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「ピボット・ピラミッド」という考え方―、何を変えて、何を変えないのか

初期スタートアップが改善を続けながら開発しているプロダクトが顧客(市場)に受け入れられ、はっきりと売上やダウンロード数などのKPIが力強く上向きはじめる到達点を「PMF」(プロダクト・マーケット・フィット)と呼ぶのは、Coral Insigthsをご覧の方であれば、ご存じかと思います。なかなかPMFに至らずに試行錯誤する過程において、単なる機能改善ではなく、大きく何かの前提を変えるようなアクションは「ピボット」と呼ばれます。バスケットボールで一方の脚を軸として、くるくるその場で方向だけを変えるピボットからの連想で、取り組む市場ドメイン自体は変えずに、方向性を変えることを意味しています。

では、プロダクトのピボットでスタートアップが変えるものは何でしょうか? いろいろとありますが、ターゲット顧客、課題、解決方法、テクノロジー、グロース戦略の5つに絞り、これらには上下の階層構造のようなものがあるのだ、と指摘した「ピボット・ピラミッド」が、PMFを目指すスタートアップの参考になるのではないかと思うので紹介したいと思います。

ピボット・ピラミッドという考え方を提唱したは、動画によるグループチャットアプリ「Bunch」のCEOである、Selcuk Atliさんです。以前に500 Startupsのベンチャー・パートナーを務めていたほか、M&AされたスタートアップのBoostableの共同創業者であります。

数年前にAtilさんが描いたピボット・ピラミッドは500 StartupsやVenture Beatなどに掲載されましたが、今は1冊の本にまとめようとアイデアや事例を募っているようです。

下を変えると、その上にあるものもガラガラと崩れ落ちる

ピボットする対象には階層があり、下を変えると、その上に載っているもの全体がガラガラと崩れ落ちて、結局全てを変えなくてはいけなくなる、ということを示しているのが以下の「ピボット・ピラミッド」の図です。

もちろん、一般論であるため事業ドメインによっては、上図のとおりということはありませんが、ピボットを議論したり検討するときには有効な考え方だと思います。

以下では、主に海外スタートアップのピボット成功事例を見てみましょう。

ターゲット顧客(事例:Twitch、Akerun)

ピラミッドのいちばん下にあるのが顧客です。誰の課題を解決するのかということです。日本のスタートアップエコシステムでは、「軸足を変えず」というピボットの原義から離れて、まるっきり違う事業に取り組むピボットも少なくありません。そうした事業ドメイン自体の変更を、ピボット同様にバスケットボールのアナロジーから「トラベリング」と呼ぶこともあるようですが、それも顧客を変えるということになるかもしれません。

例えば、ゲーム実況配信プラットフォームのTwitchは、もともとは単に日常を垂れ流す配信サービスとしてスタートし、後にゲーマーたちの熱量が高いことに気づいて、専用プラットフォームとして切り出し、それがAmazonに96億ドル(1,000億円以上)で買収されるという大成功を収めました。

国内の例だと、スマートロックのAkerunが、当初はテクノロジー好きのアーリーアダプターの個人利用者をターゲットしていたものを、シェアリングエコノミーの台頭に合わせてB2Bの入退室管理ソリューションとしてピボットして業績を伸ばしている、という例もあります。

課題(事例:Android、PayPal)

特定の事業領域でプロダクトをローンチして、ユーザーヒアリングをしたり、利用動向を見ていたら、実は当初課題だと思っていたことが、それほど大きな課題ではなく、むしろ課題は別のところにあったと分かることは良くあります。この場合ターゲット顧客は変えずに、取り組む課題を変えるのは有効です。しかし、それまでに作ってきたピラミッドの上の部分であるソリューションやテクノロジー、グロース戦略は作り直しになるかもしれません。

少し極端な例ですが、スマホの代名詞ともなっているAndroidは、創業当初はカメラ端末向けOSとして開発され、2004年時点での投資家向けピッチでも、そのように言っていました。しかし、カメラ市場に十分な大きさがないことから、汎用の携帯電話OSにピボット。1端末あたりのライセンス料が数千円から1万円近かった競合のSymbian OSやWindows Mobileに対して、無料のオープンソースという新しいモデルでシェアを奪っていき、今やGoogle傘下で世界のスマホOSの86%のシェアを占めるにいたるほどの大成功を収めています。

課題のピボットにより大成功したスタートアップとしては、PayPalも有名です。もともとモバイル端末(当時はPalmPilot)向けのセキュリティーソフトを作っていたものの市場性がなく、ちょうどeBayで決済が盛んに始まっていたことからモバイル端末上のウォレットにピボットしたという歴史があります。

解決方法(事例:Instagram、Picwing)

顧客や課題は大きく変えずに、解決方法だけを変えるというピボットもあります。プロダクトのダウンロードや導入が思うほど進まなかったり、顧客獲得の速度が十分でないなど理由はさまざまです。

Facebook傘下のInstagramは今では圧倒的なソーシャルメディアとしてTikTokやSnapchatとしのぎを削っていますが、2010年のローンチ当初は「Burbn」という名前のロケーション系サービスでした。当時はFoursquareを代表とするロケーション共有のサービスが流行していたのですが、強豪が多い上に利用者数が伸びないことからピボット。UIをシンプルに写真の加工・共有だけに振り切ったことでユーザー数が急増。2012年にFacebookに10億ドル(約1,000億円)で買収されたのでした。

Picwingは初期Y Combinatorに参加していたスタートアップで、WiFiベースのフォトフレームサービスを作っていました。私は2011年にPicwing創業者のEdward Kim氏にインタビューして記事を書いたことがあるのですが、ピボットのきっかけはフォトフレームをガレージで自作していたときに誤ってドリルで腕に穴を開けてしまったこと。もともと上手く行っていないことに気づいていたKim氏は救急車で運ばれる中で限界を悟って、郵送で写真を定期送付するサービスにピボット。顧客は祖父母に写真を送りたいデジタル世代の親たちでした。やっていることは同じでも、物理デバイスにこだわることなく、解決方法をピボットした事例です。Picwingは後に同業のPicPlumに買収されています。ちなみにKim氏はその後、Android向け開発プラットフォームで成功し、さらにHR Techのユニコーン企業Gustoの共同創業者として、非常に大きな成功を収めています。

テクノロジー(事例:Twitter、Facebook)

選択するテクノロジーを変更する意思決定はピボットというよりもエンジニアリング上の行き詰まりから、大胆にテクノロジースタックの一部、もしくは全部を作り直すようなものです。ユーザーが爆発的に増えすぎてしまったために、分散処理に適したプログラミング言語に切り替えるというのは、今のようにクラウドの使い勝手が良くなる以前には良くある事例でした。

有名なのはTwitterがバックエンドの開発言語をRubyからScalaに変更した事例があります。また、Facebookは当初からPHPを使って開発をしていますが、主に実行速度の観点から、PHPを高速に実行できるC言語に変換するコンパイラを開発したことで知られています。

グロース戦略(事例:Airbnb)

グロース施策に関しては、もっとも頻繁にPDCAを回したり、新しい実験をするピボットのレイヤーかもしれません。初期のDropboxがオンライン広告でユーザーが伸びず、今では一般化した紹介キャンペーンを導入したところ爆発的に成長を始めたという事例は有名です。

グレーゾーンだと揶揄されたAirbnbのグロース戦略も良く知られています。2020年に振り返ってみると、かつて2010年代に「Web 2.0」と呼ばれた北米スタートアップの多くはCraigslistというクラシファイド広告をバーティカルに切り出して使いやすくしたサービスという側面があります。初期のAirbnbは「泊めます・泊めてください」というCraigslist上にあった利用者や市場を奪い取った形です。そのCraigslistに対して自動化したプログラムで潜在顧客にAirbnbへ誘導するメールをばらまいた、とされています。スパム行為に近いやり方が批判もされましたが、ご存じの通り、Aibnbはついに2020年11月にIPOの申請を行いました。想定時価総額は300億ドル(約3兆円)にものぼります。


Coral Capitalでお会いする起業家の方とお話する中で、ピボットの可能性について議論となることがあります。そのとき、この「ピボット・ピラミッド」という考え方や呼称が共通言語として便利なことがあると感じています。特にシード期であれば、顧客は変えずに課題を変えるということは想定内だということが多くあります。

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Partner @ Coral Capital

Ken Nishimura

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