イグジットを果たした起業家たちを中心に、日本でもスタートアップへのエンジェル投資が活性化しています。エンジェル投資家というと、巨額の資産を手にした人たちがポケットマネーで投資するイメージが強いですが、会社勤めをしながらスタートアップに投資する「会社員エンジェル」の存在はあまり知られていません。
楽天、Google、AppLovinと転職を重ね、現在は北欧のマーケティングテクノロジー企業Smartly.ioの日本事業責任者を務める坂本達夫さんもその一人。趣味的に小規模なエンジェル投資をしているといい、投資先は約40社に上ります。そんな坂本さんに、エンジェル投資を始めるまでの経緯や、その投資スタイルについてお聞きしました(聞き手・Coral Insights編集長の西村賢)。
――日本のエンジェル投資家というと、イグジットした起業家を思い浮かべるんじゃないかと。坂本さんのように会社員をしながらスタートアップに投資するエンジェル投資家は、あまり知られていないかと思い、お声がけしました。
はい。光栄です。スタートアップ業界のエンジェル投資家というのは有安さん、けんすうさん、赤坂さんとかが話題に上りますよね。僕は、すごくお金があるとかではありませんが(笑)
――会社員としては、少しお金に余裕がある。
そう思っています。例えば今、手元にお金が100万円あったとして、投資の選択肢って色々あるじゃないですか。例えば手堅く年数%のリターンが期待できる商品とか、上場株とか。でもそういったものは、色々勉強してもよく分からなかったし、あまり面白いとも感じられなくて。
僕自身はほとんどの時間を普通に働いて過ごしていて、お金がかかる趣味もなく、これ以上手元にお金があってもそんなに使い道もないので、それだったら銀行に寝かせておくよりは、がんばって伸ばしますって言っているスタートアップにベットしたほうが何となくお金が増えそうという、ふわっとした感覚ですね。
――自分のところに来る起業家の相談に乗りつつ、少しお金を出す感じなんですか?
そういうノリに近いですね。はじめてお金を出したのは5〜6年前で、Google時代の同僚が起業したタイミングです。それからすぐあとに、楽天で同期入社だった三輪(謙二朗)さんが始めたRentioに投資しました。
その当時はかなり無知だったので、50万円とか100万円ぐらい出して「じゃあ達っちゃん株主だね」「いえーい」みたいな感じで、株の発行数とかバリュエーションも気にせず、相場観も把握していませんでした。
今振り返ると、そのときに株をもらいすぎていたら、あとでVCから調達するときにデビル投資家のように見られかねなかったですね。「なんでコイツこんなに持ってるの?」みたいな。何か言われたり、投資先の足枷になることがあったら「すみませんでした」って返上する気満々なんですけど。
坂本達夫(さかもと・たつお)。2008年より楽天で企業戦略及び楽天オークションのモバイルマーケティングに従事。その後2011年よりGoogleでモバイルビジネスストラジストとしてデベロッパーとのアライアンスを担当し、 AdMob 事業を大きく成長させる。2015年よりAppLovin株式会社の日本営業部部長、2019年から北欧のマーケティングテクノロジー企業Smartly.ioで日本第1号社員として日本展開をリードしている。アプリのマーケティングやマネタイズに関する講演や記事・ブログ執筆のほか、小規模なエンジェル投資などを行う。東京大学経済学部卒。
――Rentioに投資したきっかけは何だったんですか?
友達の(佐俣)アンリさんから「この会社の社長さんって知り合い?」みたいなメッセが来たので紹介してあげたんですよ。そうしたら三輪さんから「トントン拍子で調達が進みそうなんだけど、VCから調達すると上場しなきゃいけないのかな……」という相談を受けて。
三輪さんには「腹を決めなきゃいけないんだと思うよ」って言って。そのときに「俺もこういう相談事とか乗るから、ちょっと株主で入らせてよ」とお願いしたら、彼もいわゆる “スタートアップ村” のお作法や契約周りなど相談できる相手が欲しかったらしく、投資させてもらうことになりました。ただ実は自分に関しては第三者割当ではなく、「一時的にキャッシュが必要な社員がいるから、その株を一部買ってくれない?」という珍しいパターンでした。
――今では知らない人からも相談が来るようになっているんですよね?
この2~3年で増えましたね。Rentioのように友達のノリで出資したスタートアップの何社かがメディアで取り上げられるようになってくると、「坂本はエンジェル投資しているらしいね」みたいな感じで、周りからじわじわと声をかけられるようになってきました。
投資先にいろいろ相談に乗ってあげたり、ちょっと手伝ってあげたり、人を紹介してあげたりしていると、「坂本は大してシェアを取らないわりには、結構動いてくれるらしい」「コスパがいい投資家みたい」って若手の中では言われているらしくて(笑)
たまにANGEL PORT(※注:起業家とエンジェル投資家をつなぐコミュニティサイト)やTwitter経由で来る案件に出資することもありますけど、既存の投資先の社長が紹介してくれたり、基本的には人づてですね。
エンジェル投資はMBAに行くより価値がある
――1社あたりの投資金額と、投資の判断基準はどんな感じなんでしょう?
直近の1年ぐらいは1件あたり20~30万円しか出していないんですよ。エンジェルとしてはかなり少ない金額だと思います。シード投資について言えば、良いリードソースを持っていることが勝ち筋だと考えています。
例えば、インキュベイトファンドの米国市場を担当している野津一樹さんは、ex-Googlerを中心に出資しています。Googleを卒業した人に全員出していたら、そうでない人に全員出すより絶対打率は高いですよね。日本だとEast Venturesが近い戦略だと思うんですけど、うまくいくところに『出せなかった』を減らすというのが一番良くて。
今はそこまで体系立った投資は資金的、リソース的な限界があってできていませんが、自分が信頼している人からの紹介に関しては、お金に余裕さえあれば全部出しても、期待リターンはプラスになるんじゃないかという仮説を持っています。まあ証明されるのは10年、15年後なので分からないんですけど。
――リターンについてはどう考えていますか?
たぶん全体で見るとトントンかプラスぐらいになりそうですね。その一方で、お金のリターンは最悪なくてもいいとも思っていて。
今まで出したお金の総額って1,500万円ぐらいなんですよ。ちゃんと記録してないので分からないですが(笑)。それってMBAに行くのと同じぐらいの金額なわけです。MBAに2年間行って得られる経験と、僕が投資した創業者とのやりとりから得られた経験と、どっちが価値があるのかというと、結構負けていないのかなと。MBAも行ったことないので分からないですけどね(笑)
――実地の経験のほうが価値がある。
MBAのケースに出てこないようなリアルなことが結構あります。既存のVCから「追加投資が欲しかったら、固定費をこれぐらいまで下げないと出さないよ」と言われて、「オフィス解約の交渉をしなきゃ」とか「人も減らさなきゃ」みたいなことを相談されたりするわけですよ。会社員をやってて、そんな局面に出くわすことなんてないですよね。
基本的には、投資した金額に対して、学びを得られる分だけでもう既にプラスになっていると思っています。投資先で伸びているところは当然ありがたいですけど、伸びていないところでも、こんな弱小株主でもコミュニケーションをちゃんとしてくれて、相談してくれて、それが自分自身の学びになるのでありがたいですね。
株を買い取りたいVCと、エンジェル投資家の本音
――VCの視点で言うと、株主が多すぎるとやりづらいこともあるので、例えばシリーズAの段階でVCが丸ごと株を買い取ったりすることもあると聞きます。そういう点で、エンジェル投資家は早い段階でイグジットすることもありそうですが。
株主を整理するためですよね。まだ事業売却によるキャッシュのリターンが最近1件あった以外には、ほとんど実績がないので、ちょっとそこは分かりません。正直な話をすると、うまくいっている投資先ほど僕は何もやっていない傾向があるんです。そういう観点でいうと、例えばシリーズAとかシリーズBでVCが「あなたの株を買い取る」って言ってきたとしますよね。僕がこの会社はもっと伸びそうだから株を売りたくないと自分都合で思っていても、頭の反対側では「これ以上、株主として僕がここに座っていても、この会社に何の貢献もできないよな」って考えるんですよ。なので、投資先から「坂本さん何かあったときにいてください。あなたにはバリューがあります」と言われない限りは売っちゃうかもしれませんね。そこは仕方ないというか。
――でも、最初に出資した会社は、最後まで支援したいという気持ちもありそうです。
投資先にグロービスさんみたいなVCが入ってきたりしたら「もう上場準備だ」みたいな期待はしちゃいますよね(笑)。わかりますよね?この感じ。
とはいえ、僕みたいな会社員しかやったことがないエンジェル投資家がスタートアップのエコシステムに入ってくるのは、メリットもある一方で結構リスクもあると思っていて……。スタートアップ界隈のお作法を知らない、守らない、何だそれって逆にそれを破るみたいなことをやられると、結構面倒くさいことになる。
その結果、「100万円以下しか出さないエンジェルは絶対入れないほうがいい」っていうのが業界のスタンダードになっちゃうと、もったいない。悪い人と一緒に良い人まで排除されちゃうリスクがある。すごく偉そうな感じですけど、その辺のエデュケーション(教育・啓蒙)をどうしていくのがいいのかなっていうのは考えています。
――リスクというのは、スタートアップ側のリスク?
スタートアップ側が一番大きくて、それこそデビル投資家みたいな人がいるせいで、そのあとにVCが入ってくるのが難しくなって、スタートアップの道が断たれちゃうこともありますよね。そこまででなくても、0.1%という少ないシェアであれこれ口出ししたり報告を過度に要求するようなこととか(笑)
――10%持っているVCでも、そこまで言わないかもしれません。
「それだけの比率しか持っていないんだったら、基本黙っておけよ」みたいなものは不文律としてあると思うんですけど、それを分かっていないというか、「お金を出してやってるんだから、ちゃんと株主にコミットしろよ」みたいな態度で来られても起業家としては困りますよね。
イグジットが見込めなくても、意味があるからお金を出す
――エンジェル投資は一般に超アーリーです。イグジットが見えづらい投資については、いかがですか?
VCが出資するときの原則って、イグジットが大前提としてあるじゃないですか。でも、それが必ずしも全てではないかなと思っています。
VCに対してのエンジェルのメリットの1つは、償還期限がないこと。「行けるかどうかわからないけど、20年ぐらいコミットしてみたいんですよね」っていうスタートアップでも、賛同してくれる人がいるんだったらやればいいですし。
VCは「何年以内にイグジットできそうか」という基準で投資しますが、それに該当しない事業は価値がないかというと、別にそんなこともないと思うんですね。あと例えば、最大でも10億円規模にしかならない事業にも意味がある。「意味があるから僕はお金を出して応援するよ」っていう相互理解が成り立っていれば、別にいいのかなと思います。
――もともと株式会社は利益を配当という形で株主に分配するのが基本型で、キャピタルゲインでリターンを得る出資はまた違う話かもしれませんよね。
潜在エンジェル投資家は東京圏内に10万人?
――周りにエンジェルに興味を持っている人もいると思うんですが、小規模な投資組合を作るつもりはないんですか?
そういうのも、実は少しやったりしています。僕がエンジェル投資をやっていることを知った友達からいろいろ聞かれるようになったので、「次にエンジェル投資をするときに興味ある人っています?」ってSNSに投稿したら、150人ぐらいの友達からコメントがついて。
それでFacebookグループを作ったんですが、「こういう投資案件あるよ」って投げてしまうと金商法で捕まってしまうらしいので、その人たちにGoogleフォームで自分のプロフィールを入力してもらったんです。80人ぐらいのリストになっているんですけど、投資先の人に「こういう人たちがいるんだけど、誰か声を掛けたい人っている?」って聞いて、5人とか10人とかピックアップしてもらって、1件1件メッセしてつないでみたいなことをやっています。
――そうすると結局、ファンドを作ろうとなるかも。
そういう妄想をすることもあります。誰かが適格の資格を持っていたらファンドにできるかな……、でもそうすると結構な金額を集めないと毎年の監査とかのコストが重いな……とか。
数十万円であれば出資したいし、投資先に提供できる価値がある人も、会社員や中小企業オーナー、個人事業主など結構いるんですよね。その一方で、誰でも入れて、n対nでマッチングさせるような場には、良い案件や人が残りづらいという構造的な問題も感じています。だから、これをプラットフォームでやるのも結構きついなと。僕が両者の間にいることでどっち側も、「坂本の紹介なら大丈夫だろう」っていう信頼の元で成り立っていると思うんですよ。
僕の雑なフェルミ推定だと、東京圏内には大体10万人ぐらいエンジェル投資に興味がある人がいると見ています。でも、その10万人の人をうまくワークさせる仕組みが思いつかなくて。
株式型のクラウドファンディングという方法もありますけど、エンジェル投資している実感があまりないというか、創業者との距離感でいうと、ちょっと遠い。たぶんVCの方々からすると、「そもそもあれってどうなんだっけ」みたいなものもあるでしょうし……。
――スタートアップに興味を持っている会社員でも「10万円出したい」「自分も貢献したい」という人はいますよね。
そうですね。こういうことをやれたら面白いと妄想していることがあって。僕の目利きを信じてくれて、お金を持っているんだけどスタートアップとの接点がないとか、目利きはできないみたいけどお金を持っている人とかのお金を預かって組合を作ってみたいなと。結局ファンドになるんですけど(笑)
――話は変わりますが、ご自身で起業する選択肢は?
選択肢としてはあるんですけど、起業ってやっぱり、1つのテーマに長く取り組むことじゃないですか。僕は今まで3年半ぐらいの周期で転職をしてきて、1つのことを5年、10年とやり続けられたことがないんですよね。このテーマだったら、自分の10年間を捧げられるというものが見つかっていないというか……。仮に起業したところで、それこそ飽きちゃう危険性があるなと思っています。
あとは、ライフステージも大きいですね。僕は子どもが2人いて、上が9歳で下が6歳なんです。15年後には下の子が20歳になるので、そこから後は親の責任じゃなくてもいいだろうと。15年後、僕は50歳手前で、80歳まで働けると仮定すると、まだあと30年ぐらいあるわけじゃないですか。起業してからIPOするまで10年かかるとすると、30年あったら3回できるわけですよ。いま焦ってやらなくても、後からでもできる感じもちょっとあって。
いま仮に収入ゼロで借金を抱える状態になったら、子どもたちにいい教育を受けさせられない状況になってしまう可能性がゼロではない。そう考えると、今は手堅くバットを短く持って、シングルヒット、ツーベースぐらいを狙っておくほうがいいなと。家庭のことを気にしなくていい状態になったら、「よっしゃ」って大振りできるのかなと考えていたりします。
(構成/執筆:増田覚)