「投資において、バッティングや競争が起こるのは業界として健全」。
これはCoral Capital(以下、Coral)の創業パートナーであるJames Rineyと、エンジェル投資家の有安伸宏さんによる対談で飛び出したひと言でした。
有安さんは2007年にコーチ・ユナイテッドを創業。2013年に全株式をクックパッド株式会社に売却した後、国内外のスタートアップへエンジェル投資を行っています。Coralと同じくシードラウンドを対象とした投資をしていることもあり、過去に投資先候補がバッティングしたこともありました。そうすると、もしや以前のSkyland Ventures木下慶彦さんと同じくバチバチとした間柄…?
そこで今回は、有安さんとJamesによる対談を実施。バッティングするものの、共同投資をしない理由は? また、冒頭で「バッティングや競争が起こるのは業界として健全」と話す背景について語り合いました。
有安氏×Jamesのバッティングは「すべて健全」
James:有安さんとはこれまで何度か話す機会がありましたが、対談形式では初めてですよね?
有安:そうですね。ぜひ、以前の木下さんとJamesの対談のようにバチバチさせていきたいところです!
James:のぞむところです! さっそくですが以前、有安さんと投資先でバッティングしたことがあります。こう言うと何なんですが、そういった場面ではたいがい負けたことがありませんでした。でも、同条件で勝ち取れなかったエンジェル投資家がいます。それが有安さん! あのときの悔しさは今でも覚えています。コノヤロー!(笑)
有安:(笑)。そのときに印象的だったのが、Jamesの交渉方法です。もう、めちゃくちゃ電話してくる! 「ちょっと、一緒にやりましょうよ!」「Come on!」って。この業界だとチャットでのやりとりが通常なので、まさか電話で猛攻撃を受けるとは思いませんでした。あと、当時はJamesとそれほど親しい間柄ではなく「外国の人」というイメージが強かったんです。でも、その電話攻撃で一気に「何この日本語がうまい起業家みたいなVC!」と(笑)。
James:僕は営業も真面目なんです。
有安:VC自らがちゃんと営業をやるって、すごくいいと思います。起業家はリスクをかけて事業に取り組んでいるんですから、投資家だって必死になることも大事。その考えもあってか、バッティングしたときも悪い印象はありませんでした。それに、投資においてバッティングや競争が起こるというのは業界としても健全でいいですよね。
James:同感です。最近ではVC側も差別化を図り、ブランディングするところが増えました。起業家にとって、投資家を選べる時代が来ているのはすごくいいことです。それに今、調達環境としても良くなってきていますし。
有安:僕が初めて起業したのは19歳のとき。当時は今のような市場もありませんでしたし、VCを選ぶなんてとんでもありませんでした。そう思うと、今の環境は相当いいですよ! 先日発表したOLTAも、創業2年で30億円ですからね。だんだん、調達額が海外みたいになってきたように感じます。
James:でも、これも健全なんですよね。
「教える」「コーチング」が好きだから、エンジェル投資が合っている
James:そもそもなぜエンジェル投資を始めたんですか?
有安:一番の理由は、エンジェル投資家としてシード期のスタートアップと向き合い続けることが性に合っているからですね。というのも、僕は「教える」「コーチング」「相談に乗る」が好きなので、けっこう楽しく続けられているんです。それに、事業としても人としても長期的に成長させていくことにやりがいを感じます。だから「よし、200社投資するぞ!」よりは、自分の共感するところに投資し、ライフワークっぽくやれるといいなと思っていました。一昨年くらいからは寄付も始めています。
James:エンジェル投資は、増えているんですか?
有安:体感としては、減っています。仲のいい起業家もエンジェル投資を始めましたが、だいたい20〜25社くらいでやめる人が多いんです。やはり、起業家目線で見てみると、投資はそこまで刺激が強くないし、ヒリヒリしない。また、最近だとバリュエーションが高くなってきたので、純粋に投資資金が尽きてしまうという人もいますね。
James:でも、有安さんはエンジェル投資をやめていませんよね。VCをやらない理由は?
有安:うれしいことに「VCをやりませんか?」と声をかけていただくことはあります。でも、僕の場合は、よりハイリスク・ハイリターンを選びたくてエンジェル投資家をやっているという感じです。
James:なるほど。
有安:エンジェル投資家として自分の手元のお金を全ベットするやり方のほうが、僕の性には合っている。VCのやり方を否定しているわけではないのですが、人のお金を預かるには相当な覚悟が必要。起業家とは別にLP投資家という向き合うべきステークホルダーがいる。似て非なるマインド、覚悟、ノウハウが必要な商売だと思います。
James:投資スタイルで意識していることなどあるんですか?
有安:基本的には何も邪魔しないのが一番大事だと思っています。僕自身、起業を経ていろいろな失敗をしました。若手起業家が頼ってきてくれていることもわかるのですが、「こうするといい」と僕がアドバイスするよりも、本人が考えて実行したことのほうが成長幅を広げます。そうしたほうがいい経営者になる可能性を高めるので、なるべく余計なことは言わないようにしているんです。
James:でも、うまくいっていないときなど、助言しなければならない場面もありますよね。
有安:「うまくいっていない」には2パターンあります。1つ目が、PMFがないパターン。2つ目が、PMFはあるけどHowが足りていないパターン。後者であれば、Howに関して議論できますし「俺だったらこうするよ」と話すこともできます。でも、前者の場合は、起業家自身の想いやビジョンに紐付いているところがあるので、こちらから手を出しても加速させづらいなと思っています。
James:悩むパターンとしては、調達時もそうかなと思うんです。投資先が調達しようとしているとき、どんなアドバイスをしているんですか?
有安:調達は手段なので、まずは「本当に調達が必要か?」を議論します。そこから、資金使途と金額について話していますね。VCの選定基準は、deep pocketかどうか、つまり次のラウンドを仕切ってくれるかどうかは重要視しています。あとは、担当してくれるVCと起業家の相性を見ている気がします。個人的には、CEOとCFOのような相性があるかどうかがけっこう大事だと考えているんです。
James:それで言うと、有安さんはたまにCFOっぽい動き方をすることがありますよね?
有安:むしろ、CFOっぽく動ける時間があるところは、エンジェルの強みです。それこそ、限られた時間のなかでできることをいろいろ思いついていく。資金調達以外でも、例えば、僕の場合は起業家時代に採用コストがかかった経験があります。そこで、エンジェル投資家である僕がTwitterのフォロワーを増やすことから始めました。そうすれば、Wantedlyの採用記事URLを貼ってツイートするだけで、20〜30人の応募が来る。こうやって、個人が工夫を凝らしてゲリラ戦を横で展開できるのも、エンジェル投資家の武器かもしれませんね。
事業会社の「オープンイノベーション」にどう立ち向かう?
James:先ほどエンジェル投資は増えていないという話でしたが、VCやCVCは増えていますよね。
有安:それは僕も「増えている」と感じています。LPとして参加している事業会社のなかには、研究開発費を投資として外に出し、オープンイノベーションを目指すところもあります。これは非常に合理的ですし、予算もつきやすいため、VCにお金が流れやすくなっている影響もあります。ただ、この動きが20年後も続いているかと言うと、正直わかりません。
James:Coralの前身である500 Startups Japanの1号ファンドを立ち上げたとき、オープンイノベーション文脈はすでにありました。しかし、当時はVCへの投資経験がある事業会社自体が少なくて「模索中です!」という方々が多かった印象です。VCは2〜3年ごとにファンドを立ち上げているので、調達の時期になると事業会社の方々とお会いする機会があるのですが、2回目、3回目に話す頃にはスタートアップに対する温度感が明らかに変わっていました。これは事業会社がオープンイノベーションの活動を2~3年続けているうちに、社内から「そろそろ成果が出ているはずだけど、どうなっているの?」とプレッシャーを与えられるような質問される機会が出てきたことが影響しているようです。最初の頃は先進的な取り組みをやるってことだけで十分価値があったのかもしれませんが、時間が経つと活動に見合う成果を求められるようになるのは当然ですよね。
有安:よりシビアになったというか、結果をちゃんとモニタリングするという意識が出てきたということですね。
James:そうです。しかし、ファイナンシャルリターンがあることと、それによってオープンイノベーションにつながるかどうかは別の話。今まさに事業会社内でも、それを見定めようとし始めているんじゃないかと感じています。これが純粋にファイナンシャルリターンだけを目指す方々が増えれば、日本の投資環境もシリコンバレーっぽい流れになると思うんですよね。
有安:スタートアップと大企業の協業は、カルチャーや意思決定の仕組みが違うのでそもそもの難易度が高いです。その壁をお互いに理解し、乗り越えられるかどうかにかかっています。
James:だからこそ、継続的に続けると決めたうえでファイナンシャルリターンを狙うべき。そこからオープンイノベーションにつながるヒントを手に入れたり、事業シナジーが生まれてM&Aにつながるかもしれない。そういった考えも持つべきなんじゃないかと感じ始めています。
有安:とあるVCでは、社長決裁になるであろう金額を、あえてLP投資のミニマムチェックサイズに設定しています。なぜかと言うと、LP投資する事業会社は全社的にコミットせざるを得ませんし、社内イノベーションに対する危機感も高まります。そういった戦略的ポジショニングを行うVCも出てきていますね。
James:それはうまい!
有安:VCのなかには、LPになってくれる事業会社の経営企画室のメンバーや新規事業担当を連れてシリコンバレーやアジアへ行き、現地で研修などを開催しているところもあります。「それはVCの仕事なのか?」と思われるかもしれませんが、スタートアップへの投資と同時に、日本の大企業のニーズをうまく実現させようとしている。これは、すごくPMFがあると思うんですよね。
起業家にとっても、VCにとっても、いい環境が整いつつある
James:なんと言いますか、…あまりバチバチとした対談になりませんでしたね。
有安:確かに! でも、よくよく考えてみると、Jamesについても、Coralについても西海岸っぽいカルチャーが僕の好みに近くて、そもそも悪い印象を持ってなかった(笑)。メンバーもみんないい人ばかりですし。
James:じゃあなんで、起業家を紹介してくれないんですか!
有安:特に意味はないですね。むしろ、紹介してくださいよ!
James:そっちですか(笑)。
有安:(笑)。でも、先ほどお話ししたように、今のスタートアップ界隈は起業家もVCも増え、いい環境が整いつつあります。しかし、VCを選べるようになったとはいえ「ベストなVC」はいないと思っています。それこそVCとの相性はもちろん、起業家それぞれの人生ややりたいことにフィットしているかどうかで決まります。なので、VCはどんどんバッティングし、アピールしていくことはすごくいい。僕らも、引き続きバッティングしていくのがいいのではないでしょうか!
James:ですね! そして、コインベストメントもぜひ。
有安:いいですね。僕は、コミットメントは負けない自信があります。
James:それは楽しみ! Come on!!
■プロフィール
有安伸宏・・・慶應SFCを卒業、ユニリーバ・ジャパンを経て、2007年にコーチ・ユナイテッドを創業。2013年に同社の全株式をクックパッドに売却した後、エンジェル投資家としての活動をスタート。2015年にTokyo Founders Fundを共同設立。国内外のスタートアップ70社へ出資し、主な出資先は、マネーフォワード、キャディ、OLTA、Kanmuなど。
James Riney(ジェームズ・ライニー)・・・Coral Capital創業パートナーCEO。VC以前は、STORYS.JP運営会社ResuPress(現Coincheck)の共同創業者兼CEOを務めていた。その後、DeNAで東南アジアとシリコンバレーを中心にグローバル投資に従事。2015年に500 Startups Japanを立ち上げ、代表兼マネージングパートナーに就任。2016年にForbes Asia 30 Under 30 の「ファイナンス & ベンチャーキャピタル」部門で選ばれている。
Editorial Team / 編集部