先週、東京大学FoundXのディレクターを務める馬田隆明さんが、日本のスタートアップエコシステムが抱える潜在的なリスクについて考察した素晴らしい記事を執筆されました。とても読み応えのある内容ですので、日本のスタートアップに関わる全てのステークホルダーの皆さまにぜひご一読いただきたいです。
同記事で馬田さんは、国内のベンチャーキャピタルファンド(VCファンド)の縮小が始まることで、日本のスタートアップエコシステムが衰退する可能性について考察しています。そもそも、近年のイグジット状況から見込まれるリターンの金額は、スタートアップ市場全体の現在の資金調達額を維持するには不十分であると彼は指摘しています。そのため、このままではファンドサイズが徐々に小さくなっていくことが予想されるのです。VCファンドの規模が小さくなれば、スタートアップに投じられる資金量も減ります。大きなプロジェクトに挑戦することや、それにより大きな成果を上げることも難しくなるでしょう。つまり、投資が減ることで、高いリターンを期待できる機会も減り、それがさらに大型投資の抑制につながり、エコシステム全体が縮小均衡の状態に向かう悪循環が生じてしまうのです。
この悪循環を断ち切り、スタートアップエコシステムを維持するためには、大規模で大胆な取り組みが必要だと馬田さんは強調しています。特に今のように、「大きなリターン」よりも「予想しやすいリターン」が重視され、国内市場に特化した小規模で無難なプロジェクトにVCが注目する傾向が続くのは、日本の将来にとって懸念すべきことであると指摘しています。小さなイグジットや控えめの成功を目指した戦略では、日本の経済全体に関わるより大きな課題の解決には貢献できません。また、リスクは高いがリターンも大きい、新たな大規模産業の発展を促進することも難しいでしょう。
このトレンドに歯止めをかけるために、グローバル規模の大きな経済的インパクトが期待できる、より野心的なプロジェクトを支援する戦略への転換を馬田さんは提案しています。より大きなプロジェクトを積極的に支援し、必要なリソースを提供することで、国際競争力のある強力な産業の創出に貢献する。これがひいては日本のスタートアップエコシステムが停滞を避けることにつながると、彼は主張しています。言い換えれば、より大きなファンドが必要なだけでなく、それをより大きなプロジェクトに配分する必要があるということです。短期的にはリスクが高くても、経済的のみならず社会的にも巨大なリターンをもたらす可能性のあるプロジェクトの支援が求められているのです。
馬田さんの指摘や記事の全体的なメッセージに関しては、私も概ね同意します。しかし、全体像をより把握するために、いくつか指摘しておきたい点があります。
まず第一に、同記事では2019年以降に国内のVCファンドが調達した資金総額を基準に、エコシステムの維持に必要な実現リターンの金額を試算しています。VCによる調達額が約6,000億円として、少なくともその3倍のリターンが求められるとすると、2029年までにVCだけで1.8兆円の実現リターンが必要となる計算です(日本のスタートアップ市場全体なら3.6兆円)。しかし、ここで注意したいのが、調達されたファンドの資金がすべて国内市場に投資されるわけではないという点です。日本で調達され、日本への投資にフォーカスしているファンドでも、他国の市場に一部投資していることがあります。これらのファンドの海外投資の割合を特定するのは難しいですが、留意すべき点であることは確かです。
2つ目に指摘したいのが、日本には 「隠れユニコーン」が存在するという点です。一般的に、日本では多くのスタートアップが比較的早期に上場します。その中には上場後に企業価値が10億ドル超に到達するものもありますが、すでに上場しているため、「スタートアップ」と呼ばれることはあまりありません。しかし、以前にも書きましたが、創業から12年以内にこれだけの企業価値を創造したのであれば、本来ならばユニコーンとしてカウントされるべきでしょう。Coralが調査したところ、2011年から2021年の間に、このような「隠れユニコーン」は40社以上もありました。そう考えると、私たちが本当に追うべき指標は「ユニコーンかどうか」ではなく、「企業価値の創造」ではないでしょうか。実際、最近では未上場のままでもより多くの資金調達が可能になってきたことから、上場を遅らせて会社を成長させるスタートアップが増えていますが、その結果、ユニコーンも増加傾向にあります。VCとしても、スタートアップの成長を待つことで、最終的により大きなリターンが期待できるようになってきています。
最後に、この資金調達の大部分が政府系または事業会社関連の資金である点についても留意したほうが良いでしょう。これらはスタートアップへの投資に対し、VCとは異なる動機やリターン・プロファイルを持っているからです。
以上を踏まえた上でも、「起業家やベンチャーキャピタリストはグローバルを視野に、もっと大きな目標を掲げるべき」という馬田さんの呼びかけは、非常に的を射ています。グローバル市場と比べて国内市場が相対的に縮小し続けている今、私たちはもはや国内にとどまることに満足してはいけないのです。トヨタやソニーも、国内市場に集中していたら今の姿はなかったでしょう。このレベルの偉大な企業を日本からもっと生み出すためには、グローバル化は選択肢の1つではなく、必須なのです。
ただし、ソフトウェアの分野に関しては、日本の企業がグローバルに競争するのは現実的には厳しいでしょう。日本はすでに大幅に遅れをとっている上に、ソフトウェア・ビジネスはマーケティングやセールスへの依存度が高い傾向にあるため、言葉や文化の壁が大きく立ちはだかるからです。しかし、以前にも書いたように、日本がグローバルリーダーとして活躍し続けている分野はまだたくさんあり、グローバルで成功する新たなスタートアップを創出するポテンシャルがあります。Coral Capitalは、この「ジャパン・アドバンテージ」を活用し、日本から次のトヨタやソニーを生み出そうとする野心的な起業家にお会いできることを楽しみにしています。
P.S. もっと知りたい方は、同僚のKenの記事「Japan 4.0」をぜひ読んでみてください。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital