多くの人が一般的に想像している以上に似たダイナミクスが働いているのです。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital