アメリカにおいては医療費支出の増大が深刻な社会課題になっています。アメリカの対GDP保険医療支出は16.9%と日本の10.9%を大きく上回ります。医療費支出は年々増加傾向で、CMS(Centers for Medicare & Medicaid Services:アメリカの公的医療保険制度であるメディケア関連の米政府機関)は2026年までに毎年平均5.5%ずつ増えていき、2026年のGDP比保険医療支出は19.7%を占めると予想しています。
Source:日本医師会総合政策研究機構
医療費の増大に伴い、健康保険の医療費負担も当然増大しています。企業に勤める従業員の2019年の保険料(雇用主負担+従業員負担)は、家族プランで年間2万ドルと過去最高額を記録しています。
健康保険各社は医療支出増大に対し、健康保険料を引き上げるだけでなく、デジタルヘルスソリューションを活用することで、医療費を健全に抑制できるよう目指しています。医療費増大の課題を抱える健康保険に対し、デジタルソリューションを活用することで医療費抑制やその他のコストの削減を支援するスタートアップが成長しています。
健保のコスト削減を支援するアプローチは大きく3つあり、(1)予防の支援、(2)適切な医療へのナビゲーション、(3)業務効率化があります。
健保向け、予防支援スタートアップ
実際に健保向けに、予防を支援するスタートアップをご紹介します。予防領域では、大きく一次予防(健康を増進し発病を予防)、二次予防(早期発見・治療による重症化予防)、三次予防(リハビリによる社会復帰)に分類でき、それぞれの領域のスタートアップが成長をしています。
(1) 一次予防
一次予防では、健康増進を促し生活習慣病などの疾病を予防するソリューションを健保に提供するスタートアップがあります。生活習慣を改善する方法として、下記のようなオンラインサービスを健康保険加入者向けに、割引価格や無料で提供するものです
オンラインコーチ:健康増進を促すオンラインプログラムとコーチによるサポートにより、生活習慣病や精神疾患を予防するサービスが健保向けのB2B2Cプランも提供しています。代表的な企業としては、2型糖尿病の予防コーチングのNoomやGingerと言った会社があります。Gingerはコーチによるメンタルヘルスの向上プログラムやセルフラーニングコンテンツを提供しており、雇用主だけでなくAetnaやKaiser Permanenteといった大手民間健康保険が導入しています。
フィットネスサービス:オンラインフィットネスクラスのPelotonや、ジムのサブスクリプションサービスのClassPassといったフィットネススタートアップも健康保険向けプランを展開しています。また、スタートアップではありませんが、ウェアラブルデバイスのFitbitとAppleのApple Watchも健康保険にサービスを提供しています。Fitbitは従業員向けの健康増進支援として、雇用主やその健康保険の福利厚生向けにデバイスやプログラムを提供しています。2019年年末時点で1,600の法人、Blue Cross Blue Shieldなどの100の民間健康保険が導入済みです。2020年からは一部の州の公的健康保険であるメディケイドへの提供も開始しています。Apple Watchは、AetnaやUnitedHealthcare、また新興系のDevoted Healthといった健康保険会社と提携しています。UnitedHealthcareやDevoted Healthの加入者は、Apple Watchの購入時に割引を受けることができます。Aetnaは、Appleと共同開発したアプリAttainとApple Watchを通して、健康行動の目標を達成したユーザーに対し、ギフトカードなどの特典を提供することで健康的なライフスタイルを促しています。
(2)二次予防
二次予防では、病気になった人をできるだけ早く発見し、早期治療を行い、病気の進行を抑え、病気が重篤にならないように努めます。医療費が高額で、医療機関によって価格が異なったり、保険ごとに利用できる医療機関が異なったり、予約等が必要であるなど、医療へのアクセスが悪いアメリカにおいては、早期受診ができないことで疾患が悪化するという損失があります。二次予防はいち早く受診し治療を開始することで、疾患の悪化を防ぐことです。これを支援するスタートアップは、主にオンライン診療を支援することで二次予防を促しています。
スクリーニングによる早期発見を行う会社としては、Apple WatchやGarminの心電図センサーを活用した心電図計測と疾患スクリーニングを行うCardiogramがあります。同社はApple Watchなどで収集した心電図のデータから、心房細動と糖尿病のスクリーニングを行います。2019年4月には、新興系のメディケアアドバンテージを提供する健康保険のOscar Healthが、加入者向けにCardiogramの無料検査サービスを提供しています。スクリーニングに引っかかったユーザーは、地元の検査センターもしくは在宅でできる血液検査キットとパッチ型心電図モニターを利用し、より詳細な検査を遠隔でも行うことができます。
ユーザーごとにパーソナライズし、最適な医療に導くことで早期受診支援を行うスタートアップも健保向けにサービスを提供しています。2014年創業のBuoy HealthはAI問診サービスを提供し、問診後に加入している健康保険ごとに、最適なケアやオンライン診療サービスを提案しています。 新型コロナの感染拡大を受けて、Cignaと提携しコロナのスクリーニング開始しています。また類似のサービスとしては、2013年創業のAminoがあります。症状や加入する健康保険に応じた医療機関やオンライン診療の検索、マッチングサービスを提供できるほか、事前にかかる費用を提示するのが特徴です。これらのようなB2B2Cモデルだけでなく、医療機関や医師ごとの専門に関するデータベースを健康保険に提供する、2016年創業のRibbon Healthもあります。患者に対しては健康保険のカバー範囲の情報を照らし合わせて最適な医療機関を提案します。これらは保険ごとに保険償還される病院や治療内容が異なる米国ならではのサービスです。
また、より早く直接医者との受診を支援する会社としては、オンライン診療サービスやナビゲーションサービスの会社があります。すでに上場しているTeladocやAmWellや、Doctor on Demand、98point6、MDLIVEといったオンライン診療のプラットフォーム各社は、民間大手健康保険と提携し、被保険者への割引などを提供しています。コロナで自己負担は大幅に減額しており、Cignaの加入者は会員ページからMDLIVEのオンライン診療を、Fidelis Careの加入者はTeladocやBabylonのオンライン診療を24時間365日無料で利用できます。
(3)三次予防
三次予防では、病気が進行した後の、後遺症治療、再発防止、残存機能の回復・維持、リハビリテーション、社会復帰などの対策を立て、実行することを目指します。慢性疾患を抱える患者が、日々の生活習慣や治療を管理できるよう支援することで、重傷化を予防する会社として、ほぼ同時期に立ち上がったOmada HealthやLivongo Health、Vida Healthの3社があります。
2008年創業のLivongoは、糖尿病や高血圧等慢性疾患のモニタリングとコーチングを提供しています。従業員や健康保険の被保険者向けにサービスを提供し、2019年に上場。今年8月に前述のTeladocが185億ドルで買収しました。これにより、糖尿病や生活習慣病、メンタルヘルスなどの慢性疾患患者に対し、オンライン診療から日々の生活のモニタリング、定期的な支援など持続的な介入が可能になります。
Livongoの競合にあたるOmada Healthも、オンラインでの糖尿病や高血圧などの生活習慣病のデジタル治療プログラムを、雇用主や健康保険を介して患者に提供しています。このプログラムには、コーチによる支援や患者同士のピアサポート、コネクテッドデバイスが含まれています。
今回は医療支出増大に対し、健康保険者の予防を支援するソリューションを紹介しました。次回の後編記事では予防以外に適切な医療への誘導したり、業務を効率化するアプローチで医療支出抑制を支援するスタートアップをご紹介します。
Senior Associate @ Coral Capital